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スカイダイビングの最中、突如として身体の自由が利かなくなる。
間もなく迎える終着駅。
星々の間を、巨大な月へと向かっていく。
身体が勝手に動き、背を下にして厚いマットへと着地した。
己の身体のコントロールが戻る。
起き上がり、周囲を探索し始めた。
円形の部屋に、どこまでも高い天井。
遥か高い所から落ちてきたことが分かる。
部屋の隅にはアイテムボックスが置かれていた。
そして、そのすぐ隣にあるのは。
ボス部屋特有の扉。
ついに。
ついにラスボス戦か……
オフラインにおけるラスボス戦。
それはオンラインへの扉。
アイテムボックスを除くと、これまでは無かったはずの武器がぎっしりと詰まっている。
なるほど。
コードの効果はこちらに来ていたのか……
そこから刀を何本か取り出す。
ヴュリナス・ブレイド……
どう考えてもレア武器。
見た目も性能も、これまで使っていたのとは大きく違う。
腰に装備すると二、三度振り回す。
風を切り、刃が振動する音が心地よく感じられる。
試し切りの相手がラスボスか。
とても、わくわくする。
かっこよく刀をしまい、扉を開ける。
最後の扉は始まりへの扉。
オンラインへの扉を開いた。
扉の向こう側は、真っ白な円形の部屋。
蛍光灯でまんべんなく照らされ、影すら明るくなっている。
その部屋の中央に浮かぶ、黒色の球体。
それは大きく。
人、二人分はある大きさだ。
ゆっくりとそれに近づいていく。
これまでの敵と同様、名前が出てくる。
コノ世
これが名前?
全て、の象徴か。
液体なのだろう。
表面は時折さざ波たち、波紋を広げては消える。
そっと顔を近づけると、黒い中にも光を反射し私の顔が写っているのが分かる。
手を伸ばし、触れようとしたところでやめた。
こういうのって、自分のコピーが出てくる定番なんだよね、と考えながら。
正面のそれには、特に変化はなく変化を続けている。
宙に浮かぶ、黒色のおそらく液体。
それに向かって容赦なく、斜めに居合を叩き込んだ。
黒色の液体は飛び散り、周囲に散漫してもなお、その形を維持し続ける。
何も変化が無かったことに驚きながらも、両手で構えなおす。
黒き水面に写った私の顔が、ニヤリと笑ったその瞬間。
叫び声をあげながら、全方向へ針を飛ばし始めた。
鋭いそれはとても見えにくく、いくつも受け止める。
飛斬を溜め、敵へと飛ばそうとした時。
すでに球体は、そこにはいない。
代わりに真上に出現した立方体が、押しつぶそうと迫ってくる。
溜めたスキルを、垂直にそれへと飛ばす。
切断面から黒い液体が飛び散る。
それは、広範囲を黒く染め上げた。
切られた敵は、その場で消える。
ダメージは無い。
その証拠に、数字が未だ出てきていない。
かなり高い位置に九つに分かれた、小さめの球体達。
何かしようとしているが、簡単にはさせない。
飛斬を飛ばし、中央列の三つに攻撃を当てた。
あたり判定は、相変わらずない。
どうすれば倒せるんだ、そう思った直後。
青白いレーザーが一斉に射出され、九方向から熱線が降り注ぐ。
ギリギリのところで後ろに飛び退き、どうにか直撃は免れた。
少し長めのまつ毛が焦げる。
一秒か二秒程度の間、照射し続け一時的にそれは止まる。
私は全力で走り出した。
先ほどは運よくかわせたが、次もできるとは限らない。
敵の状態は変わっておらず、もう一度レーザーを撃ってっ来る可能性がある。
その予想は的中し、後ろへとなびく髪が一部焼け落ちた。
三度にわたるレーザー攻撃をどうにか避け切る。
飛残は残り一発だけ。
飛斬をリロードしようと、立ち止まり構えなおしたその瞬間。
蚊のような四つの小さな黒い点が、頭の少し上あたりに出現した。
それら全てが、細く黒い線を互いへと伸ばしはじめ、伸びる線からはドロリと黒い液体が垂れていく。
慌てて移動を始めるが、まるで私の一部であるのかのようについてくる。
そうしているうちにも、線は私を閉じ込めるように立方体を形作り、黒の液体が壁を構築していく。
まずい!
刀を振りそれを引き裂こうと試みるが、手ごたえが全くない。
完全に閉じ込められ、先ほどまでとは打って変わり闇の中。
身動きこそ取れるものの、何がどうなっているのかは分からない。
チャージしきれずに、一発だけ残った飛斬を飛ばすが何も起こらない。
何か。
何かないのか。
脱出するために何かがあるはずだ。
その瞬間、後ろから胸元を貫かれた。
黒の棘。
そうか。
自由に変形できる敵の内部。
つまり、どこにいようと敵の射程圏内。
あぁ……
きっつい。
360度全方向から、太めの針が次々と差し込まれていく。
ダメージは小さいが、攻撃回数が多すぎる。
何もなければ負けていた。
攻撃は二、三十秒ほど続き、何とか武器を手放さないように強く握っていた。
これが私のできる限界だった。
攻撃が止まり、上からヒビが入り光が差し込んでくる。
するとみるみる内に、黒の空間は崩れて行った。
目がくらみ、はっきりと見えない。
しかし青いひし形の物体を中心として、再び黒い液体が集まってきているのが分かる。
あれか。
見るからに弱点。
まだ覆われてはいないが、すぐにまた見えなくなってしまう。
――それまでに決着をつける
刀を逆手に持ち替え、投合スキルを発動した。
光の槍は真っ直ぐ、その敵のコアへと貫く。
白の数字が、ようやく出現する。
衝撃波により全ての黒い液体は、部屋の半分を染め上げた。
おわったな。
ようやく。
ようやく、オフラインは卒業。
これからはオンライン。
投げた刀をしまい、出現したはずの転送装置を探す。
何処かの扉が開いたわけでもない。
部屋のどこかに現れたわけでもない。
あれ。
ボスは倒した。
にも拘らず、ここから出ることが出来ない?
と、言うことは……
部屋の大半を埋め尽くしたはずの、黒い液体。
それはいつの間にかなくなり、一か所に集まってきている。
人型を形成し、第二形態へと移行したようだ。
コノ世・罪悪
名前までもが変わり、敵が変化したことを告げる。
罪悪は片腕を天へと突出し、黒の弾丸がそこから射出された。
ぐんぐんそれは上昇していき、天井に当たると大爆発を引き起こす。
黒の液体を上方に展開しながら、たった一度のジャンプで施設の外へと飛び出していく。
私は大量の瓦礫をよけながら、それにより作られた屋外への道を駆け上がっていく。
月面に作られた巨大な施設。
それの天井は大きく破損している。
これまでとは違う、弱い重力下。
ゆっくりと月へと降り立った。
本来なら呼吸ができないのだろうが、ここはゲーム。
気にしてはいけない。
待ち受けるは人型の、黒き物体。
いや、液体。
左の腰に、黒い棒状のものを下げている。
戦闘力は著しく高いのは、先ほどの一撃で分かる。
真っ暗な、そしてとても明るい星空の元。
二人は誰にも邪魔されないこの場所で、向かい合う。
正真正銘、オフラインラスボス戦は幕を開けた。