結婚式
五月の連休。
朔矢が言っていた、市の東端にある日本庭園のレストランで式を挙げた。
ウェディングドレスは、芙美子さんの伝手で貸してもらって、ヘアメイクもしてもらった。
「私たちからのお祝いね」
と言って。朔矢のほうは信二さんが担当。彼の髪は連休の少し前に、レトリバー色に戻っていた。
朔矢のご両親、芙美子さん一家。それに私の兄一家と、織音籠のメンバー全員が家族を連れて、参列してくれた。JINはまだ結婚はしていないけど、美紗さんと一緒に。
人前式で改めて結婚を誓い、RYOの乾杯で会食となった。
会食は、和洋折衷のビュッフェ。小さい子も多いので立食では無くって、テーブル式。
MASAやYUKIの奥さんたちとも初めてお会いした。
「サクちゃん、知美さん。おめでとう」
そう言って私の両手を握ってきたのは、YUKIの奥さんの悦子さん。
笑うと糸の様になる細い眼と、真っ白な肌の和風美人さん。
「ありがとうございます。悦子さんにここを借りていただいたおかげで、式を挙げることができました」
彼女の手を握り返すように、お礼を告げる。
結局、教員は割引の対象外、とのことで、悦子さんに骨を折ってもらった
「知美さんも、いろいろ大変って聞いたけど、みんなも一山超えたみたいですし。もう、大丈夫ですよ。ね」
「はい。YUKIにも、お世話になりました」
「ユキちゃんが?」
「はい」
意外なことを聞いた、って顔の悦子さんに頷いてみせると、
「家族以外の”お世話”するのは、珍しい、かも……」
「そう、なのですか?」
「そうなの。゛大人゛なジンくんやマサくんと違って、ユキちゃん、末っ子気質って、自分で言うくらいだから。そんな貴重な経験をした知美さんなら、きっと幸せになれると思う」
うふふ、と笑いながら手を離した悦子さんは、娘さんの呼ぶ声に返事を返して席に戻っていった。
MASAの奥さんの由梨さんは、エキゾチックな顔立ちが印象的で、綾さんくらいの身長がありそう。看護師さんって聞いていたけれど、”白衣の天使”の優しいイメージよりも、学年主任の先生に通じる仕事のできそうな迫力を持った人。
MASA一家の座っているテーブルにお邪魔してご挨拶をしている横で、兄の声がした。
「ジンさん、亮さん。ご無沙汰しています。イチです」
由梨さんとの会話が、止まってしまった。隣のテーブルの横に立つ兄のほうを由梨さんも見ている。
「イチって、あのイチ?」
と、JINが首をかしげる。
その声に痛々しげに顔をゆがめたが、それでも律儀に返事を返す兄。
「はい」
「何で、お前がここにいるんだよ?」
RYOが、グラスを口元に運びながら兄に尋ねる。
「知美の兄です」
「あー?」
RYOが、くるっとこっちを見た。
「知美さん、こいつと兄弟?」
ひとつうなずくと、
「うっそぉ。世間って狭い」
私の横で、由梨さんが声をあげる。
「由梨さんこそ。どうして」
その声に、こちらに視線をよこした兄も変な声を出した。兄と由梨さんも知り合いなんだ。
「だって、身内だもの。織音籠の」
「えぇ!? 亮さんと結婚したんですか?」
その言葉に、RYOが兄の後頭部をはたく。
「何で、俺が由梨と結婚すんだよ」
「だって。高校で付き合ってましたよね」
「付き合ってねぇよ」
そう答えるRYOだけど。
「ほう、RYOが由梨と。それは知らなかったな」
MASAはそう言いながら料理を取ってきた皿をテーブルに置くと、RYOの首に腕を回して絞める。
ギブ、ギブと、MASAの腕を叩くRYO。
それを、みんなで笑いながら眺めていたら、
「おかあさん、おしっこ」
「あらあら。知美さん、ごめんね。また後で」
三歳になるという息子さんの春斗くんの言葉に、由梨さんがお母さんの顔になる。
