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約束と龍の涙

作者: 紫生サラ

 その森の近くにはとても高くて険しい山がありました。小さな小さな黒い猫の子は楽しそうにその山を登ります。

 モクモク煙が昇る山の上が、猫の子の行きたい場所でした。


「龍さん、龍さん、遊びにきたよ」


 猫の子は山に上に大きく開いた穴を覗き込みながら言いました。けれども、そこには白い煙がモクモクしているだけで誰かがいるようには思えません。

 その上、誰も何も答えてくれません。まるで誰もいないみたい。


「あのねあのね、龍さん、今日はね、昨日のお話の続きをするね」


 猫の子はそう言って、煙の羽ばたく山の穴に向かってたった一匹でお話をしました。

 黒猫は旅をする旅猫の子でした。

黒猫のお母さんも立派な黒猫で、長い長い旅をして、とある森で子猫を生みました。

そして、生まれた兄弟の中の一番黒い、黒毛の子がまた旅をするのです。

 猫の子はまだまだ猫のお嬢さんでしたが、

たくさん旅をしていたので色々な事を知っていました。ですから、猫は旅で見たり聞いたりした話。森や川や山、お月様の伝説の話をしました。


「お月様にね、お願いするとお月様みたいな色の鳥さんが来て、お願いを聞いてくれるんだって……」


 猫の子はとても楽しそう話をしましたが、やっぱり誰も答えてくれませんでした。

 やがて夕方になると、猫の子は空を見上げていいました。


「もうこんな時間になっちゃった。龍さん、私、今日はもう帰るね。明日また来るから」


 小さな猫の子は小さな手を振り、山の穴にお別れをして山を下りていきました。

 これが猫の子の日課でした。

 猫の子が山を下りていくと、麓の森の動物達は不思議そうな目で猫の子を見つめました。


「あの子、今日も行ってきたみたいね」


「今日も無事に帰ってきたみたい」


「じゃあ、きっと龍に会わなかったんだ」


 動物達は口々に言いました。

 ここに来て十二日。

動物達の言葉に猫の子は首を傾げます。


「ねえ、みんなも龍さんに会いにいかない? あのねあのね、龍さんってとっても長い生きでとっても物知りなんだよ」


 猫の子は目をキラキラさせながら、みんなに言いました。

 動物達はみんな顔を見合わせます。

赤いたてがみの馬が首を下げながら言いました。


「君は龍の姿を見た事があるのかい?」


「いいえ、無いわ。でもね、こーんなに太くて長い赤いしっぽは見た事あるわ」


 猫の子は両手をいっぱいに広げて言いました。もちろん、猫の子の広げた両手よりも龍のしっぽはずっとずっと大きいのだけれど。

 すると青い毛並のうさぎが猫の子に近づきいいました。


「君は龍とお話をしたの?」


「初めて山を登った時に声を聞いたわ。ここには近づかない方がいい! って、言っていたのを聞いたも

の」


 動物達はまた顔を見合わせました。それから牛の親子と犬の姉妹が言いました。


「悪い事は言わない、龍には近づかない方がいいぞ」


「龍は大きな牙や爪があるのよ。きっとすごく凶暴に違いないわ」


「きいととても恐い顔をしているわ」


「とても大きな体で、近づくと踏みつぶされてしまうよ」


 最後に猫の子よりも小さなネズミが震えながら言いました。

 猫の子はやっぱり不思議に思いました。

 だって、牙や爪は猫にもありますし、顔が恐いかどうかは見なければわかりません。

あの山に誰も近づかないのに、あの山から出てこない龍さんに誰か踏まれた事があるのかしら? と、猫は思いました。

 猫の子はみんなに言われて少し考えましたが、次の日にはまた山に登っていってしまいました。次の日も、そのまた次の日も猫の子は山に出かけていきました。

 それでもやっぱり龍には会えませんでした。時々、龍のしっぽには会えましたが、顔は

見えませんでした。

 そんなある日の事。

猫の子は夜になっても山から帰りませんでした。猫の子は山の上で大きな満月を見て言いました。


「ほらほら、見て、龍さん。星がきれいだよ。お月様がこんなに大きいよ」


「……なさい」


「うん?」


「早く帰りなさい」


 猫が首を傾げていると大きな大きな影が猫を包みました。黒猫の子はその影にすっかり溶け込んでしまい、まるで自分が影になってしまったのではないかと思いました。

 猫の子が見上げると、そこには大きな大きな赤い龍が立っていたのです。


「龍さん、やっと会えたね。私とお話してくれるのね」


 暗くて龍の顔は見えませんでしたが、猫の子は大喜びでパッと顔を明るくしました。


「お話をしに来たわけじゃないわ。夜の山道は危ないから、もう帰りなさい」


「大丈夫、大丈夫! 私、夜でもよく見えるのよ」


「そういう問題ではないわ。猫の子……」


 龍は困ったように言いました。


