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新生活

 五月の上旬は朔矢さんの仕事が詰まっていたらしくって、もうしばらく彼とは会えなかった。でもその間に部屋も片付いたし、近所のお店をブラブラと見てまわれた。最寄り駅はさすが、ターミナル駅。駅前に病院とかショッピングセンターとか。映画館もあったし、CDショップも見つけた。初めて、織音籠(オリオンケージ)のCDを自分で買った。どれにしようか悩んで、並んでいた中で裏に書いてある日付の一番古いのを買った。私が就職した年だったのも、何かの縁。この一枚から、順番に今へと辿っていこうかなと思って。

 会えない間は時々、メールを書いた。つまらない、日常のことが多かったけれど。買ったCDのタイトルを書いたら『古すぎて、なんだか照れる』と、赤い顔の絵文字が付いた返事が返ってきた。

 そうね。この前貰ったのとは曲の感じが違って、寝る前に聞いたら目が覚めてしまいそう。元気一杯で、若いわーって感じ。うん? 若い? そうか、今の私より若いのか。

 改めて、ジャケットを見ると今より斜に構えたような朔矢さん。大魔神の目もどこか怖いし、字の汚い法学部は、背中まで髪を伸ばしているし。この前貰ったのより、全員がアウトローっぽい。



 五月中旬の金曜日に朔矢さんから電話があった。

 翌日、こっちに来てはじめてのデート。昼間に合うのは、これが初めて。

 映画に行った。二人で、邦画かなぁとか言いながら、チケットブースに並ぶ。

 朔矢さんは、髪こそはねていないけれどアクセサリーもつけて、いつもの格好。本で読むような、芸能人が変装してって話とはえらく違うけれど。

 彼自身が当たり前のような顔をしているのだから、これが彼の”常識”なのかもしれない。



 開場までの時間をロビーでポップコーンを買ったり、近日公開のポスターを眺めたり。犬を題材にした映画が近いうちにあるみたい。

「朔矢さんと一緒に写真に写っていたのって、レトリバーですよね」

「ああ、実家の犬。ツキコって名前のゴールデン」

「ツキコ? 女の子ですか」

「そう。何で、ツキコだと思う?」

「お月様の色、だからですか?」

 朔矢さんの髪の色とよく似た毛色だった。満月よりは少し色は濃いかな。

「はずれ。俺の髪の色に似ているから」

「はい?」

「姉貴が結婚して家を出た後、寂しくなった両親が飼い始めたんだ。ペットショップで顔を見たとたんに、『朔矢に似ている』ってオヤジが言い出したらしくってな。”朔”って、新月って意味があるから、それで月に名前が派生していったらしい」


 朔(イコール)新月=(イコール)闇。 の 矢。

 闇から音もなく飛んでくる一本の矢のイメージが浮かんだ。

 その矢に、射抜かれた私。


 その想像に、背中がゾクっとした。


「よお、サク」 

 という声がして、われに返った。

 朔矢さん、音楽をしているときは《SAKU》って名乗っているよね。織音籠のSAKUってばれたの?

 そぉっと声のしたほうを見ると、朔矢さん位大きくて眼鏡をかけた人が立っていた。背の高い女の人を連れて。

「何で、お前こんなとこにいるんだよ。式の準備はどうした」

「サクこそ、デートかよ」

「そうだったら、なんだよ」

 小声で、そんなやり取りをしている二人。女の人は、眼鏡の人に寄り添うように立っている。眼鏡の人と夫婦なのか、雰囲気のよく似た大人っぽい人。

 朔矢さんは楽しそうだけど、大きな二人が立ち話をしていると目立つ。あ、なんだかコソコソ言っている女子高校生がいる。

 とおる、いい加減にしないと、と、連れの女性が声をかける

「じゃ、また。あやさんも」

「来週、また見に行くわね」

「サクもがんばれよ」

「なにをだよ」

「ナニ、をだよ」

 そんな挨拶を交わして、拳を軽くぶつけ合って。眼鏡の彼は彼女をエスコートするように背中に手を当てて、去っていく。女性のほうは、去り際にニコッと会釈をしていった。慌てて、私も会釈を返す。

 あの眼鏡の人、どこかで見たことがあるような気がするけど。あんな大きな人、朔矢さんしか知らないし。

 と思ったときに、頭の裏を一つのイメージが通り抜け、私はさっきの二人を振り返った。

「どうした?」

「今の」

「ああ、RYOな」

 字の汚い法学部! 眼鏡をかけているしCDのジャケットより髪が短くなってて、わからなかった。 そりゃ、高校生がコソコソ言うわ。織音籠のメンバーの立ち話なんて。



 映画の始まる前、席に着いたところで

「知美さん、来週の土曜日って夜あいている?」

 朔矢さんがそんなことを言い出した。念のためスケジュール帳を確認するけど、特に行事もなし。

「はい。あいてます」

「一度、ライブ来てみる?」

 夜遊び、だ。

「いや、そんなすごいところじゃないから、身構えなくても。さっきの彼女も来るようなことを言ってただろ? 知美さん一人じゃないだろうから、メンバーとも一度顔繋いどく? みたいな感じで」

「さっきの女の方と朔矢さんもお知り合い、ですか?」

「もともと、あの人はスタッフみたいな立場だからな。実はあの二人、近いうちに結婚するらしいよ」

 すごい秘密のように、朔矢さんが声を潜めて言う。

 女性のスタッフもいるんだ。そして、その中には付き合って、結婚しちゃう人もいるんだ。

 って、思ったら朔矢さんも、そうやって身近な人と付き合ったりしたんだろうなって。

 なんだか、モヤモヤときた。

 当たり前じゃない。朔矢さんが今まで誰とも付き合ったことがないはずないじゃない。 

 そんな声も、心の中で聞こえる。初めてのお付き合いをしている私とは違うんだよって。

「知美さん? どうした?」

「いえ。なんでも」

「そうか? で、どっちにする?」

 演奏する朔矢さんを見たい気持ちと、スタッフの女性と親しくしている彼を見たくない気持ちと。

 どうしよう。

 朔矢さん。私、どうしたらいいんですか?

