第二十五話
(1)
シーヴァとは親しくしていたものの、ミランダはルータスフラワーで働く娼婦達とは折り合いが悪いままで、派手な諍いを何度も繰り返していた(大半は、他の娼婦達に先に嫌がらせを受け、反撃していただけだったが)せいで、三年経たずに追い出されてしまう。
手切れ金を使い果たした以上、自分に残された生きる道はただ一つーー、死ぬまで娼婦として生きるしかなかった。
二十も後半に差し掛かり、美貌も少しずつ衰え始めたミランダが次に働き始めたのはルータスフラワーより格下の娼館ーー、いや、売春宿だった。
だが、そこでもミランダは売春宿の店主と反りが合わず、結局二年程で店を追い出されてしまい、今では歓楽街でも一、二を争う低ランクの売春宿で働いている。
もしも今の場所を追い出されれば、阿片と暴力を持ってしてボロボロになるまで働かせるという噂の、ドハーティという男が経営する売春宿に行くか、母と同じく、街娼となって路地裏で身体を売るしかなくなる。
「……まぁ、私なんかが野垂れ死んだって、別にどうでもいいわよ……」
リカルドと引き裂かれ、ダドリーに捨てられてから十年ーー、生きる希望と美しさを失い、落ちぶれ荒みきってしまった自分。
わざわざ自ら命を断つ気もないが、さりとてそこまで生きることに執着もない。
ただ、リカルドのことを思い出す時だけは優しい気持ちになり、同時にいつもこう願う。
ーー神様、私は何もいりません。その代わりに、彼には幸せになっていて欲しいーー
そして、彼を想う時に浮かべる微笑みだけは、聖女のごとく穏やかで美しかった。
(2)
しかし、すぐにミランダの顔からは穏やかな微笑みが消え去り、いつもの、険のある、きつくて陰欝な顔付きに戻ってしまう。部屋の扉を叩く音が聞こえたからだ。
さっき客が帰ったばかりだというのに、立て続けにまた客が訪れるなんて、今のミランダには珍しいことである。
喜ぶべきことであるはずなのに、どうせ今日はもう客は来ないだろうから、ゆっくり酒を飲もうと考えていたミランダは、忌々しそうに扉を睨みつける。
「……さっさと入ったら?」
面倒臭い、と思っているのを全く隠そうともせず、扉の向こう側の人物に向かって投げ捨てるように言い放つ。
すると、静かに扉が開き、一人の男が左足を少し引きずるようにして中に入って来た。おそらく、ミランダとそんなに歳は変わらないであろう様子であるのに、男の腰のない茶色い髪にはところどころ白髪が混じっている。
男は、売春宿で女を買うことが初めてで緊張しているのか、扉を閉めると気まずそうにしたままその場に立ち尽くし、微動だにしない。
ミランダは、扉の前で彫像のように固まり、全く動こうとしない男に対し、露骨に苛々してみせる。
「いつまでそこで突っ立ってる訳??さっさと服を脱ぐなり何なりしなよ」
腕組みをしながら、男に向けて鋭い視線ときつい言葉を投げつけるミランダだったが、それでも男は一歩も動こうとしない。
(……あぁ!面倒くさいったら、ありゃしない!!)
遂に観念したミランダは、自分の方から男の元へ足早に近付いていく。
「自分で服を脱がないのなら、私が脱がしてやろうか??」
男のくたびれたシャツの襟元を掴み、ボタンに手を掛けようとした時だった。
ようやく男と目が合った途端、ミランダは思わず手を止める。そして、今度は彼女の方が身を固まらせる羽目になった。
「……ミラ、久しぶりだね……」
「…………」
痩せこけた頬、目尻や下瞼、口元に刻まれた小皺と随分面変わりしてしまっていたが、その優しさを湛えた深いグリーンの双眸だけはあの頃と何一つ変わっていなかった。
「……リカルド、なの??……」
男は、これまた十年前と同じく、一点の曇りもない真っ直ぐな瞳でミランダに微笑み、ゆっくりと大きく頷いてみせたのだった。
次回はリカルド視点の回となります。