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象る音楽

作者: 志登 はじめ
掲載日:2026/10/20

「音楽は好きですか?」


 そう聞かれて、NOと答える人はそれほど多くないと思う。強制的に歌わされる音楽の授業が嫌いだったとか、合唱コンクールの練習でちゃんと歌わない男子に苛ついたとか、付き合いで行くカラオケが苦手とか、そういうのはあると思うけれど。ほとんどの人には思い出の曲があって、好きな曲がある。そんなに深く考えたことは無いよ、って人も多いだろうけど。


 前置きはこのくらいにして、このエッセイでは今の自分を形成したと勝手に思っている音楽について、つらつらと書いていこうと思う。その流れで自作小説「アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル」の裏話みたいなものも少し。特にヤマもオチも無い話。


 小説の題材にバンドを選ぶくらいなので、私は音楽の中でもバンドサウンドが好きだ。打ち込み系の音楽が嫌いという訳ではないが、音の後ろに演奏者が見える感じがする曲が好きなのだ。

 初対面の人に音楽が好きだと伝えると、大抵「一番好きなアーティストは?」と聞かれる。好きなアーティストは数あれど、一番を決めるのは難し……くはない。私はこの質問には即答で答えられる。私が世界で一番好きなのは、BLANKEY JET CITYだと。


 BLANKEY JET CITYとは、1990年にイカ天こと「三宅裕司のいかすバンド天国」というテレビ番組(正確にはテレビ番組のいちコーナー)への出演をきっかけにメジャーデビューを果たしたロックバンドだ。ブランキーと呼ばれることが多い。

 イカ天は毎週10組のバンドが登場し、審査員によってチャンピオンが選ばれる。5週連続チャンピオンとなったバンドはメジャーデビューができるという企画だった。

 ブランキーはその番組で圧倒的なパフォーマンスを見せつけてデビューを決めたらしい。らしい、というのは、私がこの番組をまったく見ていないからだ。今もWikipediaを参考にしながらこの文を書いている。私がブランキーを好きになったのは2000年になってから。2000年とは、ブランキーが解散した年だ。ブランキーをリアルタイムで追っていた人たちは私より大分人生の先輩だろう。


 ブランキーのことは2000年より前から知っていた。カウントダウンTVは毎週欠かさず見ていたし、CMやらなんやらで曲がタイアップに使われていたりしたからだ。だが、2000年より前の私はブランキーの曲を聴いても「変な歌声のバンドだなぁ」としか思わなかった。正直、全然好きじゃなかったのだ。


 そんな私がなぜ世界で一番好きと即答できるくらいブランキーを好きになったのか。きっかけは2000年に見たミュージックステーション。


 既に解散を決め、最後のシングルとしてリリースされた「SATURDAY NIGHT」を披露するために登場したブランキーの三人。その時の演奏に私は心の底から震えた。いや、たったワンフレーズで完全に心を奪われてしまった。


「思い出も香りも 何もかも薄れろ」


 これだけ。


 このSATURDAY NIGHTという楽曲はとにかくシンプルだ。リズムはエイトビート、構成はAメロとサビとギターソロのみ、ベースは愚直にルート音を拾い続け、ギターのリフさえもほとんどなく、歌のメロディーも決してキャッチ-なものとは言えない。当時の私にはそんな知識は無かったけれど、聞く人によっては退屈にさえ感じるだろう。だけど、そんなのものをぶち壊すほどの強烈なインパクトを当時の私に与えた。


 薄れろって何? そんな日本語聞いたことない! 何あの歌い方! 音程外してる……? わかんないけど、かっけぇ!


 語彙力皆無の当時の自分は、確かこんな感じのことを思っていた気がする。ブランキーを知る前から音楽は好きだったが、この出会いから音楽への向き合い方がガラリと変わる。何が変わったって、自分でも演奏したい! と強く思うようになったのだ。そのブランキーの演奏を見てからそう経たないうちに、私はお年玉を握りしめてベースギターを買いに行った。


 と、ここまでほとんどブランキーのことしか書いてない。一番好きなバンドのことなので語ろうとするとつい熱くなってしまう。まぁ、こんな感じで私はベースを始めたのだ。なぜギターじゃないのかって? それはベースの方が簡単そうだったから。と言うか、ギターは友人の持っていたものを触れたことがあったけれど、まるで弾ける気がしなかったからだ。

