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28. 伝説・外伝の続き

いろいろあって、更新が遅れてしまいました…。

すみません…。

まだ、そのいろいろが終わってないので、早く更新できるか、分かりません…。

申し訳ありません…。


 伝説の本編では(かた)られなかった、大妖怪・九尾(きゅうび)の存在…。


 しかし、外伝では、その九尾たちの、思いと行動が(かた)られていた…。


 祖母の絹代から、その話を、初めて聞いた佳奈子は、そんな九尾の姿を、想像する…。


「…それにしても、九尾かぁ…。ウチのバカ先祖(せんぞ)と、九尾に、そんな関係があったなんて…。九尾って、神様に近いって言われるくらい、並外(なみはず)れた力を持ってるんでしょ…?そんな相手に(うら)まれたら、怖いよね…。実際(じっさい)、村は、(おそ)われる一歩(いっぽ)手前(てまえ)だったわけだし…。伊氏(これうじ)が死んだあと、村人たちが、すぐに、子供の妖狐(ようこ)を、解放(かいほう)してくれて良かったよ…。そうじゃなきゃ、村は、(ほろ)ぼされていたかもしれないし…」


 佳奈子は、九尾たちに(ほろ)ぼされた村を想像する…。


 村の、あちこちから(けむり)が上がり、何人もの村人たちが、血を流し、(たお)れている…。


 そして、そんな村の中で、九尾たちは、コーン…!と、()たけびを、()げているのだった…。


「ああ…。子供を解放するのが、少しでも(おそ)ければ、村は、そうなっていただろうね…。そうならないで()んだのは、村人たちが、バカじゃなかったおかげだよ…」


 絹代が、そう、村人たちの話をする。


「えっ…?それって、どういう意味…?」


 佳奈子は絹代に聞く。


「…村人たちは、気づいていたんだよ…。九尾たちが、自分たちの行動を、見ていることに…」


「えっ…?!そうなの…?!」


「ああ…。外伝には、村人たちの話も()っているんだ…。小鬼(こおに)たちが、()き出してきて、村人たちが、その対応(たいおう)に、()われていた時のことがね…」


 絹代はそう言って、話を続ける…。


「…そこには、こう書かれている…。「私たちは、小鬼のほかに、異常(いじょう)な数のキツネたちが、(まわ)りにいる事に気づいた…。しかも、()が、何本もあるキツネたちだ…。そのキツネたちは、殺気のこもった目で、私たちを見ている…」ってね…」


「ああ…、九尾たちが、ブナガヤに言われて、(なぐ)()みするのを、いったん保留(ほりゅう)にして、様子見(ようすみ)を、していた時かな…?」


 佳奈子は、さっき聞いた話を思い出す…。


「ああ、そうだろうね…」


「じゃあ、村人たちは、その時、初めて、九尾たちに(おそ)われるかもって、気づいたんだ…?襲われるギリギリだね」


「いいや…。襲ってくる相手が()かったのは、その時だろうが…、もっと前から、村人たちは、妖怪たちが、襲ってくるだろうって思っていたんだ…」


「えっ…?そうなの…?」


「ああ…。村人たちは、櫻未(さくらび)さまを取り戻しに、天降女(あもれおなぐ)たちが襲ってきた時のことを、ずっと気にしていたんだよ…。伊氏(これうじ)のヤツは、その後も、妖怪たちを、さらい続けたし、きっと、また同じことが起きる…。そう思っていたんだ…」


「そっか…。前例(ぜんれい)があるんだもんね…」


「ああ…。村人たちは、「こんな事がこの先も続けば、いつか、村は、(ほろ)びてしまう…」…そう恐れていた…。そうでなくとも、伊氏(これうじ)のような、やり方を許していたら、この村の、村人たち全員が、悪事(あくじ)加担(かたん)していると思われて、人からも、妖怪からも、反感(はんかん)を買ってしまう…。そして、そのせいで、まっとうな(やつ)らと、よしみを(むす)べないのは、大変な痛手(いたで)だ…。村人たちは、そう思って、なんとかしたいと、悩んでいたんだ…」


