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異世界ハーレムだと言われて来たのにチート能力が無い件  作者: かふぇら亭
2章 限りなく透明に近い黒
9/18

2-1 深い闇の底で、殺意を込めて何度でも。

 星河はバンガルドと対峙する。

 間合いは距離にして50メートルほどだろうか。

 バンガルドの後方には捕らえられたメゥが大木にはりつけにされている。

 妙に不満そうな顔をして星河を睨みつけているが、星河には心当たりが無い。


 星河はこの世界に来てから、逃げてばかりでマトモに戦った事が無かった。

 これが初めての戦いと言えよう。

 だが、恐怖は無かった。

 戦いに敗れて死ぬ可能性も十分あるというのに、不思議と心は落ち着いていた。


 星河の両手にはちょうど手に収まる程度の大きさの石。

 『怪物』の能力を使えば射出する事はできるが、

 この距離で当てる自信が無いため、まだ攻撃は行わない。

 もっと距離を詰めてからだ。


 星河は一歩ずつ確実に距離を縮める。

 全神経をバンガルドに集中させ、向かい合ったまま近寄っていく。

 対するバンガルドは以前のように地面に手を付き、土の武器を作っていた。


 星河の能力を警戒しているのか。

 バンガルドは武器を構えたまま、全く動かない。

 星河が何をしてきても即座に反応できるよう、意識を集中させているのだろう。


 この世界で生きる真っ当な戦士ならば、

 一度逃げた相手がまたすぐに姿を現した時に決して油断しない。

 撤退したという事は何らかの能力を用意してきたと考えるのが妥当だからだ。


 そして、星河とバンガルドの距離が10メートルほどになった所で星河は足を止める。

 この距離なら確実に投石を当てる事ができるハズ。

 そう確信するための距離だ。


 しっかりと狙いを定め、星河は石を射出する。

 勢いよく飛び出した小石はバンガルドの胴体に命中し、

 ドンッと軽い音をさせると、そのまま地面に落ちて行った。


「ふん、警戒するまでもなかったな。さきほどと同じでは無いか」


 バンガルドが落ち着き払った様子で言った。

 彼に一切の外傷は無い。

 さきほどの戦闘でメゥが行った攻撃と同じ。

 いや、狙いも威力もそれ以下だと言って良い。


「思い上がった小僧の蛮勇か。余興にもならんな」


 実力も無いのに女を取り返しに来た哀れな男。

 バンガルドによる星河の人物評はそのようになったようだ。


 それでいい。

 星河は自分の思い通りに事が運んでいるのを確認すると、

 精一杯の威勢を張っている(てい)で叫んだ。

 最も、半分以上事実ではあるのだが。


「いいか、よく聞け!

 メゥの能力は今、俺が持っている!

