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第十八話

「おい、いたぞ!あそこにいる二人だ!!」

 突然の大きな叫び声に振り返ると、黒いフロックコート姿の四人の若い男達が二人を取り囲むようにして近づいて来たのだ。

 ミランダは男達の顔を確認した途端、身を固く強張らせ、リカルドにしがみつくようにして身を寄せる。


 そう、男達は、ダドリーの命令で酒場で暴れ回った彼の取り巻き連中だった。


リカルドも、男達が何者なのか瞬時に理解したらしく、「……ミラ、走るよ。場合いによっては、トランクは捨てていいから」と、ミランダだけに聞こえるような小声で告げると、彼女の手を引きながら一気に走り出した。

「待て!!」

 すぐさま男達も二人の後を追い掛ける。が、二人の方が僅かに足が速いせいか、追いつきそうで追いつけない。

 暗闇の木々の間で、一組の男女を男四人掛かりで追い掛ける様は異様な光景であり、屋台の店主やその客達は何事が起きたのか、とばかりに、その姿を遠巻きに眺めていた。

「ミラ!広場を抜け出してブナの木の遊歩道に入りさえすれば、人の波に紛れて奴らを振り切れるだろう!!それまで頑張って走るんだ!!」

「分かったわ!!」

 とにかく、広場を無事に抜けさえすればーー、と、リカルドと共に必死に走り続けていたミランダだったが、ふとした疑問を抱いた。

 

 確かあの時、取り巻きは五人いたが、今は四人しかいない。

 たまたま今回は四人集めただけなのか、それともーー。


 想像した途端、ミランダの背筋はゾッと凍り付く。

 最後の一人がどこかに潜んでいて、突如として目の前に現れでもしたら……


 駄目だ。そんな最悪の事態を想定して怖がっていてはいけない。

 ミランダが恐ろしい想像を断とうと首を横に振りかけたその時だった。


 二人の前を、やけに細長い、黒い影が立ち塞がったのだ。


「……くっ!!」

 リカルドは、その黒い影を避けようと更に走る速度を上げた。

 けれど、それは虚しい努力に終わり、黒い影がリカルドに思い切り体当たりをしかけてきたため、避けきれなかったリカルドはミランダと共に、固く冷たい土の上へと派手に転倒してしまった。

 黒い影ーー、他の男達と同じく、黒いフロックコートに身を包んだ最後の取り巻きは、起き上がろうとするリカルドを突き飛ばし、再び地面に転がした。

「やめて!!」

 男を止めようとどうにか起き上がったミランダだったが、その間にも残りの男達が二人に追いついてきてしまい、その内の一人に背後から両腕を取られ、あえなく拘束されてしまった。

 捕えられたミランダは成す術もなく、他の四人が地面に蹲っているリカルドに暴行を加える様を、泣き叫びながら眺めるより他がなかったが、リカルドの顏が血に塗れ、苦しげな呻き声を上げる姿に耐え切れなくなり、こう叫ぶ。

「彼は何も悪くないわ!!悪いのは、ダドリーを裏切った私なんだから、彼じゃなくて、私を殴るなり犯すなりすればいいでしょ!!!!」

「……ミラ!……何を、言って、るんだ!!……」

 リカルドは殴られながらも、ミランダを窘めるように、悲しげに呟いたが、「まだ口が利けるだけの余裕があるのか!」とすかさず、顔を蹴飛ばされてしまう。

「ねぇ、お願い……。私のことを好きにしていから、これ以上、彼を傷つけないで……」

 ミランダは自分を拘束している男に向かって、涙ながらに懇願する。

「それは無理な話だ。ダドリー様から『男には何をしても構わないが、女には拘束する以外、一切手出しをするな』と命令されている」

 事務的に淡々と答えた男を憎々しげに睨むも、却って冷静さを取り戻したミランダはある疑問をぶつける。

「ねぇ……、何で、私達の居場所が分かったの……」

 男は相変わらず無表情のまま、機械的に答える。

「ダドリー様曰く、『この街の人間は私に逆らえる者など誰もいない。金を出しさえすれば、誰もが全て思い通りだ』ということだ」

「どういうことよ……」

「あんたとあの男の動向は、ダドリー様が雇った裏稼業の人間によって常に見張られていた。つまり、あんた達が出会い、お互いに恋に落ちていたことまでダドリー様には全て筒抜けだったって訳さ。夢を見させるだけ見させて、一気に絶望の底へ叩き落とす。それが自分を裏切ったことへの最大の罰だそうだ」

「…………」

 愕然とする余り、ミランダはそれ以上言葉を続けることが出来なかった。

 自分と関わらなければ、リカルドは今こうしてダドリーの取り巻き達から暴行を受けることはなかった。

 自分と出会わなければ……。

 

 呆然自失となったミランダのすぐ目の前では、男達の一人がギターケースを使ってリカルドを殴り始めている。

 あれは、人を殴るためのものじゃない。

 辛いことや苦しいことを、ほんの一瞬でも忘れさせてくれる、心地良い音色を引き出すため、ちょっとした幸福感を覚えさせてくれるものなんだ。


「もういいでしょ!!これ以上、彼を殴るのはやめてよ!!」

 だが、必死で泣き叫ぶミランダを嘲るように、男達は振り向いて下卑た笑いを彼女に向ける。すると、ミランダを拘束していた男の口から、耳を疑う信じられない発言が飛び出した。

「ケースの中身で殴ってやったらどうだ??」

 男達はニヤリといやらしく笑い、ギターケースからギターを取り出す。

 そして、地面に倒れ込んだまま、すでに動けない状態のリカルドにそれを力いっぱい振り下ろしたのだ。


 その瞬間、ミランダの意識は遠退き、目の前が暗転した。

 そして、その後の記憶の一切を失くしてしまったのだった。

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