 拙作「アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル」の主人公である朔は、私自身のこんな経験が大いに反映されたキャラクターとなっている。ただ性格は全然違って、朔は陰キャを自称しているけど割と陽キャだし、作者はあんなに陽キャじゃないし。ちなみに同作にはブランキーをモデルにしたバンドも作中に登場しています。割と露骨に。


 ベースを始めた私は、聴く音楽がバンドサウンドに傾倒していくことになる。それまでは割と幅広く、というか、流行りものをとりあえず聴いていた感じだった。90年代後半のGLAYラルク論争ではラルク派につき、モー娘も浜崎もシングル曲は完全網羅し、ゆずっ子を経てハイスタにドはまりし、ミスチルはずっと好きとだった言えば、伝わる人には伝わるだろう。私の年頃もバレるだろう。

 ここから一気に「不良少年のうた」なんてのを歌うロケンローなブランキーにはまるのだからわからないものだ。


 しばらくの間はほぼブランキーしか聴いていなかった。拗らせてしまったのだ。ブランキー以外の音楽は偽物だと。あまりにも強く純粋なベンジー(ブランキーのVo&Gtで作詞を担当する浅井健一氏の愛称)の言葉に感化されまくってしまった。ブランキー以外に聴いてたのは、ベンジーの大ファンだと公言する椎名林檎くらいのものだった。ベンジーの歌詞の魅力について語ろうとするとこのエッセイがいつまで経っても終わらないので、ここでは割愛するが。ちなみに拙作の「アイスクリーム・イン・ザ・サラダボウル」には椎名林檎をモデルにした(以下略)

 好きだったはずのミスチルやラルクさえも低俗な大衆ロックと見下し、流行りの音楽を聴く友人を「本物のロックを知らない哀れな奴」と見下した。

 黒歴史、とまではいかないまでも、十二分に痛々しい考えだ。中二病の一種だと笑ってほしい。今はまたミスチルもラルクも大好きでよく聴いている。


 そういえば、椎名林檎以外にも当時よく聴いていたアーティストがいる。aikoだ。ブランキー至上主義だった私だが、ブランキーとは大分遠いところにいるはずのaikoを聴いていたのは何故か。答えは簡単だ。当時好きだった同級生がaikoを好きだったから。動機がかわいい。バンドサウンドに傾倒してないじゃん! と言わないで欲しい。これからなので。


 やがて高校の文化祭で初舞台を経験した私は、そのまま大学でもバンドサークルに加入した。ここで私は洋楽、特にUKロックの魅力を知ることになる。


「BLANKEY JET CITYが大好きです」


 とサークルの勧誘員に伝えると、同じくブランキー好きの先輩を何人も紹介してくれた。これは私にとってとてつもなく嬉しいことだった。高校時代にいくら周りにブランキーの魅力を伝えても、大体は「へー、そうなんだ。それでさぁ」ってな具合であまり相手にされなかったからだ。ロックンロールなんて流行ってないし、むしろダサいと思われる風潮あったし、ブランキーは解散してるし、今考えれば無理もないんだけど。


 同じブランキー好きがいるということで、私は他のバンドサークルに目もくれずそこに入会した。そこは色んな嗜好を持った人が集まっていて、先輩や同期生にオススメされたのがRadioheadだ。

 Radiohead、その名前だけは知っていた。ブランキーと共に、椎名林檎が好きなアーティストとして名前を挙げていたからだ。でも曲は聴いたことがなかった。というか、洋楽全般ほとんど聴いていなかった。ベンジーの歌詞に感化されまくっていた当時の自分は、英詞は意味が入ってこないからあまりはまれなかっというのもあったと思う。


 そんな感じで、あまりはまれないままRadioheadのコピーバンドを組んだ。演奏したのは「Creep」と「Anyone Can Play Guitar」と「Just」と「Street Spirit」だ。今でもよく覚えている。まぁ今にして思えば、Radiohead初心者にやらせる選曲ではない気がする。特にStreet Spirit。RadioheadならHigh and Dryとか他にとっつきやすい曲もあっただろうに。