 俺を殺さない限り、メゥの能力は手に入らないぞ!」

「なるほど、ではそうさせてもらおう」


 言うが早いか、バンガルドは手に持った土の鈍器を投げようとする。

 だが、それよりも早く星河の2発目の石が発射された。

 戦士としての質はバンガルドのほうが遥かに高いが、

 星河はバンガルドの行動が予測できた事と、

 能力の行使に予備動作が不要な事により、

 機先を制する事に成功したのだ。


 バンガルドは投擲の動作を中断して、飛来する石から身を守る。

 そして何食わぬ顔で攻撃を受けると、

 途中まで振りかぶっていた武器を再び構え直した。

 やはり、全く効いていないようだ。


 それでいい。

 星河は自分の考えが正しかった事を確認すると、

 背中に隠し持っていた木の棒を取り出して構えた。


 ――やはり、バンガルドは防御中に行動が出来ない。


 バンガルドの能力は硬化だと自分で言っていた。

 おそらく、土を固めて武器にするのと同じ要領で、

 攻撃を受ける時は自分の身体を硬化しているのだろう。


 そして、メゥの関節を硬直させて動けなくさせたのと同じように、

 自分自身も硬化させた場所はすぐには動かす事ができない。


 こいつの能力の突破口は見えた。

 相手の攻撃と同時にこちらも攻撃を叩き込む。

 それならば、この男にも有効打を与えられるハズだ。


 できれば一撃で勝負を決めたい。

 そのためには、もう少し油断していてもらいたい。

 星河は出来る限り自分が滑稽に見えるように、強気な態度を取った。


「この木剣でお前の脳天を叩き割ってやる!」

「その棒切れでか? 面白い、やってみろ」


 バンガルドはそう言うと、両腕を広げて無防備な体勢を取る。

 バンガルドは自分の頭を叩かせ、攻撃が通用しない所を見せつけたいようだ。


 しまった、油断させすぎたか。

 星河の狙いは相手の攻撃に合わせたカウンターだ。

 こんな棒切れで硬化した頭を叩いても全く効かないのは分かっているし、

 こちらの攻撃が終わった隙を付いて反撃が来るであろう事も予測がついている。

 問題は、その反撃に対して、同時にこちらも再度攻撃が出来るかどうかだ。

 だが、やるしかない。


「う、うわああああぁぁぁぁぁ!」


 星河は情けない声を上げながら、

 隙だらけの構えでバンガルドへ向かって駆ける。

 バンガルドはその隙を狙うでもなく、

 ただニヤニヤと意地汚い笑みを浮かべていた。

 そして腰の入っていない構えで星河が木の棒を振り下ろす。

 バンガルドの頭部を的確に叩いた棒切れは、衝撃でポッキリと折れてしまった。


「それで、その棒切れで何をするって?」


 嗜虐的な笑みを浮かべて星河を睨みつけるバンガルド。

 星河は木の棒が折れる事など予想もしていなかったように見せかけるため、

 驚愕の表情を浮かべた。


「ひっ、ひいいぃぃぃっ!」


 星河は後ろに下がろうとして尻もちをつく。

 バンガルドはその様子を満足そうに眺めると、手にした武器を頭上に構える。

 迫真の演技だ。

 これで一番危ない橋は渡り切った、と星河は確信する。


「終わりだ、己の無力さを嘆くといい」


 巨木すら半壊させる威力を持つ武器が、

 地面を這う星河に向かって振り下ろされる。


 同時に星河はその土の塊に向かって勢いよく自分の身体を射出する。


 そして、体に迫るバンガルドの武器を、

  ――星河は片手で払いのけた。


 そのままの勢いで、折れた棒の切っ先をバンガルドの喉元に突き立てる――。




 二人とも、驚きで動けなかった。

 バンガルドの喉元からは静かに血が流れおちている。

 だが、致命傷には至らなかったようだ。


 それでもバンガルドは驚愕の表情を浮かべている。

 よもや自分の攻撃が星河に容易く受け流されるとは思っていなかったようだ。

 そして血を流すような事態に陥る事は完全に予想外だったようで、

 顔は青ざめ、冷や汗を流していた。


 星河も驚きを隠せない。

 手ごたえはあった。

 完全な奇襲であり、それが成功した。

 この一撃に全てを懸けたのだ。

 それでも相手を倒す事は出来なかった。

 もう二度とこの手の奇襲は効かないだろう。

 ここからは、この男は一切油断せずに自分の息の根を止めにかかるに違いない。


 先に動いたのは星河だった。

 咄嗟にバンガルドから距離を取る。

 メゥとこの男の戦いの顛末を考えると、一度捕まったら勝ち目は無いだろう。

 一定の距離を保ちつつ、致命傷を狙うしかない。


 だが、どうやって?

