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雲海を抜け、遥か下に見える二台のスズメバチ。
通常ではありえない荒い操作の元、二つの敵機へと近づきつつあった。
「撃たなくてもいいのか?」
操縦席には二つの席がある。
片側は、ヘリそのものの移動を制御する席。
残りはランチャーと機銃そして、ミサイルの三つを操作する為の席。
二人はそれぞれの席に腰掛けた状態で、下方の二機を猛追する。
「まだ、撃ってはだめ。」
「残りの耐久値が20を切っているから、正面から撃ち合っても勝てないよ。」
コックピットから正面を見たまま、アッシュは答えた。
先の戦闘により、ヘリからは黒煙が出ている。
間もなく破壊されてしまうであろうことは、信玄から見ても明らかだった。
「じゃあ、どうすんだ?」
残り少ない耐久値。
残り少ない稼働時間。
それらで、残りの二機を落とすことが出来るのだろうか。
いや、落とさねばならない。
「私に考えがある。」
間もなく海岸を抜けようとしている。
どうにか、山を超える前に決着をつけておきたい。
勝負は一瞬で。
アッシュからの提案に、信玄は思わずにやりとした。
平行に飛びながら、敵機の上方からゆっくりと同じ高さへと降りてゆく。
「頼むよ信玄。」
ようやくこちらの存在に気づいた敵。
ドアガンからの機銃が撃ち落とそうと攻撃を始める。
「がら空きじゃねーか!」
銃座の敵が、叫ぶ。
開け放たれたドア。
そこにはアッシュが盾を構えて立っていた。
雨よりも激しい弾丸は、アッシュの盾へとヒットする。
激しい火花を散らせながら、必死に弾丸の衝撃を押さえつけた。
反射スキル。
それは盾のみが使え、線状に動く遠距離攻撃を威力を挙げて跳ね返す。
フィールドギミックの扱いとなっているこの弾丸。
それは、敵にも味方にもヒットする攻撃となっている。
一瞬の金属音。
いくつもの弾丸が盾に当たり、まっすぐその銃座をコントロールする敵へとヒットした。
ログアウトし、誰もいなくなった銃座。
一気に二人は敵のヘリへと乗り込んだ。
二つある銃座は、アッシュのスキルによって解放されている。
残るは二人。
操縦席の二人は、まだ後ろで何があったのか知らない。
アッシュ達が乗っていた無人のヘリは、煙をあげながら高度を下げてゆく。
「やっと地雷をやっつけたか。」
何も知らないパイロットの一人が呟く。
唐突に加速する無人ヘリ。
それはやや前方の下を飛ぶ友軍機へと向かってゆく。
「おい、あれ撃ち落とせ!」
火機を操作するプレイヤーへと、慌てて指示が出される。
激しい黒煙。
それが今、前方の視界を塞ぐ。
「二機目、撃破。」
アッシュが呟くと同時に、空中で激しい爆発が起こった。
ヘリとヘリとの空中衝突。
壊れたテイルローターが、激しく回転しながらすぐ近くを飛んでゆく。
ドアガンから放たれる二発の弾丸。
それは、火機を操作するプレイヤーの頭を貫いた。
「何だ、てめえらは!」
ようやく敵襲に気づいたパイロット。
だが、アナライザーのスキルが無いために、操縦桿を手放すわけにはいかない。
「おっと、動くなよ。」
「木端微塵に吹き飛んじまうからな。」
刀の先端を向け、脅す信玄。
最も味方であるために、ダメージを与える事は出来ない。
だが防衛本能そのものには、しっかりと働きかける。
「ありがとう信玄。」
「作戦成功、だね。」
敵に握られた操縦桿へ、アッシュが手をかざす。
アナライザーのスキル。
それにより、ほんのりと輝き始める。
「もう大丈夫。」
「それ、捨てといて。」
無慈悲な指示に、信玄は従う。
腕をつかむと、無理やりヘリの外から放り投げた。
悲鳴を上げながら落ちてゆく敵。
落下によるダメージはどうだったかなと、ぼんやりと考えながら断末魔に耳を澄ませる。
まだ、ぎりぎり浜辺を越えていない。
落下ダメージが無くとも、徒歩ではここを越えようとは思わないだろう。
差しかかる山岳地帯。
先ほどまで一切の緑も無かった大地に、草が、木が生い茂り始める。
それらは赤色の太陽に照らされ、何とも言えない輝きを放っている。
真っ黒な影を地に落としながら、二人はライゼルの元へと急ぐ。
山の頂上を越え、第二の浜辺。
即ち、ライゼルのいる激戦区へと刺しかかろうとしたその瞬間。
信玄が叫んだ。
「アッシュ、下みろ!!」
「山だ、山!」
唐突にドアガンを掃射し始める信玄に、アッシュは困惑する。
一体何に対して撃っているのか。
慌てて立ち上がり、扉から下を見下ろす。
そこには今まさに、山を越えんとする雑魚敵の大群が押し寄せつつあった。
「え……」
下が見えない操縦席に座っていた彼女には、分かるはずが無かった。
大きく旋回しながら、残ったドアガンの操作へと向かう。
一体ライゼルに何があったのか。
この程度の敵を逃がすほど弱くないことは、十分すぎるほど知っている。
木々に紛れた敵の大群。
一匹たりとも逃がすわけにはいかない。
アッシュはそっと目を閉じた。
「敵座標計算、スキルハイパーリンク。」
「信玄、ライゼルを選択。」
開かれたその眼。
それは片目だけ、赤く変色していた。
「弾道補正……」
「ロック……」
ただがむしゃらに。
ただひたすらに、撃ち続けた。
どこに撃っても当たる。
それほどまでに多い、敵の数。
ランチャーが敵の大群を吹き飛ばす。
だが、まだ足りない。
開けられた軍隊の穴を埋めるように、すぐさま集まってくる。
吹き飛ばされた死骸を、残骸を越えて。
おぞましい勢いで突っ切ってゆく。
「一体ライゼルさんは何をしているんだ!」
このままでは航行可能時間が終わり、墜落のダメージを負ってしまう。
とっさの判断で、アッシュは信玄を山の頂上部へと下ろした。
「アッシュ、お前はどうすんだ?」
たった一人で何が出来るというのか。
そんな思いが、先の言葉を投げかけさせた。
だが。
先ほどまでの戦闘では……
「ちょっと、ライゼル連れてくるから。」
「ここで出来る限り食い止めていて。」
遠ざかる機体。
迫る敵。
役に立てなかった。
アッシュに任せきりとなってしまっていた。
そんな思いが信玄の身体を動かせる。
役に、立つぜ。
脅す事だけに使った刀をしまい、二本の槍を手にすると。
ただ一人。
敵軍へと真っ向から向かっていった。