35
35
さざ波立つ浜の上に、唯一ある大きな岩。
それに金属製の扉は取り付けられていた。
アビスドライブの入口。
さぁ、攻略だ。
と、扉に手を伸ばしかけたその瞬間。
突然の通知が来た。
(ポイントバトル)
(決闘を申し込まれました。)
(フィールドを選択してください。)
フィールド選択、そして始まるカウントダウン。
「ライゼル、受けてはダメ!」
アッシュに言われるまでもなく、キャンセルを選択。
カウントダウンは止まり、全ての表示は消える。
だが。
(ポイントバトル)
(決闘を申し込まれました。)
(フィールドを選択してください。)
まただ。
また申し込まれた。
もう一度キャンセルを選択する。
しつこい挑戦者は一体誰だ?
それは、考えるまでもなかった。
(ポイントバトル)
(決闘を申し込まれました。)
(フィールドを選択してください。)
「もういい。」
「助っ人として私を呼んで、場所は神殿の夜にして。」
(Temple Ever Night)
(最も暗いフィールドです。)
決定を選択した。
砂を押し上げ、大理石の壁がせり上がる。
舞い上がった砂は集まり、一つの岩を構成し天井となった。
地面の砂は、何処かへと吹き飛ぶ。
ジメジメとした空気。
光はほとんど無いために、目で見て何があるのか分かりにくい。
改めて表示が切り替わった。
(TEAM BLUE 1 VS TEAM RED 1)
(フレンド、およびギルドのメンバーを呼ぶことが可能です。)
言われていた通り、アッシュを召喚した。
「たぶんこれは信玄の仕業。」
「あいつは戦いたいだけの戦闘狂、誰だっていいの。」
「だから貴方は下がっていて。」
「私が相手する。」
私は決定を選択すると、10のカウントダウンが始まった。
彼女は盾を外し、一本の刀を装備する。
そっと閉じた目。
小さな青色の輝くリングが浮かび上がる。
開かれると同時に、それは瞳へと吸い込まれていった。
目の色が変わる。
一度刀を抜くと、二、三どふる。
しばらく何かいじった後、鞘に戻した。
始まりの鐘が鳴る。
「さぁ、お仕置きの時間だ。」
そう、言った気がした。
一切の足音無く走るアッシュを、部屋の隅に隠れていた私は一瞬で見失ってしまった。
☆★☆★
久しぶりの刀。
オプションを開き、重さを調節した。
信玄の武器は槍。
そこは昔から変わっていないようだ。
敵はすぐ正面、わずかながら障害物があるが対して障害にはならない。
巨大な円形のホール。
敵は正面。
その証拠に、スキルによる武器の輝きが見える。
「ライゼル、手前と戦った見たかったぜ。」
「いきなりランキング上位者なんだ、よほど強いのだろうな?」
始まりの鐘が鳴る。
信玄、あんたは人の迷惑を考えていない。
昔からだ。
ダメと言ったことを平気でしてくる。
それは人と言うよりも、動物だ。
言うこと聞かない動物には、お仕置きせねばならない。
「さぁ、お仕置きの時間だ。」
輝く槍が振られ、まっすぐ斬撃が飛ばされる。
だが当たらない。
既に横へと移動し、暗闇に紛れ込んでいた。
敵の攻撃に当たってはいけない。
スキルを発動してはいけない。
私が行うのはステルス戦闘。
いや、戦闘と言うよりも。
暗殺。
矢印へと走りこむ。
相手の位置が分からないのは、信玄だけ。
まだ残る槍の輝き。
その輝きを消失させながらの、広範囲へ斬撃。
刀を地面に突き立て、高跳びのように跳躍する。
真横へと切り伏せつつ、着地した。
現れるダメージ。
すぐさま立ち上がり、反転しながら横へと飛んだ。
先ほどまでいた場所に、私を貫こうとする槍が襲い来る。
おそらく敵の背後であろう位置へ回り込み、刀の先端を相手へ向ける。
全体重と共に、体当たりするように相手へと突き立てた。
すぐ近くで聞こえる、痛みをこらえる声。
私は優しく語りかけた。
「ねぇ知ってる?」
「戦いにおいて最も重要な事。」
「それは情報。」
「貴方では私に勝てない、昔から、ね。」
刀を抜きかけたその瞬間、背後から手で押さえつけられる。
しまった!
強く抱きしめられ、身動きが取れない。
間違って、正面から攻撃してしまったのか。
どうにか振りほどこうと暴れるが、敵もなかなか離さない。
足が縺れる。
そのままバランスを崩し、押し倒されてしまった。
馬乗りになる信玄。
唯一自由な左腕。
彼女の腹部に刺さった刀を抜こうとするが、肘が床に当たり抜くことが出来ない。
「アッシュ、知ってるか?」
「戦いに置いて一番重要な事ってのはな。」
「情報なんかじゃないんだ。」
「それは、勝つための強さだ。」
首元に突きつけられた槍。
金属独特の冷気が肌をなでる。
眩むほどの輝きが、その刃へと集まってくる。
私は負けるのか?
こいつに?
いや、負けるわけにはいかない。
負けてはいけないんだ!
素早く耳元に手を伸ばす。
着けられたイヤリングを引きちぎった。
突然消えた敵の位置情報。
どうにか痛みをこらえながら、二本目の刀を装備する。
迫る光、響き渡る金属音。
強い衝撃が、ビリビリと伝わってくる。
何処か遠くの方で、何かがぶつかる音がした。
それは、刀。
硬い石の床に、弾き飛ばされた刀が突き刺さる。
負け、た……?
手の力が抜け、床へと叩きつけられる。
視界が霞む中。
私はゆっくりと、現実へと引き戻されていった。
★☆★☆
アッシュに止めを刺した信玄が、ゆっくりと立ち上がる。
隠れていたはずの私の身体は、気が付けば敵へと突進していた。
「さぁ、来いよライゼル。」
「勝つための強さ、どっちが上か決めようじゃないか!」
顔のすぐ横で刀を構える。
こちらに気づいていた相手も、スキルを溜め始める。
だが。
遅い。
すれ違う両者。
たった一撃で決着はついた。
「勝つための強さ?」
「欲しけりゃやるよ。」
負けてログアウトした信玄に、私はそう投げかけた。
光を失ったその刀を、そっとしまう。
砂となり吹き飛ぶ天井。
残った壁は地面へと埋もれ、砂が石の床に積もってゆく。
降り注ぐ雨に、波の音。
そして目の前にはアビスドライブの入口。
アッシュが再度ログインしたことを確認すると、私はその岩にもたれて彼女を待った。