「来るか来ないかは、知美さんの決めること」

 朔矢さんを、頼ろうとしたのを見透かしたように彼が言う。

「来るの? 来ないの?」 

 首をかしげて朔矢さんが、返事を迫ってくる。

「行き、ます」

「OK。じゃぁ、楽しみにしてな」

 そう言って彼がにっこり笑った。

 薄暗かった館内の照明が落ちた。



 翌週の土曜日。

 朝から、ドキドキしながら過ごした。ライブって、どんな服を着ていけばいいのだろう。朔矢さんは『うちのファンは、好き勝手な格好をしているから、気にしなくってもいつもどうりでいいから』 って言っていたけど。先週逢ったRYOの彼女さんって、どんな格好をしていたっけ。パンツだった? うん。スカートじゃなかった。パンツって、持ってないな。スカートばっかりだ。

 服を吊ってある、ハンガーラックを眺める。去年買った若草色のワンピース。これで行こうか。



 初めてのライブは、はっきり言って音の大きさに驚いた。朔矢さんたち、耳大丈夫なのかしら。

 そんな心配をちょっとしたけど、はじめて目にした楽器を弾く朔矢さんの姿が、楽しそうで楽しそうで。ああ、天職ってこういうのねって。

 彼から音楽を取り上げることは、誰にも許されない。


 演奏されたのは冬に貰ったCDから数曲、私の知らない曲も数曲。

 今日の朔矢さんは《SAKU》だから、髪ははねているし、アクセサリーもジャラジャラしている。こういう人と付き合っているんだ。私。一年前だったら、多分よけて通った。目を合わせたら最後って。


 次の曲が始まる直前。朔矢さんと目が合った気がした。いたずらっぽく笑う彼。何? 

 イントロが始まると、客席が今までにない盛り上がりを見せた。あ、これ。この前買ったCDの曲だ。一番、元気のいい感じの。

 私の斜め前、壁にもたれるように居る女の子が口を両手で覆っている。大丈夫? この子。具合悪いんじゃないかしら。ステージを見ながら、チラチラとその子を気にしていると、今度は祈るように手を組んで目を見開くようにステージを見だした。もしかして、喜んでいるの? まぎらわしい。

 サビの部分で、ヴォーカルのJINが叫ぶように歌う。すごい。独特の低い声に圧倒される。人の声って、こんなに力があるんだ。朔矢さんが、”惚れた”のがわかった気がした。CDではわからなかった、生の声の力。さっきの女の子なんて、目をつぶって声のシャワーを浴びているみたい。うっとりしているのがわかる。本当に、好きなんだなって。その顔を見て、思った。



 ライブが終わった。

 朔矢さんから『終わったら、楽屋においで』って、言われていたので、他のお客さんが帰っていく邪魔にならないように、壁にくっついて人の波をやり過ごす。

「アレ、やってくれるなんて。今日来て、ラッキーだったねー」

「ねー。最近、歌わなくなってた曲だし」

 そんなことを言いながら、お客さんたちが帰っていく。

 朔矢さんに教えてもらった手順で楽屋への通路を通らせてもらって、楽屋のドアをノックする。あけてくれたのは先週RYOといた背の高い女の人だと思う。彼女は体をずらして、部屋の中が見えるようにしながら、奥に向かって声をかけた。

「SAKU」

「あ、あやさん。サンキュ」

 こっちを向いた朔矢さんが私を見て、おいでおいでをした。

「よし、ちゃんと来たな」

 呼ばれるままそばに行くと、えらい、えらいと頭を撫でられた。

 彼の背後、部屋の中にはメンバーたちとドアを開けてくれた”あやさん”。それにさっきの壁にもたれていた子らしい女の子。

「後始末が少しあるから、ちょっとそこに座って待ってて」

 パイプ椅子に腰掛けて、部屋を見回す。

 女の子はJINにまとわり着くように世話を焼いているし、”あやさん”も、なんだかいろいろ作業をしている。

 『気が利かない子ね』

 母の声が頭に響いて座っているのが落ち着かないけど、何をして良いのか判らなくって。言われたまま、座っているしかできなかった。


「お待たせ。これから、打ち上げに行くよ」

 朔矢さんの声に、ほっとする。迷子の子が親に会ったときってこんな気持ちかもしれない。

「おい、SAKU。荷物持てよ」

 つり目の人が朔矢さんの頭の上にかばんを置いた。ギターのMASAだったっけ。

「悪ぃ。MASA」

「で、そんなところでいちゃついとらんと、さっさと行ったら?」

 方言交じりの人が朔矢さんを小突く。  

「いちゃついたら悪いかよ」

「悪いわ。俺やMASAは嫁さん、家で子守しとって来られへんのに」

 なんやねん。独身組は。と、ドラムのYUKIがぼやく。

 OK。メンバーの名前と顔は覚えられてる。あとの二人は、大魔神のJINと、法学部のRYOだ。

 うん。完璧。

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