「そうだったんだ…」


「ああ…。だから、櫻未(さくらび)さまが、伊氏(これうじ)のヤツを殺してくれて、村人たちは、心底(しんそこ)、感謝したんだよ…。伊氏(これうじ)は、いわば、極悪非道(ごくあくひどう)の犯罪者…。村人たちの、ずっと頭痛(ずつう)のタネだった…。それを取り(のぞ)いてくれたんだからね…」


 絹代は、そう言って話を続ける。


「…とはいえ…、櫻未(さくらび)さまのやった事は、(まぎ)れもなく、復讐(ふくしゅう)のための殺人だ…。今の時代なら、許される事じゃない…」


「えっ…?許される事じゃないって…。…じゃあ、まさか、おばあちゃんは、あの伊氏これうじを、野放(のばな)しにすれば良かったって思ってるの…?何もしない方が良かったって…?…信じられない…!まさか、そんな(ふう)に思ってたなんて…!ひどいよ…!」


 佳奈子は怒る。


「…落ち着きな、佳奈子…。別に、伊氏(これうじ)のヤツを、野放しにすれば良かったなんて、思ってないさ…」


「えっ…?じゃあ…」


「…けどね…、今は、どんな理由があったって、復讐(ふくしゅう)で、人を殺しちゃいけないって、法律で決まってるんだ…。お前も、人を殺すことが、罪になるって、知っているだろう…?」


「そ、それは、もちろん知ってるけど…。でも、櫻未(さくらび)さまは、あんなにひどい目に()ったのに…」


「…あのね、佳奈子…。もしも、復讐(ふくしゅう)が、許される社会に、なっちまったら、大変なことになるんだよ…。一体、どんなことになるのか、お前は、ちゃんと()かっているかい…?」


「えっ…?どんなことに…?…えっと…、それは…」


 佳奈子には、うまく想像することが出来なかった…。


「…復讐(ふくしゅう)ってのはね…、さらなる復讐を呼ぶんだよ…。やられたら、やり返すって()り返してるうちに、関係のない、(まわ)りのヤツらまでもが、()()まれるようになる…。すると、関係のなかった、そいつらまでもが、復讐に走りだすかもしれないんだ…。そうなれば、復讐は、永遠に終わらないどころか、あちこちで、(おこな)われるように、なるかもしれない…」


 絹代は、(むずか)しい顔でそう言って、話を続ける…。


「…そうして、あちこちで、暴力が(おこな)われるようになれば、暴力が日常化(にちじょうか)して、(あらそ)いはエスカレートしていく…。すると、治安(ちあん)は、どんどん悪くなる…」


 絹代は、怖い顔で、さらに話を続ける…。


「そうして、治安が悪くなりすぎて、取り()まれないほどに、犯罪が増えちまえば、法を無視するヤツらも出てくるだろう…。そうやって、町が無法(むほう)状態(じょうたい)になっちまえば、ますます犯罪は増えるし、食料や、生活品が、必要な人に(とど)かなくなって、しまいにゃ、経済活動も()まっちまうかもしれないんだ…。…復讐を認めるっていうのは、そういう危険なことなんだよ…」


「………」


 佳奈子は、まさか、そんな事になるなんて…、と、何も言えなくなる…。


「…しかも、過去に起きた復讐(ふくしゅう)の中にはね…、ウソのウワサを信じちまったヤツらが、まったく、罪のない人間を、殺しちまった例もあるんだ…」


「えっ…?!罪のない人を…?!」


「ああ…。…人間は、(うら)みなんかの感情が強すぎると、無意識(むいしき)偏見(へんけん)や思い()みが起こるのさ…。そのうえ、感情が高ぶりすぎると、冷静に情報を判断できなくなるんだよ…。だから、感情で人を(さば)くってのは、すごく危険なことなのさ…」


(………。…確かに…、怒りに心が支配(しはい)されてたら、冷静でなんかいられない…。けど、そのせいで、(まった)く罪のない人を(きず)つけちゃうなんて、絶対ダメだ…)


 佳奈子は、復讐(ふくしゅう)(おそ)ろしさに気づいた…。


「そんな恐ろしいことにならないように、復讐は、禁止されているのさ…。そして、そんな復讐が、起こらないように、法律や、制度が作られてきたんだ…。悪いヤツらが、公正(こうせい)(さば)かれて、被害(ひがい)()った人たちが、救済(きゅうさい)されるようにね…」


