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GO!
鐘の音が響く。
それは戦いが始まる合図。
対戦相手を探すため、私は廊下を走り出す。
いつでも抜刀できるよう、手を鞘に添えたまま居合スキルを溜め始める。
勢いよく、正面の曲がり角をまがった。
「ライゼル!」
「待って、待ちなさい!」
後ろからアッシュが追いかけてくるが、構っていられない。
敵にチートがばれるよりも早く、倒す必要があると判断した。
二つ目の角を曲がった瞬間、急に敵の位置が分かるようになった。
表示される二つの矢印。
それぞれレクタードと、ライゼルの名前が表示されている。
三つ上の階……
そこに敵はいる。
私は一気に錆びた階段を駆け上がる。
強い風が吹く、屋外の非常用階段。
下は雲で見えないほどに高い。
再び屋内に入ろうとしたその瞬間、赤色の線が四つこの扉へと向けられている事に気が付いた。
建物の内部からまっすぐ伸びるその線は、わずかに震え、そしてぶれている。
これは、なんだ?
ドアノブを掴んだまま、私は様々な考えを巡らせる。
敵の攻撃か?
トラップか?
フィールドギミックか?
外から壁の奥は見えない。
ただ奥から、四つの線が見えるだけ。
高い位置特有の強い風が、金属製のドアを叩いていた。
さぁ、どうする?
突入するべきか、否か。
迷いに迷いを重ねていた時、ようやくアッシュが追いついてきた。
「やっと追いついた。」
「あんたちょっと速すぎだよ。」
大きな盾を背負った彼女は、不満そうに言った。
彼女はやっとの思いで最上段まで登り切ると、大きな盾を荒っぽく置く。
そのままぐったりとした様子で、錆びた手すりにもたれ掛った。
「あぁ、もう!」
「急に重たくなったから、処理落ちするかと思ったわ!」
迷っている私に構うことなく、彼女は愚痴り続ける。
顔にかかった、赤い髪をかきあげながら。
一通り愚痴をこぼした後、改めて向き直る。
「どう?」
「分析者のスキルは?」
よく見ると青かった彼女の目が、片目だけ赤色に変わっている。
「ハイパーリンク、敵座標計算スキル、弾道予想スキル。」
「敵座標計算スキルで敵の位置を割り出し、スキルのハイパーリンクであなたにも共有しているの。」
「敵はガンマンだったことを思い出して、ついさっき弾道予想スキルを発動したよ。」
……なるほど。
なら、この赤い線は……
「そう、敵の銃口がここへ向けられている。」
「言わば警告、ね。」
壁にもたれかかりながら、アッシュは言った。
「このフィールドの階段はここしかないから、待ちに徹した戦術ってわけね。」
「ま、ただのイモ野郎達だけど、どう考えても地の利は向こう。」
「さてと、不遇不遇と言われ続けた、アナライザーの真価を見せてあげよう。」
彼女はそっと目を閉じる。
瞼の位置に、小さな青いリングが浮かび上がった。
そしてリングの内側へと、四方向から十字状に線が伸びてくる。
アッシュは、閉じていた目を開いた。
するとそのリングはゆっくり回転しながら、彼女の瞳へと入って行く。
少しの間、彼女の瞳には青の十字が輝いていたが、瞬きした瞬間に赤の瞳へと消えていた。
「はい、準備完了。」
「その壁を見てごらん。」
言われた通りに見てみると、内部の様子がはっきりと見て取れた。
本来壁があった位置には、代わりに緑の線が縦横にはしるだけとなっている。
「まさか、ウォールハック?」
思わず呟いた私に対して、アッシュはやんわりと否定した。
「確かに似ているけどねぇ。」
「これは透視スキル。」
「気を付けないと、見えない壁に衝突しちゃうよ。」
「そして私からもう一つ、アドバイス。」
彼女は両手を頭の後ろで組みながら、再び壁にもたれかかる。
「この建物の壁は、強い攻撃なら貫通することが出来るよ。」
「そこそこ強くないとダメだけど、もしも君が遠距離攻撃できるなら貫けるかもね。」
「さぁ、行ってきな。」
「ここからは、君の仕事だよ。」
溜めてしまっていた居合スキルを、外へと空振りさせる。
抜いたままのその状態で、クルリと後ろへ振り返った。
敵は二人。
大体30メートルほど先の十字路で、銃口を向けたまま左右に隠れている。
一人はしゃがみ、もう一人は立っていた。
そこまであるのは細い廊下が一本だけ。
刀に意識を集中し、スキルを溜め始める。
強めの光が、柄から先端へと移動していく。
「はっや……」
アッシュが思わず呟いた。
私から見たら、なんてことのないただのスキル溜め。
だがチートコードによって16倍速になっていたそれは、他のプレイヤーからしたら恐ろしく早い。
輝く刀身を、しゃがんだ敵にも当たるように斜めに振り上げた。
攻撃が少しでも当たれば、チートにより勝つことが出来る。
飛斬Lv.10
壁にもたれたままのアッシュごと、巨大な斬撃は建物を貫通した。
何をしても、味方に攻撃は当たらない。
これまで敵と戦った時と同じく、カンストしたダメージ数値が表示された。
一瞬だけ持ち上がった建物は、何事もなかったのかのように顕在し続ける。
終わらない?
