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敵は片足を失い、バランスを崩す。
ゆっくりとその巨体は傾き、失った片膝をつく衝撃は、土を高く舞い上がらせる。
一度刀をしまい、居合を溜めながらまだ残っている足へと走った。
部位破壊による怯み状態。
それにより、敵は何の抵抗もしてこない。
靴の上から居合を決める。
多段ヒットするその攻撃は、たった一回で靴を破壊し足全体にヒビが入るほどだった。
両手で持った刀を、斜めに振り下ろす。
輝きを持たないその攻撃は、部位破壊時特有の光をまき散らしながら、敵の足をバラバラに砕いた。
支えを失い、前へと倒れる。
顔の半分を地面にめり込ませながら、残った二つの腕だけで抵抗しようとしている。
居合を腕に当てた。
装甲を破壊し、肩から先が粉砕する。
足よりも耐久値が低いのか、両腕とも一撃だった。
四肢を失い倒れた背中へと飛び乗り、溜めた飛斬を飛ばす。
三日月のようなそれは、黒き羽の付け根へとヒットした。
激しい閃光を吹き出しながら、わずかに傷口をみせる。
立て続けに放たれる斬撃。
土砂降りの土の中、はっきりと目に映る溢れ出す閃光。
おかげで狙いやすい。
三度目の斬撃で、羽を完全に叩き切った。
広げられていた黒き羽は、支えを失う。
光を強く吹き出しながら、コントロールの取れないロケットのごとく宙を舞う。
手も足も、そして羽をも失った。
後はとどめを刺しに行くだけ。
背中の上から、頭部へと移動しようとしたその時。
羽と背中からあふれ出る光が、上方へと向かっていく。
まるで、何かに吸収されているかのように。
ハヤキアサ
光り輝く巨大な天使。
先ほどとは真逆の、聖天使を思わせるその外見は見る者を圧倒させる。
額から一筋の光が、足元の敵へと降り注ぐ。
すると砕いたはずの手足が集まり、元の形状へと修復される。
起き上がろうとする敵の背から、あわてて地面へと飛び降りた。
羽までもが完全に修復され、輝く光の羽と光を吸収する黒い羽根が並んだ。
先ほどまで黒かった太陽は白く輝く。
暗くて見えにくかったのから一転し、明るくて見えにくい。
片手で飛斬を溜め、空いた手で光弾を溜める。
まだ敵に動きは無い。
一気に決める!
光弾を敵へと放ち、同時に飛斬を二体共に当たるよう繰り出す。
空中で、流星を三日月が追い抜く。
それらが当たる瞬間、大きく軌道が変化した。
まるで迂回するのかのように、形状から変化しそれぞれの翼へと吸い込まれて行った。
効かないのか?
敵の攻撃が始まる。
細く鋭い黒い光。
太く鈍い白い光。
それらが乱雑に、地面を削りながら迫ってくる。
黒い光を肩にかすらせながら避ける。
避けた先に迫る白い光、甘んじて受け止める。
全身に殴られたような衝撃が走った。
その強い衝撃に、思わず立ち止まる。
間髪入れずに、再び黒い光が接近し始める。
中々につらい。
少なくとも遠距離スキルは無効。
絶え間なく降り注ぐ白黒の光。
痛みをまだ感じながらも、無理やり横に飛び黒い光をかわす。
白い光が来るより早く、草を巻き上げながら一気に駆けだした。
もう、立ち止まってはいけない。
何が来ようと。
立ち止まるときがあるのなら、それは完全勝利した後だ。
ギリギリでかわしながら、時々当たりながらも立ち止まることなく進み続けた。
もう敵は目の前。
突進スキルを溜め始める。
オソキヨルの足へと、突進を繰り出す。
的はでかい。
だが、何かに当たった感覚もない。
タイミング悪く持ち上げられた、巨大な靴。
それはすでにこちらめがけて落ちてきていた。
――しまった。
靴の範囲外へと飛び込み、脱出を図る。
だがワンテンポ遅れ、腹部より下だけが押さえつけられた。
ゆっくりと、踏みつけた足をどかすことなくかがむ。
そして掴もうとこちらへ、灰色の手を伸ばし始めていた。
逆手に持ち替えた刀を、何度もその靴に打ち当て破壊する。
一瞬だけ怯み、持ち上がった足から素早く脱出した。
