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異世界ハーレムだと言われて来たのにチート能力が無い件  作者: かふぇら亭
1章 昨日までの世界
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1-5 『怪物』と仕事

 フェルミャたちに同行する事にした星河は二人に導かれるままに森の奥へと進んでいった。だが、日本で暮らしていた平凡な高校生である星河は、深い森の獣道を長時間歩く事に慣れていない。

少し歩いただけですぐに疲れてしまった。

実際には、星河がフェルミャやメゥに比べて格別に体力が少ない訳では無い。

 むしろ現代の日本人は栄養状態が良く、体の発育も十分であるため本来スタミナは十分備わっていると言えよう。


 星河の体力を奪っている最大の原因は緊張である。

 なにせ、どこからともなく魔物が襲い掛かってくる森の中だ。

 時折現れた魔物はメゥが撃退してはいるものの、平和な日本で暮らしていた星河にとっては、自分の命を奪おうとする存在がどこかに潜んでいるという事実は恐怖で体を強張らせるのには十分すぎた。


 見知らぬ世界。

 慣れない獣道。

 緊張。

 そういったものが、星河の体力をゆっくりと奪っていたのだ。


 だが、どのような理由があろうとも、星河のせいで移動が遅れているという事実は変わらない。


 星河のために、今も一向は休憩を取っているのだから。


「長旅をする時は無理をせず、疲れてきたらこまめに休憩を取るんだ。そうしたほうが、事故や病気が減るから、かえって目的地まで早く着く。疲れてきたらすぐに言うんだぞ」


 メゥはたしなめるように星河に言った。

 メゥとしては、休憩を取る正当性を主張して、疲れているにも関わらず「まだ歩ける」と言って聞かなかった星河の気を紛らわそうとしたつもりなのかもしれない。

 だが、その言い方がまた星河の気を悪くする。

 星河が異世界に求めていたのは「強い自分と守るべき少女」だったのだ。

 決して「弱い自分と気を使ってくる少女」では無い。


「目的地まではどれくらいかかるんだ?」

「さあな、あたしも知らん。だけど、ずっと遠くにあるらしい」

「二人の故郷はそんなに遠いのか?」

「ううん。私たちの故郷はもう無いの。今は別の所に向かっているのよ」


 それきり二人は黙ってしまった。

 何か込み入った事情があるらしい。

 星河はこの件について深く聞くのは止めた。

 目的地がどこであれ、今の星河はこの二人についていく以外にないのだ。


「なあ、『怪物』って本当に誰でも持ってるものなのか?」

「ああ、基本的にはそうだな。誰かに貸してたりして、一時的に持ってない状態の人はいるが、生まれながらに何の能力も無い人っていうのは聞いた事が無い」

「えっと、じゃあ『怪物』を持っていたらすぐに分かるものなのか?」

「いや、そういう物でも無い。『怪物』は目に見えないし、感じる事もできない。自分の能力がどんなものなのかも、実際はよく分かってないやつのほうが多いんだ」


 メゥから意外な答えが返ってきた。

『怪物』を使っている本人たちも、自分の能力がどんなものなのか分からないらしい。

 星河はてっきりステータス画面のようなもので今持っている『怪物』が確認できるものだと思っていたのだ。


「じゃあ、どうやって自分の能力を調べるんだ?」

「分かりやすい能力のヤツは、自分で色々試してみるんだ。あたしなんかは物心ついた時には物を飛ばせるようになってたから楽だったな。最も、あたしが『物を飛ばす能力』だと思ってるだけで本当は別の能力なのかもしれない。例えば、物を燃やす能力だと思ってたやつが、本当は物の温度を変える能力だったなんてケースもあるんだ」


