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異世界移動は人間だけじゃないのです!

駄馬ユニコーン、鞍上に立つ〜馬だった頃の黒歴史で、G1を制した騎手の話〜

作者: 葉月いつ日
掲載日:2026/01/01

 天界には、ひときわ有名なユニコーンがいた。

 名を呼ばれるたび、天使たちは一瞬だけ視線を逸らす。

 理由は簡単だ。


「遅い」

「曲がれない」

「なぜそこで躓く」


 ──駄馬だったのである。


 本来、天界の馬は光より速く、雲を踏み、虹を蹴る存在だ。

 だがそのユニコーンは、全力疾走しても他の馬のウォーミングアップに負けていた。


『君は……向いてないね』

『角だけは立派なんだけどなあ』


 そんな言葉を背中に浴び続けたユニコーンは、深く誓った。


「いつか、頂点に立つ」


 そして転生。

 舞台は現代日本。

 職業──騎手。


 ◇


「……遅い」


 調教場で、男は呟いた。

 新人騎手・白峰(しらみね)ユウ。

 細身で真面目そうな顔立ちだが、目だけが異様に鋭い。


「いや、今のは悪くないですよ」


 調教師が言う。


「いえ。遅いです」


 白峰は即答した。


「スタート三歩目で既に“気配が緩い”」

「……気配?」


 馬の背から降りた白峰は、地面を睨みつける。


「いいですか」


 白峰は突然、靴を脱いだ。


「まず私が走ります」

「は?」


 次の瞬間──白峰は全力疾走した。


「はっ、はっ、ほら! 今の足運び!」

「いや速っ!?」

「ここで踏み込み、空気を裂くイメージを──」


 馬はぽかんとしていた。


「……自分が走って教える騎手、初めて見ました」

「気持ちはわかるだろう?」

「いえ、さっぱり」


 白峰は真剣だった。


「いいですか。走るとは“地を蹴ること”ではありません」

「え?」

「世界に置いていかれないことです」


 周囲の騎手たちは、距離を取った。


「あいつ、また自分で走ってるぞ」

「馬より速いのおかしくない?」

「というか、馬に説教してない?」


 だが白峰は折れない。


「君は悪くない。ただ、天界基準では遅いだけだ」

「ヒヒーン……?」

「そう、その反応。今のは良い」


 ◇


 そして迎えた、目標のレース。

 G1──大舞台。


「……ここまで来たか」


 白峰は馬の首を撫でた。


「覚えているか。雲を踏む感覚」

「ヒヒン……?」

「大丈夫。今は地上でいい」


 ゲートが開く。スタートの瞬間、白峰の意識は研ぎ澄まされた。


 ──天界で学んだ“流れ”。

 ──風の抵抗を殺す体重移動。

 ──駄馬だったからこそ知る、「遅れた者の視点」。


「今だ」


 直線。白峰は叫ばない。ただ、角があった頃の感覚で、世界を切り裂く。

 馬が伸びる。ありえない加速。


「なにあれ!?」

「馬が覚醒してる!」


 ゴール板──先頭で駆け抜けた。


 ◇


 勝利インタビュー。


「今回の勝因は?」

「ええ……」


 白峰は真面目な顔で答えた。


「私が馬だった頃の経験です」

「……はい?」

「駄馬だったので、遅い者の気持ちがわかるんです」


 スタジオが静まり返る。


「それと」


 白峰は付け足した。


「もしよければ、皆さんも一度、全力で走ってみてください」

「なぜですか?」

「速さの概念が変わります」


 ◇


 G1制覇の翌週。


 白峰ユウは、いつものように厩舎にいた。


「……違う」


 彼は低く呟いた。

 勝った馬──その名は《アストラルライン》。

 周囲からは英雄扱いされていたが、白峰の目は曇っていた。


「君、今……慢心しただろう」

「ヒヒン?」

「今の首の角度。天界なら雷に打たれている」


 馬は、不機嫌そうに地面を蹴った。


 バンッ!


 白峰の肩に、馬の頭がぶつかる。


「……殴ったな」

「ヒヒンッ!」


 威嚇──いや、明確な挑発だった。周囲の厩務員が凍りつく。


「ちょ、白峰騎手!?」

「下がってください! 馬が荒れて──」

「大丈夫です」


 白峰は、静かに上着を脱いだ。


「話し合いましょう」

「話し合いって……」


 白峰は拳を握った。


「肉体言語で」

「やめろォォ!!」


 ◇


 最初に動いたのは、馬だった。前脚が振り上げられる。人間なら即死級。


 だが白峰は──


「遅い」


 ひらりとかわし、腹部に正拳突き。


 ドンッ!


「ヒヒィッ!?」

「今の衝撃、どうです?」

「ヒ、ヒヒン……!」

「それが“踏み込み”です」


 馬が吠え、後脚で蹴る。白峰は転がり、地面を叩いて立ち上がった。


「いいですね」


 白峰は息を整えながら笑った。


「やっと本音でぶつかってくれた」

「ヒヒィィン!!」


 二者は──殴り合った。

 拳と蹄。理論と本能。


「君は速い!」

「ヒヒン!」

「だが、速さに甘えるな!」

「ヒヒンッ!!」


 最後、馬が突進してきた瞬間──白峰は真正面から抱き留めた。

 ドスン、と砂煙。沈黙。


 ◇


「……痛かったですか」


 白峰は、馬の額に手を当てた。


「ヒヒン……」

「私もです」


 白峰は苦笑する。


「でも、今のでわかりました」

「ヒヒ?」

「君は先週のレースで勝利して、“駄馬の気持ち”を忘れかけていた」


 馬は黙り込んだ。


「私はね」


 白峰は続けた。


「遅かった頃の自分を、否定し続けて、理解してきたんです」


 しばらくして──馬が、そっと白峰の肩に鼻先を乗せた。


「……合格です」


 ◇


 その日以降。


「聞いたか? 白峰が馬と殴り合ったらしいぞ」

「どっちが勝ったんだ?」

「引き分けらしい」

「意味わからん……」


 だが。次のレースでも、その次でも──。


 《アストラルライン》は、白峰の合図一つで、完璧な踏み込みを見せた。

 勝利後、白峰は馬の耳元で囁く。


「殴り合った仲ですからね」

「ヒヒン」


 その鳴き声は、どこか誇らしげだった。


 ──友情とは、必ずしも撫で合うことではない。


 時には、拳で確かめ合うものなのだ。

 少なくとも、この騎手とこの馬にとっては。






最後まで読んだ頂き有難うございます。作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。

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