駄馬ユニコーン、鞍上に立つ〜馬だった頃の黒歴史で、G1を制した騎手の話〜
天界には、ひときわ有名なユニコーンがいた。
名を呼ばれるたび、天使たちは一瞬だけ視線を逸らす。
理由は簡単だ。
「遅い」
「曲がれない」
「なぜそこで躓く」
──駄馬だったのである。
本来、天界の馬は光より速く、雲を踏み、虹を蹴る存在だ。
だがそのユニコーンは、全力疾走しても他の馬のウォーミングアップに負けていた。
『君は……向いてないね』
『角だけは立派なんだけどなあ』
そんな言葉を背中に浴び続けたユニコーンは、深く誓った。
「いつか、頂点に立つ」
そして転生。
舞台は現代日本。
職業──騎手。
◇
「……遅い」
調教場で、男は呟いた。
新人騎手・白峰ユウ。
細身で真面目そうな顔立ちだが、目だけが異様に鋭い。
「いや、今のは悪くないですよ」
調教師が言う。
「いえ。遅いです」
白峰は即答した。
「スタート三歩目で既に“気配が緩い”」
「……気配?」
馬の背から降りた白峰は、地面を睨みつける。
「いいですか」
白峰は突然、靴を脱いだ。
「まず私が走ります」
「は?」
次の瞬間──白峰は全力疾走した。
「はっ、はっ、ほら! 今の足運び!」
「いや速っ!?」
「ここで踏み込み、空気を裂くイメージを──」
馬はぽかんとしていた。
「……自分が走って教える騎手、初めて見ました」
「気持ちはわかるだろう?」
「いえ、さっぱり」
白峰は真剣だった。
「いいですか。走るとは“地を蹴ること”ではありません」
「え?」
「世界に置いていかれないことです」
周囲の騎手たちは、距離を取った。
「あいつ、また自分で走ってるぞ」
「馬より速いのおかしくない?」
「というか、馬に説教してない?」
だが白峰は折れない。
「君は悪くない。ただ、天界基準では遅いだけだ」
「ヒヒーン……?」
「そう、その反応。今のは良い」
◇
そして迎えた、目標のレース。
G1──大舞台。
「……ここまで来たか」
白峰は馬の首を撫でた。
「覚えているか。雲を踏む感覚」
「ヒヒン……?」
「大丈夫。今は地上でいい」
ゲートが開く。スタートの瞬間、白峰の意識は研ぎ澄まされた。
──天界で学んだ“流れ”。
──風の抵抗を殺す体重移動。
──駄馬だったからこそ知る、「遅れた者の視点」。
「今だ」
直線。白峰は叫ばない。ただ、角があった頃の感覚で、世界を切り裂く。
馬が伸びる。ありえない加速。
「なにあれ!?」
「馬が覚醒してる!」
ゴール板──先頭で駆け抜けた。
◇
勝利インタビュー。
「今回の勝因は?」
「ええ……」
白峰は真面目な顔で答えた。
「私が馬だった頃の経験です」
「……はい?」
「駄馬だったので、遅い者の気持ちがわかるんです」
スタジオが静まり返る。
「それと」
白峰は付け足した。
「もしよければ、皆さんも一度、全力で走ってみてください」
「なぜですか?」
「速さの概念が変わります」
◇
G1制覇の翌週。
白峰ユウは、いつものように厩舎にいた。
「……違う」
彼は低く呟いた。
勝った馬──その名は《アストラルライン》。
周囲からは英雄扱いされていたが、白峰の目は曇っていた。
「君、今……慢心しただろう」
「ヒヒン?」
「今の首の角度。天界なら雷に打たれている」
馬は、不機嫌そうに地面を蹴った。
バンッ!
白峰の肩に、馬の頭がぶつかる。
「……殴ったな」
「ヒヒンッ!」
威嚇──いや、明確な挑発だった。周囲の厩務員が凍りつく。
「ちょ、白峰騎手!?」
「下がってください! 馬が荒れて──」
「大丈夫です」
白峰は、静かに上着を脱いだ。
「話し合いましょう」
「話し合いって……」
白峰は拳を握った。
「肉体言語で」
「やめろォォ!!」
◇
最初に動いたのは、馬だった。前脚が振り上げられる。人間なら即死級。
だが白峰は──
「遅い」
ひらりとかわし、腹部に正拳突き。
ドンッ!
「ヒヒィッ!?」
「今の衝撃、どうです?」
「ヒ、ヒヒン……!」
「それが“踏み込み”です」
馬が吠え、後脚で蹴る。白峰は転がり、地面を叩いて立ち上がった。
「いいですね」
白峰は息を整えながら笑った。
「やっと本音でぶつかってくれた」
「ヒヒィィン!!」
二者は──殴り合った。
拳と蹄。理論と本能。
「君は速い!」
「ヒヒン!」
「だが、速さに甘えるな!」
「ヒヒンッ!!」
最後、馬が突進してきた瞬間──白峰は真正面から抱き留めた。
ドスン、と砂煙。沈黙。
◇
「……痛かったですか」
白峰は、馬の額に手を当てた。
「ヒヒン……」
「私もです」
白峰は苦笑する。
「でも、今のでわかりました」
「ヒヒ?」
「君は先週のレースで勝利して、“駄馬の気持ち”を忘れかけていた」
馬は黙り込んだ。
「私はね」
白峰は続けた。
「遅かった頃の自分を、否定し続けて、理解してきたんです」
しばらくして──馬が、そっと白峰の肩に鼻先を乗せた。
「……合格です」
◇
その日以降。
「聞いたか? 白峰が馬と殴り合ったらしいぞ」
「どっちが勝ったんだ?」
「引き分けらしい」
「意味わからん……」
だが。次のレースでも、その次でも──。
《アストラルライン》は、白峰の合図一つで、完璧な踏み込みを見せた。
勝利後、白峰は馬の耳元で囁く。
「殴り合った仲ですからね」
「ヒヒン」
その鳴き声は、どこか誇らしげだった。
──友情とは、必ずしも撫で合うことではない。
時には、拳で確かめ合うものなのだ。
少なくとも、この騎手とこの馬にとっては。
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