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大して違いのない体格。
武器もそれぞれ、刀一本。
黒い刀と、白い刀が月の陰で激しく打ち合う。
水平に降られる刃を、斜めに受け流す。
そこで生まれた隙を、逃さず切りつける。
私はチートを使っているから当然だが、それについて行けるボスもボスだ。
スキルを使わず、四方向から素早く切りつける。
全てを受け止められ、一旦距離を置く。
飛残を溜め始めると、敵は間合いを詰めてくる。
切りかかる黒き刃を、スキルを発動しながらも受け止める。
敵は十文字に斬撃を受け止めるが、それにより大きく後ろへと押される。
追撃の斬撃を、X状に二度放つ。
間髪入れずに突進スキルを溜める。
敵は一度目の斬撃をどうにか捌ききると、追撃する斬撃を体を横にし上体をそらして避けた。
それにより一瞬生まれた硬直時間。
刀を突き出し、敵に背を向けていた。
攻撃が当たったその瞬間、敵は一瞬霞んだ気がした。
突進スキルが終了した、一瞬だけ足が止まるその時。
何もない空間から敵が現れ、カウンターのとび蹴りをしかけてくる。
どうにか手だけは動かし、刀でそれを受け止めた。
多段ヒットするその攻撃は、受け止めるには厳しい。
安定しない足で受け止めたため、背中から地面へと倒れこんだ。
少し離れた位置にいる敵は、起き上がるのを待つわけでもなく容赦ない追撃を叩き込んでくる。
垂直に放たれた、斬撃スキル。
地面を大きく抉りながら、まっすぐこちらへと向かってくる。
素早く横へと転がりながら、どうにか起き上がった。
反応が少しでも遅れていたら、危なかっただろう。
敵の方を見る。
だが、その姿は無い。
代わりに残されたのは、直線状に地面から吹き出る黒色の輝き。
突進スキルか!!
すぐ後ろ。
突進スキルが終了すると同時に、敵の斬撃スキルが発動する。
水平に放たれる斬撃を、まっすぐ構えた刀で受け止める。
反動がきっつい。
どうにか受け止めたが、体制は大きく崩された。
完全に胴体ががら空き。
最後の斬撃が斜めに飛んでくる。
無理やり体を後ろに倒し、しりもちをつくように斬撃をさけた。
きっつい。
立ち上がりながら光弾を溜める。
と、光弾を維持したまま、素早く横に転がる。
先ほどまで私が居た位置には、突進スキルで駆け抜けた跡があった。
敵は今、背を向けている。
手を突出し、光弾が飛ぶ。
五つに分かれた光弾は、緩やかなカーブを描いて全て着弾した。
弾ける液体。
中から、赤色の回転するひし形が姿を現した。
敵のコア!
しかし、修復が早い。
間に合うかどうかのギリギリのところ。
白い刃は、コアへと急速に接近する。
拳一つ分程度のコアと刃の間。
そこを、黒い液体が遮っていた。
刃は何にも当たらなかったのかのように、何の衝撃も伝えずに振りぬけた。
敵は刃が通る間の一瞬、その姿は霞み消えた。
――どこだ!?
すぐ後ろから、ボスのカウンターとび蹴り。
反応しきれずに、後頭部に強い衝撃が走った。
敵が手の平を上へ向ける。
黒い霧のような風のような、そんな何かがそこへと集まっていく。
渦を巻きながら、拳程度の大きさに膨らんでる。
突進スキルを溜め、何かをされる前に懐へと突っ込む。
一度の屈折を挟み、敵の背後へと回り込んだ。
突き出した状態の刀を、首元めがけて水平に振りぬいた。
はずだった。
わずかに敵の反応の方が早く、振り向きつつも黒い渦を背中側から叩き込まれた。
先ほど放った光弾の敵バージョン、か。
前へと取れ込みそうになるのを、地に膝を付け持ちこたえる。
強烈な痛みが、腹部に響く。
だが、休んでもいられない。
黒く輝く、敵の刀がすぐに振り下ろされる。
転がりながらも、わずかな差で避けた。
一旦、距離を置かなくては。
焦るあまり、敵から離れようと背中を見せてしまった。
地面ギリギリの高さを、敵の斬撃が飛び背中から綺麗にヒットする。
前へと強くのけぞり、四つんばいになる。
慌てて立ち上がったその瞬間、突進スキルによって胸元を貫かれた。
HPは素早くもとに戻り、満タンになっている。
死なないのはいいが、この場合は逆にそれが恨めしい。
敵に情けや、容赦と言った物は無いようで。