「まっくん、亮くんと遊びながらでもいいから、ちゃんと芽衣を見ておいてね」
「わかった」
RYOの首に右腕を回したまま、左手をヒラヒラと振るMASA。お姉ちゃんの芽衣ちゃんは、おとなしくテーブルに座ってMASAの持ってきたお皿を見てニコニコしながらフォークを握り締めた。
息子さんの手を引いて席を離れる由梨さんを、会釈をして見送る。
RYOはMASAの手からやっと離れると、襟元を直しながらぼやく。
「だから。あの頃の俺にそんな暇あったかよ。キャプテンして、お前らとバンドして、生徒会やって」
「いやいや。亮には分身の術の噂、有ったし」
クックックと笑いながら、JINが言う。
「汚ねぇ。お前、親友を売るなよ」
「でも本当に、亮さん分身の術が使えたんじゃないですか」
「使えるか、そんなモン。いいか、イチ。由梨のダンナはこのMASA。俺の嫁さんは、あっちでチビに飯食わしてる」
綾さんを指差しながら、RYOが言う。綾さんの向かいでは、美紗さんが座り込んで何かを話しているのが見える。
「兄さん、JINやRYOと知り合いだったの?」
「ジンさんと亮さんは高校のバレー部の先輩たちだよ。由梨さんは、マネージャー」
兄がしれっと言う言葉に、朔矢が横でビールに咽たのが判った。去年から続けていた酒断ちは、JINには内緒でメンバー全員がしていたことなので、今日をもって満願らしい。
「大丈夫?」
ハンカチを渡しながら聞くと、
「ああ、大丈夫」
グラスを持ってないほうの手を軽く上げるようにして返事が返ってきた。
「で、お兄さん」
「なんでしょう?」
「『織音籠、知ってましたよ』じゃ無いでしょう、それは」
「『知らない』わけでもないでしょう? それに、ヒントは出したつもりでしたけど」
「ヒントなんて、ありましたか?」
「『高校で会った化け物』って。この二人ほどの化け物は、さすがに他にはいませんよ」
兄が涼しい顔で、グラスを傾ける。
「分身の術を使っているヤツと一緒にしないで欲しいなぁ」
あー、ヤダヤダ、って顔でJINが言う。
「一番の化け物が何を言っているんです。近隣に名の聞こえた文化祭の名物男で、外大に推薦で入れるような英語コースの成績上位者。そのうえエースアタッカーじゃないですか。ジンさんが出てさえいれば、総」
「こら、イチ」
RYOが兄の言葉に重ねるように声を上げて、兄を睨んだ。RYOの睨んだ顔って、すごく冷たくって怖い。
「まだ、時効じゃねぇぞ」
「はい、すみません」
素直に謝った兄は、話を変えた。
「亮さんに至っちゃ、さっき本人も言っていたような忙しさなのに、成績も文句なしだし」
「お兄さん、お兄さん。こいつ、バレーのために柳原西にランクを”落とした”変人ですよ。勝負するほうが間違ってますって」
ちょっと、奥さん、って言う手つきで左手をヒラヒラさせながら言う朔矢に、今度はRYOが首を絞める。
「誰が、変人だ」
「お、ま、え」
じゃれあう二人をそのままにして、ドリンクコーナーに向かう。のどが渇いてきた。
後ろから、MASAに声をかけられた。芽衣ちゃんの分のジュースを取りに行くらしい。
「知美さん。改めて、SAKUをよろしくな」
「はい。こちらこそ」
「あいつさ、うちのムードメーカーだから」
「本人も、宴会部長って言ってました」
そう言うと、噴き出された。
「まぁ。間違ってないな」
「今回の一件で、JINが退院してくるまで……二ヶ月ほどかな? YUKIとRYOが妙に落ち込んで、空気がおかしかったのを必死でSAKUがフォローしていてさ」
MASAの言葉に、兄を入れた四人で笑っている朔矢を振り返って見る。
『忙しくって、会えない』
互いにそう言って会えなかったあの時期、彼はどれほどしんどい思いをしていたのだろう。