「でも、龍さんにやっと会えたのに」


「……猫の子」


 龍は「もうここには来ない方がいいわ」と言おうとしましたが、それよりも早く猫の子は言いました。


「わかった。じゃあ、また明日来てもいい? 明日来たら、お話してくれる?」


 猫の子は目をキラキラさせながら龍を見上げました。龍はついに


「……ええ、いいわ。また明日ね」


 そう言いました。

 猫の子は大喜び。跳ねるように夜の山を下りていきました。

赤い龍は少し心配になって、鼻歌まじりで帰る小さな猫の子を空から見送りました。

 次の日、猫はまた山を登り、龍のもとへとやってきました。


「龍さん、来たよ~」


「……ええ」


 その日から、約束通り龍は猫とお話をしてくれるようになりました。けれど、龍の姿はいつもしっぽだけしか見えません。

 山の穴から太くて長い、大きなしっぽだけが出ているのです。

 それでも、猫は少しもかまいませんでした。だって、話せば答えてくれるのですから。

 龍はとても物知りでした。

 旅猫の猫も色々なものを見たり聞いたりしましたが、龍はそれよりもずっとずっと物知りでした。

 猫の子は知らない事をたくさん知ったり聞いたりしてとても喜びました。 

 龍はずっとここにいなければなりませでした。それは龍の仕事のようなものだから。ですから旅をして色々なものを見てきた猫の子の話はとてもおもしろく楽しかったのです。

 とくに、物知りの龍でも雪の事は知りませんでした。


「あのね、白くて、空からふわふわ降ってくるんだよ。それでね、地面が真っ白になっちゃうの」


「そうなの」


 龍のしっぽは楽しそうに揺れました。

 ここは暖かいし、誰も龍に雪の話をしてくれませんでした。

 龍は猫の子にしっぽしか見せませんでしたが、本当は毎日猫の子が訪ねてきてくれるのを楽しみにしていたのです。

 ここで何年も何十年もたった一匹で過ごす事は、本当は寂しくて淋しくて仕方がなかったのです。

 だから、猫が毎日来てくれて、本当はすごくうれしかったのでした。

 それでも、龍は猫の前にしっぽ以外の姿は見せませんでした。

龍にはわかっていたのです。龍には大きな牙や尖った爪がある事を。とても大きな体をしているし、恐い顔をしているのです。

 もし、姿を現して猫の子が恐がって、ここに来なくなってしまったら……そう思うと龍はますます山の穴の中に隠れたくなりました。

 龍は以前、山に迷い込んだ動物を助けようとした事がありました。けれど、その子は龍を見るなら怖がって山道を駆け下り、転んでケガをしてしまったのです。

 それからというもの、龍はできるだけ姿を見せないようにしていたのでした。


「うん? どうしたの? 龍さん?」


「ううん、何でもないわ」


 それしても、こうやって誰かが訪ねて来てくれて、話をしたり、笑ったり悲しんだり、感心したり、同じ事を思ったり、意見が食い違ったり……。

 龍は山の穴の中で微笑みました。


「ねぇねぇ、龍さん。私も龍さんのそばで話がしたいわ、そこまで下りていってもいい?」


「だ、ダメよ、あぶないわ」


 龍の住んでいる白い煙の出る山の穴と猫が覗き込んでいる所とは、かなり離れています。  

離れているにも関わらず、龍と猫の子は話ができました。けれど、猫の子は龍の所に行きたくて仕方がなかったのです。


「あのね、あのね、私、高い所から降りるのとても上手なのよ。私のお母さんもおばあちゃんもとっても上手だったの。だから、大丈夫よ」


「それでもダメ。だって、ここはとても暑いのよ。私は大丈夫だけど、あなたではここにいられないわ」


 龍は慌てていいました。猫の子が本当に来てしまいそうだったからです。


「そうなんだ……残念だなぁ」


 猫の子は心底残念そうに肩を落としました。

 ふと、龍は空が暗くなっている事に気が付きました。話に、夢中になってまた夜になっていたのです。


「ああ、もうこんなに暗くなっていた。猫の子、早く帰らないと。夜の山はあぶないわ」


「大丈夫だよ。じゃあ、また明日来るね」


 猫はいつものように龍のしっぽに小さな手を振って山を下りていきました。


「……」


 猫の子はああ言っていましたが、龍はやっぱり猫の事が心配でした。

夜の山道もよく見えないし、小さな猫の子が風に吹かれたりして転んでケガでもしたら大変です。

龍は大きな体を森の木に隠しながら、猫がちゃんと帰れるか、こっそりあとを追いました。猫の子は慣れた足取りでぴょんぴょん跳ねるように山道を下りていきます。


「……」


 それが何だか面白くて可愛くて、龍はずっと猫が帰るのを追って麓の森までやってきてしまいました。

 龍が猫を見送り終えて山に帰ろうとした時、森の動物達の話が聞こえてきました。


「あの猫の子、ずっと山に行っていたのね。いつか龍に食べられてしまうんじゃないかしら」


 ……!

