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日が暮れた、夜の街並み。
街灯が並ぶ大きな通りを、アッシュは走り続ける。
名前を呼んでも肩を掴んでも、無視して何処かへと向かっている。
門をくぐり抜け、武器である盾を持つことなく街の外へと飛び出した。
小さな雑魚が彼女の行く手を塞いでいる。
いや、敵が塞いでいる訳ではない。
アッシュがそこへと向かって行っていのだ。
「おい、アッシュ!」
「危ない!」
恐ろしく早かった。
腰につけた二本の刀、それらを装備し抜刀からの攻撃。
逆手に持った武器を納刀した瞬間、敵は地面へ倒れる。
思いもよらない彼女の行動に、驚きを隠せなかった。
アナライズシールダーでは無かったのか?
見失わないように気を付けながら、素早く友達リストからアッシュの項目を選択した。
サムライ……?
しかも、こちらの方が戦闘力があるように感じる。
新しく出現した三対の敵を、すれ違いざまに全滅させた。
これだけの戦闘力がありながら、どうしてアナライズシールダーなんて職業をしているんだ?
ポツリポツリと降り始めた雨の中。
私はたくさんの疑問を抱えながら、アッシュを追いかけ続けた。
★☆★☆
突然大きな音を立てながら、強く扉が開け放たれた。
驚いてパソコンの画面から目を移す。
黒いスーツを身にまとい、サングラスをかけた男性がそこにいた。
「……どちら様でしょうか?」
私が言い終わったと同時に、彼はサングラスを外した。
「やぁ、僕だよ。」
「スキャンは終わったかな?」
監督はパソコンの画面を覗き込んできた。
画面には残り5分の表示。
「もう間もなく、です。」
時計の針は、午前五時をわずかに過ぎていた。
「佐藤さんは?」
コーヒーを注ぎながら、彼は尋ねる。
「まだです。」
「ディレクターの方が家が近いじゃないですか。」
「と言うより、一体何があったのか教えてもらえます?」
コーヒーを注いだ紙コップを片手に、ソファーに深く腰を下ろした。
「僕と佐藤さんで、さっきまでゲームをしていたんだけど。」
「ヴュリナス・ブレイドを装備した侍に会ったんだ。」
ヴュリナス・ブレイド、勝利のVシリーズ……
間もなく使えるようになる、トップクラスの装備。
まだ手には入らないようになっていた物を、既に手に入れたというのか。
「それだけじゃなかった。」
「僕は彼女と実際に戦ってみたが、どう考えても不正ツールを使っているとしか思えないことが多々あった。」
「これは一例に過ぎないが、飛斬の火力が以上に高かったり、とかね。」
「佐藤さんは、ビルの壁越し飛残で一撃で死んでたね。」
飛残は火力が低かったはず。
なるほど……
確かにチートを使っている可能性がある、と言えるわけだ。
監督は一口、コーヒーをすすると話を続けた。
「飛残はレベルを最大にしても、壁を超えることはできないほどに弱かった攻撃だ。」
「どんなチートを使っているのか、場合によってはそれを直接見に行く必要が出てきた。」
「このことは、しばらくは秘密にしておいてくれよ?」
「ばれたら警察沙汰、だからね。」
パソコンの画面が輝く。
キャラクターネーム、ライゼル。
たった一人だけがそこに表示されていた。
プレイヤーネームはLixel。
始めた期間は、約一か月ほど前。
オンラインに現れたのは、つい先ほど。
「住所とか、教えてもらえるかな?」
表示を切り替える。
「愛知県小牧市ですね。」
「名古屋市の北です。」
監督は、まだ湯気が出る紙コップを片手に立ち上がった。
「了解。」
その瞬間に、再び扉は開かれた。
「佐藤さん。」
「今から愛知県の小牧に行くから、準備して。」
突然の旅行に戸惑いながらも。
「分かりました。」
「山村さん、羽田から最速で出る飛行機を調べてください。」
「私は高速での最短ルートを調べます。」
「監督、貴方は少々無計画過ぎます。」
これまで開いていたプログラムを終了させることなく、新しくインターネットを開いた。
羽田から、小牧空港への便を検索する。
だが。
「羽田発、小牧着は無いようです。」
検索結果は出なかったのだ。
「了解です。」
「監督、車出してください。」
「私のよりも速いでしょう?」
しっかりとした私服に、どこか抜けているスーツ。
でこぼこしたようなこの二人は、部屋を後にした。
かなり大変なことになったんだと、改めて感じ始めたころ再びドアが開いた。
「山村さん、連絡はいつでも取れるようにしておいてください。」
「あと、このことはなるべく広めないようお願いします。」
佐藤さんが頭だけ出してそう告げる。
「了解しました。」
返事をしないうちに扉は閉まり、廊下を走っていく音が聞こえた。
地下駐車場へとたどり着くと、目の前に一台の車が停車していた。
真っ黒でスポーティなセダン。
赤色のテイルランプを一層強く輝かせながら、全力で走るその時を今か今かと待ちわびる。
ドアを開け、助手席に乗り込む。
「時間が惜しい。」
「ルートを教えてくれるかな?」
ヘッドライトが灯り、低い唸りを轟かせながらゆっくりと車は走り出す。
赤色のブザーが鳴り響き、低い天井の地下から車が出てくることを周囲に警告する。
「首都高速から東名を使います。」
「細かい説明は追ってします。」
真っ暗な夜空へと、再び赤いランプが線を引いた。