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刀を抜き、顔のすぐ横で構える。
飛斬を溜めた状態で、スタートを待った。
敵は20人。
全員がプレイヤーの対人戦闘。
ギラギラと輝く太陽を、ギラギラと輝く刀が反射する。
静けさがその空間を支配したその瞬間、開始の鐘の音が鳴り響いた。
腕を伸ばし、刀をまっすぐ前へ突き出しだ状態で、砂埃を舞い上げながら減速していく。
二度のカンストダメージ!
輝く刃には腹部を貫かれた敵が二人――
「消えた?!」
敵の誰かが叫んだ。
大量の敵のど真ん中。
重力が弱いために、たった一度の踏み込みで到達できたのだった。
二人の敵がログアウトしたことによって、刀が軽くなる。
私は素早く水平に刀を振りながら、三回その場で回転した。
当然、スキルを発動させながら。
全方向を砂埃を舞い上がらせながら、三度の斬撃が襲う。
何も障害物がないそのフィールドでは、敵の大半がログアウトした。
だが、まだ戦闘は終わっていない。
立ち込める埃により、ほんの数メートル先でさえ見えない。
……どこだ?
眼球だけを動かして、敵の位置を探る。
突然、砂を踏む足音が背後から聞こえてくる。
そこだ!
振り向きざまに、首元を狙って振りかかっていた敵の剣を刀で受け流す。
強烈なパリィに、敵は大きく体制を崩した。
「つえぇ……」
ぼやく敵に止めを刺そうとした瞬間、一発の弾丸が後頭部から貫いた。
銃声は無かったぞ?
一瞬減った体力が、すぐさま元に戻った。
立て続けに二発、三発が撃ち込まれてくる。
視界が悪く、弾丸が見えない。
音もしない為に、いつ、何発飛んでくるのか分からない。
砂埃で一筋の線を描きながら、さらに一発の弾丸が飛んでくる。
上体だけを横に移動させ、その一発をかわす。
面倒だな……
後ろにいたはずの剣士はいない。
刀をしまい大きくその場でかがむと、強く地面を蹴り上空へと飛び上がる。
弱い重力下、通常時よりも遥かに高い位置まで跳躍した。
遥か下には未だ晴れない砂埃が、球体上に広がっているのが見える。
片手を上に向け、そこに意識を集中する。
すると徐々に光が集まり始め、こぶし大程の大きさにまで膨れ上がる。
一層強く輝いた後、それ以上膨らむことは無かった。
光弾Lv.10
敵はどこかと目を凝らした、その瞬間。
一瞬小さく、地上で何かが光った。
敵だ。
太陽を背にそれに向かって、光球がある手を張り手のように突き出す。
手元で分裂した光弾は、地上の光った点へ、砂埃の中へと向かっていく。
ゆっくりと落下を始めた時。
額を弾丸が貫いた。
衝撃で後ろへとのけぞり、回転しながら落ちてゆく。
ようやく晴れてきた砂埃のど真ん中へ、加速しながら落ちてゆく。
敵は倒せたのか?
光弾の様子からして、残りは二人。
一人は遠距離、もう一人は近接。
光弾は敵に当たり、一つのカンストダメージの表示が見えた。
運よく片膝をついた状態で着地した、その衝撃で一気に砂埃が吹き飛び視界が晴れる。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
後ろから、叫びながら剣を振りかぶる者。
左手で鞘を握り、右手で柄を握る。
二人は互いに背を向け、刀を、剣をまっすぐ持ったまま時間が止まった。
月のような地球の光が二人を包む。
(TEAM BLUE WIN)
この表示と、風景の変動が勝利したことを再確認させる。
水浴びをする真っ白な鳥に、小さな噴水。
ここに来た時と変わらない光景だが、多数のプレイヤーだけは一人もいなくなっている。
メニューを開くと、元々5000だった数字が倍以上に増加している事に気が付いた。
20人をたった一人で撃退……
自慢してみたいが、アッシュに言ったところでチートを使ったと思われてしまう……
ここまで考えて気がついた。
確かにチートは切っていた、よな?
にも関わらず体力はすぐに戻り、カンストダメージを与え続けていた。
不安に思い、その場でチート選択のメニューを呼び出す。
黒くなる視界に、白の文字が浮かび上がってくる。
その眼に映った文字は――
OFF
誰がどう見ても、コードは作動していない状態。
しかし、確かにさっきの戦闘では起動していた。
全身に寒気を感じながら、OFFの状態のままメニューを閉じた。
誤動作?
バグ?
切ったはずのコードが生きている。
まさか……
改めてログアウトを試みるが、何も変わらない。
コードを使ったことによるバグ、だろうか……
触れなくても感じられるほどに強くなった鼓動を、どうにか落ち着かせようと深呼吸する。
考えても仕方がないことだと、先ほどの推測を頭から消し去る。
だがそれでも、不安と言う形で引っかかり続けていた。
近くのベンチに腰を下ろす。
水浴びをする鳥は、一匹だけを残して飛び立っていった。
思わずそれを目で追うと、通りを赤髪の少女が駆けていくのが見えた。
「アッシュ……?」
慌てて立ち上がり、その後ろ姿を確認する。
特徴的な耳。
間違いない。
確かにアッシュだ。
でも、寝たはずでは……
私は彼女を追いかけ始めた。
★☆★☆
プレイヤーネーム、H
データの解析は完了。
一応、不正プログラムの使用は見られない、と言う結果だった。
カップにお湯を注ぎ、インスタントコーヒーの粉を入れる。
時刻は午前5時。
先ほどログアウトしていたが、またログインしたようだ。
過去のデータを見るに、一日のほとんどをログインしている。
しかもその間、きちんと敵を倒したりしている。
このプレイヤーは一体、いつ寝ているんだ。
と思いながらも、コーヒーをすする。
その時、一通のメールが届いたという通知が出てきた。
佐藤さん……?
この時間にメールが来たことにも驚きだが、内容にはもっと驚かされた。
『キャラクターネーム、ライゼルのデータ―をスキャンしてください。』
『外部不正ツール仕様の疑惑あり。』
『現在、監督もそちらに向かっています。』
チート、ってやつだろうか?
フルダイブ対応ゲームはバグが起きた際の危険性から、法律レベルで不正ツールの仕様は禁止されている。
何もVRゲームに限った話ではないが、それ以上に危険だと判断されたのだ。
実際、開発されてすぐの頃に、ちょっとした事故があったと聞く。
そのために、基本は使えないようになっているはずなのだが……
キャラクターネーム、ライゼルで検索する。
ざっと、同名のキャラクターが100人前後。
どれか分からないため、全てをスキャン対象に選択した。
デスクトップに新しいウィンドウが開き、次々と移り変わる文字列。
それと共に、青色のメーターがゆっくりと増加していた。