 『怪物』の能力は不確かな所が多いらしい。

 はて、となると。


「じゃあ、フェルミャの能力レベル1っていうのは何だったんだ?」

「ユグドっていう別の土地に住む同じマルル族の大婆様に、私の能力を調べてもらったの。大婆様は『両手を握った相手の能力とそのレベルを見抜く能力』の持ち主なのよ」


 フェルミャは嬉しそうに話す。

 気分が高揚している時は耳がひょこひょこ動くのは癖なのか、そういう生態なのか。


「私ね、セイガもただ単に分かりにくい能力なだけなんじゃないかと思うの。実は私も、7歳の時に大婆様に見てもらうまで、ずっと自分の『怪物』が何だったのか分からなかったのよ。いままでフロルの地で暮らしていたから、みんな同じ言葉で喋っていたんだもの。分かるハズないよね」


 フェルミャの能力は、言語の違う相手と意思疎通ができるといったものだ。

 なるほど確かに、同じ言語を使う人たちの集団の中で暮らしていれば、能力が判明する機会などまず無いだろう。

 同じように、星河にも何らかの能力があるものの、効果が実感し辛いものであったり、発動する条件を満たしていないだけだったりという場合もありうる。


「じゃあ、俺もその大婆様という人に調べてもらえば、怪物が俺の中にいるかどうか分かるんだな」

「いや、残念だが無理だな。ユグドの大婆はだいぶ前に殺されたんだ。そういう能力を持ってる人にはよくある話だ」


 盛り上がっている星河とフェルミャだったが、メゥが水を差した。


「いいか、『怪物』の能力なんてどれも自己申告なんだぞ。自分の本当の能力を隠しているヤツにとっては、本当の能力を見抜く能力なんて邪魔な存在なんだ」


 メゥが言うには、『怪物』の能力を正直に相手に伝えないタイプの人間もかなりいるそうだ。自分の持っている能力を悪用している人にとっては、『本当の能力が分かる能力』というのは非常に都合が悪い。

 そこでそういった能力を持っている相手を口封じのために殺すのだ。

 この世界ではよくある話らしい。


「もちろん、判別能力を持っている方も自衛のために嘘をつく事がある。噂では大婆の本当の能力は『見ただけで相手の能力と才能が分かる』能力だったんじゃないかと言われてる。あえて『手を握らないと分からない』という制約がある事にして、能力バレしたくない人から危険に思われないようにしてたんだとさ」


 メゥが聞いた話によると、その大婆は自分を殺した相手の手は決して握ろうとしなかったらしい。そして相手が大婆の本当の能力を察した時点で殺してしまったとの事だ。


「まぁそんな訳で、自分には能力が無いなんて言うヤツは、本当は周りに知られると都合が悪い能力を持っているんじゃないかと勘繰られても仕方が無いんだよ」


 メゥは星河の方を向いて言った。

 何の能力も持たない星河へのあてつけだろう。

 そうは言われても星河は事実を述べただけだ。

 悪く言われる筋合いは無い。


「そんな顔すんなって。実際に能力を隠そうとする奴はもっと上手くやる。例えば、誰かから借りた能力を自分の『怪物』だと言い張ったり、本当の能力を応用して、別の能力に見せかけるとかな。他人に貸してるから今は能力を使えないって言うだけでもその場しのぎにはなる。あんたを疑っている訳じゃない」


