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Sin Spec Memory F  作者: 直斗
チュートリアル
5/43

5

5


文字通り、最深部。

マップで最も深い位置。

今、私はそこに到達していた。

しかし何だ、ここは。

てっきり、ボスがいる物だと思っていた。

だがあるのは、地底湖。

滾る溶岩のさらに下には、静かに眠る湖があったのだ。

そこに突き出るようになっている足場。

後ろには、入ってきた扉しかない。

ここから湖までは、やや高さがある。

まだ、キーモンスターさえ倒せていない。

飛び込む、しかないのか。

地下と言うこともあり、先ほどとは打って変わっり刺すように冷える。

どうにか回避できないかと、周囲をよく見るが何もない。

地面にも、床にも、天井さえも。

水面を見ようとするが、暗くてよく分からない。

ただ分かるのは、何かがいると言うことだけ。

時折聞こえる、水が撥ねる音がそれを裏付ける。

目を閉じ、大きく息を吐いた。


よし。


一旦大きく屈み、一気に体を伸ばす。

同時に足は、大きく地を蹴った。

目を閉じ、鼻と強くつまむ。

強い衝撃は冷たさも相まって、より一層身を痛めつける。

ある程度沈み、ゆっくりと浮上を始める。

ドボンドボンと、続けざまにNPC達も降ってくる。

水面に顔を出すと少し離れた位置で、NPC達も次々と顔を出し始める。

真上には先ほどまで、私たちが居た足場がある。

一階分だろうか。

どうやら、下の階に来たようだ。

上の階で扉があった位置、下の階にも同じように扉がある。

そちらへと泳ぎだしたとき、アルケミストが引き込まれるように消えた。

そうだった。

何かがいるのを完全に忘れていた。

寒さで震えながらも、水中で刀に手をかける。

残ったNPC達も臨戦態勢に入る。


どこだ?


