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巨大な赤いドームが、粉々に砕け散る。
赤い破片がキラキラと、赤い太陽の光を反射して舞う。
一歩、また一歩。
緑の鏡を歩いて行く。
ライゼル、勝利したのか。
遠くの方で見えた小さな二つの影。
それらは、片方づつ砕けた。
赤いドームの外から、バジリスクは見ていたのだ。
敵の沸き方も通常に戻り、現れたレベルが低く弱い敵が蹴散らされる。
今回のが初めての撃破かもしれない。
オソキヨルは前のアップデート、すなわち月曜日に実装されたばかりだ。
その圧倒的な耐久力、火力の前にほとんどのプレイヤーは勝利へと至っていない。
一部の噂では、ハヤキアサと呼ばれる対になる存在が居るとも聞いている。
この情報はあくまで噂であるのだが、私は知っている。
ハヤキアサとオソキヨルの同時撃破が、クリア条件であることを。
そしてたった今、たった一人で達成した者が居るのだ。
システムの都合上、大勢で挑んでも死んでしまっては変わらない。
オソキヨルによる攻撃は、全てがプレイヤーの体力を大きく上回るほどの火力を誇る。
少しでもかすると、即ログアウト。
犬の形をした雑魚敵を、ゼロ距離砲撃で吹き飛ばす。
もうすぐだ。
草原地帯にある、数少ないオブジェクト。
一本の、たった一本の大きな木。
そのてっぺんで腰を下ろす。
真っ赤な太陽が今、最後の輝きを消した。
赤く、赤く浮かぶ東の月。
たった一つのそのオブジェクトは、巨大な影を落としている。
ライゼルはどこに?
私はそっと立ち上がる。
鏡のような草はらが、赤と緑の光を融合させる。
長く伸びた影は、また別の影を見つけた。
スッと飛び降り、そのもとへと歩く。
誰かが、横になっている。
月は少しづつ青くなりながら、視点を上方へとずらしていく。
その、寝ている者のわきに立つ。
「ねぇ、君。」
一言。
ぼやくように話しかけた。
周囲の草が一様に裏返り、そして戻る。
装備からして、サムライの女性。
他にプレイヤーはまだいない。
おそらくこいつがライゼル。
オソキヨル達を倒したのは、どう考えてもこいつだろう。
しかし初期装備。
初期装備で勝てる相手であるはずがない。
炉衣君の友人かは分からないが、それでも何らかの不正をしていると推測できる。
彼女は目を閉じたまま、起きる様子は無い。
片足は膝を立てたまま、片足は胡坐をかくように座った。
重厚感あふれる盾と巨銃をわきに置くと、両手を頭の後ろで組み寝転がる。
真っ暗な空に、一粒の大きな青い輝き。
そしてミルクを零したのかのような、白い流れが地平のかなたまで続いている。
流れに沿うように、一つの輝きが煌めいた。
長い尾を残していったそれは、昔読んだ天を行く鉄道の話を思い出させる。
眠気にあてがわれ、瞬きが少しづつ遅くなってきた。
草がまた、風に揺らされ反転する。
何処かで狼の遠吠えのような声が聞こえた。
もう一つ、天の鉄道が走ったとき。
夢の世界へと入り込んでいった。
★☆★☆
月が再び沈むころ、うっすらと目を覚ました。
一回で起きることが出来ずに、再び目を閉じるとゴロゴロと何度も寝返りを打つ。
やわらかい草の上。
膝と膝との間に両手を挟みながら、目を開けることなく。
そして再び眠ることもなく、ただ時だけが進んでいく。
流星が一つ、落ちた。
東の空が明るくなってくる。
もう一度寝返りを打った瞬間、そこに誰かが寝ているのが見えた。
半分眠った頭で、それが誰なのかを考える。
寝る前に一体何があったのだろうか。
勢いよく上体だけを起こした。
……天使だ。
天使を倒したんだ。
少しづつ記憶が鮮明になってくる。
巨大な天使、堕天使。
たしかに、一人で倒したはずだ。
では、こいつは誰だ?
起こすのも申し訳ないと思わせるほどに、気持ちよさそうに眠っている。
立ち上がり伸びをした。
本当の身体ではないからか、伸びをした気になれなかった。
空から何かの羽音が聞こえる。
その正体は、大きめな蝙蝠。
草原地帯でも多く出現する、雑魚の一種。
ケイブバットとは別物だ。
それが今私ではなく、寝ている彼女へと襲いかかろうとしていた。
頭のすぐ近くで、大きな羽音を響かせている。
だが、起きる気配はない。
もしも。
もしも敵が攻撃したら、どんな反応を示すのか。
わずかに興味がわいた。
ピクリとも動かぬ彼女へと、蝙蝠は目覚めの接吻を施した。
「いたたた。」
「ちょっと、たすけて。」
跳ね起きると共に、振りほどこうともがく。
暴れる彼女の頭に噛みついたそれは、簡単には離れない。
やっとの思いで羽を掴み、どうにか引き離そうと引っ張っている。
動きが止まったその瞬間、刀に手をかけ抜きながら切り伏せる。
スキル無しの居合切り。
その攻撃は敵の中央を、彼女の頭ごと真っ二つに切り裂いた。
「あぁ、ありがとう。」
「助けられたばかりで申し訳ないけど、後ろを見てごらん。」
猛々しい鼻息が聞こえる。
ふと振り返ると、ありえないほどの雑魚敵が沸いてきていた。
「全くの初対面であるが、ここは共闘と行こうじゃないか。」
「ライゼルちゃんパーティ、組んでくれるかい?」
私は無言で頷いた。
状況が状況だ。
これだけの数、一人で相手取る方が怪しく感じるだろう。
パーティ申請を承認した。
「さぁ、行こうか。」
落ちていた、大きな盾と銃。
それぞれ両手に構えると、銃口を敵たちへと向ける。
徐々に集まる粒状の輝き。
それが今、集まり切ると同時に拡散する弾となり放出された。
数匹は倒すことが出来たが、まだ大勢残っている。
「ライゼルちゃん、先導してくれないかな。」
重圧感のある砲声を轟かせながら、彼女は叫んだ。
だが。
「いえ、私はここで背後を守ります。」
「先に行ってください。」
背中を合わせるように立つ。
いつの間にか、完全に囲まれている。
「君の方が突破力はありそうだけどねぇ。」
「そういうなら、先に行くよ。」
じりじりと唸りながらも近づく敵。
一歩、また一歩と近づく。
刀に手を置き、戦闘態勢に入る。
しかしチートがばれてしまう恐れもあるのだ、攻撃するわけにもいかない。
頼むからそれ以上、近づかないでくれよ。
「早く、行ってください。」
私が言い終わると同時に彼女は、盾に身を隠しながら敵の集団へと突進する。
盾は敵を倒せないながらも、他の武器にはない突破力を併せ持つ。
普通なら止まってしまうほどの量。
それをたった一度の突進で、敵に埋もれて見えない位置にまで移動していた。
では私も行くかな。
地を蹴り、草を舞い上がらせる。
不規則に配置された敵と敵との間を、彼女とは全くの逆方向へと突き進む。
どの敵も、目の前に着た瞬間を狙って攻撃を仕掛けてくる。
だが、遅い。
砂浜に染み込む水のように、攻撃されるよりも通過する。
16倍速は伊達じゃない。
突破するのに、そう長い時間を必要としなかった。