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突然襲い来る、鋭い水。
薙ぎ払うかのようなその攻撃に、全員が飛び退きかわしきる。
弾き飛ばされる滝の水。
それらは鋭い氷となり、その空間全てを埋め尽くす。
わずかに受けたダメージ。
それはやはり、無かったことになっている。
中から現れたドラゴン。
それは依然、私が対峙したものと同じであって違う物だった。
真アクエリア・ドラゴン
背中に生えた骨だけの羽から、水圧の被膜を展開させ滞空している。
噴出される水圧が、激しい音を立てている。
「まさか上位種がくるとはね……」
「通常種だったら、私一人でも勝てること分かっているんだけどねぇ……」
背中の水翼膜の出力を上げ、上空からアッシュへと突進をする。
大きく押し込まれながらも、どうにか盾で受け止めきる。
わずかに彼女の体力が減った。
スキルを溜めつつ、側面から切りかかる信玄。
だがその攻撃が届くよりも早く、上空へと舞い上がる。
スキル飛斬を溜めようとした時。
「ライゼルさんは見ていて下さい!」
追尾するブレス攻撃をダッシュで逃げつつ、私に対して叫んだ。
確かに。
チートを使わない状態での攻略方法に興味がある。
私はその場であぐらをかき、二人の様子を観察させてもらうことにした。
だが敵はコンピュータ。
攻撃しないつもりでも、敵と認識し襲ってくる。
一瞬溜めたのち、巨大な水球をこちらへと飛ばす。
まっすぐと、それを見つめて。
私は一切、そこから動かなかった。
「あー、もう!」
「これ、ソロの方がやりやすいかも。」
目の前には盾を構えたアッシュ。
飛んで着ていた水球はまっすぐ相手へと跳ね返り、ダメージを与える。
私へ到達するよりも早く、アッシュが盾のスキルにより反射させたものだ。
今度の彼女には一切のダメージは無い。
輝く薙刀を振り回し、連続した突き攻撃。
一連の突きの後、素早くその場を離れる。
わずかに遅れて叩きつけられる、太い尻尾。
強靭なそれから繰り出される叩きつけ攻撃は、地面を軽く抉った。
突如輝く洞窟内。
それは、信玄の放った槍のせいだった。
おそらく槍の投合スキル。
尋常ではないダメージを叩きだし、それは首元を貫通した。
けっしてちぎれたり、切断されることは無い。
だが代わりに部位破壊エフェクトと共に、胴体の鱗が剥がれていた。
同時に激昂し、その瞳にまで血を滾らせる。
それは仄かな光を反射して、赤く輝いているように見える。
鼓膜が破れるかと思わせるほどの咆哮。
反響するそれは、天井の鍾乳石に衝撃を与える。
一つ、石のつららが落ちてくると、それを合図に次から次へと降り注ぐ。
天井へと構える盾の下、信玄は急いで走りこむ。
いくら大きな盾とは言え、三人はさすがに入りきらない。
座る私が半分はみ出るように、アッシュは一生懸命頭上へと掲げる。
一つ、巨大な石が左肩を完全に貫通した。
体力が減る。
だが、オソキヨルと戦った時ほどではない。
目に見えないほどの小さなダメージ。
それでも一瞬で、それは無かったことにされる。
「あれ、あいつどこ行った?」
先ほどまでいたはずの位置にはいない。
アッシュのスキルによって簡単に見つけられるはずなのだが、マーカーそのものが見当たらない。
石の雨は止んだ。
一歩、二歩と信玄はアッシュの盾の陰から外に出る。
見えるのは滝だけ。
聞こえるのは滝だけ。
肌に感じるその冷気、洞窟特有のその匂いは鼻孔を刺激する。
どこか出口が解放された訳ではない。
それは、まだ戦闘が続いている事を意味する。
「下だよ。」
「体力が減ると必殺級の攻撃を仕掛けてくるから、取りあえず避けることに専念して。」
指さされた位置にあるマーカー。
それは今、敵が真下にいることを意味している。
「避けろって言われても、こいつとは全然戦ったことないからわかんな……」
岩を吹き飛ばしながら、地面から立ち上る細い水柱。
それがたった今、アッシュと信玄との間を切り裂いた。
「どこでもいいから走って!」
「早く!」
ワンテンポ遅れて、切断面から水がカーテンのように吹き出る。
今度は信玄を狙った水柱。
全力で走る彼女に、それは当たらない。
水が吹き上がる。
五度にわたる線状攻撃は、私を除き誰一人として当たらなかった。
私はようやく腰を上げる。
吹き上がる水が、地面を満たしてゆく。
五センチほどの深さ。
これがもし、天井まで届くほどに深くなったなら。
でも私は死なない。
それは確信を持って言えることだ。
「アッシュ、まずくないか?」
戻ってくる二人。
再び姿を現したアクエリア・ドラゴンに、この二人はどこまで戦えるのだろうか。
楽しみであり、不安であり、そしてなぜか感じる恐怖。
それは、敗北を恐れる恐怖とは違う。
敗北であり、敗北ではない。
それを感じる事への恐怖。
「大丈夫だよ。」
