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ライゼルをおろし、少しだけ軽くなったヘリコプター。
それは今、来たルートを戻りつつあった。
「あと、三分か……」
残り使用可能時間。
それが尽きると、飛べなくなってしまう。
ただ飛べなくなるだけではなく、機銃やランチャー、ミサイルと言った兵装も使用できない。
これらの装備は極めて強力なため、本来ならば終盤まで取っておくのが定石となっている。
「俺らはどうすんだ?」
ドアガンの銃座に腰掛けた、信玄が尋ねる。
前に大きく傾いた機体。
信玄がいる反対側の銃座に、アッシュはいた。
「これから残りのヘリの破壊かな。」
全部で四台のヘリ。
そのうちの一台は今、こうして使ってしまっている。
「ヘリって、破壊できるのか?」
見えてきた味方の固定砲台群。
それらのさらに奥には、三つの機体が飛び立つときを待っている。
「ヘリだけは味方の攻撃が通るから、ライゼルのところに行けないようにいないとね。」
とんだ地雷プレイだな、と信玄は鼻で笑う。
このミッションが実装された当時、早々にヘリを使う無知な輩が大勢いたものだ。
現在では攻略方法もしっかりと広まっている。
赤い空を行く、一匹のスズメバチ。
それは今、味方を殺さんと猛スピードで低空を駆けてゆく。
「いくよ。」
花火のような発射音と共に、いくつもの黄色い光が飛んでゆく。
機体の左右につけられたランチャーは、味方のヘリへと飛翔した。
立ち上る黒煙。
聞こえる悲鳴。
下の味方達は、突然の事に統率を完全に失っている。
「あっちゃー。」
「やっぱロックオンできないとつらいね。」
のんきな声で、それでいて目はしっかりと睨みつけている。
一瞬で煙は晴れた。
一台だけはダメージがよくわかるが、三台とも健在。
「乗り込め!」
「あのバカを落とさないと、負けちまう!!」
ゆっくりと旋回しながら、元々低い高度をさらに下げる。
三台すべてのメインローターが、徐々に回転速度を上げてゆく。
「信玄!」
ドアガンは起動しており、その激しい銃声にアッシュの声はかき消された。
天を舞うスズメバチ。
地を這うスズメバチ。
まだ飛び立てないヘリの両側から、次々と銃座が展開されてゆく。
「一旦距離を取るから!」
激しい応酬に、こちらの高度を上げてゆく。
ヘリに致命的なダメージは無い物の、固定砲台からの機銃掃射までもが向けられていた。
「あいつら、一気に全部使っちまってたぞ。」
一度メインローターを回してしまえば、例え地にいようとも五分のカウントダウンは始まってしまう。
そう。
これで事実上、ヘリは全て失った事になる。
「大変なのはここからだよ。」
「ここで使ってしまったって事は、何台か敵の殲滅に向かわせてもおかしくは無いからね。」
「それでは、あれらに攻撃した意味が完全になくなってしまう。」
雲にも迫るほどの高度にまで上昇し、目視でランチャーを放つ。
地上から迫る閃光からの回避のため、左右へと機体は揺れる。
距離が距離なだけに、互いに攻撃が当たらない。
「どうする?」
「三対一のドッグファイトで勝てんのか?」
下から少しずつ大きくなる、三つの円。
味方であって、敵である。
何ともいえない関係。
「どうにかするしかないねぇ。」
「さぁ、撃って!」
敵に対して上空を取っている今、こちらが有利と言えるだろう。
ドアに取り付けられた二つの銃座だけでなく、下部につけられた機銃とランチャーが敵機へと襲う。
「あの傷ついたやつから狙って!」
「って、あ!」
「まずい!」
同じ高さにまで迫ろうと、上昇を続けていたその三つの機体。
