31
31
ぐったりとベンチに腰掛け、膝に肘を置き下を向いていた。
行き交う人々。
そこに赤髪の待ち人はいない。
流れる雑踏に乗り遅れたのかのような、そんな感覚に襲われる。
目の端にメールが届いたという通知が表示された。
どうせアッシュだろう。
内容を見るのが面倒で仕方なく、表示を消して彼女を待つ。
一組の靴が、視界に入った。
先端をこちらに向け、一向に動かない。
ふと見上げると、マスクに青みがかかった長い髪の青年がいた。
「すいません。」
「長い刀と、短い刀をそれぞれ腰に下げていて、銀髪に赤のパーカーとスカートの女の子、知りません?」
銀髪はそこそこ見たことあるが、その服装はあまりいない。
そのことを告げると彼は。
「あいつ、一体どこに行ったんだ?」
と言いながら、立ち去って行った。
「やあ。」
「お待たせ。」
丁度入れ違いに現れたのはアッシュ。
今度は盾を装備している。
彼女は、つい先ほど立ち去った彼の方向を見ながら口を開く。
「さっきの人、知り合い?」
「君はチート使ってるから、あまり他の人と関わらない方がいいのかも……」
アッシュの疑問を否定する。
「チートに関しては自分でも気を付けている。」
「だから、大丈夫だよ。」
先ほど会ったバジリスクさん。
敵の攻撃も一切当たらなかったし、こちらも攻撃しなかった。
ばれてはいないはずだ。
つい先ほど現れた彼だって、ただ一言話しただけ。
普通は気づかないだろう。
チラリとアッシュを見やる。
話さずとも気づいた変態もいるのだが、まぁ多くは無いだろう。
「ねぇ、アッシュ?」
「眠いってログアウトしたよね?」
「でもサムライのアッシュがいた、どういうことなの?」
率直に思ったことを告げる。
サムライのアッシュ。
どういうことなのか、説明してもらいたいものだ。
瞬く星々から、煌めく音が聞こえてきそうだ。
「貴方はどうしてチートを使ったの?」
「誰にだって踏み込まれたくない領域はあるでしょ?」
「つまり、そういうこと。」
はぐらかされたか。
この子は、何を隠している?
チートと同等なのか。
それ以上の何かをしているのか。
様々な想像は膨らむが、全て証拠がない。
あるのは、人間らしくなかったアッシュの行動を見ただけと言う事実。
「さ、早く行こう。」
「君の力が必要なんだよ。」
そうだった。
まだ、今はいい。
今は気にすることではない。
いづれ分かることを期待して、私はうなづく。
「ラインバッハの超時計。」
「全30層からなるダンジョンで、回数としては比較的少ないかな。」
「ただ一層一層が結構広いから、探索途中でログアウトすることが多いよ。」
「これまでのオフラインとはダンジョンの性質が異なっていて、オンラインでは毎回入るたびにランダムでマップが形成される。」
「入るたびに初めから探索しなくてはならないよ。」
そう、初めてのオンラインダンジョン。
どこまで通用するのか……
そんな心配はない。
今の私なら、どんな敵だろうと勝てる。
圧勝とまでは行かなくても、勝利する自信こそはある。
ただ、独りだけ、ならばだが。
私は立ち上がると、アッシュからのパーティ申請を承認した。
全ての街をつなぐ鉄道。
それを使い、最寄りの街へと移動する。
黒い排煙が窓ガラスをなでる。
オフラインから来た時とは違い、利用者は他にも多いようだ。
と言うのも、この空間には他の乗客はいない。
私がアイテムボックスから取り出した特別乗車券を使用し、コンパートメント席の確保に成功した。
アッシュと二人っきりの空間。
キャラ的には女の二人旅。
これまで二人は一切の会話をすることなく、列車は間もなく草原地帯を抜けようとしていた。
流れ、移り変わりゆく景色を眺めながら、先ほどまでの会話を思い出していた。
一般車両の列を尻目に、私たちは悠々と歩いてゆく。
