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大きく敵の群れを回り込みながら、ようやく人影が見えてくる。
彼女の頭上にはバジリスクの名前と、緑色で描かれた一つのメーターが表示されていた。
「お待たせしました。」
引き撃ちしながら戦うバジリスクさんに、ようやく追いつく。
先頭を行く敵がまた一体、撃ち殺された。
「あの中から生還するとは、さすがだね。」
「ところで、折角パーティを組んだわけだしついでにお願いもあるのだけども。」
「聞いてくれるかな?」
バジリスクさんの後ろに隠れるように、私は一切戦うことなく敵から逃げている。
「内容によりますね。」
飛び掛かってきた一体を、盾で殴り飛ばした。
「そうだな。」
「ダンジョンの攻略をしたいのだよ。」
「どうも、そこのボスが強すぎてね。」
「私たちでは勝てないのだよ。」
足元の地面が少しずつ盛り上がってくる。
彼女はとっさに、そこから飛び退いた。
わずかな差を置いて、モグラ状の敵が飛び出してきた。
「いえ、私は……」
「貴方ほど強くはありません。」
「ので、申し訳ないですが辞退させていただきます。」
いや。
本当はもっと強い、はず。
だが、これ以上一緒にいたらボロが出るかもしれない。
それが怖くて断ったのだ。
「そうか。」
「なら仕方ないね。」
引き金を引くと、弩砲と共に地面が少し吹き飛んだ。
空から急降下攻撃をしてくる鳥。
私はそのくちばしを掴むと、遠くへと投げ飛ばした。
「ライゼルちゃんは職業を変えないのかい?」
「まぁ、サムライも十分すぎるほどに強いけども。」
転職か。
自分がすることは考えていなかったな。
「侍も強いですか?」
かなり数が減った雑魚を相手どりながら、バジリスクさんは答える。
「近接火力は一番高いかな。」
「遠距離火力ならガンマン、魔法火力はアルケミスト。」
「物理防御はナイト、魔法防御はソーサラ―。」
「他に職業はあるけど、これらが一番何かに特化してるかな。」
アナライザー、か。
「それぞれの職業には、今のところ武器が二種類設定されている。」
「ナイトなら、盾と剣みたいにね。」
「基本は片手に一つづつ、つまり二個まで武器は持てる。」
なら、刀二本で二刀流も可能なのだろうか。
「可能だね。」
「ただ、両手で一つの武器を持った場合はスキルの溜めにかかる時間が半分になる。」
「それでも両手に持つメリットはあり、それぞれ同時に違うスキルを溜めることが出来る。」
「私の場合は、ナイトの盾と、ガンマンの銃、だね。」
時折、通常攻撃を織り交ぜながらスキルを連発している。
「職業は手にした武器によって、いつでもどこでも切り替えられるから好きなようにするといいよ。」
「ただし、レベルが上がった瞬間に持っていた武器、すなわち職業によってステータスは振り分けられるから。」
「何かの特化型にしたいなら、気をつけなきゃだね。」
ようやく、街が見えてきた。
同時に、敵もあと数えるほどにしか残っていない。
「アナライザーの武器は何ですか?」
アッシュが手にしていた巨大な盾。
話に聞く限り、ナイトの物だろう。
「アナライザーか。」
「それに関しては私も、あまり詳しいわけではないのだけどね。」
「イヤリングが武器扱いになっていたと思う。」
「その代り両手が開くのだが、一つの武器だけ両手で持つことが出来るらしいね。」
「つまり刀一本である今の君の状態から、アナライザーのスキルが使えるようになっただけ、な感じかな。」
街のゲートをくぐり、安全地帯に入った。
彼女は武器をしまうと、話をつづけながら歩いてゆく。
「まぁ、現状はこうなっているだけで、今後また変化していくかもしれない。」
「その時はまた、運営から通知があるさ。」
バジリスクさんの目的の場所。
アイテムボックス前に辿り着いた。
彼女がその蓋を開けた瞬間、目の端に小さなウィンドウと共にベルが鳴った。
(メールが届きました。)
(メニューから確認してください。)
ゆっくり点滅する小さなビックリマーク。
私はメニューから、その内容を確認する。
(差出人:アッシュ)
(題名:)
(本文:やっほー)
(ラインバッハの超時計を攻略したいから、今から会えない?)
ごそごそと中身を漁るバジリスクさんを、チラリとみる。
さっき断ったから、大丈夫だよね?
返信を選択する。
(差出人:ライゼル)
(題名:Re,)
(本文:いいよ。)
(どこで会うの?)
送信を選択。
無事にメールは送られたようだ。
ついでに、アイテムボックスの中身を取り出してゆく。
二つづつ、全ての武器を取り出した。
どんな武器や性能であったとしても、威力は変わらない。
だが、実装されていない武器を装備するわけにはいかない。
そのため、最初から手に入っていた武器にしたのだ。
ページをめくり、中身を確認してゆく。
一ページ100個まで収納でき、全部で五枚ある。
アイウエオ順に並び替えると、最後のアイテムが『や』から始まるアイテムだった。
もしかすると、全て入りきれていないのかもしれない。
出来るなら見てみたいのだが、ソフトで買った以上これ以上枠はは増えない。
私はアイテムボックスの蓋を閉じた。
再びメールの通知が届く。
(差出人:アッシュ)
(題名:Re,Re,)
(本文:そこで待ってて、今から行く。)
アッシュにはいろいろと聞くことがある。
「ライゼルちゃん、ちょっと呼ばれたから私は行くよ。」
「さっきはありがとう。」
そういうと、パーティが解散された。
「こちらこそ、ありがとうございました。」
言い終わらない内から、彼女は背を向けて歩き出す。
しかしすぐに彼女は立ち止まり、振り返った。
「そうだっだ。」
「君に一つ良いことを教えてあげよう。」
「雲谷炉衣君は、だまされるのがどうも嫌いらしい。」
またね、と言いながら再び歩き出す彼女。
その後ろ姿を初めは見ていたのだが、増えてきていた人ごみの中。
すぐにその姿は見えなくなってしまった。
近くのベンチに腰掛ける。
また見たことのない、新しい街。
殆どが木で出来た和風の建物だが、所々石で造られた建物もある。
明治初期の日本。
その時代を詳しく知っている訳ではないが、和と洋が融合したようなこの街並みは、おそらくその時代がモデルだろう。
行き交う人々は、着物に洋服に。
そして馬車がリズムよく通過してゆく。
ついさっき取り出した武器。
試しに一つ、拳銃を装備しようとしてみる。
……あれ?
どういう訳か装備できない。
これもチートの副作用か?
装備することをあきらめて、私はぐったりとベンチにもたれかかった。
☆★☆★
早足で歩きながら、先ほどまでの事を思い出す。
あまり行われなかった攻撃。
おぞましいほどの早口に、移動。
それらはチートを使っている事を隠しているようであった。
当然、隠しきれていなかったが。
何よりも決定打となったのは、始めの通常攻撃。
おそらくカンスト級のダメージだった。
どんな最高性能の武器を使っても、どれだけ近接火力が高いといっても、あれほどの数字は出せるはずがないのだ。
初期武器ならなおさらである。
ライゼル……
おそらく炉衣君のリア友で合っているだろう。
普通では辿り着けないスピードであるのだが、チートを使っているのであれば納得がいく。
あれほどの火力なのだ、ボスも容易に倒せたのだろう。
まだ確認していないメールが一通。
その差出人には、雲谷炉衣の名前が刻まれていた。