全てがこちらを撃ち落とそうとするかに思えたが、一台だけ残し二台はライゼルの元へと向かい始めた。
ようやく取れ始めた統率。
本来ならば喜ばしい事ではあるが、それが今、悪い方へと進みつつある。
残った一台と弾丸を交わらせる。
初めのランチャーで、もっともダメージを受けた機体。
激しい応酬は、互いを徐々に蝕んでゆく。
ついに敵機から黒煙が昇り始める。
「ヘリの耐久度のこり80%程度か。」
「このまま押し切るよ。」
敵から逃げるように上昇を続ける。
対地戦だけを想定されたこの機体。
常に上を取らねば、空では勝てない。
機体性能だけならば、だ。
小さく輝く、赤い太陽。
それは一つにとどまらず、ヘリの周囲を包み込む。
「座標攻撃!」
叫ぶのと爆発するのと、ほぼ同時だった。
何度も起こる激しい爆発。
巻き込まれ、大きく揺れる機体に、どうにか落ちないようにするだけで二人は精一杯だった。
激しいアラーム音。
爆発による黒煙を抜けると、先ほどまでいたはずの位置に敵はいない。
すぐ近くで聞こえるエンジン音。
それは、アッシュたちが乗っている物からではない。
上からのランチャー攻撃。
回避行動を取るも既に時は遅く、二発が見事に直撃した。
「残り耐久度20%!」
黒煙を上げる二つの機体。
だが、先ほどまでのアッシュ達の有利は覆されている。
完全に上を取られたこの状況。
その上、敵には魔法職まで乗っている。
「信玄!」
「魔法はどれだけ使えるの!?」
全力で上昇させながら、アッシュは叫ぶ。
どうにか。
どうにかしなくては。
「魔法?」
「光弾レベル7だけだぞ!」
既に雲を抜け、海岸や海が見えない。
二つの機体は間もなく、赤色のドームへと届こうとしていた。
こうしている間も、敵からの攻撃は止まらない。
天からの光を、ギリギリのところでかわした。
アッシュは自身が保持するアイテムに、強力な魔法が使える武器が無いことに悔しさを覚えていた。
ヘリをスキルで飛ばしている今、アナライザーを解除するわけにはいかない。
今、私が出来るのは……
大きく機体を傾け、急速な回避。
急がなくては、時間切れになってしまう。
「分かった!」
「もう魔法はイイから、扉閉めてどこかにつかまってて!」
訳も分からず、だが指示に従う信玄。
アッシュはドアガンを奥にしまうと。片側だけ閉じられた扉にもたれかかる。
そして背中の盾を、正面へと構えた。
上昇をやめ、大きく傾けられる機体。
それは丁度、開け放たれた扉が相手に向けられる程だった。
即ち、横にほぼ垂直。
「おい、アッシュ!」
操縦席にしがみつきながらも、心配し叫ぶ信玄。
わずかに動き、敵のランチャーがこちらを捉えた。
さぁ、来い!
いくつもの黄色い閃光。
それは、見事に開けられた扉へと吸い込まれてゆく。
「アッシューー!!」
だが、爆発は起こらない。
あるのは輝きを失った盾と、逆に上ってゆく黄色い閃光達。
それらは予想外の為、その場から動けない敵機へと吸い込まれてゆく。
激しい黒煙が、周囲を包む。
その爆風は、アッシュ達の乗る機体を大きく揺らした。
「一機、撃破。」
何故か冷めた口調に、信玄は驚きを隠せないでいた。
「えっと、おめでとう?」
なんて声をかければ良いのか。
この時の信玄には、分からなかった。
「あと二機。」
「逃がさないようにしないと……」
淡々と。
冷たいような。
そんな雰囲気に、思わず身震いをする。
明るく、やんちゃな印象の普段とは違う。
一体あの性格のどこから、こんなオーラを放つのだろうか……
二人の乗る機体は太陽を背に、地上へと冷たい、大きな影を落としている。
本来の味方に向けられる、恐怖の影。
傾けられたままの体制で、ボロボロのスズメバチは敵機へと迫って行った。