そんな中で、彼は私に二人のこれからを委ねた。『いつまでも待つから』と言って。
「JINが帰ってきて、ひと段落。と思ったら、今度はSAKUがおかしくなって」
見下ろしてくるMASAのつり目がなんだか、怖い。
と、思ったら、視線をはずしてため息をつかれた。
「事情は、YUKIから聞いた」
「すいません。なかなか決心が付かなくって」
「一生の問題だから。他人に謝ることじゃない」
私にオレンジジュースのグラスを渡してくれたMASAは、自分もグラスを受け取った。
「ありがとうって俺が言うのも変だけど。あいつが相当参っているのを、俺たちではどうにもしてやれなかったから。知美さんが心を決めてくれて、正直ほっとした」
MASAはふっと息をついて、朔矢たちを眺めた。いつの間にか人が入れ替わり、今はYUKIと話している。
「俺たちは結構濃い付き合いをしているけど、やっぱり一番の支えは家族なんだ。あいつを支える”芯”は知美さんなんだよ」
MASAの言葉に背筋が伸びる。
「今回みたいなこと、もうないとは言い切れない。けれど、あいつを見捨てないでやってくれるかな?」
「はい」
二人だけで指輪を交換したあの日、月に誓った。今日、ここでみんなにも誓った。
私は、朔矢の手を離さない。
しばらく、歓談の時間が続く。
改めて、由梨さんとお話をして、兄が『イチ』と呼ばれるようになった訳とか、高校時代の兄の話も聞いた
「話の途中に、ごめん」
春斗くんを抱いたMASAが途中で声をかけてきた。
「由梨、バンソーコーもってるか? さかむけを剥いちまったらしい」
「今日は、さすがに……。美紗ちゃんは?」
「ちょっと、聞いてくる」
そういい残して、MASAは美紗さんのほうへ立ち去った。
「すみません。妙なことを聞きますけど。『ゆりさん』? 『ゆうりさん』? 」
「正式には『ゆうり』。ジンくんのまねをしたら『コール ミー ”ゆり”』ね。『ゆうり』は、まっくんだけの専売特許」
まっくんは、正しい音を聞きとって大事にしてくれたから。と、照れるように笑った由梨さんは、第一印象の迫力の消えた妙にかわいらしい笑顔だった。
すっかりお母さんの顔で、来月二歳になる息子の尚太くんにご飯を食べさせていた綾さんは、
「亮のバカがしょうもないことを言ったせいで、二人ともえらい目にあったわね」
私たちの顔を見るなり、そんなことを言って笑った。朔矢が、考え込む。
「何、言われたっけ?」
「『JINと心中』」
「ああ。あれ?」
「ほんとにもう。他人の恋路を引っ掻き回すなって言うのよね。よりによって、言葉で仕事をしている人に何てこと言うんだか」
知美さんの分も、殴っておいたからね。
握りこぶしを見せて笑う綾さん。
「綾さん、臨月だったのじゃぁ……」
「臨月だろうが、この男女に関係あるかよ。平手じゃなくって、グーだぜ。グー」
朔矢から話を聞いた時期を思い出してたずねた私に、RYOがとんでもないことを言う。
でも、さっき兄を睨んだような怖い顔じゃなくって、目が笑っている。
「うるさいわね。このチビ」
綾さんも笑いながら、ひどいことを言う。RYOがメンバーで一番背が低いらしいけれど、でも少なくとも”チビ”じゃないと思う。
小学生の悪口のような言い合いをはじめるRYOの夫婦。
親になってもこの人たちは変わらない。
二人の言い合いを見ながら、さっきの由梨さんの照れたような笑顔を思い出す。
二年前、初めて織音籠のライブに行った時。RYOと由梨さんが互いを名前で呼び合っているって聞いて、それを許している綾さんやMASAがすごく大人に思えた。
大人とか子供とかじゃなくって。綾さんも由梨さんも、MASAの言う”芯”なんだ。誰も間に入られないほど一番近いところに居る。