 つまりメゥは、星河が本当に人を騙そうとしているなら、あまりに言動が杜撰で稚拙すぎると言いたいのだろう。よって逆説的に、星河の言っている事は真実だと判断した訳だ。


「ちょっとメゥ、そういう言い方は無いでしょ!」

「いいよ、フェルミャ。俺が疑われても仕方が無い事を言っていたんだ。それにメゥはフェルミャのためを思って、俺が怪しい人物かどうか見抜こうとしてたんだろ」

「……ふん。ミャ姉は抜けてる所があるからな。あたしが注意してないと、悪い男に騙されそうで心配なんだ」

「メゥ、私の事そういう風に思ってたんだ……」


 この姉妹は妹のメゥが姉のフェルミャを守っているようだ。

 メゥの体の方が一回り大きい事もあって、どちらが姉なのか傍目には分かり辛い。


「なんだか、メゥのほうがお姉さんって感じだな」

「……私は里では役立たずだったから」


 フェルミャが自傷気味に呟いた。

 何か失言をしてしまったかもしれないと星河は焦る。


「私たちは狩りをして暮らす部族なの。狩りができない人は、自分の能力を使って生計を立てるのが一般的なのよ」


 フェルミャの話によれば、彼女たちの部族は『怪物』の能力を使って狩りをするらしい。

 手に入れた獲物は倒した者が手に入れる。

 だが、『怪物』の能力は戦闘向きでは無いものもある。

 狩りができない能力を持つ者は、自分の能力を活かして家事や裁縫をするなど、自分の能力を使って仕事をして、対価として食料を手に入れる。


 狩りは戦う能力を持った人物の仕事。

 この世界では、能力の差が職業に大きく影響するようだ。


 そして『物を飛ばす能力』を持っているメゥは戦士の職に就いたという訳だ。

 物心ついた頃から能力を使えたのだ。

 里ではさぞや重宝された事だろう。


 そこで星河はハタと気付いた。

 フェルミャ。

 この少女の能力は『翻訳』。


 聞いた話では、二人は同じ言語を使う集団で暮らしてきたらしい。

 そんな中で、一体誰がフェルミャの能力を必要とするのだろうか。


 フェルミャは7歳まで自分の能力に気付かなかったと言っていた。

 少なくともその間は、全くの無能力者として扱われていたのだろう。

 そしてようやく判明した能力は里での使い道がほとんど無い代物。


 この世界では能力が暮らしに深く関わっているらしい。

 では、誰にも必要とされない『怪物』をどう役立てるというのか。

 できやしない。

 フェルミャの言う、役立たずとはつまりそういう事だ。


「私はメゥに食べ物を分けてもらって何とか暮らしてたから……」


 だから狩りによって十分な量の食事を取る事ができたメゥに比べて、満足な食事ができなかったフェルミャは身長が小さいという事なのだろう。星河はなんとなく、この姉妹の関係が分かってきたような気がした。


「あー、全く! ミャ姉もそんな話するなよ、辛気臭くなるだろ? もう十分休んだ事だし、さっさと先を急ぐぞ!」


 メゥが気恥ずかしそうに切り出す。

 そして二人の了承も得ずに、足早に森の奥へと進んでいった。


 メゥは堂々とした足取りで大地を踏みしめて獣道をかき分けていく。

 その後ろ姿をフェルミャが複雑な視線で眺めていた。

 どこか寂しそうな印象を受けるその瞳を見て、星河はフェルミャに声をかける。


「フェルミャ、あのさ……」

「セイガ、どうしたの?」

「繰り返すようだけど、俺はフェルミャの能力のおかげで助かってるよ。少なくとも、フェルミャは役立たずなんかじゃないさ」

「うん、ありがとう。もしかしたら、私の『怪物』はセイガとお話するために天のヌシが授けてくれたものなのかもしれないね」


 そう言ってフェルミャは笑う。

 この笑顔を見られただけでも、異世界に来た意味はあったかもしれないと星河は思った。

 日本で暮らしていた時に、これほどの好意を誰かから向けられた事があっただろうか。


「おーい、突っ立ってると置いてくぞ!」


 物思いにふける星河だったが、メゥに催促を受けて足を進めた。


 森は深く、先を見通す事もできない。

 目の前の少女たちが星河をどこへ連れて行こうとしているのかも知らない。

 聞いたところで、星河の知らない土地の名前を言われるだけだろう。

 空には半分に欠けた二つの月が青白く光りながら不気味に浮かんでいる。

 何があろうと、星河は進むよりほかになかった。

【設定集】

自分の『怪物』の能力がどのようなものなのか本人も分からない。

経験則などにより、おそらくこういう能力だとアタリをつけるのが一般的。

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