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パソコンの前でただ一人、先ほどの事を思い返していた。
隠れていた僕らを見破り、遠距離からの攻撃。
これはまだいい。
実際にスキルで存在し、職業さえ合っていればどんなプレイヤーにだって可能だ。
だが、問題はそのあと。
ギルジス……
じゃなくて、佐藤さんをログアウトに持ち込んだあの攻撃。
おそらく飛斬。
しかも、スキルのレベルはかなり高いだろう。
おぞましいほどの広範囲に加え、連続で攻撃していた。
しかしあの攻撃は本来、火力が無い。
広範囲を薙ぎ払える代償に、火力が極めて低い。
ライゼルが使ったその攻撃は、飛んでくる途中で何度も止まっていた。
おかげで、ギリギリ避けることが出来た。
僕が考えるに、あれは斬撃が壁に当たった瞬間、プログラム上貫通できるかどうかの計算が行われている。
何か計算に時間がかかるほどの攻撃だった、ということとなる。
大半のプレイヤーから嫌われる処理落ちに、今回は助けられたか……
そもそも、あいつの足の速さは異常だった。
接近する時も、離れる時も異常に早い。
これらの状況から、どう考えてもチートを使っていると判断できる。
オンラインでのチート使用は聞いたことがない。
プログラムがバグを起こせば、フルダイブプレイヤーの意識がどうなるか分かったものじゃない。
たった一人の自己満足の為に、ゲームを楽しんでいる人に迷惑をかけさせるわけにはいかない。
何よりも、勝利のVシリーズを何故ライゼルが持っていたのか。
データとしては、すでにゲーム内にある。
しかしそれはあるだけで、ドロップする敵はまだ実装していない。
近くに、置いてある携帯が光っている。
佐藤さんからの連絡通知。
(ログアウトしたら連絡ください)
時刻は午前4時。
本来なら電話を控える時間であるが、状況が状況だ。
迷わず彼に電話をかけた。
「はい、佐藤です。」
「どうでした?」
早かった。
あらかじめ待っていたのだろう。
「チート確定かもね。」
「今から会社来れるかい?」
「彼のデータをスキャンしてみよう。」
言い終わらない内に、彼は答える。
「分かりました。」
と。
いつでも寝られるようにと、着ていたパジャマを脱ぎ。
私服を手に取り――
止めた。
代わりに黒のズボン、真っ白なカッターシャツ、そして慣れないネクタイを着ける。
真っ黒な上着を着ると、一旦鏡で自分の姿を見た。
久々に着るスーツ。
特に違和感がないことを確認すると、大急ぎで革靴を履いた。
会社へと向かうその車は、赤いテイルランプで夜空に一筋の線を描いていた。
★☆★☆
大きなあくびをしたために、大粒の涙がアッシュの目に浮かんでいる。
明日は土曜日、いや。
正確には、今日が土曜日。
どれだけ寝坊しても、問題は無い。
それこそ、延々と寝ていたって……
「ねぇ、ライゼル。」
「ごめん、もう眠いから今日は落ちるね。」
一体、今は何時だろう。
夜、遅いことくらいしか分からない。
アッシュの二つ目のお願いは、明日以降に持ち越しかな。
「了解。」
「私も眠いから、これで終わるよ。」
言い終わらない内に、アッシュはメニューからログアウトを選択していた。
その体は青く輝き、弾けるように消えた。
ログアウトするとこうなるのかぁ……
そんなことを考えながらも、同じようにログアウトを選択した。
だんだん目の前が白くなり、瞬きするとパソコンの前。
に、ならなかった。
おかしい……
これまで通り、ログアウトしようとした。
だが目の前が白くはならずに、いつまでたっても駅舎が見える。
人はほとんどいない。
何が目的なのか、入っていく者もいれば出てくる者もいる。
しかしそんなの私に関係ない。
問題は今、ログアウトできないということだ。
運営に通報するべきか……
いや、できるならそれは避けたい。
不正プログラムを使ってることがばれたら、どうなるか分かったものじゃない。
うーむ……
両手を腰に当てたまま、考え込んだ。
ゲーム内の時間は、お昼頃。
丁度真上から差す陽の光が、鬱陶しいほどに明るい。
取りあえず、もう少ししたら改めてログアウトしてみるかな……
明日は土曜日だし、ね。
それまではどうやって時間をつぶそうかな。
何かあることを期待して、周囲を見渡す。
