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間に合った。
転送装置の向こう側、火山の街ゲート付近。
そこで仰向けに倒れていた。
常に広がる黒煙。
青く澄んだ空を、黒く塗りつぶそうとしているようだった。
閉じそうになる目を何とかこじ開け、気だるい身体を両足で支える。
さて、と。
報告に行きますか。
私は街の奥へと向かっていった。
☆★☆★
一組の男女が街を歩いている。
別に珍しい事ではない。
他にもそういった組み合わせはいる。
だが。
違う点で見れば、珍しい組み合わせかもしれない。
俺と、バジさん。
トップランカーの二人。
最強を目指す者たちにとって、この二つの名前はよく目にするものだった。
「君のお友達、名前はなんだったかな?」
ギルドの拠点を目指しながら、バジさんが口を開く。
「友達?」
「そう、オフラインの。」
あぁ。
一瞬わからなかった。
あいつか。
「たしか……」
「ライゼル。」
そうかと呟きながらも歩き続ける。
人は多い。
だが、見失うほどでもない。
「サムライで攻撃特化にする、っていってた。」
「ふむふむ、完全に君の後輩になる訳だな。」
「後輩?」
どこまでも続くような雑踏の中。
二人は歩き続ける。
「だってそうだろう?」
「同じ職なのだから。」
後輩、ね。
「リア友です。」
言い放つ俺を無視して、彼女はある建物の扉を開けた。
「ただいまー。」
明るくふるまう彼女の言葉に、反応する者は誰一人としていなかった。
薄暗いその部屋へ、彼女について入っていく。
足音が響く。
テーブルとテーブルの間を抜け、奥へと進む。
誰もいないバーカウンターに二人は腰かけた。
「二人はさみしいな……」
「うん……」
激しく同意。
ギルドを作ると、人数にかかわらずこのサイズが支給される。
NPCもいない。
ただ二人だけのギルド。
「君のお友達も入ってくれるとうれしいなぁ。」
「どうだろう?」
頬杖を突きながら答える。
「早けりゃ火山だろうけどね。」
「アクエリアいるし、苦戦してそう。」
初めて遭遇するドラゴン種。
強かった。
「倒さなくてもいい、って気づかないと。」
「そこから進めないね。」
窓から差し込む光が、赤く染まりつつある。
オフラインでは動かなかった時間が、一時間と三十分をかけて一日をめぐる。
埃っぽいその部屋は、少し動いただけで舞い上がる。
西日がそれに反射して、斜めに鋭く入り込んでいる様子が見えた。
★☆★☆
特に何も言われなかった。
次の目的地はどこなのだろうか。
疑問を抱えたまま、行けるようになった一本道を進み始める。
NPC達は復活し、少し後ろをついてきていた。
寂れた街道。
特に目もくれず、ただ道なりに歩き続ける。
会話は無い。
そもそもコンピューターと会話なんて、誰がするものか。
現れる敵をなぎ倒しながら、そんなことを考える。
火山由来のグレーの世界が、少しづつ色彩豊かな物になってきていた。
鮮やかな緑、咲き誇る花々。
疑似的とはいえ、やはり自然の中は気持ちいい。
そしてたどり着く、綺麗な浜辺の港町。
浜辺もあり、港もある素敵な町だ。
たぶん道中で、少しはNPCも強くなっただろう。
街へ踏み込んだ瞬間に、いつも通りに始まった、強制イベント。
海のダンジョンのボス討伐依頼。
変わり映えしないなと思いながら、ダンジョンへと向かった。
陸からある程度離れた孤島。
それ全体がダンジョンと化していた。
ここまで船で送って貰ったのだが、帰りはどうするのだろう?
転送装置は町に飛ぶのか、船に飛ぶのか……
そんないらない心配をしながら、内部へと侵攻する。
露出する岩肌。
天然由来のその光景は神秘的であり、また現実に存在してもおかしくはないほどの物だった。
ある程度の雑魚が出てきているが、今のところ全て物理攻撃が通る。
仕掛け解除の為の水中での行動も、チートにより問題なく完遂されていく。
ある仕掛けを解除した時、これまでとは違った扉が開く。
そろそろ、かな?
くぐり抜けた先、そこは中央に水が張るだけの部屋。
足場はわずか、この扉のある位置だけ。
全員がくぐり抜けると、当然のように扉は閉じる。
これまでとは違う、太古の遺跡のような石つくりの内装。
所々色が剥げてきてはいるが、綺麗な青を基調とした模様が一面に施されている。
天からは、何らかの光が差し込んでいる。
ざっと見た感じ、敵はいないな。
となるとここかな、水中を覗き込む。
天に対して、真っ暗な地。
かなり深い。
その時初めて、かなりの速度で水かさが増えていることに気が付いた。
上がり続ける水面は、膝を、腰を、胸をも越えて上昇を続ける。
ついに足が浮かび上がったころ、底から浮上する影がいた。
あらゆるファンタジーにおいて、当然のように出てくる存在。
マーメイド。
小さく、そう表示された。
女性の上半身に、魚の尾ひれ。
手にした琴は、どう考えても殴るためのものではない。
相手を捉えたまま、水中に潜る。
互いは互いの目を見たまま、一定の距離を保ち続ける。
マーメイドの手が動き、奏でられる琴。
その音は美しく遺跡と共鳴し、水中を響き渡る。
何が起こるか分からない。
草原のダンジョンでの事を思い出した。
何かが起こるよりも先に、倒す!
柄を強く握り、素早く踏み込んだ。
――つもりだった。
水中に浮かぶその身体。
踏み込まれるべき足場は、そこには無かった。
水平に刀を構える。
先端へと光が移動するよりも早く、私は眠りについた。
知らない男性体。
それと戦う私。
見た夢はそれだけだった。
水中で目を覚ます。
チートにより、水中で呼吸ができるために助かった命。
ダメージは受けていない。
ただ、眠らされるだけか。
それでも厄介なことに変わりはない。
敵の位置を探る。
周囲には見当たらない。
再び響き始める琴の音に、上方にいる事に気が付く。
上から差し込む光を背に、その美しきシルエットを落とし続ける。
同じように水平方向に構えるのだが、また眠らされてしまうのだった。
撃ちこまれる弾丸を、刀の対弾丸防御用スキルで弾き飛ばす。
間髪入れずに襲い来る三方向からの斬撃。
それらを二つは避け、一つをはじき返す。
肉薄したその状況で、私は敵の胸元に突き立てた。
目を開く。
もういい。
斬撃スキルを試すのはやめだ。
後でチートコードでも加えておこう。
状態異常を無効化するコードがあったはず。
水中では、チートコード選択の画面に入れない。
音が鳴り始めるよりも先に、溜め時間が短い光弾スキルを溜め始める。
敵はどこだ?
探し始める、と同時に音が鳴り始める。
今度は背後から。
振り向きざまに、溜めたそれを飛ばした。
急激に重たくなる瞼と戦いながら、着弾したことを確認する。
完全にオーバーキル。
音が止み、眠気も消えた。
なかなかに厄介な相手だった。
出口はどこだと探し始めるが、水が引く様子がない。
取りあえず水面に顔を出すと、眠ったままのNPC達がいた。
放っておくか……
倒した後もなお水面は上昇を続け、高所の足場へと手が届くようになっていた。
手をかけ、重たい身体を引き上げる。
立ち上がると同時に、正面にあるボス部屋特有の扉が開く。
私はその扉へと、たった一人で歩き始めた。
新しくコードを起動するのを忘れて――