 渾身の奇襲すら通用しなかった相手だ。

 星河が思案を巡らせていると、バンガルドが苛立たしそうに話しかけてきた。


「お前……。何か能力を隠していたな」

「あんたこそ、もう一つぐらい能力があるんじゃないか。

 完全に決まったと思ったんだけどな」


 星河の疑問を聞いて、バンガルドはわずかに笑う。

 そして仰々しく両腕を開いて、たっぷりと含みを持たせて言った。


「俺が持っている能力は一つに見えて二つある。

 まず一つ、触れたモノを硬化させる能力。

 そしてもう一つが自動防御の能力。

 身の危険を感じると、身体が硬化して全ての攻撃を防ぐ能力だ。

 これらの能力により付いた二つ名が『硬化』。

 どのような策を弄しても、お前の攻撃は通じんぞ」


 嘘だ。

 星河は瞬時にそう判断した。


 メゥが奇襲をした時はまるで効いていない様子だった。

 だが、今回の星河の攻撃では血を流すまでに至った。

 星河が今も手にしている棒切れよりも、

 研がれた鉄片のほうが威力としては弱かった、なんて事はありえない。


 バンガルドが持っている能力は『硬化』ただ一つだ。

 そして、その能力を使うのが遅れたから、傷を負ったのだ。

 自動防御という能力はハッタリだろう。


 星河はここに来て、一つの結論に達する。

 なるほど、この世界における戦闘は基本的に武威行為なのか。


 略奪者の狙いは基本的に相手の命ではなく『怪物』である。

 『怪物』は元の持ち主が死ぬと消滅する以上、

 『怪物』を増やしたいならば相手を殺す訳にはいかない。

 そのため、戦闘に敗北した場合も殺される可能性はそこまで高くないのだろう。


 そして、倒した相手から『怪物』を奪い取る場合は、

 相手を屈服させたほうが、効率が良いのだろう。

 つまり、「こいつには勝てない」と相手に思わせる事が最大の勝利なのだ。


 そう考えれば色々と辻褄が合う。

 バンガルドは出会い頭にいきなり自分の能力をバラした。

 あれはこいつが愚鈍だからといったような理由ではなく、

 圧倒的な防御力を持っているため攻撃は一切通用しないぞという威嚇だったのだ。

 そうでも無ければ、いきなり自分の能力を曝露するヤツがいるものか。


 さきほど棒切れで自分の頭を叩かせたのも同じ理由だろう。

 力の差を理解できない相手に対して、圧倒的な差を見せつけようとしていたのだ。

 恐らくあの時地面に座り込んだ俺に向かって振り下ろされた鈍器は、

 俺を叩き潰す直前で停止していたハズだ。

 そして力量の差を思い知らされた俺が降服するというのが、

 この世界で本来あるべき筋書きだったのだろう。


 それが、星河とバンガルドの差。

 バンガルドは自分が生き残りつつ、相手を生かしたまま捕らえる事を考えている。

 しかし星河は――


「殺してやる。

 神に誓って。

 俺に能力を託してくれたメゥに契約して。

 お前を殺してやるぞ、バンガルド!」


 星河の中には明確な殺意があった。

 その漆黒の意志を言葉にすると、意識がより鮮明になる。

 空気の僅かな揺れすらも感じ取れるほどに、神経が研ぎ澄まされていく。


 殺し合いの土俵。

 そこに立っているのは星河だけだった。


 手に持っていた棒切れを射出してバンガルドにぶつける星河。

 威力は期待していない。ただの挑発行為だ。


 バンガルドも対抗して再度鈍器を作り直し、それを投げてくる。

 星河に向かって真っすぐ飛来する土の塊を、星河は素手で弾き飛ばす。


「無駄だ、俺の手はあらゆる攻撃を受け流す事ができる」


 星河はしっかりとバンガルドを見据えて言い放った。

 もちろん嘘である。

 バンガルドが武器による攻撃を諦めてくれるように誘導しているのだ。


 星河がバンガルドの攻撃を弾いている以上、

