第二十三話
アルコール度数の強い酒を口に含めば、たちまち意識が朦朧として余計な考えを巡らせずに済む上、仕事を終えた後であればそのままベッドに倒れ込み、泥のように深く眠ることができる。
そこに気付いてからのミランダは、ジンやラムなどの安酒を買っては、自室のクローゼットの奥に常に隠し持っていた。
ミランダがこっそりと酒を飲むのはーー、これもスウィートヘヴンの規約だが、『アルコール類を部屋に持ち込むことは禁止』だからだ。(それなりに格が高い娼館という面子を守るため、店の娼婦にアルコール依存症を煩わせないようにするためである)
しかし、最初はコップ一杯程度の量ですんなりと酔う事が出来ていたのに、徐々にアルコールに対する耐性がつき、その程度では酔うことができなくなってくる。 酔うことで気分を紛らわせたいのだから、自然と飲む量もだんだん増えてくる。
気付くとミランダは、仕事が終わった後で酒を一瓶飲み干さないと眠ることすらできない程に酒に依存するようになっていた。
次第に、ミランダの声は酒焼けで枯れたような声に変貌し、寝る前に酒を飲まないと眠れない、そのまま起きた後も一日中苛々と気が荒れっ放しと、心身共に目に見えた異変が表れ始めたのだ。
そうなってくるとマダムも周りの娼婦達も、ミランダの変化に気付き始め、ある日、ミランダが教会へ出掛けている隙にマダムが彼女の部屋へ入り、思い切ってクローゼットを開けた途端、信じがたい物を目にしてしまう。
クローゼットの中で衣服の中に紛れ込ませるように、様々な種類の度数の強い安酒が大量に買い込んであり、同じくらいに空瓶も置かれている。
まさか、ミランダがここまでアルコールに依存していたとはーー。
あくまで店の商売道具とはいえ、幼い頃から特にミランダのことを目に掛けてきたマダムのショックの程は計り知れなかった。
その時、マダムが自室のクローゼットを開けたまま、呆然自失で立ちすくんでいる事を知らないミランダが教会から帰って来た。
自室の扉を開いた瞬間、ミランダは心臓が飛び出るかと思うくらいに驚き、危うく悲鳴を上げそうになったと同時に、飛び出した心臓が見る見る内に凍り付いていくような気になった。
ミランダが戻って来たことを扉が開く音で気付いたマダムは、ゆっくりとミランダを振り返る。白雪姫の継母を思わせる年齢不祥の美しいその顔は、ゾッとする程に冷たいものだった。
「……ミランダ、この大量の酒瓶は、一体何なのかしら??……」
込み上げる怒りを押し殺しているせいか、マダムの声は震えていて、言葉を途切れさせながらミランダに尋ねる。ミランダはマダムから目を思い切り逸らし、憮然としたまま答えようとしない。
「……ミランダ、こっちを向きなさい。そして、質問に答えなさい……」
相変わらずミランダは、態勢を変えもしなければ口を開こうともしない。
そんなミランダの頑なな態度に、マダムは遂に怒りを爆発させ、彼女の元に足早に歩み寄ると思い切り彼女の頬を平手で打ち払った。
「……何すんのよ、この、クソ婆ぁ!!」
叩かれたミランダは初めてマダムを罵倒すると、反射的にマダムの顔を拳で殴りつける。思いの外殴り方が強かったようで、反動でよろけたマダムにすかさずミランダは飛び掛かり、馬乗りになって殴り続けた。
だが、騒ぎを聞きつけた店の用心棒や娼婦仲間達がすぐに部屋へ駆け付けると、ミランダは力づくでマダムから引き剥がされてしまう。
用心棒に押さえつけられながらも、小さいけれど獰猛な山猫のようにフーッ、フーッと息を荒立ててマダムを睨み続けるミランダに、殴られた頬を押さえて他の者に助け起こされていたマダムは、これまでに聞いた事が無い程に鋭く冷たい声でミランダに告げた。
「ミランダ、今すぐ荷物を纏めてこの店から出て言って頂戴。いいわね??」
それだけ告げると、マダムはミランダの方を一切見向きもせずに、他の者を従えて静かに部屋から立ち去っていったーー。
こうして、五歳の時からおよそ十八年間を過ごしたスウィートヘヴンを追い出される形で、ミランダは後にしたのだった。