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洞窟を行く私の後ろから、足を引きずるように付いてくる二人。
極めて短い鍾乳洞を抜けると、再び広い空間へと出た。
今度は水は無い。
「ちょっと、休ませてほしかったよ……」
地につけた盾にもたれながら、アッシュはぼやく。
信玄も疲れてはいるようだが、比較的まだ元気そうだ。
また、背後の洞窟が崩れる。
「いいよ。」
「今度は私一人でどうにかする。」
彼女らの残った体力。
キーモンスターだけでもそこそこ減っていた。
もし理由がこれだけならば、清い心を持った優しい人なのだろう。
私が戦うといった、本当の理由。
それは……
「ほら、前々。」
「来たよ。」
宙に浮かぶ青色の球体。
波のような模様が白く、うねっている。
突然しみだす水。
それらが、その球体へと募ってゆく。
水のゴーレム。
ぶくぶくと太ったそれは、胸のあたりに球体を備えている。
目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込む。
湿った土の匂いが肺を満たされる。
頬を膨らませるように、ゆっくりと息を吐き出す。
片手で鞘を握り、残りで柄を握る。
白い輝きが集まり始める。
そっと目を開け、相手を見据えた。
片足を前へと突出し、前傾姿勢を取る。
水の腕が後ろへと引かれる。
その巨体故、ゆっくりに見えるその動き。
まっすぐに水の腕が振り下ろされる。
地に激突したその瞬間、腕は弾け、強い水圧が周囲へと及ぶ。
広範囲を高火力の攻撃が襲う。
生じた強い風圧に、アッシュらは目を細める。
敵がパンチしたその場所。
既にライゼルはいない。
いつの間にやら、敵の背後に彼女はいた。
刀が鞘に納められ、鞘と柄から手が離される。
突如現れた、信じられないほどのダメージ量。
それが沢山。
ワンテンポ遅れて、弾け飛ぶ水の人形。
コアとなっていた球体は、黒くなり消滅した。
ライゼルは二人へと向き直る。
「何を、したんだ?」
鞘と柄を握り抜きかけ、そしたら敵の背後にいたのだ。
その間に、信じられない火力で多段ヒットさせていた。
分かるのはそれだけだ。
「うーんと、居合を使っただけ。」
唖然とする二人を無視して、アイテムを回収する。
これで職業を解放出来る、そう思った瞬間天井が落ちて来る。
流れ込む濁流。
アッシュを先頭に、開かれた扉の奥へと走りこむ。
「何だよ、あれは!」
暗い洞窟の上り坂。
全力で書けながら信玄は叫ぶ。
「ここは一応、海の下になるの。」
「ボスを倒したから、崩壊してきたみたい。」
私は二人の手を握り、スピードを合わせる。
洞窟内のすべてを飲み込もうと、勢いよく水が迫ってくる。
「アッシュさ。」
「独りで毎回これから逃げてたってことか?」
正面に現れた扉を蹴り開け、急いでしめなおす。
アスファルトで舗装された洞窟。
四車線もの太さがあり、所々ヒビや草が生えている。
そして横転したいくつもの戦車によって、行ける道は一本しか残されていない。
「早く乗って!」
まだ生きていた装甲車。
いつの間にか乗り込んでいた彼女らが叫ぶ。
先ほど閉めた扉からは、その隙間から水があふれ出てきている。
急いで天井によじ登ると、同時に唸りをあげながら急発進した。
弾け飛ぶ扉。
押し寄せる波。
そして、崩れる天井。
片膝をつき、片手で手すりに摑まる。
前方から襲い来る飛行系モンスター。
空いた手で刀を抜き、スキルを溜め始める。
狭い穴から顔をのぞかせる、信玄。
彼女は取り付けられた機銃へと手を伸ばす。
輝く斬撃が、強力な弾丸の嵐が、敵へと襲いかかる。
高速で走る装甲車の中から、アッシュが顔をのぞかせる。
「アッシュ!?」
「一体、誰が運転しているの?」
落下してくる巨大な岩を、急ハンドルでかわしきる。
少しづつ追いつく水流。
それは、岩だろうとモンスターだろうと構わず吸い込み続ける。
「私だよ。」
「アナライザーのスキルで、こういう道具を遠隔操作できる物があるの。」
「普通に運転するよりも視界が良いから、ここでにいるよ。」
「二人とも、あれに攻撃して。」
落下した岩により、塞がる道。
それに向かって、私は斬撃を放つ。
垂直に飛ばされたそれは、中央を粉々に切り裂いた。
飛び散る岩の中、高速で抜けてゆく。
後方から追撃する敵。
信玄はそれへと火力を集中させる。
「そろそろかな。」
「攻撃しながらしっかりとつかまっていて。」
