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シトシトと。
いつまでも止まない雨の音が聞こえる。
一本の大きな木の下で、その幹にもたれながらアッシュの様子を見ていた。
相も変わらず、出てくる雑魚を片っ端から倒している。
私の近くに現れた雑魚も、素早く片づけていてくれた。
だからこそ、先ほどまで睡眠をとることが出来た。
流れるようなその戦いっぷりは、まるで狂戦士が舞っているのかのよう。
敵を常に求め、倒すことに快感を覚えている。
だがその行為に、美しさをも求めている。
そんな気がした。
立ち上がり、伸びをする。
止まない雨に、思わず天を仰ぎ見る。
灰色の、金属を連想させるグレーな雲。
一体、いつになったら止むのだろうと。
流れる雨は頬を伝い、手を濡らし、武器を清める。
アッシュが刃の先端をこちらに向け突進してくる。
私は構わず、立ったまま腕組みをし木にもたれいていた。
目の前にまで接近した彼女は一瞬だけ大きく屈み、私の頭よりわずか上の位置を強く蹴りつける。
木の幹を使った大ジャンプ。
高い位置に出現していた敵が、アッシュの一撃で葬り去られた。
彼女は空中で一回転すると、片膝をついて着地する。
何かを言うわけでもなく、ただ淡々と敵を倒すという作業を繰り返していた。
彼女のすぐ後ろで、新しく敵が出現する。
まるで見えているかのように、出てくる位置を知っているのかのように。
振り返りざまに切りつけていた。
時には一本、時には二本の刀を自在に操る彼女は、どうして盾を使っていたのだろう。
このゲームはレベルアップした際の武器によって、ステータスが自動で振られる。
もし、アッシュが刀でレベルアップをしてきたのだとしたら、盾よりも刀の方が合っているはず。
自ら不遇だと言っていた、アナライザーになったのは何か理由でもあったのだろうか。
何かあったのかもしれない。
何もないのかもしれない。
前後に一体ずつ同時に沸いた敵を、二本の刀で回転しながら切り付けていた。
ただその様子をボーっと見ながら、ふと思い出したようにログアウト出来るようになったのかを試してみる。
結果は失敗。
コードメニューを開く。
相変わらず、OFFになっていた。
ついでに選択したコードを全て切っていく。
今度こそコードの効力は無くなったはず。
そう思い、ログアウトを選択したのだが……
結局、何も変わらなかった。
コードの効力は残り、私はこの場に残り。
全て切ったはずのコードは、何故かこの身に宿り続けていた。
草木に残った水滴が、太陽の光に反射してキラキラと輝いている。
夜が、明けた。
月と太陽が共存する有明の空。
その彼方に、赤色の半透明な壁が構築されていく。
壁は全ての方角で構築されており、巨大なドームを作りあげていた。
閉じ込められた?
少しづつ、元々数が少ないプレイヤー達が集まってくる。
敵を片っ端から倒していたアッシュも、その対象が居なくなったためにその場でうつむきながら突っ立っている。
何かが始まる。
分かるのはそれだけ。
ただでさえまだ青く、そして赤い空を赤色の障壁がさらに赤くさせる。
巨大な太陽が、揺れた。
オソキヨル
一瞬で太陽は黒くなり、周囲はギリギリ見える程度の暗さにまで陥った。
月もなく、星もなく。
そして、巨大な何かが音もなく舞い降りてきた。
黒い太陽を背後にシルエットをくっきりと描き、そして背中から羽が生えているのが確認できる。
天使。
いや。
堕天使。
黒き翼は天を覆い、全ての光を吸い尽くす。
敵は手にしていた杖をわずかに持ち上げ、地面に当てる。
先端が当てられた地点を中心にゆっくりと、津波のように黒い物が全方向へと広がってゆく。
ゆっくりと広がりながらも、高さをまして周囲を飲み込もうとする。
アッシュは一気に駆けだした。
「アッシュ、まって!」
呼びかけるも、反応は無い。
いつかの逆だな。
そう思いながら一瞬でアッシュに追いつく。
他のプレイヤー達も杖の先端へと走り出していた。
彼女はすでに2、3メートルほどの高さにまでせり上がったその津波へと、顔を覆いながら飛び込んだ。