だがすぐに、理由は理解できた。
溜めた直後より輝きが鈍くなったと刀を収めることなく、両手でまっすぐ構えなおした。
さすがだ。
立っていたギルナスは今の斬撃でログアウトしたようだが、レクタードは健在だった。
避けたのか……
こちらの存在に気づいた彼は、金属の扉へと発砲を始めていた。
飛翔する金属体は、発砲の瞬間に描かれていた赤の直線を狂いなく直進してくる。
扉の向こう側なんだ。
貫通できるほど威力は無いだろうと、正直舐めていた。
もう一度、斬撃でもぶつけてやろうかと考えていた時。
金属同士がぶつかる音を響かせながら、いくつもの弾丸が貫通してきた。
手を、腹を、胸を、そして頭をその弾丸は貫く。
チートにより、すぐさま体力は最大まで戻るが痛い。
さすがに頭を貫かれた時はダメージが大きかったが、それでも数値上は全体の1%にも及ばない。
敵の反撃に焦ったアッシュは、騒ぎながらも大急ぎで盾を構える。
「ちょっと、何で一撃で決めなかったの?」
「てか、早く反撃して!」
貫通する弾丸は、アッシュの盾によって弾かれる。
廊下の先で二つの拳銃をこちらに向け、休むことなく連射してきている。
私は残った二発目の飛残を、相手をよく見たまま水平に放つ。
わずかに膝を曲げたいた体制の敵は、大きくかがみ髪の毛をかすらせつつ斬撃をかわしきった。
一瞬、弾丸が止んだ。
この瞬間、素早く扉を蹴り破る。
破損したそれは、靴跡をはっきりと残しつつ宙を舞う。
同時に私は、内部へと走り出す。
しゃがんだ敵の弾丸が、ゆっくりと。
そして、弾道がはっきりと見える。
極端に前傾姿勢を保ちながら、高速で接近する。
ゆっくりと飛んでくる弾丸が、まず二発。
はしるために突き出した片足で強く床を抑えつつ、体を強引に半周させる。
弾丸に背を向けながら避けきると同時に、二発目を飛残を発動させながら叩き落とした。
ほぼ垂直に敵へと迫る斬撃が、どういう訳か避けられる。
しかし、遅い……
敵の攻撃は、見てから防げる。
それほどに遅い。
蹴破った扉が、敵の頭上を通過する。
目の前に迫る銃弾が一発。
残る火薬の熱をわずかに感じながら、横へと回避する。
すれ違う風圧を耳に受け止め、休むことなくトップスピードを保ち続けた。
敵との距離、大体3メートル。
腹部へと飛来する一発の弾丸。
水平に刀を振りつつ、真っ二つに切り裂いた。
そのまま唸る刃は、敵の腹へと迫る。
勝った。
そう思っていた。
輝く銃口が突きつけられている。
こちらの攻撃が届くよりも早く、それは火を噴いた。
散らばる弾丸。
それら全てを受け止める。
衝撃で後ろへと吹き飛ばされた。
ショットガン!?
まだ銃は輝いている。
敵は輝きが無い銃を下へと振り、素早くリロードを済ませた。
そうか。
あらかじめ、片側だけはスキルを溜めていたのか。
狭い廊下の中、ばらまかれ続ける弾丸は空間を埋め尽くす。
やむを得ず、連続したバックステップでどうにか後退する。
突き刺さる銃弾が痛い。
だが、近接戦闘しかできないと思うなよ?
銃弾を受けながら、刀を逆手に持ち替えると投合スキルを溜め始める。
先端へと移動する光を中心に、輝きが集まり槍を形成する。
眩い光を放つそれを、勢いよく相手にめがけて投げつけた。
輝く槍と化した刀は、衝撃波を伴いながら弾丸を吹き飛ばす。
眩むほどの明るさではっきり見えなかったが、ダメージが現れ、そして消えた。
(TEAM BLUE WIN)
目の前に小さく表示され、周囲の光景が変化し始める。
ここに来た時と比べ、巻き戻すのかのように変化を遂げた。
列車の音が遠くに聞こえる。
駅構内の狭い通路に、私ともう一人。
アッシュは戻ってきていた。
レクタードとギルジスはいない。
おそらく私が撃破したことによって、ログアウトしたのだろう。
「お疲れ様。」
「ちょこっと不安なとこもあったけど、チートの力見させてもらったよ。」
「じゃ、今度こそ私のお願いを聞いてもらおうかな。」
赤色の髪の毛の彼女は、両目とも深い青へと戻っている。
何処か遠くで響く汽笛は、初めての勝利を祝福しているようだった。