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第十一話

(1)

 北側にある銀杏の木の下に座り込むと、リカルドは幼い子供のような無邪気な笑顔で、ミランダが髪留めを付ける様子を眺めている。

 この笑顔だけ見ると、彼が自分より六歳も年上だとは到底思えないわね、などと思いながら、ミランダは左側の髪を耳に掛け、髪留めで止める。

「どうかしら??」

 この国特有の、やや陰りを帯びた太陽の光に照らされ、琥珀色の小さなガラスの星がキラキラと光り、輝くようなプラチナブロンドの長い髪や、星と同じ琥珀色の瞳によく映えている。

 眩いばかりに美しいミランダの姿に、リカルドはすっかり言葉を失ったまま、しばらくの間見惚れてしまっていた。

「……リカルド??」

 呆然としているリカルドに不安を覚えたのか、ミランダが彼の名を呼び掛けた次の瞬間、今度はミランダの方が呆然とすることになった。リカルドに唇を奪われたからだ。

 大きな猫目を見開き、身体を硬直させているミランダに、リカルドは照れ臭そうにして微笑む。

「ごめん。ミラがあんまりにも可愛かったから、つい……」

 可愛い、と言われたミランダは、恥ずかしくなって思い切り顔を俯かせてしまう。

 キスなんて今まで数えきれないくらいこなしてきたのに、何を今更、と思う反面、キスだけでこんなに胸がときめくことなど、今までにない経験でもあった。

 想像以上に初な反応を示すミランダの姿に、リカルドは恐る恐る尋ねる。

「……もしかして、キスしたのは初めて??」

 ミランダはどう答えるべきか迷ったものの、無言で小さく頷いてみせた。

 好きな男性とするのは初めて、ということであれば、嘘にはならないだろう。

「そっか」

 意外にも、リカルドの反応は素っ気ないものだった。

 もしかしたら、逆に重たい女と思われたのだろうか、と、ミランダは俯いたまままたもや不安を感じ始める。

「ミラ、僕は君のことが好きなんだ」

 リカルドから唐突な告白を受け、驚いたミランダは思わず顔を上げて彼の顔を凝視する。

「街から街へと流れて生きる根なし草の僕は、今まであえて女性と付き合おうとは思わなかったし、付き合ったとしても旅立つ時に後腐れなく別れられるような、気軽な関係しか持たなかった。でも、君とは、出来ることならこれからもずっと一緒にいたい、って思う。だから、まだ先の話だけど……、この街を出る時は僕に付いてきて欲しいんだ」

 リカルドはいつになく真剣な面持ちで、ミランダに告げる。

「勿論、君にもここでの生活があるし、簡単にイエスと言えるような話ではないって分かってる。ただ、もしも……、君がこの街をどうしても離れられない、と言うなら……、僕はこのまま、この街に定住しようと思う」

「……え……」

 リカルドの意外な言葉に、またしてもミランダは驚かされた。

「でも……、貴方言ってたじゃない。国中の街を回り切るまで、旅を続けたいって……」

「うん、出来ることなら旅は続けたいよ。でも、旅を続けること以上に君と一緒にいたい気持ちの方が強くなってしまったんだ」

「…………」

 リカルドがそこまで自分のことを想っていてくれたなんて。

 ミランダは嬉しい気持ちで胸がいっぱいになると同時に、心苦しさで胸が潰されそうにもなった。


 本当の私は、子供の頃から身を売り続ける娼婦で、しかもこの街の次期当主専属の囲われ者なの。


 やはり、真実を彼に打ち明けなければーー。


「私も、リカルドのことが、好き。誰よりも好きなの」

 ミランダは、精一杯の笑顔を浮かべてリカルドに想いを告げた。

 でもね……、と、重たい口をどうにか動かし、言葉を続けようとした時だった。


(2)

「あれ??リカルドじゃないか」

 どう見ても取り込み中、という重たい雰囲気にも関わらず、場違いなまでの明るい口調で一人の男が二人の傍へと近づいてきたのだ。

 誰なの、と、ミランダがリカルドに目線のみで尋ねると、「僕が働いている鉄工所の先輩ってとこかな」という答えが返って来た。

 しかし、その男を間近で見た途端、ミランダは座ったままで反射的に背を向けてしまった。

(……まずいわ……)

 その男は、ミランダがまだベビーブライドだった時に、何度か指名してきた客だったからだ。

「おい、リカルド。お前いつの間に女が出来……、……あ?」

 男はミランダの後ろ姿を訝し気にじろじろ眺める。

(……お願い!これ以上は何も言わないで!!)

 せめて、自分の正体くらいは自分の口からリカルドに告げたい。

 だが、ミランダの願いとは裏腹に、男はリカルドに忠告をし始めてしまった。

「……リカルド、こいつは止めておけ。俺達の給金二ヶ月分くらい払わないとヤらせてくれないし、最近じゃ男爵家のお坊ちゃんのお気に入りらしいぜ」

 あ〜あ、気の毒にな、と言わんばかりに、男はリカルドの肩をポンと軽く叩く。男の言っていることがいまいち飲み込めないのか、リカルドはただただ戸惑っている。

「なんだよ、知らないのか?こいつはな、スウィートヘブンって娼館の一番人気の娼婦だよ」

「えっ……」

 リカルドがミランダを振り返るよりも早く、ミランダは自分でも信じられない程の素早さで立ち上がった。そして、リカルドにも男にも目もくれず、一目散でその場から走り去っていったのだった。

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