 絹代は、そう言って、話を続ける…。


「ほかにも、復讐じゃない、別の解決策(かいけつさく)を、考えられるように、人権(じんけん)や、多様性(たようせい)を学ぶ教育も、進められている…。そんな(ふう)に…、復讐の連鎖(れんさ)が起こらないように、いろんな取り組みがされているのさ…。そういう対策はね、復讐が、(おおやけ)に、認められていた時代から、考えられてきたんだよ…」


「えっ…?!復讐が(おおやけ)に認められていた…?!そんな時代があったの…?!」


 佳奈子は驚く。


「ああ…。復讐ってのはね、近代的(きんだいてき)法治(ほうち)国家が出来るまでは、結構(けっこう)、いろんな国の社会に、根付(ねづ)いていたんだ…。日本もそうさ…」


「えっ…?!日本も…?!」


 佳奈子には、初耳(はつみみ)だった…。


「ああ…。江戸時代なんかは、復讐は、仇討(あだう)ちって呼ばれていて、一定の条件を()たせば、(おおやけ)に許可されていたんだよ…。…ちなみに…、仇討ち(あだうち)()たした者に対して、()たれた(がわ)の関係者が、さらに復讐をすることを、「重敵(かさねがたき)()ち」っていうんだが…、それは禁止されていた…。…まぁ、禁止されても、それをやっちまったヤツらは、いたらしいがね…」


「………」


「昔の江戸幕府も、復讐の連鎖(れんさ)(ふせ)ごうと、努力はしていたみたいだ…。けど、完全には(ふせ)げなかった…。復讐を認めていた(ぶん)、なおさらね…」


「………。…ねぇ、おばあちゃん…、どうして昔は、そんな復讐を、(おおやけ)に認めていたの…?復讐は連鎖(れんさ)していくって、()かっていたんだよね…?」


 佳奈子は聞く。


「ああ…。もちろん、()かっていたさ…。だからこそ、「重敵(かさねがたき)()ち」は禁止されていた…。…けど、昔は、今みたいな、しっかりした法律や、制度(せいど)が、まだなかったんだ…。その事が、仇討(あだう)ちが、認められていた事と、大きく関係してるって言われているよ…」


 絹代は、そう説明する。


 しかし、佳奈子は…、


「…制度(せいど)が、まだなかった…。…制度…。…え~っと…、ごめん、おばあちゃん。話を()るみたいで悪いんだけど…、制度って、どういうのだっけ…?法律は()かるんだけどね…?…なんか、制度がどういうのだったか、うまくイメージできなくって…」


 佳奈子は、苦笑(にがわら)いしながら、絹代に聞く…。


「ん?学校で(おそ)わってないのかい…?」


「えっ?!…う~ん…。教わったような…、そうじゃないような…。制度って言葉自体(じたい)は、よく聞くんだけど…」


「言葉を知ってるなら、教わっているはずさ。聞いたのが昔すぎて、忘れちまったってヤツは多いだろうが…、お前は、現役(げんえき)の学生だろう…?まったく、お前は、ど(わす)れが多いねぇ…」


「うっ…!そうかも…」


「はぁ…、説明するから、ちゃんと思い出しな。制度(せいど)っていうのはね、その法律を、どこで、どんな(ふう)活用(かつよう)して、その責任(せきにん)が、どこにあるのか、ってのを、具体的(ぐたいてき)に決めた、仕組(しく)みのことさ。…思い出したかい…?」


「…う~ん…。やっぱり思い出せない…。…その仕組みって、どういうことをいうの…?なにか(れい)()げてみてくれない…?」


「例…?そうだねぇ…。…たとえば、交通事故を()こすのはダメだっていう、法律を作ったとするだろう…?それで、その事故を(ふせ)ぐための対策や取り組みが、制度って呼ばれるんだよ…。たとえば、信号機(しんごうき)標識(ひょうしき)なんかを設置(せっち)して、安全な道路環境を作るのがそれだね…。あと、安全な車を評価して、普及(ふきゅう)させるのもそうだ…。それに、交通安全教育を実施(じっし)するのもそうだし…、運転免許制度を充実(じゅうじつ)させるのもそれだね…。そういうのも全部、制度の中に(ふく)まれるんだよ…。法律の目的を達成(たっせい)するための、具体的な仕組みだね」