 バンガルドには星河の発言が真実味を帯びてくる。

 バンガルドは星河には隠し持った能力がまだあると予想しているようだった。

 その隠された能力を使って、攻撃を凌いでいるのだと。


 実際には、星河はメゥの本当の能力を使っている。


 身体に触れたモノを弾き飛ばすのが、メゥの『怪物』の本来の能力だ。

 持っている物を飛ばす効果は、それの応用に過ぎない。


 ここに来る前に、星河はフェルミャの話を聞いたりして能力を少し試してみた。

 そして、メゥの能力の真相が分かった。

 自分と対象のうち軽いほうが問答無用で弾き飛ばされる能力だったのだ。


 最初はバンガルドを吹き飛ばしてしまおうと考えていた。

 だが、バンガルドよりも体格で劣る俺やメゥ達では、

 能力を使った時に弾き飛ばされるのは自分のほうになってしまうだろう。


 考えてみれば、バンガルドに捕まった際にメゥは自分を弾き飛ばしていた。

 あれがもし、バンガルドのほうが体重が軽ければ、

 吹き飛ばされるのはバンガルドの方だったハズだ。

 逆に言えば、自分よりも重量が軽い物質は基本的に何でも弾き飛ばせる。

 だから、バンガルドの攻撃もたやすくさばく事ができるのだ。


 バンガルドのほうも遠距離攻撃は無意味だと判断したのだろう。

 じりじりと星河に近寄って来た。

 硬化の能力でメゥのように手足を封じてしまおうという作戦だろう。

 星河は一定の距離を保って後退する。


「お前さ、自動防御能力なんてウソだろ。

 次は暗闇に紛れて背後からコッソリ攻撃してやる。

 せいぜい身を守ってみな!」


 時折挑発を交えながら、星河は徐々に後ろへ下がっていく。

 そうして、二人はメゥがはりつけになっている大樹から遠ざかって行った。



                     ◇◆◇



 星河はバンガルドの攻撃を避けつつ後退する。

 バンガルドは時折、土の武器を作って投げてくる事もあったが、

 星河がそれらを全て払いのけていたら、やがて武器による攻撃は無くなった。

 武器による攻撃は無意味だと完全に悟ったのだろう。


 また、星河からの反撃を警戒していたのか、

 最初のうちはじりじりと距離を詰めていたバンガルドだったが、

 星河が背を向けて走り出すと、バンガルドも全力で追いかけてきた。


 バンガルドが硬化の能力により武器を作ろうと足を止めると、

 たちまちに離されてしまうような速度である。

 バンガルドとしても、全力で走って星河を追うしかなかった。


「くっそ、あいつ体力どんだけあるんだよ」


 星河がごちる。

 実際には星河は走ってはいなかった。

 ただ能力を使って飛んでいるのを、走っているように見せかけているだけだった。

 バンガルドの走る速さは日本での一般人程度にすぎない。

 星河がバンガルドと一定の距離を保てるように、

 速度を落として逃げているからバンガルドが付いてこられるだけなのだ。


「こりゃ、前に逃げた時に全力で追われてたらダメだったかもな」


 バンガルドの持久力はケタ違いだった。

 能力が無い時に走って逃げていたら、体力が尽きて捕まっていたかもしれない。


 バンガルドとの戦闘は、いつの間にか逃走劇に変わっていた。

 だが星河にはこれしかなかった。

 この男を倒すには、完全な死角からの攻撃が必要なのだ。


 星河が茂みに飛び込む。

 草木を突っ切ると、急に辺りが開ける。

 木々の生えていない空間がポッカリと広がり、足元には星空が浮かんでいた。


 さきほどの湖だ。


 星河はここに、バンガルドを誘導していた。

 水面に顔を出している倒木を踏みつけて能力を発動。

 方向転換して一気に湖岸へ飛び移る。


 ワンテンポ遅れてバンガルドが茂みを突っ切ってきた。

 突然広がる光景に驚愕の表情を浮かべる。

 そのまま湖へと落ちるかと思いきや、

