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お見合い 1

 お見合い、をすることになった。


 母が昔お世話になった人からの紹介だとかで、お見合いの話が来たのが二十九歳の秋。誕生日を幾日かあとに控えたころだった。

 お相手は、五歳年上の方で音楽の仕事をしている人。

 音楽って。何の楽器だろう? ピアノ? ヴァイオリン? ああ、やっぱり母の言うように子供のときにもっと真面目にピアノのレッスンを受けておけば良かった。今している教師の仕事に ”とりあえず必要” な程度ではなくって、もっと ”音楽のお話ができる” 程度に。


 父の手で、今日届いたという釣書の封筒が開かれる。封筒からはまず、数枚の写真が出てきた。

 チラッと見た父は眉間にしわを寄せて、私の前に投げるように置いた。

 写真は、いわゆる”お見合い写真”ではなく、スナップ写真だった。私の方はお見合い写真を渡したことを考えると、ちょっと軽んじられたような気がする。

 飼い犬らしいレトリバーに顔を近づけて頭をなでている写真とか、ひざにノートを広げて、字を書いている途中で顔を上げたらしい写真とか。

 一緒に写っているレトリバーの毛色とよく似た茶色の髪が、あっちこっちにはねたような変わった髪形。さらに驚いたのは、アクセサリーを身に着けていること。ペンを持つ手の指輪に、ピアスまで。冠婚葬祭くらいしか装飾品をつけない私より、いろいろと。

 とても三十歳を過ぎた年齢には見えない人だった。

 芸術家というよりは……アウトローという言葉が似合いそうな。


 そんなお相手の写真を見た瞬間に私が思ったことは。

 この人に逢ってはいけない。出会ってしまえば、私の人生が変わってしまう。

 でも、きっと。いつかどこかで出会ってしまう。


 そのころ。釣書のほうを見ていた両親も、言葉をなくしていた。

「どうしたの? お母さん?」

 尋常じゃない母の顔に驚いて声をかけた。

「お父さん。こんなお相手。どうしましょう?」

「お前、この話。断れないのか?」

「無理ですぅ」 

 母が、泣き声になる。

「だから、どうしたの?」

 父が黙って、私に釣書を手渡す。


 

 氏名 原口 朔矢

 職業 ミュージシャン(織音籠(オリオンケージ) ベース担当)



 ミュージシャン! ”音楽家”じゃなくって、ミュージシャン。

 見た目だけじゃなく、本物のアウトローだ。 


 母は半泣きになりながら『こんなお相手を娘婿にはできない』と、話を持ってきた人に連絡を取っていた。

 しばらく廊下の電話で話していた母が、疲れたように居間に戻ってきた。

「どうなった?」

 不機嫌そうにたずねる父に

「結婚したらお父さんの会社に入れて、真人間にしてあげて欲しいって」

「それなら、断るものではないな」

「そうよね。あちらのご両親もこんな仕事をしているより、そのほうが安心でしょうし。人助けと思いましょうか」

 父は、会社で人事部長をしている。景気が悪いとはいえ、一人くらいどうにかなるのだろう。


 こうして、十一月の始めに見合いをすることが決まった。



 見合い当日の土曜日の午後。母と訪れたのは、市内でも有数のホテル。成人式で作ってもらった振袖を着て行った。このお話がまとまったら、もう着ることのない着物だな、なんてボンヤリ考えながら着付けてもらった。

 お庭の見える和室に通される。お世話をしてくださった方は細川さんとおっしゃるそうで。お相手の、おば様にあたるそうだ。


「遅くなりまして。原口と申します」

 襖が開いて、男性の声がした。高すぎず、低すぎず。あの外見からは想像の付かない落ち着いた声だった。

 母に促されて立ち上がり、お辞儀をしながらお迎えする。顔を上げて驚いた。

 この人、大きい。

 それに、今日は普通だ。


 釣書で身長は確かにみた。けれども、実際に見ると思っていた以上に高いところに顔があるように感じた。ほっそりしていて、キリンのような人だった。

 さすがに見合いの席にはアクセサリーはせずに、スーツを着ていた。髪型は今日はなでつけられていた。色はレトリバーのままだけど。

 彼のほうも私を見て値踏みをしていたのだろうか。改めて座り直す直前に目が合った彼は、にっこり笑ってきた。

 目じりによった笑いジワが、人懐っこい印象を彼に与えた。


 細川さんから、互いが紹介される。

「はじめまして。原口 朔矢と申します」

「生田 知美と申します」

「朔矢さんは音楽の、知美さんは小学校の先生の仕事をね」

 互いが名乗ったあと、仕事のことへと話題が移された。

「何年生の担任をされているのですか?」

「今は、三年生を」

「三年生というと……十歳でしたか?」

「いえ、九歳ですね」

 いろいろと、私の仕事について話しかけてくださることに答えるのに精一杯で、私のほうからは彼の仕事についての話にどう持って行けばいいのかわからない。

「知美さんは、朔矢の音楽は聴かれたことあるの?」

 困っていると、あちらのお母様から助け舟が出た。けど

「申し訳ありません。まだ、聴いたことがなくって」

「そうですか。嫌いなジャンルかな?」

 顔色も変えず、彼が尋ねてきた。

 好きも嫌いも。両親が歌謡曲を嫌うので、我が家ではクラシック以外の音楽を聴くことは許されていない。かろうじて、学校で子供たちが給食の時間に流す音楽を聴いて、今の流行を知る程度だ。