 龍は驚いて、その場で小さく小さく、できるだけ小さくなって、まるで巨大な岩にでもなったかのようになって、その話に耳を傾けました。


「猫さんは龍が物知りで優しい、いい龍だって言うけど、本当かな?」


「そんな事あるもんか、大きな牙と鋭い爪できっと食べられてしまうに違いない」


「でも、あの猫の子は食べられないで帰ってくるよ? それでいつも、みんなも龍さんの所に行こうって

言うじゃない。龍さんはいい龍だから大丈夫だって」

 龍はとても驚きました。

猫の子がそんな風に森で言っていたという事を龍は知らなかったのです。


「大きな龍があんな小さな猫の子を食べてもお腹いっぱいにはならないだろう? だから、猫の子に言って私達を連れてこさせようとしているに違いないわ」


「そうか。みんな猫の子には気をつけないとダメだぞ」


「確かに、旅をしているよそ者だもんな」


 ……。

 龍は悲しくなりました。

 猫の子が自分の所に来ることで、みんなから悪く言われてしまう。

 龍は思いました。

 龍は一匹で生きていく事ができます。それは龍がとても強い生き物だから。

 でも、猫の子はどうでしょう? 猫は弱い生き物です。だから、仲間がいなくてはいけません。


「……」


 龍は森の動物達の話が終わり、みんながいなくなると、静かに山に帰って行きました。

 次の日、龍は、訪ねてきた猫の子に言いました。


「猫の子、あなたはもうここに来てはいけないわ」


 突然言われて猫の子はびっくりしました。


「どうして? どうして来てはいけないの?」


「私がここにいるのは、龍の仕事だからいるのよ。あなたとばかり遊んでいるわけにはいかないわ」


 龍はできるかぎり強めの口調で言いました。


「でも……」


「とにかく、今日はもう帰りなさい。そして明日からはもう来てはダメよ!」


 そういうと龍のしっぽは穴の中に入ってしまい、見えなくなってしまいました。


「……」


 猫の子はしばらくそこで座っていましたが、やがてあきらめて山を下りていきました。

 龍は穴の中でじっとして何も考えないようにしていました。

 これで、よかったんだ……。

 龍は長く生きる生き物。いつかは猫もいなくなる。そしたら、どうせまた一匹になるのだから。

 龍は自分に言い聞かせました。

 けれど、猫の子は次の日もやってきました。その次の日も、その次の日もやってきました。そして、帰り際にいつも「また、明日来るね」と言って帰るのでした。


「……猫の子」


 その夜、龍は思い切って山を熱く暑くしました。猫の子が入ってこられないぐらい熱くしたのです。道は熱く、森は燃え、とても歩く事ができないようにしてしまいました。

 朝、その事に気がついた森の動物達は大騒ぎになりました。

 山が大変なことになっているのです。森の動物達は近づくことができません。

 猫の子も山の麓で燃える山を見つめるだけで登ることができませんでした。

 山は何日も何日も燃えました。燃え終わらないのではないか思うほど燃えました。

 動物達は口々に言いました。

これは龍のせいに違いない。あの猫の子のせいに違いない。


「……」


 その声は龍には届きませんでしたが、猫の耳には聞こえていました。

 そんなある日の事、森から猫の子がいなくなりました。 


「旅猫だもの、きっと、また旅に出たに違いない」


 誰かが言いました。


「猫の子はこの森の子ではないものね」


 みんながそんな話をしている頃、山の様子を見に行っていた森の白い鳥達が空から叫びました。


「あの子が倒れている!」