 バンガルドは湖の上に着水した。

 そして辺りを見渡すと、星河のほうへ水面の上をゆっくりと歩いてきた。


 能力で水面を固めているのだろうか。

 ここで時間を稼ぐ予定だった星河は流石に慌てて森の中へと駆け込む。


 そして森の中に潜んでいたフェルミャの肩を軽く叩くと、

 こんどは湖岸の方へ走って行った。


「よくもまあ逃げ回ってくれたものだな。だがそれもここまでだ」


 鬼の風貌をした男が鬼ごっこの終わりを告げる。

 逃げ回った星河がたどり着いた先は、湖の岬。

 背後には湖が広がり、逃げ場は無い。

 唯一の出口にはバンガルドが立ちはだかっている。


 星河は肩で息をしながら、途中で拾った石を構えている。

 バンガルドはそれを警戒しつつ、ゆっくりと星河に近寄っていく。


 その時。

 バンガルドの背後で。

 パキ、と小枝を踏みつける音がした。


 バンガルドがゆっくりと振り返る。

 星河は最期の奇襲が失敗した事を悟る。

 バンガルドの背後にはフェルミャがいる。

 フェルミャが忍び寄っていたのがバレてしまったのだ。


 フェルミャの両手にも手頃な大きさの石。

 星河とフェルミャでバンガルドを挟んでいる。


「さて、バンガルド。どっちだと思う?」

「どっち、とはどういう事だ」

「なに、簡単な事だ。

 俺とフェルミャ、どちらか一人が先ほどの物を飛ばす能力を持っている。

 そしてもう一人は戦う能力を持っていないんだ。

 いまのあんたは二択を迫られているって訳さ」


 石を構えたまま星河はうそぶく。


「俺たちはお前の背後を取っている。

 もし能力を持っていない方を攻撃しようとすれば、

 背後にいるもう一人が持ってる石を打ち出して、お前の脳天をえぐる。

 俺たちの勝ちだ。

 だが、お前が能力を持っている方を攻撃した時は、

 俺たちの残された側は何もできない。

 その時はあんたの勝ちだ。

 なっ? 単純な話だろ」


 賭けだった。


 バンガルドは星河とフェルミャの二人の中から、

 能力を持っている人物に当たりをつけて攻撃する。

 星河たちはバンガルドの読みが外れるように祈る。

 そして、読み切った方が勝利を収める。


 この場がそういった読み合いの勝負に変わっているのだと

 バンガルドが勘違いするかどうかの賭けだ。


「なるほど、確かに容易い」


 バンガルドは事もなげに言うと、星河に背を向けてフェルミャと対峙した。

 フェルミャの顔がわずかに強張る。

 今、『怪物』を持っているのはフェルミャだ。

 星河には何の能力も無い。

 森の中でフェルミャとすれ違った時に渡していたのだ。

 バンガルドは二択の正解を選んだ。


「日本男児舐めるな!」


 星河は大きく振りかぶって手にした石を投げ放つ。

 何の能力が無くてもやるしかない。

 石は見事にバンガルドの後頭部に直撃し、

 そのまま何事も無かったかのように地面に落ちた。


「なるほど、正解だったようだな」


 バンガルドが勝利を確信したような態度で言い放つ。


「隙を見せて攻撃を誘い、身を守った上でお前たち二人を倒せばいい。

 これは二択でも何でもない」


 バンガルドは星河が武器になるような物を何も持っていない事を確認すると、

 再びフェルミャと向き合った。


 フェルミャは手にした石を射出する。

 石はバンガルドに当たって、乾いた音を立てる。

 それだけだ。

 何の有効打にもならない。


 それでもフェルミャは懐に隠し持っていた石を打ち出し続ける。

 バンガルドの足元に小石が散らばっていく。

 一切の傷をつける事ができない。

 そうしてついに、隠し持っていた石も最期の一つとなった。


「打ち止めのようだな。終わりだ」


 バンガルドが不敵に笑う。