汽車が走り、石つくりの街が広がる、近世ヨーロッパのような街並み。
エッフェル塔を思わせる、金属製の三角な塔が遠くに見える。
そういえばまだ、オンラインに来たばかりでこの町を探索していない。
アッシュにつかまって、レクタードにつかまって……
ついさっき有った事を思い出していると、今もヴュリナス・ブレイドを装備していたことを思い出した。
これが原因で絡まれたのだ。
他にも、同じような状況の武器は無いだろなと、不安に感じながらも違う刀を装備する。
最初期の武器。
初めから持っていたその武器を腰に下げ、街の探索に出発した。
始めてみる街の光景全てに、思わず目を奪われる。
携帯ゲームとは違い、ほとんどの場所にBGMは流れていないが、NPCによる演奏があちこちで行われていた。
ジャズなような曲調は、ほんのりとテンションを上げてくれる。
初めての街に、生まれたての赤ん坊のようにわくわくしながら、石畳みの上を歩き続ける。
ただでさえ少ない人が、さらに少なくなる裏通り。
私は、ある建物の前で立ち止まった。
灰色の石で造られたアーチに、墨で力強く書かれた闘技場の文字。
思わず足が向いた。
アーチからその建物までの間にある、小さな噴水。
そこでは、真っ白な鳥が水浴びをしていた。
扉の隣に掲げられた掲示板を見ながら、多数のプレイヤーが楽しそうに雑談している。
ここだけは活気があるな、と思わず笑みがこぼれていた。
「いらっしゃいませ。」
何処かの喫茶店を思わせる制服を着た、女性NPCが出迎える。
カウンターを一つ挟み、彼女と対面した。
「こちらは闘技場受付です。」
「現在、ポイントランキングを開催中です。」
「参加いたしますか?」
私は少し悩んだ。
チートを使った状態で参加したら、目立つのではないかと。
参加して自分の力を試してみたいという欲望と、目立ってはいけないという理性が衝突する。
結局、欲望が勝利した。
別に、チートはいつでも切ることが出来る。
参加表明を示した後、その場でチート選択のメニューを開く。
真っ黒な背景の中、浮かび上がる白の文字。
その中に一つ、他とは違うフォントで書かれたONの文字。
私はそれを選択し、OFFに切り替えた。
Game Start
特に何かが変わった感じはしない。
それは外に出ても同じことだった。
頭上から脳天へと、刺さる疑似太陽光。
キラキラと弾ける噴水の水しぶきが、涼しさを目で感じさせる。
メニューを開くと、5000の数字が新たに追加されていた。
これが私の所持ポイント……
メニューを閉じた瞬間、新たにウィンドウが出ていることに気が付いた。
(ポイントバトル)
(決闘を申し込まれました。)
(フィールドを選択してください。)
なんだ?
いきなり決闘を申し込まれたのか。
いくつものフィールドが表示される。
同時に20のカウントダウンが始まる。
先ほどはランダムを選択したが、今回は変えてみるかな……
オンライン、チートなしの初バトル。
わくわくしながら選択したのは、月面フィールド。
(Moon Surface The Light Side)
(重力が弱く、強い光が差し込むフィールドです。)
楽しそうだな。
それを決定すると、風景が大きく変化を始める。
周囲にある建物が、上部から塵となる。
塵となったそれらは、風により吹き飛び灰色の砂を積もらせる。
噴水の水は枯れ、そこにいた鳥はどこかへと飛び去って行った。
石畳みは積もった砂に埋もれ、一瞬雲が太陽を隠した。
真っ暗になった空に太陽が浮かび、雲はただのひとかけらも無く吹き飛んで行った。
そして、どこまでも荒れたその大地の地平。
その先に浮かぶ、上半分だけが明るくみえる青き星。
地球……
いつか見た月面フィールド。
煌めく星々に、輝く太陽がまぶしい。
ウィンドウの表示が切り替わる。
(TEAM BLUE 1 VS TEAM RED 1)
(フレンド、およびギルドのメンバーを呼ぶことが可能です。)
まだこの時の私は、一騎打ちのつもりでいた。
だが、すぐにその考えが甘かったと思い知らされることとなる。
赤チームの後ろにある数字が、見る見るうちに増加していく。
しまった!
あっと言う間に、敵側へ20人が集まった。
対するこちらはアッシュが居ない今、一人で戦うしかない。
でも、まぁ……
負けてログアウトしても、ちょうどいい時間かな。
と思いながら、武器を構えた。