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Sin Spec Memory F  作者: 直斗
インフィニット・アドヴァギア
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あるVRオンラインアクションRPG内、エリア1のダンジョン付近、草原。

見渡す限り何もない。

さわやかな草原地帯。

そこに佇む一人の女性。

私は彼女の元へと、歩を進める。

真っ白なワンピースを風が揺らす。


「ありがとう。」

「世界を救ってくれて。」


彼女はこちらを見ずに言った。

ざわざわと、草木が騒ぐ。

私は今、一つの事しか考えていない。


――うるせぇ。

――さっさと解放しろ。


身体の自由が効かない。

ここに来たのも不本意だ。

もうオンラインなのだから、解放してほしい。


「貴方はこれから、どうするの?」


白々しい。

全く、分かっているくせに。


「旅を、続けるさ。」


早くいきたいから。

解放してください。

おねがいします。

彼女は振り向き、泣きついてきた。

私はそれを不本意ながら、抱きしめ撫で続ける。


「もう。」

「行くね。」


しばらく泣いて、すっきりしたであろう似非ヒロインを引き離しなす。

彼女は小さく頷き、小さく言った。


「また、帰ってきて。」

「絶対だよ。」


守られるはずのない約束を、この背中に受けながら。

私はその場を後にした。


汽笛を鳴らし、大地を踏破する黒い鉄塊。

初めの村から出ている、オンラインへの鉄道。

私はその客車にいた。

村長に貰った永久切符は、オンラインとオフラインを自由に行き来できる。

汽車は次々と風景を移り変わらせ、窓にはスタッフロールが出ていた。

これまで行った町。

これまで来た村。

草原を、火山を、海をどんどん過ぎていく。

長い髪を肘をつき、片手で抑えながらスタッフロールと共に景色を眺める。

たった一日。

たった一日で、全てのダンジョンを攻略した。

長い長い線路を、汽車は速度を変えずに走り続ける。

華やかであり、質素でもある客車には私の他に誰もいない。

明るい太陽の中から、真っ暗なトンネルの中へと線路は続く。

揺れるランプの下、柔らかな椅子に横になる。

両手を組んで、それを枕にしながらそっと目を閉じた。


遠くまで響き渡る汽笛の音に、鬱陶しさを感じる。

気が付けば寝ていた。

まだぼんやりとする頭を、無理やり起き上がらせる。

既に、少なくともトンネルは抜けた。

街中を走る列車は、間もなく駅に到着する。

それが分かるほどには減速していた。

スタッフロールは既に消えており、どこを見ても建物だらけである。

目の端に小さくウィンドウが現れる。


(ようこそ)

(インフィニット・アドヴァギアの世界へ)

(無数のプレイヤー達と、限りない冒険を繰り広げましょう)


汽車はさらに速度を落とす。

ようやく。

ようやく、オンラインの世界にやってきた。

ゆっくりとホームに入る列車の中で、オンラインに来たことを真っ先に報告せねばならない人物がいたことを思い出した。

確か、キャラクターネームは……


雲谷炉衣


感じに不安は残るが、まぁ大丈夫だろう。

オンラインの世界に到着したことを告げるメールを、彼女に送った。

ため息のような、空気が抜ける音が周囲に響き渡る。

汽車が到着したことを意味する。

さて、と。

開けられた客車の扉から、初めての一歩を踏み込んだ。


「おめでとう!」

「クリア、おめでとう!」


唖然とした。

見ず知らずの人たちが歓迎してくれた。

彼ら、彼女らはまるで親しい友人でも帰ってきたのかのように、私を祝福した。

あっという間に取り囲まれた。

太陽の光を通す、高いアーチの下で。

全くの他人に、こうして祝福してもらえる。

やっぱ、オンラインはいいな。

ただ、彼らの狙いは……


「早速だけど、うちのギルドに来ない?」

「結構強いよ。」


と、ギルドの勧誘のようではあるのだが。

それでも、苦労したオフライン。

誰かに祝福されるのはうれしい。


「君、君!」

「待ってたよ。」

「早く行こう。」


赤色の髪に、動物の耳を付けた少女。

その子は私の腕をつかんで、群がる蟻のような人ごみから抜け出させる。

先約が居たのかと悔しそうにする彼らを尻目に、彼女は角をまがりどんどん歩いていく。




その様子を少し離れた位置で、二人のプレイヤーが見たいたのであった。


「きづいたかな?」


なるべく他には聞こえないように、声を潜めながら二人は会話する。


「気づきましたよ。」

「さっきの侍、ヤバいですね。」


彼は、ため息をつきながら言った。


「少し確かめなくてはならないね。」

「最悪、これから会社で会うことになりそうだ。」


新人が消えた角を見ながら、もうひとりは答える。


「仕方ありませんね。」


完全祝賀ムードの中、この二人だけはこれから起こるであろう騒動を感じていた。



「ここまで来れば、二人で話せるかな?」


彼女は周囲を警戒しながらも、こちらに向き直った。

青い目がこちらをジッと見つめ、静かに言葉をつづける。


「君、さ。」


「チート、使ってるでしょ。」


思いがけないその言葉に、返答の言葉を探す。

Yesと答えるか。

Noと答えるか。

ただのハッタリでしかないのか。

はたまた、何か確信的な証拠があるのか……


「どうして。」

「どうして、そう思うの?」


一瞬の時間稼ぎ。

どう返すのが正解なのか、それを模索するための時間稼ぎ。


「だって、さ。」

「他の人たちは気づいていなかったみたいだけど。」

「あなた。」


「自分がどんな武器を使っているのか、しっているの?」


……完全に見抜かれている。

しまったな。

この武器のせいか。


「これ?」

「た、たまたま手に入ったんだよ。」


ヴュリナス・ブレイド

今、装備している刀の名前。


「たまたま?」

「まだ、実装されていないはずの武器が?」


……詰んだ。

逃げ場はない。

彼女はジッと目を見つめてくる。

対して私は逃げ場がないか、気づかれないように周囲を見渡す。


「勝利のVシリーズ。」

「刀、ヴュリナス・ブレイド。」

「実装されていないはずのその武器が、既に一部出回っているみたいだね。」

「それは、君のせい、なのかな?」


チクチクと、変な汗が流れ始める。

ダメだ。

見抜かれている。

折角のオンライン。

まさか、いきなりトラブルとは……


「まぁ、落ち着いてよ。」

「別に君の事を運営に突き出そう、って訳じゃないんだ。」

「その代り、ね。」

「私には、欲しい物があるの。」


彼女はゆっくりと近づいてくる。

反対に私は、少しづつ後退する。

一歩、また一歩と後ろに下がると、すぐに壁に背が当たった。

横へと足を動かしかけた瞬間、壁に手を当てるように塞がれた。

薄暗いその場所で、吐いた息が当たりそうなほどに近い。

青く深いその瞳。

疑似的な物でもあり、本物の目でもある。

私はしっかりと、見つめ返すことはできなかった。

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