表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sin Spec Memory F  作者: 直斗
インフィニット・アドヴァギア
32/43

32

32


気持ちよく目が覚めた。

ベッドに寝転がったままの体制で、つけっぱなしにしていた腕時計を確認する。

銀色のアナログ時計。

その針は四時を指していた。

上体を起こすと、大きく息を吐く。

頭が回らない。

午前四時なのか、午後四時なのか。

今日なのか、明日なのか。

閉じられていたカーテンを大きく開け放つ。

傾いていた日の光。

それが部屋の中を満たした。

携帯を取り出す。

まだ土曜日。

時間は夕方。

二桁にも及ぶ着信。

何があったのか、少しづつ頭が回り記憶を取り戻してゆく。


……そうだった。


大きくため息をついた。

これからが大変なんだ。

患者に死の宣告をする医師のように。

犯罪者に死刑の判決を言い渡す裁判官のように。

僕は告げなくてはならない。

お茶を一口、口に含んだ。

渇いた喉は中々に潤いを取り戻さない。

残った全てを飲み干した。


「佐藤さん。」


まだベッドで寝ている女性。

僕は携帯を操作しながら呼び続ける。

着信履歴を確認すると、二種類の電話番号が記されていた。

片方は会社から。

もう片方は……


強い鼓動。


決して力強くあるわけではない。

ただの緊張。

僕自身が悪い事をしたわけではない。

しかし、死の宣告しなくてはならない医師や裁判官の。

そんな彼らの気持ちが理解できた気がする。

携帯を操作し、会社へと電話を掛ける。

わずか数回の呼び出し音のあと、すぐに小さなスピーカーから声が聞こえてきた。


「はい、小野田です。」


山村さんではない。

彼はは、もう帰宅したのかな。

自分の名前を名乗った後、彼について尋ねてみた。


「そうですね、深夜の担当なので結構前に帰宅してるはずです。」

「ところで今、どちらにいらっしゃるのですか?」

「今日の朝から何回か、北条と名乗る方から電話があったみたいですが。」

「監督に変わって貰いたいと……」


分かったとだけ答えて、自分の言葉を続ける。


「キャラクターネーム、ライゼルについて現在ログインしているのか調べてくれないかな?」

「キャラクターネームはライゼル、プレイヤーネームはLixel。」


少々お待ちくださいの後、電話は保留状態に切り替わった。

僕はゆっくりと部屋の中を移動し、佐藤さんの眠るベッドの端へと腰かける。


「お待たせしました。」


保留状態が解除された。


「ライゼルは現在ログインしていますね。」

「このプレーヤーがどうかしましたか?」


もう聞こえていなかった。

これから起こるであろう物事を、ありったけ予想しながら電話を切る。

佐藤さんはまだ寝ているのか。

ホテルに来る前に購入した下着類を手に、僕は軽くシャワーを浴びる。

最も楽であろう解決方法は、彼自身がログアウトする事だ。

だがもしそれが出来ないのであるならば、誰かに倒される事が次に楽な方法となるだろう。

しかしチートを使っているのだ、簡単にはやられてくれるはずがない。

弱いから力にすがるのだ。

当然強い力を手に、片っ端から殺し歩いているはずだ。

シャワーを止め、服を着る。

まだ濡れた頭をふきながら、佐藤さんの眠るベッドの端に腰掛けた。

再び大きくため息をつく。

全く、面倒な。


「どうかしましたか?」


いつの間にか起きていた佐藤さんは、後ろに手をついてこちらを見ていた。


「いや……。」


これまでの、あまりの出来事に言葉が出てこない。

物事は悪い方向へと進んでいる。


「全く面倒な、そう口に出ていましたよ。」


自分でも気が付かない内に呟いていたのか。

僕は立ち上がると、ライゼルについての状況を説明した。


「そうでしたか……。」

「出来る限り私もお手伝いします。」

「貴方の性格上問題ないとは思いますが、独りで抱え込まないようにだけはしてください。」


軽く聞き流しながら、入浴するように勧める。

まだ寝ぼけたようなその顔で、佐藤さんはバスルームへと移動した。

彼が戦っている内はまだいい。

