1-2 異世界ハーレムとは
東雲星河は考える。
自分はあの(自称)女神に騙されたのではないかと。
異世界ハーレムと聞いてやってきたのにチート技能が無いとはどういう事なのかと。
ちなみに異世界ハーレムとは日本を代表する小説ジャンルの一つである。
主に異世界でハーレムを築くものを指す。
字面通りじゃないかと思う人がいるかもしれないが、事実としてそうなのだから仕方あるまい。
異世界ハーレムと呼ばれる物語の粗筋はこうだ。
自称さえない主人公が何らかの理由で異世界に飛ばされる。ここでいう異世界とはファンタジー世界かゲームの内部を指し、主人公は大抵何等かの特殊能力を持っているか、あるいは超越者から特殊な力を付与される。その特殊な力が圧倒的である場合などはズルと揶揄される事がある。そして主人公はその力を利用して活躍を収め、周囲からの賞賛、その世界での地位、そして大勢の美少女を手にするのだ。
なぜそういう展開になるのか、と聞くのは野暮というものだ。
努力と友情の先に勝利があるように。
登校時にぶつかった少女が必ず転校生であるように。
異世界に飛ばされた主人公は最強だという不文律が存在しているのだ。
逆境に立たされた主人公が、本人だけが知っている世界の秘密を駆使して劣勢を覆して、異世界の住人たちが驚きの声を上げる姿などはもはや様式美といえよう。
だから、この世界に飛ばされた時に、星河が自分に特殊な力が備わったのだと勘違いしてもそれは当然の事であり、魔物の群れに棒切れ1本で突撃して敗走したとしても誰も彼を笑う事などできはしないのだ。
むしろ、自分に勝ち目がないと気付いた時点で即座に逃げる判断力があったことを褒めるべきだろう。
だが、星河は惨めな気持ちでいっぱいだった。
魔物に襲われ、情けない声を出しながら逃げ回り、その挙句少女に助けられ、あまつさえ自分は地面に突っ伏している。
それが星河には耐えられないほどの屈辱だった。
初めにこの世界に降り立った時、これから自分の大躍進が始まるのだと心躍っていた自分を殴り倒してしまいたいとすら思っていた。
だがいつまでも地面に這いつくばっている訳にはいかないと、星河は立ち上がり体に着いた土を払うと、できる限り平静を装った。
「危ない所を助けてくれてありがとう。君がいなかったら、そのまま獣に喰われていたかもしれない」
本当はその台詞は自分が受けるハズだったと妬みながら、星河は自分を助けてくれた少女に礼を述べる。
そんな星河の心中を知ってか知らずか、少女は困ったような表情を見せてから、星河に言い返した。
「えくぅ、くつむまーうぃ」
何語だ。
もちろん星河には、少女が何と言ったのか理解が出来なかった。
言語が違う。
どうやらこの世界で話されている言葉は日本語ではないようだ。
星河は困り果ててしまった。
まさかこれから、身振り手振りだけでコミュニケーションをしろとでも言うのだろうか。
冗談じゃない。
異世界物なら無条件で相手と会話が成立するのがオヤクソクってもんだろう。
まったくあの自称女神()はまるでセンスが無い。
徐々に女神への憎しみを増やしている星河だったが、さきほどのやり取りを思い出す。
そういえば、さっき誰かに「伏せろ」と言われて伏せたような。
あれは確かに少女の声だったハズだ。
星河がそんな事を考えていると、茂みがガサガサと揺れ、再び少女が現れた。
二人目だ。
最初の少女と同じように、頭からはケモノ耳が生えている。
着ている服も似通っている。
だが後から来た少女のほうが先ほど獣と戦った少女よりも一回り小さい。
姉妹だろうか。
よく見れば、顔も良く似ている。
違う所といえば、髪の色。
獣と戦った少女の髪が鮮やかな赤色であるのに対して、後から出て来た少女は淡い緑色をしている。
緑髪の少女は全く警戒せずに星河に近寄ると、満面の笑みを浮かべて星河に声をかける。
「よかった、その様子なら元気そうね」
星河は、今度は少女の言葉がハッキリと理解できた。
星河の耳には、少女の話した言葉が日本語として聞こえる。
そして、少女の声は先ほど星河が獣に襲われていた時にどこからか聞こえてきた声と同じものだった。
星河は驚いて緑髪の少女に声をかける。
「その声、君が助けてくれたのか?」
「魔物と戦ったのはメゥの方だけどね。私は声を出しただけよ」
どうやら星河は緑髪の少女とは普通に話ができるようだった。
「私はフェルミャ。フロルマルルルフェルネルムルラルフェルミャよ」
緑髪の少女はフェルミャと名乗る。
もしかしたら深い意味のある名前なのかもしれないが、星河にはどこで切れるのかも分からない謎の単語にしか聞こえなかった。
「えっと、フェルミャでいいのかな。俺は東雲星河。助けてくれてありがとう」
「そんな、困った時はお互い様じゃないの」
フェルミャはそう言いつつも嬉しそうに顔をほころばせる。
「驚いた。君は日本語が話せるのか?」
「『フソー語』? ううん、違うわ。私の能力なのよ」
フェルミャは得意げに語る。
その頭に付いている緑色のケモノ耳も楽しげにぴょこぴょこと動いている。
「言語の違う相手と会話ができる。これが私の『怪物』よ。異国の人たちは皆私と話をすると同じ反応をするのよ。驚いた、お前は我々の言葉を話せるのかって、ね」
所々で意味不明な言い回しはあるものの、少女に不思議な能力があり、それのおかげで会話ができているのだと星河は解釈した。
「すごいな。でも怪物って、何?」
「怪物じゃなくて『怪物』よ」
「まったく同じじゃないか」
話がかみ合っていないと感じる二人。
フェルミャの方は何か合点が言ったようで、驚いたように星河に問いかける。
「もしかして、あなたの国では『怪物』の概念が無いの?」
「何を言っているのかサッパリ分からないよ」
「誰もが生まれつき持っている特殊な力。それを私たちは『怪物』と呼んでいるの。能力は人それぞれ違う。例えば、私は『誰とでも会話ができる能力』。それでこっちのメゥは『触れている物を飛ばす能力』を持っているの。あなたにもあるでしょ? その能力の事よ」
メゥと呼ばれた、魔物を倒した赤髪の少女は星河を一瞥するとそっぽを向いた。
彼女が狼の獣を倒した時、投げる動作も無く抱えていた石が射出されたように見えたのは、星河の目の錯覚などでは無かったようだ。
あの時に飛んでいた石はかなり大きかったが、それなりのスピードが出ていた。
少なくとも少女の細腕で投げ飛ばせる重さでは無かったはずだ。
恐らく『触れている物を飛ばす能力』を用いて石を飛ばしたのだろう。
どうやらこの異世界では、全ての人間が不思議な力を持っているようだ。
星河はもう一度思い返してみるが、やはり自分に不思議な力が備わっているようには思えなかった。
そして星河は確信する。
自分は女神に騙されたのだと。
さもなければ、なんで誰もが特殊能力を持っている世界で、自分一人だけ無能力でやっていかなければならないんだ、と。