5
5
文字通り、最深部。
マップで最も深い位置。
今、私はそこに到達していた。
しかし何だ、ここは。
てっきり、ボスがいる物だと思っていた。
だがあるのは、地底湖。
滾る溶岩のさらに下には、静かに眠る湖があったのだ。
そこに突き出るようになっている足場。
後ろには、入ってきた扉しかない。
ここから湖までは、やや高さがある。
まだ、キーモンスターさえ倒せていない。
飛び込む、しかないのか。
地下と言うこともあり、先ほどとは打って変わっり刺すように冷える。
どうにか回避できないかと、周囲をよく見るが何もない。
地面にも、床にも、天井さえも。
水面を見ようとするが、暗くてよく分からない。
ただ分かるのは、何かがいると言うことだけ。
時折聞こえる、水が撥ねる音がそれを裏付ける。
目を閉じ、大きく息を吐いた。
よし。
一旦大きく屈み、一気に体を伸ばす。
同時に足は、大きく地を蹴った。
目を閉じ、鼻と強くつまむ。
強い衝撃は冷たさも相まって、より一層身を痛めつける。
ある程度沈み、ゆっくりと浮上を始める。
ドボンドボンと、続けざまにNPC達も降ってくる。
水面に顔を出すと少し離れた位置で、NPC達も次々と顔を出し始める。
真上には先ほどまで、私たちが居た足場がある。
一階分だろうか。
どうやら、下の階に来たようだ。
上の階で扉があった位置、下の階にも同じように扉がある。
そちらへと泳ぎだしたとき、アルケミストが引き込まれるように消えた。
そうだった。
何かがいるのを完全に忘れていた。
寒さで震えながらも、水中で刀に手をかける。
残ったNPC達も臨戦態勢に入る。
どこだ?
水中のどこか。
不気味なまでの静けさに、精神が極端にすり減らされる。
周りを警戒しながらも、ゆっくりと岸に向かって移動していく。
この時巨大な影が足元を通過したのだが、気づかないでいた。
岸までもう少し。
手を伸ばせば届きそうな程にまで近づいた瞬間、私と岸との間に何かが突き上げた。
反動で岸から遠ざかる。
巨大なドラゴン。
一言で表現するなら、これが最もふさわしいだろう。
アクエリア・ドラゴン。
胸部から上を水上に出したまま、こちらをギロリと睨んだ。
刀に手をかける。
全体が輝き始めると同時に、奴の背中から高圧の水が吹き出る。
まるで羽のようだ。
そのアクアブースターの力を借りて、高速で頭から突っ込んでくる。
チートを使っていてもギリギリのスピード。
その頭に居合を放ち、現れた数字は表示できる最大。
ぶつかり合った時、角は私の攻撃で砕けた。
だが奴は、それを物ともせずに突っ込んでくる。
刀で突進を受け止めきれず、そのまま水中へと押し込まれる。
強い。
背中から感じる水の勢いに、どれほどの深度があるのだろうと焦り始める。
こいつはこのまま、湖底にぶつける気だ。
すさまじい水圧の変化に、全身が激しく痛む。
回避しなくては。
体をどうにか動かし、横へとそれる。
ドラゴンは一匹だけで湖底へと衝突した。
今のうちに、呼吸をしないと。
大急ぎで浮上を始める。
あと少し。
あと少しで水面というところで、黒い影が追いつきこちらを見ていた。
目が赤く光り、強靭な尻尾で深い湖の底へと沈められた。
背が底に着いた。
とどめを刺そうと、高速で突進してくる。
もうこれ以上、息が続かない。
――これで決める。
突進スキルを一瞬で溜め、湖底を強く蹴り飛ばす。
積もった砂が舞い上がる。
互いの突進が、正面から衝突した。
くっそ。
チート使ってこのざまかよ。
俺は、現実へと戻ってきていた。
それが意味することはただ一つ。
敗北
あの時の俺は、最大ダメージのコードを使っていた。
奴の突進は、受け止めつつも攻撃していたはず。
しかも二回。
それでいての敗北。
考えられるとすれば、倒せない敵。
と、言うことだろうか。
しかし、角の部位破壊はできていた。
つまり、攻撃は入っている。
倒せるのか、倒せないのか。
それを確かめる術を、持ち合わせてはいない。
今度会ったら逃げよう。
そう決心し、再びゲームの世界へともぐりこんだ。