私も息を止め、その壁へと突入する。
すぐさま顔についた液体を手でぬぐい、周囲を確認する。
アッシュはいない。
気が付けば空から敵の靴底が迫る。
踏みつぶされたプレーヤーは数名。
踏みつけ攻撃の衝撃で、土が高く舞い上がる。
私は何とか回避できたが、彼らは全員がログアウトした。
敵は間髪入れずに杖を払った。
巨大な図体のため、チートのため、著しく敵の動きが遅く感じるが一撃が重たいのは見ればわかる。
払った杖の風圧が、周囲に突風を巻き起こす。
もうアッシュを気にしていられない。
何人ものプレイヤーが、足に取り付いて攻撃をしている。
だが敵も、ただやられるだけでは終わらせない。
張り付いた虫を払いのけるかのように足踏みをしながら、両手で杖を握る。
その先端部を、黒い太陽に掲げた。
足元から広がる魔法陣。
三重、四重といく層にも広がり、巨大なそれはフィールドのほとんどを埋め尽くす。
「早く、攻撃してくれ!」
「人数が足りないんだ!」
叫ぶプレーヤーたち。
彼らのスキルによるイルミネーションが、敵の足元で輝いていた。
魔法陣からは所々、光の柱が上がっている。
足踏みとは別の細かな揺れが、だんだんと強くなっていた。
攻撃しろ、か。
今の私には、それは出来ない注文だ。
それに……
今は敗北を望んでいる。
抉れる大地。
地の底から浮き上がる岩石。
先ほどまでの雨のように、大量の土砂が降り注ぐ。
魔法陣の輝きが、逆に天を照らす。
私はただ、勝利を目指すプレーヤーの頑張りを傍観するだけ。
掲げていた杖を、大地に突き刺した。
その瞬間に魔法陣からの光は消え、再び暗闇へと堕ちた。
静かなる嵐の前。
足元のイルミネーションを除き、全ての時が止まった。
魔法陣内の全体から、天へと上る光の柱。
その光は目をくらまし、堕天使らしからぬ攻撃。
暗くて見えずらかったのが一転し、強い光で見えにくい。
体力は大きく減り、回復し、大きく減りを繰り返している。
連続した一撃必殺級の攻撃。
通常のプレーヤーは、全て死に絶えた。
それはアッシュも例外ではなかったようで、現在地の表記が消えている。
光の柱は魔法陣の収束と共に、細く、弱くなり消えた。
思わずため息をついた。
結局、あれだけ強そうな攻撃を食らっても耐えちゃったか。
かと言って、このまま殴られっぱなしも好きではない。
刀を抜き、まっすぐ構えた。
周囲に見方はいない、一切無援の孤立した状況。
なら、逆に。
私が何をしても問題ないわけだ。
頭部が動き、こちらを見ている。
実際にそうかは分からない。
でも。
私なら一対一で満足させてやる。
敵へと走り出す。
こちらの動きに合わせて、羽が動き継続的に突風が巻き起こる。
杖を片手で水平に持ち、顔の前で印を組む。
その先端から黒色の渦が発生し、岩盤を引き裂きながらいくつもの鋭い光線が迫る。
地面すれすれの前傾姿勢を維持したまま、すれ違うかのように光線をよけ続けた。
刀を顔のすぐ横で構え、突進スキルを溜める。
正面から黒色の細い光。
刀を突き出しながら、強く踏み込んだ。
その細い輝きは、どんな刃物よりも鋭く切り込む。
首筋から胸部そして腿を、ダメージを与えながらすれ違った。
刀の先が、靴に突き刺さる。
カンストダメージ。
部位破壊エフェクトが発生し、靴を砕いた。
レーザー攻撃が止み、再び杖を掲げた。
魔法陣が展開され、先ほどと同じ攻撃が来ることを予想させる。
靴が破壊されたその足へ、浮き上がるよりも早くしがみつく。
大きな振動に振り落とされそうになりながらも、片手で刀を振るい攻撃する。
弱く刃が当たる。
だがカンストダメージ。
まだ敵は健在。
もう一度!
足が接地した衝撃が全身に伝わる。
刀を逆手に、二発目を与える。
石のようなその皮膚に、ヒビが入った。
まだまだ!
また体が宙に浮く感覚がした。
繰り返すごとにヒビは大きくなっていく。
同時に、魔法陣も膨れ上がっている。
ヒビが足全体を覆い、所々剥がれてきている。
魔法陣の光が消えた。
最後の刃が振り下ろされると同時に、最後の光が立ち上っていた。