 だが、星河はその背後にまで忍び寄っていた。


「ああ、お前がなっ!」

「何っ!?」


 バンガルドが突然背後に現れた星河に反応できたとしても、

 彼は防御中に行動できない。

 星河は硬直したバンガルドの身体を抱え上げた。

 星河は最後の賭けに勝ったのだ。


「うおおおぉぉぉぉ!!!」


 そして星河は勢いよく湖へと駆け出し、

 バンガルドを抱えたまま岸から身を投げ出した。


「まさか、このまま俺を湖へ落とす気か!

 無駄だ! 水を固めて地面にしてくれるわ!」

「バンガルド。お前の能力はさあ、

 触れているモノにしか効果が出ないんだよなぁ。

 だったら、俺から先に水に突っ込めば、

 水を固める事なんて、できやしないだろっ!」


 水しぶきを上げて、二人は湖に落下する。

 そして暗い湖の底へと沈んでいった。


 こうなるともはや硬化の能力など何の役にも立たない。

 バンガルドは必至に水面に浮上しようともがくが、

 星河がそれを全力で阻止する。


 星河はこのままバンガルドを溺死させようとしていた。

 そのために、バンガルドを掴んで離さない。

 例え自分がどうなろうとも。


 星河を振りほどこうと暴れるバンガルドだが

 それでも星河はしがみつく。

 そうして動けば動くほど、二人の酸素は無くなっていくのだ。


 バンガルドの表情が怒りから焦燥に変わり、やがて恐怖となった。

 相打ち狙い。

 星河の目論みがバンガルドにも理解できたのだろう。


 それが、星河とバンガルドの差。

 星河は例え自分が命を落としても、相手の息の根を止める事を考えている。


 生きるために戦うのでは無い。

 生かすために戦うのだ。

 メゥを助けるために戦うのだ。


 星河はなぜ、死地に赴いたというのに心が落ち着いていたのか理解する。

 自分の中で死への恐怖というものが、いつの間にか薄れてしまっていたのだ。


 まるで何かのタガが外れたかのように。

 死なないようにする、という行動原理が消えて無くなっていた。


 いつからかは分からない。

 もしかしたら、元の世界で自殺をした時。

 あれが始まりだったのかもしれない。


 何か大切な物を無くしてしまったような、そんな気がした。

 その代わりに手に入れた物もある。


 漆黒の意志。


 気付いてからは早かった。

 星河は湖の底に落ちていた石を拾い上げると、

 バンガルドの頭部を強打した。


 水の中なので、たいした威力は出ない。

 それでも執拗に何度もたたき続ける。

 殺意を込めて、何度でも。


 バンガルドは硬化中に行動が出来ないため、

 攻撃から身を守ろうとすると、水面に上がれなくなってしまう。

 かといって水面に上がろうとすると、頭部を殴打される。


 星河は何度もバンガルドを叩き続ける。

 ガハッと、バンガルドが小さな声を上げた。

 衝撃で口を開き、水を飲みこんだようだ。

 バンガルドは苦悶の表情を浮かべる。


 星河も既に息が限界だった。

 そして息苦しさは焦燥感へと変わる。

 早く、息をしなくては。

 早く早く、水面に出なくては。

 早く早く早く、目の前の男を殺さなくては!


 脳が正常な判断を行わない。

 何かに憑りつかれたかのように、ひたすらバンガルドを叩き続ける。


 何度でも。


 何度でも。何度でも。


 何度でも。何度でも。何度でも。


 何度でも。何度でも。何度でも。何度でも。


 何度でも。何度でも。何度でも。何度でも。何度でも。


 星河はバンガルドが胸を押さえたまま動かなくなっている事にも気付かず、

 ただひたすらに殴り続けていた。



 やがて。

 星河の意識も遠のいて行った。




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