「おお~!なるほど…!そういうことか~!うん…!わかったよ…!」


「やっと思い出したかい…。つまり、法律だけがあってもダメだし、制度だけがあってもダメなんだ…。両方がしっかりないとね…。…だけど、昔は、その法律も、制度も、今ほど、しっかりは、してなかったんだ…」


「?それはどうしてなの…?昔だって、世の中を良くしたいって思って、法律を考えてる人たちは、いたんだよね…?」


 佳奈子はそう、疑問に思う。


 …昔だって、法律はあったんだし、それを作ろうと考えている、頭のいい人や、正義感の強い人たちは、いたはずなのに…、と。


「…法律と制度を(ととの)えるってのはね、簡単(かんたん)なことじゃないんだよ…。問題が起きないように、綿密(めんみつ)な準備が必要になる…。まぁ、なかには、比較的(ひかくてき)、早くに、整備(せいび)が出来るものも、あるんだが…。大抵(たいてい)の法制度は、整備するのに、長い時間と、膨大(ぼうだい)な費用がかかる…。それと、専門的な知識を持った、優秀な人材も、大量に必要になる…。だから、世の中に、法律や制度を、根付(ねづ)かせたいと思っても、そう簡単には、いかないのさ…」


「…そういうことかぁ…」


「ああ…。だから、今の発展(はってん)途上国(とじょうこく)なんかで、水道や電気なんかの、インフラが(ととの)っていないからって、「その国にはバカしかいないんだ」、とか、「正義感のあるヤツがいないんだろう」、なんて思うのは、偏見(へんけん)だからね。…けどまぁ、国民を思う、正義感に()けてる権力者、ってのは、わりと、どこにでも、いるんだけどね…」


 絹代は、そう言って、ため息をつく…。


 ちなみに、発展(はってん)途上国(とじょうこく)とは、今でいう、開発(かいはつ)途上国(とじょうこく)のことである。


 1970年ごろは、その呼び方がされていた。


「…そっか…。法律と制度を(ととの)えるのは、大変なことなんだね…」


 佳奈子は、今まで、あまり考えた事がなかった…。


「ああ。日本の江戸時代だってそうさ。正義感のある天才はいた。…けど、財政的(ざいせいてき)な問題があったり、必要な人材が()りなかったり、権力者たちの協力や、理解が()られなくて、法制度(ほうせいど)を、十分(じゅうぶん)(ととの)えることが出来なかったんだ…。世の中を良くしたいって思っていても、それが出来なくて、(くや)しい思いをしていたんだよ…」


「…そっか…」


「だから、昔は、法律はあっても、制度が、十分(じゅうぶん)(ととの)ってなくて、法律がうまく機能(きのう)してない…、法律の力が(およ)ばない…、っていう、場所や状況(じょうきょう)が、今とは、けた違いに多かったのさ…」


 絹代はそう言って、難しい顔で話を続ける…。


「そのせいで、昔は、法律じゃ(さば)くことが出来ない、悪いヤツらが、たくさんいた…。そして、当時の公権力(こうけんりょく)じゃ、処罰(しょばつ)できない、そんなヤツらを、なんとかするために、被害者(ひがいしゃ)の関係者たちに、処罰を委託(いたく)する形で、仇討(あだう)ちが、認められていたんだよ…」


「…なるほど…。そういう背景(はいけい)があったんだ…」


「ああ…。そんな(ふう)に、江戸時代ですら、法制度が十分(じゅうぶん)機能(きのう)してなかったんだ…。それよりもずっと前の、櫻未(さくらび)さまが、この地にいた、千年以上前なんか、今とは(くら)べ物にならないくらい、法制度が、機能していなかった…」


 絹代は難しい顔をしたまま、話を続ける…。


「つまり当時は…、公権力(こうけんりょく)が、被害(ひがい)()ってる人間を、助けてくれることなんか、ほとんどなかったんだ…。だから、千年以上前は、自分たちの被害は、自力(じりき)で解決する以外なかった…。助けてくれる人が、誰もいないんだからね…。それ以外に、秩序(ちつじょ)を守る方法がなかったんだよ…」