変わらない綾さんと違って、久しぶりに会った美紗さんは視線が変わった。話をしていて、目がしっかり合うことが増えた。何かひとつ、自信を持った子の目。
「そんなに変わりましたか? うーん。仁さんの入院で、人生の黙示録を読んでしまったからかも」
黒目がちの目を瞬かせながら考え考え、答える美紗さん。
「赤毛のアン、ですか」
「判ります? 知美さんも結構本を読まれるのですね。友人ではそこまで読んだ子少なくって」
仲間を見つけたような顔で笑う美紗さんの、グラスを握る左手の指輪が小振りだけれど透明な石の付いたほっそりしたものに変わっていた。
「あのシーン、印象的ですよね。読んでいる分には」
「ですね。けど、実際にやると、なかなかきつかったです」
なんだか、自分の中のいろいろなものが崩れちゃって。
美紗さんは、そう言ってはにかむように笑った。その姿を、JINが腕組みをしながら、目を細めるように眺めている。
混じり合う直前の絵の具のようだったJINとの空気が、きれいに混じり合って新しい色になったように見えた。美紗さんもJINの芯なんだろう、きっと。
朔矢のお母さんと話していると、ガタガタと音がした。振り返って見ると、スタッフさんと朔矢たちが椅子を並べている。扇状に三列ほど並び終えると、その正面のパーティションが取り除かれた。
ドラムセットに、キーボード。スタンドマイクとギター。そして朔矢のベース。
「知美、これ持っておいて」
脱いだジャケットとカフスボタンを私に手渡した朔矢は、腕まくりをしながら楽器に向かう。
〈 ちょっとした、余興です。皆さん、どうぞ座って 〉
マイクを通したJINの声に従って、並べられた椅子に向かう。
「知美さん、主役だから真ん中。おチビたちは一人で座れる子は、前の方にどうぞ」
RYOが座席を仕切る。私の左隣に座った大輝くんが
「知ちゃん、さっちゃんがギター弾けるって知ってた?」
と大声で言って、笑いがおきる。
準備が整い、カウントがとられる。
始まったイントロは、活動を休止する直前に出されたミニアルバムのあの曲。何度も聞いた、ウェディングの曲。
JINの歌声が、メロディーに乗る。
日本語の歌詞。だけど、聞きなれたあの曲とは歌詞が違っていた。
あのときの歌詞は、どこか庇護者視線の言葉だった。包んであげるから、ずっとそばに居なって。
今日の歌は。
共に進んでいく対等なパートナーとしての言葉。これから、一緒に歩いていこうって。
朔矢と目が合う。目じりのシワが深くなる。
サビでJINのハスキーな声が、変わる。
滴るような色気をはらむ。
そのままの声で、二番は英語の歌詞。JINは瞬きも忘れたように美紗さんを見ている。
大輝くんの向こうで、美紗さんが赤くなった頬を押さえる。
YUKIが逆上がりを初めて成功させた子のような顔で私の背後を見る。私の後ろは悦子さんが座っていたはず。
RYOが、二列目の右端に座る綾さんの居る辺りに視線を流す。スーッと、目が細められる。
MASAのつり目もどこか柔らかくなる。視線の先は、春斗くんをひざに抱いた由梨さんと芽衣ちゃん。
ああ。帰ってきた。
朔矢の織音籠が。みんなの音が。
知らずに、涙があふれた。
最後の一音が、空気に溶けた。
〈 長い間、ご心配とご迷惑をおかけしました。来月から、再始動をします。今まで支えてくれた家族の皆さんへの感謝と、再びステージに立てることへの喜びをこめて 〉
JINが、マイクから一歩離れた。
朔矢とMASAが肩からストラップをはずして、それぞれ楽器のネックを握っている。
YUKIもドラムセットから立ち上がる。
「どうも、ありがとうございました」
JINの言葉に合わせて、五人が頭を下げる。
最敬礼をする彼らに、拍手が贈られる。
お帰りなさい。
待っていたよ。と。