 Radioheadの楽曲は、ブランキーはもちろん、それまでよく耳にしていた邦楽とは随分毛色の違うものであった。CreepはRadioheadの中でも特に人気の高い曲だと聞いたが、初めて聴いた時はえらく退屈な曲だと思ったものだ。ボーカルのメロディはのっぺりしているし、サビでも盛り上がらないし、かっこいいギターソロも無いし。


 でも気づいたら好きになっていた。Creepのサビ前のガシャコ!! がカッコよかったからかな。何でだろう。仲間と一緒に演奏するのが楽しかったのか、聴く耳が大人になったのか。よくわからない。とにかく、それからUKロックが大好きになっていった。USロックにはそれほどはまらなかったのは、ジメっとしたUKロックの方が雰囲気が自分に合っていたからだと思う。USロックはカラっとしていて、好みに合うのが少なかった。White Stripesは大好きだけど。


 その頃はRadioheadをはじめ、MUSE、Kula Shaker、The Musicあたりをヘビロテで聴いていた。逆に日本のバンドから少し遠ざかっていた。所謂ロキノン系と呼ばれるバンドたちにあまりはまれなかった。相変わらずブランキーはよく聴いていたし、ベンジーが新しく始めたバンドであるJUDEやSHERBETSのライブを観に行ったりもしていたけど。

 ちなみに私が初めて生ベンジーを体験したのは、渋谷AXでのJUDEのライブだ。モッシュピットを掻き分けて前二列目まで到達したその位置からは、ベンジーがエフェクターを踏むところまでよく見えた。本当にかっこよかったなぁ。


 同じころ、私はサークルの友人に誘われてオリジナルのバンドを結成した。初めてのオリジナル楽曲に最初は四苦八苦していたけど、ここでの経験は本当に糧になっていると思う。何せ、初めての創作活動だ。何もないところから自分たちで何かを創り出す。その楽しさを知り、それを認知させることの難しさを知った。


 やがて社会人となった私は、またしても聴く音楽に変化が現れるようになる。それまで好きな音楽の基準は「カッコいい」が中心にあったのに、穏やかで癒される音楽を求めるようになったのだ。

 社会人一年目に思いがけずドはまりしたのがクラムボンである。クラムボンはバンドとしても非常に完成度が高く楽曲もセンスに溢れていると思うが、そもそもギターレスのバンドだし(楽曲によっては入ってるけど)、それこそブランキーとは全然毛色が違う。aikoと違い、当時好きだった人がクラムボン好きだったというわけでもない。


 平和で、楽しさに溢れたクラムボンの楽曲。野外ライブでは会場をシャボン玉が飛び交うくらいだ。ロックンロールの場所ではまず見られない光景だろう。

 そして、そのクラムボンの癒し部分を濃縮したような原田郁子のソロにもドはまりした。本当に、どこまでも優しい音楽。今の生活に疲れてしまった人にはオススメだ。かくいう私も、最初に入社した会社がそれなりのブラック企業だったから、というのも関係なくはないだろう。


 Sigur Rosをよく聴くようになったのも、きっかけは同じだと思う。世界一美しい音楽とも称される、アイスランド出身のバンド。大学生時代に友人に勧められた時はまるで興味を持たなかったが(ごめんよ)、今では個人的に好きなバンドの五指に入る。


 私のこれまでの人生には、いつも傍らに音楽があった。最近は女王蜂やRIS-707なんかにハマっている。昔ほどアンテナは敏感ではなくなったけれど、新しい音楽を受け入れられない頭でっかちにはなりたくない。

 最近街を歩いていても、電車に乗っていても、音楽を聴いている人って少なくなってきてる気がする。みんなスマホを眺めてゲームをしてたり、SNSを見ていたりするんだと思うけど。小説を読んでいる人もいるかな。


 音楽を聴く形態も、CDからサブスクが主流に変化した。定額でたくさんの音楽を聴ける環境ってのは素晴らしい。でも、その分腰を入れて一曲を聴くってことも少なくなってしまったのかなぁと思ったりもする。老害っぽい意見で申し訳ないのだが、アルバムを通して聴いた時の余韻が好きだったので一抹の寂しさを感じたりもする。


 何はともあれ、これからも素敵な音楽に出会えることを期待して、思い出と一緒に時には懐かしい曲を噛み締めながら、毎日を楽しく過ごしていきたいと思う。またいつかバンドでベースを弾ける日も来ると良いな。

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