水中のどこか。

不気味なまでの静けさに、精神が極端にすり減らされる。

周りを警戒しながらも、ゆっくりと岸に向かって移動していく。

この時巨大な影が足元を通過したのだが、気づかないでいた。

岸までもう少し。

手を伸ばせば届きそうな程にまで近づいた瞬間、私と岸との間に何かが突き上げた。

反動で岸から遠ざかる。

巨大なドラゴン。

一言で表現するなら、これが最もふさわしいだろう。

アクエリア・ドラゴン。

胸部から上を水上に出したまま、こちらをギロリと睨んだ。

刀に手をかける。

全体が輝き始めると同時に、奴の背中から高圧の水が吹き出る。

まるで羽のようだ。

そのアクアブースターの力を借りて、高速で頭から突っ込んでくる。

チートを使っていてもギリギリのスピード。

その頭に居合を放ち、現れた数字は表示できる最大。

ぶつかり合った時、角は私の攻撃で砕けた。

だが奴は、それを物ともせずに突っ込んでくる。

刀で突進を受け止めきれず、そのまま水中へと押し込まれる。


強い。


背中から感じる水の勢いに、どれほどの深度があるのだろうと焦り始める。

こいつはこのまま、湖底にぶつける気だ。

すさまじい水圧の変化に、全身が激しく痛む。

回避しなくては。

体をどうにか動かし、横へとそれる。

ドラゴンは一匹だけで湖底へと衝突した。

今のうちに、呼吸をしないと。

大急ぎで浮上を始める。

あと少し。

あと少しで水面というところで、黒い影が追いつきこちらを見ていた。

目が赤く光り、強靭な尻尾で深い湖の底へと沈められた。

背が底に着いた。

とどめを刺そうと、高速で突進してくる。

もうこれ以上、息が続かない。


――これで決める。


突進スキルを一瞬で溜め、湖底を強く蹴り飛ばす。

積もった砂が舞い上がる。

互いの突進が、正面から衝突した。




くっそ。

チート使ってこのざまかよ。

俺は、現実へと戻ってきていた。

それが意味することはただ一つ。


敗北


あの時の俺は、最大ダメージのコードを使っていた。

奴の突進は、受け止めつつも攻撃していたはず。

しかも二回。

それでいての敗北。

考えられるとすれば、倒せない敵。

と、言うことだろうか。

しかし、角の部位破壊はできていた。

つまり、攻撃は入っている。

倒せるのか、倒せないのか。

それを確かめる術を、持ち合わせてはいない。

今度会ったら逃げよう。

そう決心し、再びゲームの世界へともぐりこんだ。




長い時間をかけバーナを倒し、先ほどと同じ地底湖上層。

ここに来る前に、新たなコードを起動していた。


暑さ寒さ無効。


これにより暑くなく、寒くもない快適な状態へと変化した。

さてと。

湖へと向き直る。

先ほど死んだ原因は、酸素不足。

思うように呼吸が出来ず、それが理由で体力が一瞬で削られた。

それを防ぐためのコードは何かないか。

その場で十回、ジャンプする。

訪れたチートの世界。

大量にあるコードの中から、求めている効果を得られそうなコードを探していく。

見つけた。


水中呼吸可能。


それを選択し、ゲームに戻った。

これで使用しているコードは、五つかな。

新しいコードの効果は、地上にいる間は特に変化は感じられない。

相も変わらず、不気味な湖面。

私は、一気に水中へと飛び込んだ。

細かい泡を纏いながら沈み、そして浮かんでいく。

コードの効果によって呼吸ができるはずだが、どうにも本能がそれを阻害する。

大量な0と1から作られた、疑似的な水。

偽物であるとわかっていても、体感的には本物のそれと何ら変わりはない。

水面へ顔を出し、大きく息を吸う。

まだ、近くにはいないようだ。

少なくとも目の届く位置にはいない。

さて。

逃げよう。

ゆっくりと、気配を隠すように扉のある岸へと泳ぐ。

たどり着いた瞬間、初めて気が付いた。


NPCはどうしたんだ?


おかしいも何も、誰一人として顔を出さないでいる。

立ち上がり、湖面を目を凝らして見る。

やはりいない。

波も、泡も見当たらない。

深く静かなまでの湖面に、死に近い静けさを感じていた。

一瞬、何かの陰が見えた。

刀に手をかける。

その影は徐々に、大きくなって来る。

大きく水しぶきを上げ、現れたのは――


ナイトだった。


アクエリア・ドラゴンは、NPCに気を取られているのだろうか。

アルケミストとガンマンが現れない。

死んでしまったのかも。

もしそうでなくても、待っている暇はない。

せっかく作ってくれた時間、無駄にするわけにはいかない。

今度はここを突破する。

背を向けた瞬間、一本の鋭い水柱が天井の岩を削った。

それに貫かれたナイトは、戦闘不能に陥る。

慌てて振り返ると、そこには一匹の竜がいた。

水上と陸上。

互いの領地から、互いが出ないでいる。

少しでも有利に戦いたい。

戦うのであれば。

正真正銘の一騎打ち。

湖はさざ波を立て始める。

私は鞘に入ったままの刀を、強く握った。

鞘は、刀は全体が鈍く光り始める。

それを抜くことなく握ったまま、じりじりと後退し始める。

目を合わせたまま、扉の方へ。

五、六歩ほど下がったとき、すさまじいほどの水音が響き始める。

水の翼膜。


ようやくこっちに来る気になったか。


水の噴射は、その巨体をゆっくりと浮かび上がらせる。

天井近くまで舞い上がり、こちらを見下ろす。

光る植物群をバックに、滞空するその姿はなかなかに神々しい。

本当は今のうちに背を向けて逃げたいのだが、いつ攻撃が来るか全くわからない。

それ故、目を離せないでいた。

奴の口が開く。

その瞬間、鋭い水がそこから放たれる。


――早い!


瞬間的に後ろへと飛び退く。

ギリギリだった。

よく見ていなければ、当たっていただろう。

16倍速の認識力、判断力、行動スピードをもってしてもギリギリの戦い。

こいつ、中ボスだよな?

この強さで中ボスでもないなら、ラスボスを倒せないかもしれない。

そんな余計な心配をしているうちに、敵は更なる攻撃のため体制を立て直す。

そこから一瞬身を引いたのち、頭からまっすぐ突っ込んできた。

ブレスほど早くない。

横へ身をかわし、刺さって動けないそいつの体を駆け上がる。

狙いは、ただ一つ。

羽の部位破壊。

角の部位破壊が出来るなら、羽も破壊できるだろう。

確信はない。

ただ、なんとなくそんな気がした。

羽に、渾身の居合を当てる。

早くも浮かびかけていたその体は、羽の部位破壊によってコントロールを失う。

右へ左へ、上へ下へと大きくぐらつきながらも、湖へと大きく水しぶきを上げながら落ちて行った。

私は背を向け刀をしまい、堂々とその部屋を後にした。

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