 そう、正直に伝えると

「なるほど。小学生には、少し早いかもしれませんね」

 と、原口さんは笑った。

「素直なお嬢さんですね」

 お母様が、母に笑いかける。親子でそっくりな笑顔。

「いえいえ。本当に、頼りない子で。周りが言わないと何ひとつ、できないものですから」

 母が顔の前で手を振りながら答える。そんな母を目を細めてみながら、

「あら。親御さんとしては、楽でしょ?」

 どこかひんやりとした声でお母様はそう言うと、お茶を手に取った。

 その声音に、ふつっと、会話が途切れてしまった。


 細川さんが、場をつくろうためか少しとがめる調子で彼のお母様に言った。

「知美さんのような子が普通です。お義姉さんたちが、朔矢さんを甘やかせ過ぎたのですよ。だから、いつまでも働きもせずに」

「おばさん。俺は、働いていますよ」

 その言葉に反応したのは彼だった。

「大体、”働いていない”人間の縁談を世話するのは、無責任ではないですか?」

「だから、知美さんのお父様にね」

「おばさんは、まだ、そんなことを言っているのですか」

「朔矢。敏子さん。今、する話ではないでしょう」

 私たちを蚊帳の外に言い争いを始めた二人を、彼のお母様が止めた。

「その話は、また後で。ね。私たちがいると、話がややこしくなりそうだから、外へ出ましょうか。生田さんのお母様も」

 思いもよらない展開で、『あとは、若い二人で』という運びになってしまった。



「あの、すみません。私が、曲を聴いていなかったせいで」

「ああ、いいんですよ。とにかく、叔母は俺の仕事が気に入らないだけですから」 

 そう言いながら、原口さんはお茶碗を手に取った。

「生田さんは、お休みの日は何を?」

「本を読んだり、手芸をしたりしています。あとは、映画も時々」

「そうですか。おうちに居ることが好きなのかな?」

 そう言って、目だけで微笑みながらお茶碗を口元に運ぶ。

「そうですね。あまり外出をするほうではないです。原口さんは?」

「俺も本を読んだり、楽器を触っていることが多いですね」

 意外。本を読んだりするんだ。

「意外ですか?」

 今度は声に笑いが含まれた。思っていることが顔に出ていたみたいで、恥ずかしい。

「いえ。あの」

 返事に困って、言いよどんでいると

「よく言われるんです。そうは見えない外見のようで。これでも、国文の卒業なんですけどね」

 彼はそう言って、目を伏せるようにしながらお茶椀を置いた。


 そういえば、釣書にはそう書いてあった。私が落ちた大学の国文科卒業って。頭、いいんだ。なのにどうして、定職に就かなかったのかしら。私が就職したときとは違って、バブルの真っ只中。いくらでも求人はあっただろうに

「そうでしたね」

「そうなんですよ。ちなみに、卒論のテーマは古今和歌集」

 なんと言うか。見た目を裏切り続けられている感じがする。

 驚いている私の顔を見て、いたずらが成功したような顔で笑った。

「それで、どうして音楽に?」

「中学の同級生に、すごく声のいいやつが居まして。そいつを世に出すために」

「それだけの理由で?」

 信じられない。他人の踏み台になるなんて。細川さんの心配も無理がないように思える。

「そうですよ。俺は彼に歌わせる詞を書くために、国文科に入ったんです。もともと軽音部でしたから、楽器はそれなりにできましたし」

 スナップ写真の雰囲気と、古今和歌集が私の頭ではつながらない。

「あのぅ。古今和歌集で歌詞を書いたら、一体どんなことになるのでしょうか?」

「まるっきり、勉強したとおりでは書きませんよ」

 くすくす笑いながら、原口さんが言う。

「俺の恩師が言ったんです。『気になる言葉を貯めていきなさい。それは必ずいつか芽を出す』と。歌っている本人も同じ中学でその先生に教わったので、二人で日々言葉を集めて、詞にまとめているんです。大学の勉強はその一環ですよ。これ以上はない実学教育ですね」

 失礼しますね。

 そういって、彼は足を崩したようだった。ちょっと、顔の高さが近くなる。


「あの先生にお会いしなかったら、俺たちには歌は作れなかったかもしれない。先生の何気ない一言で変わる人生もある。先生って、影響力のある大変なお仕事ですよね」

 懐かしそうな顔をしながら彼は、そう言った。

 私は、そんなに大層な仕事をしているのだろうか。十年近く教師をしていて、教え子の誰か一人でもそんな風に思ってくれた子は居るのだろうか。 



 余計なことを考えていたせいか、ふっと、話題が途切れた。

 あれ? さっきの話から、何をどう繋げたらいいのだろう。

「ああ、天使が通り過ぎましたね」

 そういって、原口さんが微笑んだ。言葉を集めているって、伊達じゃないんだ。あんな見た目でも、この人は詩人だ。そう、思った。

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