1-4 『怪物』と信頼関係
フェルミャと友好関係を築いた事により、なんとか言語の壁は乗り越えた星河だが問題はまだまだ山積みだった。
「……これからどうしよう」
ここは魔物が跋扈する異世界であり、星河は戦う力を持たない一般人なのだ。
食料や寝床の問題もある。
勢いでフェルミャに「一緒に来てくれ」と言った星河だったが、実際には行くアテなどどこにも無かった。
となると星河の取れる行動は一つ。
「二人とも、悪いんだけど俺も一緒に連れて行ってくれないかな」
このケモノ耳少女たちにお世話になる以外に星河がこの世界で生きていく方法は無かった。
フェルミャとメゥがここで何をしていたのか聞いていないが、ともかくこの二人から離れるのは得策では無いだろう。
「ねえメゥ。セイガが一緒に行きたいって。いいよね?」
フェルミャがメゥに相談する。
狼を撃退したこの少女は、先ほど行われていた星河とフェルミャの会話には口を挟んでこなかった。
とはいえ、メゥもフェルミャの台詞からなんとなく話の流れは理解しているようだった。
「えぅずーらは」
「な、なんで? 一人ぐらい別にいいじゃない!」
「ちぇほねみぃおざてむぇ」
「どうしうてそういう事言うの?」
メゥは星河には分からない言語で会話をする。
フェルミャの能力では、フェルミャの台詞しか翻訳されないようだ。
だが、メゥが否定的な態度を取っている事は星河にも分かった。
こいつは怪しいから同行しないほうがいいとか、そういう話だろう。
「頼む、メゥ。俺には魔物と戦う力が無いんだ。守ってもらわないと死んじまう」
星河は懇願する。もはや恥も外聞も無い。
「メゥ。セイガは困ってるんだよ! 私の力が必要なの!」
「にぉゆぇはりまぁ」
「じゃあどうしたらセイガを信用できるの?」
「ばいぇりのきれなはぁ」
言い争っている二人。
話の内容はおそらく星河を連れて行くかどうかについてだろう。
もはや星河には、話がまとまらなくなってきたのかもしれないと予想する程度しかできない。
「言葉が通じないと、ここまで不便だとはなぁ……」
フェルミャが上手くメゥを説得する事を祈る以外にする事が無い星河は、事の成り行きを見守りながら小さくぼやいた。
「ああ、そっか。ちょっと待ってね」
フェルミャはそんな星河の呟きを聞き逃さなかった。
すぐに星河に駆け寄ると、星河の手を握って小さく目を閉じる。
そして僅かの沈黙の後に、手を放した。
「はい、これでもう大丈夫だよ」
「大丈夫って、何が?」
星河にはフェルミャが何をしたのか分からなかった。
星河としては、特に何も変わった気がしなかった。
しかしその様子を見ていたメゥが慌てだした。
「ちょっと、ミャ姉! 何考えてるんだよ、知らない奴に能力を貸しちゃダメだって!」
――突如、メゥの言葉が星河に理解できるようになった。
「あ、あれ?」
「私の『怪物』を貸してあげたの。これでメゥとも会話ができるでしょ」
フェルミャにそう言われて、試しに星河はメゥに話しかけてみた。
「ドーモ、メゥさん。シノノメセイガです」
「やれやれ……。マルル族フェル家のメゥだ」
フェルミャよりも一回り大きい赤髪の少女は不機嫌そうに名乗った。
「言葉が通じてる……」
「これでセイガとメゥもお話できるね!」
フェルミャが嬉しそうな声を上げる。
「どうなってるんだ……?」
「私の『怪物』が、今はセイガの中にいるのよ」
フェルミャによれば、人は生まれつき『怪物』と呼ばれる不思議な能力を1つ持っているが、その能力は他人に貸す事ができるという。
ただし、『怪物』を貸している間、本人は能力を一切使えない。
『怪物』を貸すには相手に触れている必要があり、同様に返してもらう時も貸した相手に触れている必要がある。
「つまり、貸した相手に逃げられたら、そいつが死ぬまでミャ姉は『怪物』が使えなくなるんだ。信用できない相手にホイホイ貸すものじゃないんだけどなぁ」
メゥが呆れた様子で説明を追加する。
つまり、今のフェルミャは翻訳の能力を持っていないただの少女であり、星河がフェルミャとの接触を避ければ、今後も能力を取り戻せずにそのままという訳だ。
そして今の星河は翻訳の能力を持っているため、フェルミャともメゥとも会話ができる。
