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お見合い 2

 それからも、いろいろと互いのことを話した。

 最近私が見た、映画のこととか。原口さんが仕事で行った、よその市でのこととか。

 少し前まで、コンサートであちらこちらの市へと移動する生活をしていたらしい。私が行ったことのない街の話は、聞いていてわくわくする。  


 

「俺は体力を維持するために、時間があったら走ったり位はしてますよ」

 話がぐるっと回って、いつのまにか休日の話に戻っていた。確かにこんな大きな人がインドア派で、読書と詩を書くだけをしているとは思えない。

「生田さんは運動はあまりしない?」

「体育の時間くらいです」

「小学校だったら、先生も体育をするんでしょう?」

「ええ。もともと、運動が嫌いなので採用試験が大変でした」

 そう答えると、彼はくすくす笑った。


「原口さんは学生時代何か、運動とかをされていたのですか?」

 たとえば、水泳とかバレーとかしていそう。原口さんはほっそりとはしているけど、ひ弱な感じはないし、若い間に体を動かす習慣のない人が、大人になって運動をするとは思えない。

「中学までは、バスケ部でした」

 ああ、やっぱり。背の伸びそうな種目だ。

「バスケットボールをしていたら、やっぱり大きくなるんですね」

「いや、俺は中学校の三年間だけだから、そんなに影響はないと思いますけど」

 原口さんのお母様も、細川さんも大きなほうではなかったから、食べるものが違うのかしら。

「じゃぁ、何を食べてそんなに?」

「人を喰って」

 は? ひと? 人!?

 サバトという言葉が頭を巡る。学生時代の同級生が、”黒ミサ”だとか言いながらミュージシャンの追っかけをしていたことを思い出す。

 見た目だけじゃなくって、本当に人の道まで踏み外しているのかしら。

 軽く身をひいた私を見て、彼が噴き出す。

「信じましたか?」

 言葉もなく、うなずくしかできない。

「かつての総理大臣だったかの言葉ですよ。『人を食っているから、いつまでも元気なんです』って。慣用句でもあるでしょう? ”人を食ったような”って」

「人を食った答えとか、の?」

「そうそう」

「からかいました?」

「まさか、信じるとは思いませんでしたよ」

 そういって、彼はしばらく笑い続けていた。


「大体、うちの連中、六年バレーをやってたやつらとか、サッカーを十年していたやつとか。そんなのばっかりだから、俺はそんなに大きくないほうですよ」

 笑いすぎて目じりに浮かんだ涙をぬぐいながら原口さんが言う。

「うち?」

 釣書は、お姉さんがひとりだったように思う。

「ああ、うちのバンドのメンバーです。そうか。『うち』は、一般的には家族ですね。俺は、一人暮らしのほうがそろそろ長くなりそうなので、あっちが家族のような感じになってきてますね」

「そういうものですか?」

「世間一般に比べると、仲間との密度が濃い生活かもしれませんね」

 家族のような濃さで付き合う仲間なんて、想像も付かない。

「生田さんは、一人暮らしの経験は?」

「私のような者は一人ではとても……」

「そうですか? 俺、十八で一人暮らしを始めましたよ」

「できる方はできるのでしょうけど。両親にも『お前には無理』といわれていますし」

 そう答えて、お茶を飲もうと思ったら空だった。時間も経っているし、原口さんのぶんも冷めているだろう。入れなおした方がいいのかしら。でも、上手に入れられないし。 


 心の中でウロウロと迷っていると、原口さんがすっと立ち上がって座卓の横においてあったお茶のセットに向かう。慣れた手つきでお茶を入れる。

「おかわり、飲みますか?」

 私の方に伸ばしてくる手を、呆然と眺めてしまった。どうしよう。男の人にお茶を入れさせてしまった。

「つい、お湯を入れすぎてしまったので、入れておきますね。よかったらどうぞ」

 返事を返さない私を気にもかけずに、彼はそういうと空になった私のお茶碗を取り上げて、お茶を入れてしまった。

「すみません。私が入れないといけないのに」 

 向かいに座りなおした彼に、そう言うと

「そんなこと、誰が決めました?」

「え?」

「俺が飲みたくって入れたお茶です。量の加減を間違えて、生田さんに手伝ってもらった。それだけでしょう?」

「でも、両親に……」

 じっと、顔を見られてその視線に負けたように顔が下がってしまう。言葉もゴニョゴニョとごまかしてしまった。


 沈黙に負けて、顔を上げると原口さんはまだこちらを見ていた。

「生田さん、これまで”いい子”でこられたでしょう?」

「いいえ。両親には、素直さの足りない、言うことを聞かない子だと」

「そう?」

「はい」

 ふーん? といいながら、あごに手を当ててまたこちらをじっと見る原口さん。

「朔矢さん、知美さん。よろしいですか?」


 原口さんと二人の見合いの時間は、部屋の外からかかった細川さんの声で終わりを告げた。

 どうぞ、という原口さんの返事に、母たち三人が襖を開けて入ってきた。母は私の隣に座ると、なみなみと入った私たちのお茶を見て眉をひそめた。

「知美。あなた、お茶を入れたの?」

 えっと。

 『原口さんが』と答えると絶対叱られる。言葉を捜す私のほうも見ずに母は茶托から私のお茶碗を取り上げて一口飲んだ。お茶碗を置いた母は、原口さんに向き直って頭を下げた。