無情にも、貫通した状態の刀から横方向へと斬撃を飛ばす。
現実なら死んでいたであろう苦痛にあてがわれ、意識は飛んだ。
満点の星空の元、地平のかなたから上る地球。
それは月のように半分だけが明るく、それでいて青い。
綺麗な青い光は、無情な黒い刃をぎらつかせる。
0と1による、命令に従うだけのその存在は、敵が存在する限り攻撃の手を止めない。
気絶していた私の身体へと、思いっきり突き立てた。
再び貫く痛みに目を覚ます。
口から洩れる絶叫は、自分の物であり自分の物ではない。
圧倒的な敵の前に、戦意のほとんどが喪失していた。
もう……
勝てない……
煌めく星々が、不死となった私を見下ろしている。
ざわめく星々が、不死となった私を見下している。
最悪……
仰向けに刺された状態で、腹を強く踏まれる。
敵は刺した刀を、勢いよく抜いた。
何とか刀に手を伸ばす。
既に弱点は分かっている。
敵の刀が再度、胸元を貫いた。
弱弱しく握った刀の柄から、白い輝きが先端へと移動していく。
地面へと向けた反対の手の平へ、意識を集中させていく。
薄れゆく意識の中、心の中で敵へと語りかける。
――覚悟
――しろよ
敵が刺した刀を抜くと同時に、踏みつけていた足を飛斬で切断する。
やはり手ごたえは無く、霞むと同時に消えた。
敵のカウンター。
何もない空中から、敵がとび蹴りを仕掛けてくる。
だが、これを見越していた。
敵が消えると同時に素早く起き上がり、迫る敵へと向き直る。
先ほどまでとは違い、見慣れたからか、敵へと集中しているからか。
蹴りが、ゆっくりに見える。
わずかに体を動かし、横へとかわす。
空中を飛ぶ敵の、無防備なその腹部へとゼロ距離で光弾を叩き込んだ。
弾け飛ぶ黒の液体。
中から現れる赤いコアを、飛斬が通り抜けて行く。
予定だった。
予定とか、計画とかは大抵うまくは行かない物だ。
たとえそれがゲーム内であったとしても、だ。
光弾を叩きこんだその瞬間。
再び敵の姿は霞んだ。
思いがけないその状況に、とっさの判断が遅れた。
カウンターの最中のカウンター。
背中を強く蹴られた。
そんな……
渾身の一撃を。
渾身の一撃の為の一撃を。
いや、それよりも。
さっきは効いた攻撃が、効かなくなっている事。
てっきり、バーナムのように魔法しか効かない物だとばかり思っていた。
だが、それは違った。
何が違った?
肌に黒い刀の冷気を感じるほどのギリギリで受け止めながら、最初に光弾を放った時との違いを思い出そうとする。
思い出せない。
分からない。
チートの効果か何かなのか?
それとも攻撃する時の距離、なのか?
確かに、始めの時は離れていた。
おそらくこれが原因だ。
敵の猛攻を受け流しながらも、どうにか距離を空けようとする。
だが少しでも距離を空けようとすれば、それに合わせて接近してくる。
片手で攻撃を受け止めながら、再びゼロ距離で光弾を放つ。
後ろから現れる敵。
一旦刀をしまい、かがみながら柄を握る。
すぐ上を通り抜ける敵へ、居合スキルを放った。
居合スキルは、敵を縦に切り裂いた。
右半身と左半身とで分かれ、その中央には赤色のコアがあった。
居合による刀そのものの攻撃の他、ほんの一瞬だけ遅れた四つの斬撃。
それら四つが、敵のコアへと直撃した。
カンストダメージが四回。
敵はコアへの大ダメージに、大きくひるんだ。
さらに二度の追撃。
合計六回にもわたるカンストダメージに、コアは破壊された。
一体、何が敵のコアを引きずりだしたのか。
全く分からない。
月のような地球はほぼ真上にまでのぼり、新たに太陽が顔をのぞかせる。
月で見る日の出。
ずっと緊張していたため、一気に疲れが襲う。
ラスボスに限らず、このゲームは敵が強すぎる。
いや、もしかするとボタン操作だけで出来たら、もっと楽だったかもしれない。
実際に自分の力で戦うから、難しく感じるのかもしれない。
回らない頭でそんなことを考えているうちに、少し離れた位置で転送装置が現れた事に気が付いた。
何度も貫かれた胸が、ズキズキと痛む。
これまでに経験したことのない痛み、そして強さ。
ここからはオンラインの世界へと突入する。
興奮よりも疲労感に襲われながらも、私は転送装置を使った。