運よく誰かが殺してくれるかもしれない。

バグが新しく発生してさえいなければ、ログアウトするだろう。

だが戦意を消失してしまったのならば……。

お茶を飲もうとペットボトルを手にしたが、異様な軽さに空であったことを思い出す。

壁際のゴミ箱へ、片手で容器を投げる。

投げられたそれは、壁に当たると中へは入らなかった。


★☆★☆


揺れる列車は黒煙をまき散らす。

それは綺麗な空へと霧散し、消える。

間もなく駅に到着するという時、アッシュによっておこされた。


「君はよく寝るね。」

「ここでの時間が本当に24時間に感じるよ。」


星空を反射する海を横に、列車はホームへと侵入してゆく。

徐々にスピードを落とし始めるそれは、ようやく休める事を期待しているのかのようだった。

ゲーム内の一日は一時間と半分。

即ち、90分ごとに一日が回っている。

そして使ったコードは16倍速。

丁度ゲーム内の一日が、私の一日であるのだ。

私たちは列車を降りた。

アッシュに連れられ構内を歩く。


「なんだか、現実みたいだ。」


思ったことを口にした。

灰色のタイルが敷き詰められたその場所は、実在する駅を連想させる。


「この街は現実をモデルにしているみたいだよ。」

「だからほら、周りをよく見てごらん。」


歩きながら話すアッシュの言う通り、確かにいくつものガラスのディスプレイがあった。

行きかうNPC達も、実際にありそうな衣装になっている。


「どう?」

「ここは港湾都市、近くに浜辺があるけど。」

「少し遊んでいく?」


駅の外へと出た。

遠くの空が、青から赤へと変色をはじめていた。


「そうだね。」

「少し、見てみたいかな。」


アスファルトの道路に、全面ガラス張りのタワー。

そして馬車の代わりに、自動車が走っている。

目の前の信号が変わり車の流れはせき止められた。


「じゃあ、水着買わなくちゃ、だね。」


そうだった。

今の身体は女性そのもの。

なら、水着は女性用を着用する必要があるのだろうか。

はしゃぐアッシュを見ながらも、正直迷い始めていた。

横断歩道を渡り切ったその瞬間、近くの看板に興味をひかれた。


「転職所?」


思わず立ち止まる。

転職には特別な施設とか必要なかったはず。

それに、既にレベルはカンストしている。

ステータスだってもう気にしなくてもいい状態だ。

転職は出来ていないが……


「アッシュ、転職するには何が必要なの?」


そばにいる彼女に尋ねる。

しばらく考えるそぶりを見せつつも、すぐに答えた。


「転職したい先の武器を手にしている事かな?」

「あ、でもでも最初にここでNPCに話しかけないとダメだった気もするよ。」


そうだったんだ……

バグでなくてよかった。


「先、ここによってもいいかな?」

「いつでも転職できるようにしておきたいな。」


海よりも先に、折角見つけたこの場所を尋ねておきたい。

その考えはアッシュにも伝わったようで。


「分かった、いいよ。」


その言葉を聞いた私は、目の前の扉を大きく開け放った。


☆★☆★


同じ港湾都市の一角。

全ての都市に設けられている闘技場の中に、ランキングバトルの掲示板は掲げてある。

それに表示されているはリアルタイムでのランキング。

集まった人ごみの中に彼はいた。

現在は20位。

なかなかいい感じではあるが、まだまだ足りない。

今回は1位を目指す彼にとって、20は納得のいかない数字だった。

最強を証明するために、俺よりも強い奴を狩る。

自分よりも上のランキングを見てゆく。

いつも並んでいる見慣れた名前の中に、見たことがない名前が混じっていることに気が付いた。

11位ライゼル、混沌に浮く星々。

常連にはもう覚えられるほどに、喧嘩を売ってきた。

だがそこに、昨日までは無かったはずの名前が刻まれている。


これは面白そうだ。


流星の如く現れた新参者。

そいつの強さが一体どれほどなのか。

俺は掲示板に背を向けた。

20位。

そこに刻まれた名前は。

信玄、パーフェクトゲーム。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