ヒビが入り、段差が生じる。
何のためらいもなく、そこへ突っ込む。
スピードも相まって、大した高さでないにも関わらず無重力感に襲われる。
左右から道路に入る亀裂。
それはとても大きく、到底飛び越えられない。
わずかにタイヤを滑らせながら、右へ左へと振り回される。
波も間もなく追いつくという時、アッシュが叫んだ。
「敵はいいから、正面へ火力を集中させて!」
これまでとは違う、一つの大きな岩。
それが今、行く手を塞いでいる。
機銃が向けられ、表面を削りだす。
その威力、その連射速度ゆえ、あっという間に削られていく。
だが、まだ足りない。
私はそれへと斬撃を放つ。
水平に飛ぶそれは、岩に当たると粉々に砕ききった。
「やったね!」
「クリアだよ。」
喜ぶアッシュ。
だが、水流は止まらない。
装甲車も止まらない。
砕けて積もった岩の破片。
それに勢いよく乗り上げながら外へと飛び出す。
ゆっくりと、空中で回転する。
さすがの私もしがみ続ける事は出来ず、海へと放り出された。
苦しくない。
寒くもない。
ただその流れに身を任せ、ゆっくりと浮上してゆく。
振り続ける雨。
浜辺へと戻ると、既に二人はそこにいた。
「はい、攻略完了!」
「どう?」
「最後楽しかった?」
嬉しそうにはしゃぐ彼女に、かける言葉が見当たらなかった。
「それはお前だけだよ、きっとね。」
うつぶせになりながら、信玄は怒る。
アビスドライブ。
その入り口は再び閉じており、挑戦者を待ち続けている。
「ワイザーの魂は集まったのかな?」
その言葉に、アイテムを確認する。
今回の目的は、別にダンジョンの攻略ではない。
緊張しながらも、収集されたアイテムの数を確認する。
「あぁ、もう。」
「俺、ぜってぇここに来ねぇ。」
丁度だった事に、胸をなでおろす。
これでまた足りなかったなら、またここのダンジョンに入らなければならなくなっていただろう。
でも、まぁ。
楽しかった、かな。
いつの間にか降っていた雨はやみ、東の空から太陽が顔をのぞかせる。
真っ赤な空が、浜辺の三人を照らし出す。
そう。
真っ赤な空。
それは赤い半透明の壁により作り出されたもの。
「あ、臨時来ちゃった……」
思わぬタイミングでの臨時ミッション。
面倒に感じつつも、街の方へと移動する。
「都市防衛かぁ。」
門の方に集まるプレイヤー達。
その彼らの後ろには、いくつもの固定砲台が設置されている。
「防衛って、どうするものなの?」
臨時ミッション自体は初めてではない。
だが、防衛となるとまた話は違う。
信玄が足元を指さす。
「ここに線があるだろ?」
「ここを一定数以上越えられないようにするんですよ。」
赤色の細い線が、門の少し手前で引かれている。
戦闘に備えて、準備をするプレイヤー達。
その中で戦闘するわけにはいかないだろう。
「ライゼル、こっちこっち。」
手招きする彼女に連れられて、一機のヘリコプターに乗せられる。
乗り込むと、アッシュは操縦席へ手をかざす。
操縦桿がほんのりと輝き始めた。
静かにかかるエンジン。
少しずつ加速する羽の回転に、誰も気が付かない。
「これを動かせられるのは5分間だけ。」
「ミッション時間は40分で、ラスト5分で使うのが攻略法なんだけど。」
「まぁ、それじゃライゼルが戦えないからね。」
回転は周囲に強い気流を巻き起こし、ゆっくりと上昇を始める。
激しいエンジン音の中、下の方で誰かが叫んだ。
「おい、誰だよ!」
「いきなりヘリ使ってるやつは!」
そんな彼らをあざ笑うかのごとく、頭すれすれを飛行する。
「5分間でなるべく奥まで行って、そこにライゼルを投下する。」
「私たち以外誰にも見られていない状態なら、思いっきり戦えるでしょ?」
なるほど。
そこで敵を一体も通さなければ、ヘリも必要無いわけだ。
門は早くも見えなくなり、プレイヤー達もどんな塵よりも小さくなっていた。
「もうすぐだよ。」
先ほどまでいた浜辺を越え、山の向こう側へと到達した。
そこにあるのは二つ目の浜辺。
遠くの海に、大量な何かが浮かんでいるのが見える。
「さ、ここで降りて。」
濡れた浜へと飛び降りる。
私を下ろすと、ヘリは再び上空へと舞い上がる。
水中から現れるロボット。
それは一つにとどまらず、海を埋め尽くすほどに増えていた。
それらは変形し、地を走り始める。
山から顔を出した太陽を背に、地上へ侵攻する機械の軍団へとたった一人。
私は刀を抜きながら向かっていった。