NPCの駅員に乗車券を出すと、切符へと交換された。
そしてそのまま、他の乗客とはまた少し離れたホームへと案内さる。
「ここから一旦山岳地帯を抜けて、港湾都市に行く。」
「そこで列車を変えて砂漠地域の街があるから、そこまで行くよ。」
「砂漠地域の街からは乗り物は無いから、歩くしかないね。」
「道中はもちろん、敵が出てくるから気を付けないと。」
大きな汽笛と共に、黒い塊が近づいてくる。
だが残念、反対行きだ。
ガラスで造られた曲面上の屋根。
そこに黒煙は、たどり着くより先に消える。
「オンラインのダンジョンは基本的に、10分おきに扉が開くよ。」
「で、同時に入った最大40人で攻略が可能ってわけ。」
「当然、パーティだけとかで鍵をかけることもできる。」
「今回は鍵かけていこうと思うのだけど、いいよね?」
私は小さく、いいよと答えた。
停車していた黒い塊がゆっくりと走り出した時、その進行方向とは逆からもう一つの塊が侵入してきた。
現実世界では二度と走ることのない蒸気機関が、強い風圧をまき散らしながらも減速を開始する。
目の前で扉が開く。
下車する者に道を譲りながら、質問を投げかける。
「そこを攻略する理由は?」
大小さまざまな武器を持った者たちが、音を立てながら目の前を過ぎてゆく。
「理由かぁ……」
「武器とか結構強いのが手には入るけどね、運が良ければだけど。」
「ただ楽しみたい、でいいかな?」
駅員の恰好をしたNPCに、内部へと手招きされる。
誘われるままに私たちは、客車へと乗り込んだ。
切符を見せると、いくつもの扉があるその中を案内される。
ある扉の前で立ち止まった。
その内側へと入り込むと、そこに二人は腰かけた。
扉が閉められると、外の雑音が大きく減った。
切符はもう手元にはない。
NPCが持って行ってしまったのだ。
二人の挑戦者を乗せたその列車はゆっくりと走り出す。
先ほど山岳地帯に入り、トンネルの中を突き進む。
天に流れる川は見えなくなり、ただでさえ暗いトンネルを黒煙がさらに黒く染め上げる。
一定のリズムで、一定の音を奏でるこの鉄道。
窓ガラスに反射した、頬杖をつく自身と睨めっこをしながら長い時間が過ぎてゆく。
「そうそう、これから行くダンジョンに関して情報の追加をするね。」
「ロンメルの大黒炎、四つ星十字のコールサックそしてラインバッハの超時計。」
「これら三つのダンジョンは同時期に実装されて、それぞれのボスには確率で特殊なアイテムを落とすらしいよ。」
「名前は順にネクスト・ゼロ、エマーミー・ゼロ、でこれから行くところの敵がゼロミナブル。」
全て名前にゼロが付くのか。
「ダンジョン構成は全て同じで、30層。」
「いくつか攻略サイトを見てきたけど、これから行くダンジョンは三つの中じゃ二番目の難易度みたい。」
「一番難しいのは四つ星十字のコールサックみたいだね。」
「そっちのは宇宙エリアにあるみたい。」
トンネルを抜けた。
目の前に広がるは海。
夜の海は遠くの街灯りを、天の星空をその身に写す。
キラキラと輝くその波間。
どこからが天で、どこからが海なのか。
もしかすると、その二つに違いは無いのかもしれない。
「ゼロミナブルは魔法攻撃特化型の敵で、通常の状態異常はもちろん、こいつだけが使える特殊な攻撃もあるみたい。」
「一見すると状態異常に見えないかもしれないけど、扱いは状態異常になっているらしいね。」
「物理防御は盾でそこそこあるけれどね。」
「魔法防御はからっきしなんだよ……」
ちょっと悲しそうにするアッシュに対し、心の中では刀を使えばいいのに、と。
そう、考えてしまっていた。
海を挟んだ反対側。
まだまだ街へは遠そうだ。
大きな欠伸が、自然と出る。
両目いっぱいに大粒の涙を溜めて、ゆっくりと眠りについた。