フェルミャとメゥは元々同じ言語を使っているようで、元から会話は可能。
星河がフェルミャから能力を借りたことで、全員での対話ができるようになった。
「なあ、メゥ。確かに俺は得体のしれない奴かもしれないが、俺は魔物と戦う力が無いんだ。一緒に連れて行ってくれないか?」
「セイガと言ったな。あんたの『怪物』をあたしに預けるんだ。そしたらあんたを信用する」
メゥの提案に星河は困り果てる。
彼女の言っている事は妥当だ。
もし星河が何らかの能力を持っている、この世界における標準的な人間であるならば。
星河がどんな能力を持っていようと、それをメゥに貸してしまえば星河は無能力者だ。
そうなれば星河が何かを企んでいたとしても実行する事はできない。
星河がメゥに接触すれば能力を取り返されてしまうが、それさえ気をつければ魔物を倒す実力があるメゥに星河が勝てるハズが無い。
メゥが「物を飛ばす能力」で戦っていたように、この世界では『怪物』は武器にもなる。
つまり、メゥは「武器をこっちに渡せば信用する」と言っているのだ。
この世界において『怪物』がどれほど生活に関わっている重要なものなのか星河には分からないが、それでもおいそれと貸せるものでは無いハズだ。
『怪物』を貸すという行為は、信頼の証なのだろうと星河は推測した。
だがしかし、星河には『怪物』などという能力は無い。
「俺には何の能力も無いんだ。怪物なんていないんだから、貸せるハズが無い」
星河は正直に答えた。
これまでに手に入った情報から、もっともらしいウソをつく事はできただろう。
だが、この世界についてほとんど知らない星河が二人を騙そうとした所で、どこかでボロが出る可能性が高い。
だったら素直に自分の事を話した方が良い結果になるだろうという判断だった。
「あくまでもシラを切るつもりか」
メゥは手頃な大きさの石を拾って手に持った。
物を飛ばすという能力を用いた投擲で戦う彼女にとって、それは武器を構えた事に等しい。
「はっきり言おう。あたしはあんたがミャ姉になんらかの能力を使って取り入ったんだと思ってる。そうでもなければ、人見知りのミャ姉がこうもあっさりあんたに懐くなんておかしい。何の能力も無い? 来世ではもっとマシな嘘をつくんだな」
「メゥ、止めて!」
フェルミャが星河を庇う形で、メゥと星河の間に割って入る。
しばらくの間、沈黙だけが流れる。
やがてフェルミャの真剣な眼差しを見て、メゥは拾った石を投げ捨てた。
「……やれやれ。どうなっても知らないからな」
「メゥ、分かってくれたのね!」
「その男を完全に信用した訳じゃないけど、いつまでもここで突っ立っていても仕方ないしね。セイガ。一緒に来てもいいけど、自分の事は自分でなんとかしろよ」
「もちろんそのつもりだ」
ただでさえ、星河は少女に頼み込んで助けてもらう立場なのだ。
これ以上かっこわるい姿を見せたくないという気持ちが強かった。
だというのに。
「セイガ、何か困った事があったら私に言ってね。なんでもするから!」
フェルミャの懇意が星河のプライドを一層傷つける。
星河としては一人前の男として少女を守りたいのだ。
それが現状、少女二人に頼らないと何もできない状態である。
星河はこの関係をなんとかして改善したかった。
「なあメゥ、お前は俺の事を疑ってたんじゃないのか?」
「ああ、あんたの顔を見てたら考えが変わった」
星河としては、ここで「お前はいい目をしている」とか「気概が気に入った」といったようなカッコいい台詞を期待していたのだが。
「いいか、覚えておけ。これから人を騙して陥れようって思っている奴は、石コロを向けられただけで泣き出しそうな顔にはならない。だから、あんたは少なくとも無害だ」
メゥの口からは、最低なまでに情けない理由が語られるのだった。
【設定集】
『怪物』は貸し借りが可能である。
能力を貸す時および返してもらう時はお互いが触れている必要がある。
借り逃げも可能であるため、この世界では信頼し合える仲間同士でのみ能力を貸し借りするのが一般的である。
そのため、能力を貸す事を信頼の証とする文化も存在する。
その他の条件として、『怪物』を借りた側が死亡した時は自動で能力が戻ってくる。
また、貸した側が死亡した時は誰が所有しているかに関係無く、その能力が消滅する。