「猫の子が山で倒れているよ!」


「誰か助けてあげて!」


 森の動物達は顔を見合わせました。


「なんだって!?」


 鳥達の声は、山の上の龍の耳にも聞こえてきました。


「猫の子が!?」


 龍は慌てて飛び立ちました。


「龍だ!」


「龍だ! 大きい龍だ!」


 鳥達が叫びました。けれど、龍はそんな事にかまっていられません。

 あの子、猫の子はどこ!?

 龍は空から猫を探しました。


「猫の子!」


 小さな小さな猫の子はいつもの道の途中で倒れていました。龍は急いで猫のもとに降り立ち猫の子を抱き上げました。


「猫の子猫の子! どうして、山を登ってきたの! 燃える山をどうして!?」


「……龍さん? ……あのね、あのね……だって、龍さんに会いに行くって約束したから」


「猫の子……」


 そこへ、鳥達の声を聞いて森の動物達が駆け付けました。けれど動物達は、何も言えずに、その場で猫を抱く龍の姿を見ていました。


「……でも、思った通り、龍さん全然怖い顔してないわ……手だって、こんなに柔らかいもの……」


「猫の子……」


「……あのね、お仕事邪魔してごめんね……」


 大きな赤い龍は小さな黒い猫の子を両手に抱いて泣きました。大粒の涙をいくつもいくつも流し、いつまでも泣きました。

 その涙は熱い大地に、燃える山に落ちては冷やし、火を消していきました。


「あれが……龍……」


 その涙を見た動物達は自分達が間違っていた事を知りました。龍は少しも恐い生き物ではありませんでした。自分達と同じように涙を流す生き物だったのです。森の動物達は龍と一緒に泣きました。

そして小さな小さな黒い旅猫の旅は大きな大きな龍の手の中で終えたのです。


   ※


 その山に今日もたくさんの動物の子らが登っていきます。その山に住む物知りで優しい赤い龍に会いに行くために。

 馬の坊や、犬の姉妹、牛の兄弟、ネズミと蛇のお嬢さん達。そしてたくさんの猫達。

 龍はとても物知りでした。だから森の動物達の先生になったのです。


「先生、雪ってどんなの?」


「雪? そうね……」


 でも、やっぱり龍は雪を見た事はありませんでした。だから、決まってこう言いました。


「……白くて、空からふわふわ降ってくるの。それで地面を真っ白にしてしまうのよ」と。


「真っ白に? 本当?」


「ええ本当よ。だって、先生の大切なお友達が言っていたもの」


「先生のお友達、物知りなんだね」


「ええ、自慢のお友達なの……」


 龍はそれから長く長く生きて、たくさんの動物達に知恵を授けました。

 長く長く生きて、何百年と生きても、龍は猫の子の事を忘れませんでした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 猫の子の愛らしさも、龍の優しさも、ほっこりとあたたかい気持ちになれるお話でした。 [一言] 童話の日刊ランキング9位、おめでとうございます☆彡
[良い点] 感想のほうから飛んできました! とっても優しい文章で、優しい気持ちになりました。 龍も猫の子も、優しくて可愛らしいです^^ 少しだけ不器用な、どこまでも思いやりのあるストーリーが、とっても…
[良い点] サラさんに一番最初に感想を書いた時、確か、物語らしい物語を書かれる方だなぁ♪ と思いました、みたいなことを書いた記憶がありますφ(^-^)。 確かその最初に読んだのが『約束の龍の谷』であり…
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