つかず離れずの微妙な距離を維持したまま、居合が溜まるまで向かってくる光線をよけながら円周状に走る。
狙うは露出した足。
鞘を強く握り、柄を握る手に力が入る。
白い光を大きく身体を回転させながら避け、勢いをそのままに抜刀攻撃。
破壊され、再び地に足を付ける敵。
だが。
ハヤキアサからの白い光が、オソキヨルを包む。
破壊した瞬間を、まるで逆再生するのかのように足は元に戻って行く。
二体同時に出てくる敵。
一方を倒しても、もう片方が蘇生させる場合の攻略法は決まっている。
二体同時撃破。
いくらチートを使っているからと、そんなことが出来るのだろうか。
あの巨体に加え、遠距離は無効化。
被ダメージはともかく、与ダメージ量がまだ足りない。
そもそもこれはおそらく、大人数で攻略するための物なのだろう。
それをたった一人で攻略など、チートを使っていても怪しいものだ。
空では太陽が白く輝き、相変わらず赤色の半透明なドームが覆っている。
オフライン時のボス戦と同じ。
おそらく、このドームから外に出ることはできないのだろう。
恐怖に慄き逃げ出すことも、敗北し改めて加勢に行くことも封じているのではないだろうか。
そして。
敵の最大火力であったであろう魔法陣による攻撃も、痛いだけで私の体力を削り切るほどではなかった。
私に残された道。
――それは勝利のみ。
場合によってはコードを増やさなくてはならない、か。
だがログアウトできないこの状況、それは何としても避けたい。
今ある私の全能力。
それだけで、こいつらをどうにかしなくてはならない。
再び刀をしまい、敵へと走り出した。
☆★☆★
速度計の針は、ほぼ水平になっている。
対向車のライトが、どんな流星よりも早く後方へ流れていく。
空は白くなり始め、暁を過ぎようとしていた。
状況が状況だ。
普段ならもっと、スピードを抑えるように言うのだが。
「もっと急いでください。」
今回は促す。
チートを使ったことによる弊害は、ゲーム内のバランス崩壊だけとは限らない。
不死身になるようなチートであるなら、かなり危険である。
ボス戦時は閉じ込め、ログアウトするまで攻撃をやめない敵もいる。
きちんと倒せるのであれば問題は無いが、一回の最大付与可能上限ダメージよりも極端に体力が多い敵もいる。
チートを使用したとしても、一筋縄ではいかないはずだ。
そして最も最悪な状態が、不正プログラムと正規プログラムとの間でバグが起こる事である。
バグにより電脳空間に閉じ込められた中学生は、植物状態と判断された。
本人の希望によりその命は絶たれ、一部臓器は移植されたと聞いている。
それ以降、不正プログラムに関しては徹底して対策をしてきていたはずだった。
今回の不正プログラム使用者は、どんな影響が出ているのかは分からない。
運が良ければ何事もなく。
運が悪ければもう、現実へとは戻ってこられないだろう。
「愛知県小牧市在住、北条和真。」
「キャラクターネームはライゼル。」
「現実での性別は男性、年齢は23歳。」
山村さんから、先ほど電話で聞いた情報を運転者に伝える。
まっすぐ、ずっと先を睨みつけながら口を開いた。
「その情報も、正直どこまで本当か怪しいものだね。」
「いくらでも、偽装しようと思えばできてしまうのだから。」
スピードメーターの針は、さらに角度を急にした。
久々に踏み入る超高速の域に、エンジンは歓喜しているのかのようだった。
「一応、警告のメールは登録されたアドレスへと送信したようです。」
「アカウント凍結は行ったようですが、一度ログアウトされなくては効果もありません。」
プログラマーとハッカーとの、延々と続けられてきた争い。
どれだけ壁を作ろうとも、穴を見つけ広げるハッカー。
ハッカー達に悪意がある、とは思ってはいない。
自分の力を試したい、そんな話を聞いたことがある。
だが、危険だということを理解してもらいたいものだ。
半分ほど顔を出した太陽を尻目に、エンジンは一層唸りをあげた。