第十四話
「ミラ、元気だったかい?」
二つの美しい宝石の主ーー、リカルドは、昨日もミランダに会っていたかのような、何気ない口調で尋ねる。
まさか彼の方から会いに来てくれるなんてーー、夢にも思っていなかった。
けれど、リカルドと会えたことが嬉しくて堪らない筈なのに、気まずい気持ちの方が勝り、ミランダは彼の真っ直ぐな視線から目を逸らした。
『あの男を始末することだってできる』
ダドリーの非情な言葉が脳裏に甦ると、ミランダは顎を前に突き出し、わざと高慢そうな笑みを浮かべてみせる。
「何しに来たのよ。店に来てお金を払いさえすれば、私を抱けるとでも思ったの??やっぱり貴方もただの男だったのね」
まったくもって心外だ、と言わんばかりに傷ついた顔をするリカルドに、『ごめんなさい、ごめんなさい……。本当は、貴方にそんな顔させたくないの。だけど、これ以上私に関わると、貴方を更に傷つけることが起きるかもしれないから、それだけは絶対に防ぎたいのよ……』と、ミランダは心の中でひたすら詫び続けた。
「だけど、今の私は男爵家子息の専属だから、他の客は取れないの。悪いわね」「……知ってるよ。君の事を、あの先輩から全部聞かされた」
(……やっぱりね……。あいつは男のくせにお喋りで、わざわざ話題に出さなくてもいいような下らない話もペラペラとよく喋っていたわ。今まで関係した娼婦とのベッドの中の話とか……)
ダドリーから金を握らされたことも手伝い、先輩面でこんこんと忠告する振りして、自分との情事を事細かに話しただろう。聞かなくても想像がついてしまうことが、嘆かわしくて堪らない。
ミランダは軽い眩暈すら覚え始め、頭がくらくらするのを堪えながら、一段と冷たい声でリカルドに言い放った。
「……じゃあ、私が本当はどんな女なのか、よーく分かったでしょ??私はね、貴方が思うよりずっと、狡くて汚い女なんだから」
腕を組み、少し自嘲の色を含んだ冷笑を浮かべると、ミランダは彼に鋭い視線を投げかける。
「……違うよ。君は傷つきやすい、綺麗な心を守ってるだけさ」
「…………」
リカルドはその視線に臆することなく、反対に、いつもの真っ直ぐで優しい視線でミランダを見つめ返し、微笑んでみせた。
彼は、どうして私みたいな身も心も汚れた女に対して、こんな風に笑い掛けてくれるのだろう。
リカルドの笑顔を見れば見る程、ミランダの心は嵐の海に浮かぶ小舟のように、今にも決壊するのではと思うくらいに激しく揺さぶられた。
「……何で、笑っているの……」
「いや、流行のドレスを身につけて、きちんと化粧をしたミラを見るのは初めてで、よく似合ってるし綺麗だなって。でも、大人ぶった笑い方はちょっと無理があるかな」
「……悪かったわね……」
先程、の彼の笑顔や台詞といい、何もかもを見透かされてることといい、こっちが恥ずかしくなるようなことばかりしないで欲しい、と、ミランダはいたたまれなくなり、ぷいっとそっぽを向く。
「今日はこの手紙を渡したかっただけなんだ」
リカルドは、四つ折に小さくたたまれた紙をシャツの胸ポケットから取り出し、ミランダに手渡す。
ミランダは手紙を一応受け取るが、読むべきかどうか迷い、何度も手紙とリカルドと、視線を交互に彷徨わせた後、意を決して手紙を開く。そして、ゆっくりゆっくりと、文面に目を通していく。
「……悪いけど、この手紙は受け取れないわ」
内容を一通り読み終えると、ミランダは手紙をくしゃくしゃに丸めて地面に投げ捨てる。
「それと、もう二度とここには来ないでね。さよなら」
ミランダに向かって何か言おうとするリカルドに背を向けると、ミランダは一度も振り返ることなく、店の中へ戻っていったのだった。