長い時間をかけバーナを倒し、先ほどと同じ地底湖上層。
ここに来る前に、新たなコードを起動していた。
暑さ寒さ無効。
これにより暑くなく、寒くもない快適な状態へと変化した。
さてと。
湖へと向き直る。
先ほど死んだ原因は、酸素不足。
思うように呼吸が出来ず、それが理由で体力が一瞬で削られた。
それを防ぐためのコードは何かないか。
その場で十回、ジャンプする。
訪れたチートの世界。
大量にあるコードの中から、求めている効果を得られそうなコードを探していく。
見つけた。
水中呼吸可能。
それを選択し、ゲームに戻った。
これで使用しているコードは、五つかな。
新しいコードの効果は、地上にいる間は特に変化は感じられない。
相も変わらず、不気味な湖面。
私は、一気に水中へと飛び込んだ。
細かい泡を纏いながら沈み、そして浮かんでいく。
コードの効果によって呼吸ができるはずだが、どうにも本能がそれを阻害する。
大量な0と1から作られた、疑似的な水。
偽物であるとわかっていても、体感的には本物のそれと何ら変わりはない。
水面へ顔を出し、大きく息を吸う。
まだ、近くにはいないようだ。
少なくとも目の届く位置にはいない。
さて。
逃げよう。
ゆっくりと、気配を隠すように扉のある岸へと泳ぐ。
たどり着いた瞬間、初めて気が付いた。
NPCはどうしたんだ?
おかしいも何も、誰一人として顔を出さないでいる。
立ち上がり、湖面を目を凝らして見る。
やはりいない。
波も、泡も見当たらない。
深く静かなまでの湖面に、死に近い静けさを感じていた。
一瞬、何かの陰が見えた。
刀に手をかける。
その影は徐々に、大きくなって来る。
大きく水しぶきを上げ、現れたのは――
ナイトだった。
アクエリア・ドラゴンは、NPCに気を取られているのだろうか。
アルケミストとガンマンが現れない。
死んでしまったのかも。
もしそうでなくても、待っている暇はない。
せっかく作ってくれた時間、無駄にするわけにはいかない。
今度はここを突破する。
背を向けた瞬間、一本の鋭い水柱が天井の岩を削った。
それに貫かれたナイトは、戦闘不能に陥る。
慌てて振り返ると、そこには一匹の竜がいた。
水上と陸上。
互いの領地から、互いが出ないでいる。
少しでも有利に戦いたい。
戦うのであれば。
正真正銘の一騎打ち。
湖はさざ波を立て始める。
私は鞘に入ったままの刀を、強く握った。
鞘は、刀は全体が鈍く光り始める。
それを抜くことなく握ったまま、じりじりと後退し始める。
目を合わせたまま、扉の方へ。
五、六歩ほど下がったとき、すさまじいほどの水音が響き始める。
水の翼膜。
ようやくこっちに来る気になったか。
水の噴射は、その巨体をゆっくりと浮かび上がらせる。
天井近くまで舞い上がり、こちらを見下ろす。
光る植物群をバックに、滞空するその姿はなかなかに神々しい。
本当は今のうちに背を向けて逃げたいのだが、いつ攻撃が来るか全くわからない。
それ故、目を離せないでいた。
奴の口が開く。
その瞬間、鋭い水がそこから放たれる。
――早い!
瞬間的に後ろへと飛び退く。
ギリギリだった。
よく見ていなければ、当たっていただろう。
16倍速の認識力、判断力、行動スピードをもってしてもギリギリの戦い。
こいつ、中ボスだよな?
この強さで中ボスでもないなら、ラスボスを倒せないかもしれない。
そんな余計な心配をしているうちに、敵は更なる攻撃のため体制を立て直す。
そこから一瞬身を引いたのち、頭からまっすぐ突っ込んできた。
ブレスほど早くない。
横へ身をかわし、刺さって動けないそいつの体を駆け上がる。
狙いは、ただ一つ。
羽の部位破壊。
角の部位破壊が出来るなら、羽も破壊できるだろう。
確信はない。
ただ、なんとなくそんな気がした。
羽に、渾身の居合を当てる。
早くも浮かびかけていたその体は、羽の部位破壊によってコントロールを失う。
右へ左へ、上へ下へと大きくぐらつきながらも、湖へと大きく水しぶきを上げながら落ちて行った。
私は背を向け刀をしまい、堂々とその部屋を後にした。