「すみません。しつけの行き届かない娘で。こんなお茶を人様にお出しするなんて」

 どうしたら良いのかわからず、原口さんの顔を見た。チラッと私のほうを見た原口さんはにっこり笑って母に言った。

「俺の入れたお茶をほめていただいて光栄です。おふくろも飲む?」

 改めて、お茶のセットに向かいながらお母様にも話をふる彼。

「そうね。久しぶりに入れてもらおうかしら」

 彼の言葉に、お母様が相槌を打つ。


「知美! あんたって子は。女の子なのにお茶ひとつ入れないなんて」

 母が、横から正座している私のひざを叩いた。そろそろしびれてきているので、かなり堪えた。きゅっと唇をかんでうつむく。

 だって。原口さんが。


「まあまあ。生田さん。そうお叱りにならずに。飲みたい者が入れれば良いじゃないですか。お茶くらい」

 やんわりと母をたしなめる彼のお母様に、母が居心地悪そうに座りなおす。その母の前にも原口さんがお茶を置く。

 細川さんの前にもお茶が置かれ、原口さん母子がなんだか仲良く話している。我が家で兄と母がこんな風に話している姿なんて見たことない気がする。三歳年上の兄は、一人暮らしをはじめた大学生の頃から、『忙しい』と言ってお正月くらいしか、帰ってこないし。


 細川さんが、そろそろ……と、終了をほのめかす。

 互いに挨拶をして、立ち上がる。

 が、ずっと正座をしていた私は立てなかった。ひざ立ちから動けない。

「何をしているの、みっともない」

 母は、入り口から私に苛立った声をかける。同じように戸口へと向かいかけていた原口さんが、座卓を回りこんで私の横に片ひざを付いてかがみこんだ。

「足が痺れた?」

「すみません。お見苦しいところを。しばらくこうしていれば取れますから」 

 どうぞ、先にお帰りください。

 そう言うつもりが

「叔母さん、ここの部屋は時間もうしばらく大丈夫?」

「そろそろ出ないと」

「じゃあ、生田さん。支えがあれば、ロビーくらいまでは行けそう?」

 そんなことを先に言われてしまった。母の顔を見ると、怖い表情で首を横に振る。  

 『結婚前に男の方に支えてもらって歩くなんて、はしたない。自分で何とかしなさい』そんな声が聞こえる。


 実際に声を出したのは、原口さんのお母様。

「無理しないで。ヒョロヒョロで頼りない息子だけど、それくらいはできるでしょ。朔矢、ベースより重いものは持ったことがないとか言わないわよね」

「んなこと言うかよ」

「こら」

「あ。地が出てしまった」

 簡単に猫がはがれちゃった。

 そんなことを言いながら、私のほうを見て笑う。 

「大丈夫そうです。ちょっと取れてきました」

「そう、じゃ立ち上がるときだけつかまって」

 そういって、中腰で手を差し伸べてくれた。その手をありがたく借りて、立ち上がる。

「大丈夫みたいです。お騒がせしました」

「いえいえ。こちらこそ。庭に出るとか動けばよかったね。気づかなくってゴメン」

 そういって頭を下げる原口さんの向こうに母の怖い顔があった。



 帰ってからの母は。

 父を相手に私の失敗をあげつらうのに余念がなかった。合間に、『恥ずかしかった』『どう思われたかと』『こんな娘に貰い手があるはずがない』の言葉を挟みながら。

「断られそうな感じか」 

 父はビールを飲みながら、苦虫を噛み潰したような顔で私を見る。

「呆れられたと思いますよ。ああ、どうしましょう。細川さんの顔に泥を塗ってしまったわ」

「お前が、きちんとしつけてないからだろ」

「本当に、どうしてこんな子に育ったのかしら」

 両親の視線が痛い。どうして私はこんなに出来が悪いのだろう。どうして、両親の思うように動けないのだろう。身が縮む思いがする。

 小さく小さくなって。しゅっと消えることってできないのかな。


 廊下で、電話のなる音がする。


「断りの電話でしょうね」

「お前が出ろ」

「そんな」

「お前が受けた話だろ。最後まで責任を持つのが常識だろうが」

 これだから、働いたことのないやつは

 父はそう言いながら、ビール瓶を空にした。

 そして電話に出るために廊下に出る母の後姿に

「終わったら、ビール出してくれ。飲まずにおれん」

 そう父は言った。    



 母の出た電話は思いのほか短く済んだ。父が痺れを切らす前に。

 冷蔵庫を開けて、ビールを出し栓を抜く。グラスに注ぐ。そこまでを機械的に母はこなした。

「お父さん。このまま続けましょうって」

「なに?」

「先方が、互いの気持ちが育つまでゆっくりでよければって」

「なんだ、それは。本当に結婚する気があるのか」

「でも、こう言って下さる方、これから現れるかしら」

 両親は二人して、ため息をつくように私の顔を眺めてくる。

「そうでなくっても三十歳になってますし。他の方とお会いしても、きっと今日の二の舞でしょう」

「知美でも貰ってくれるだけマシか」

「でしょう? このまま、独身で居ても世間体が悪いですし」

「仕事を餌につけないと貰い手もないとは。情けない奴だ」

 

 一樹は、こんな苦労させなかったのに。

 結婚相手も自分で見つけてきたし。

 どうして、お前は一樹のようには……。

 お前は本当に……。


 そのあとは、いつものように兄を引き合いに出されてのお小言だった。

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