「確かにこれから水かさは増えていくけど、盾のカウンターダメージだけで倒せたんだよ?」
「貴方も一緒なら勝てるでしょ?」
浅い水面上を滑りながら、その巨体は身体を横にこちらへと迫る。
誰よりも早くそのことに気づいたアッシュは、素早く盾のスキルを溜め始める。
白く輝く盾。
まっすぐそれを構えたまま、当たる瞬間にその輝きを解放する。
肉弾戦時用のカウンター。
彼女の体力は減らさずに、敵にダメージを与えられた。
動きが止められる。
素早く両手に槍を持った信玄が敵へと走りこむ。
共に輝く槍。
投げられたそれは、地から空へと飛ぶ流星。
飛ばされたのは左手だけ、残った右手の槍で突きを連発させる。
ドラゴンは背中の羽から水を噴出させ、まだ浅い水を押しのけながら高速で移動する。
一旦距離を離した後、信玄へと突進する。
膝を曲げ、身構える信玄。
ぶつかる直前、彼女は横へと飛び込んだ。
敵の攻撃は当たらなかった。
いや、当たるはずがなかったのだ。
大きく削がれた体力。
それは私でも、信玄でもない。
「こい……つ……」
残っていた体力の三分の一ほどを失い。
アッシュは苦悶の表情を浮かべる。
刺さった角。
信玄にぶつかる直前、急激な方向転換を行いアッシュへと向かったのだ。
アッシュは敵の意識が信玄へと向かっている事に油断し、盾をあらぬ方向へと向けていたのだった。
彼女へと迫る強烈な光。
それは完全に彼女を貫通した。
信玄による投合スキル。
それにより刺さった角は、完全に砕かれた。
反転し水中へと戻る敵。
足首が浸かるほどにまで上がった水位。
荒い呼吸を無理矢理落ち着かせ、再び盾を構える。
「手伝おうか?」
つらそうな表情に、思わず声をかける。
止めたのは信玄。
アッシュはどうなのか。
彼女は私に背を向けたまま答える。
「全く問題はないよ。」
「でも。」
「もし私か信玄がログアウトしたなら、そん時はお願いかな?」
敵の位置を示したリングは、真下へと移動する。
「さぁ、走って!」
掛け声とともに走り出す二人。
岩盤を砕き、吹き飛ばす威力。
洞窟の壁にもたれかかりながら、彼女らの様子を観察する。
確かに信玄の火力と言い、目を見張るものはあるのだが。
それはあくまで一般プレイヤーとしての話。
口にこそ出さないでいるが、やっぱり……
「アッシュ、あと何回持ちこたえられそうなんだ?」
逃げ回りながらも、武器の回収を終えた信玄が叫ぶ。
「御希望とあらば何度でも。」
「まぁ、さっきみたいに不意打ちは勘弁かな。」
光り輝き始めるアッシュの盾。
「なるほど了解。」
「こっからは全力で行かせてもらう。」
両手に持った槍。
それは槍のようでない形をしている。
だがそれでも、コンピュータは槍と認識した物だ。
二本、同時に輝き始める。
三つの武器が放つ、強い輝きがその空間を照らし出す。
膝の半分ほどの高さにまで上がった水面が、どんな鏡よりも強く光を反射する。
これまでとは違う、大きな水しぶき。
アクエリア・ドラゴンが勢いよく飛び出してきた。
充血し、赤く輝くその瞳は何を見るのか。
飛ばされる光の槍。
空中で体を捻り、いともたやすく避けられた。
信玄は失われた槍の代わりに、また新しい槍を装備する。
全体重を乗せたプレス攻撃。
それは信玄へと向けられる。
到達するよりも早く、彼女の前に立ちふさがるアッシュ。
折れた角と金属とがぶつかる事による高周波。
かなり深くなってきた水を左右に高く押し分けながら、どうにか受け流す。
わずかに受けたダメージ。
盾の輝きは失せてはいない。
「突進だったかぁ……」
「水弾でも飛ばしてくるかと思ってたよ。」
斜めに刺さる、高圧水ブレス。
横へと転がり回避する。
飛ばされた水球。
それは三方向へと向かい、それぞれがぞれぞれへと向かってゆく。
直前で回避する信玄、跳ね返すアッシュ、被弾する私。
三者三様、それぞれの能力に応じた対応。
水かさはかなり増し、膝近くにまで達し始めていた。
再び輝かせていた盾を解放し、突進を止めるアッシュ。
完全に動きが止まるよりも早く、光の槍が貫いた。
先ほどよりも上がったダメージ。
それは一発にとどまらず、立て続けに飛ばされる。
中距離からの連続した大ダメージに、敵は動けないでいる。
もうそろそろ倒せるだろう。
そう思った瞬間、突然光の槍は止まってしまった。
「やっべ、スタミナ切れた。」
足元からゆっくりともたげられる頭。
ボロボロになったその顔で、アッシュを睨みつける。
羽が開かれ、水の膜が展開される。
片足を軸に回転するアッシュ。
両手で持った盾を、大きく振り回し。
その頭へと、叩きつけられた。
引いてゆく水。
止まる滝。
動かぬ敵。
ぐったりと動かぬそれは黒く変色し、そして消えた。
いくつも飛び出るアイテムに紛れていた、ワイザーの魂。
あと少し。
止まった滝の奥には、さらに奥へと続く道が見える。
疲労感からか、地面に倒れる二人を置いて、私はその奥へと足を踏み入れた。