 絹代は難しい顔で、さらに話を続ける…。


「しかも、当時は身分制度があったし、人権や、多様性を、考えるような教育なんか、ほとんどなかった…。…そんな社会を、想像してごらん…?いくら呼んでも、警察(けいさつ)は来てくれない…。(あらそ)いを、公平(こうへい)(さば)いてくれる、裁判所(さいばんしょ)もない…。学校もないから、みんな、ほとんど教育を受けてない…。…そんな時代の人間たちの、正義ってのは、今のアタシたちとは違うのさ…。…だから、そういう時代には、復讐は、正義として、認められる場面も、少なくなかった…」


「………」


 佳奈子は、…確かに、そんな世の中だったら、復讐は絶対ダメ…!って、言ったとしても、多くの人たちは、理解してくれないかも…、と思った…。


「そして、そんな時代だったから、櫻未(さくらび)さまがやった復讐も、当時は、正義だって、みなされたんだよ…」


「…正義…」


「ああ…。…伊氏(これうじ)のような、残虐(ざんぎゃく)非道(ひどう)の人間が、罪の意識もなく、のうのうと生活している…。大勢(おおぜい)の者たちが、ヤツに(しいた)げられているのに、誰も助けてくれない…。ヤツを(さば)いてくれる者が、いない…。ヤツの被害(ひがい)を、放置(ほうち)(つづ)ければ、社会全体の安全が、ずっと(おびや)かされ続ける…。そして、社会の秩序(ちつじょ)を取り戻すための方法が、ヤツに復讐する以外ない…。…そんな状態だったから、櫻未(さくらび)さまの復讐は、報復的(ほうふくてき)正義(せいぎ)だって、みなされたんだ…」


「………」


「…だが、勘違(かんちが)いするんじゃないよ佳奈子。今と昔じゃ、環境が(まった)く違うんだ。今は、復讐をする以外にも、いろんな問題の、解決法がある…。それなのに復讐を選ぶって事は、社会全体の安全を、(おびや)かすことに、つながりかねない…。だから、復讐は禁止されている…。そこを、はき違えるんじゃないよ…!」


「…うん…。…わかったよ、おばあちゃん…」


 佳奈子は、真剣(しんけん)に、(うなず)いた…。


「…そうかい…。…わかってくれて、よかったよ…」


 絹代はそう言って、(おだ)やかに笑った。


「…おばあちゃん…。さっきは、ごめんね…、怒っちゃって…。私…、復讐の怖さを、ちゃんと()かってなかった…。おばあちゃんは、それが分かっていたんだね…。…それに、櫻未(さくらび)さまだって、もしも自分のせいで、みんなが、復讐はいいことだ、なんて思うようになっちゃったら、きっとイヤだって思うよね…」


 佳奈子は、そう思った…。


「ああ…、そうだろうね…。…櫻未(さくらび)さまは、「罪のない妖怪たちを、自分のような目には、()して()わせるな」…そう、おっしゃった…。それは、「妖怪たちを奴隷(どれい)にするな」って意味があるのは、もちろんだが…、きっと、「自分のようには、復讐で、手を(よご)したり、させるな」…そういう意味もあったんだろう…」


「えっ?!そうだったの…?!」


 佳奈子は、今まで、そのことに気づかなかった…。


「ああ…、たぶんね…。伝承の中にあるのさ…。伊氏(これうじ)を殺した櫻未(さくらび)さまは、ちっとも、気が晴れた顔を、していなかったってね…。それどころか、恐ろしく暗い目をしていたって…。外伝には、奴隷にされる前の櫻未(さくらび)さまを、知っている妖怪の話も()ってるんだが…、櫻未(さくらび)さまは、復讐で誰かを殺すなんて、絶対にしないような、やさしい心の方だったそうだ…。それなのに、復讐に手を()めて、さぞかし、お(つら)かっただろう…。きっと、実際に復讐をしてみて、その後味(あとあじ)の悪さを知ったから、他の妖怪たちには、そんな事は、してほしくはないって、思ったんだろうね…」


「そっか…」


「だから、櫻未(さくらび)さまのような、(つら)い思いをする人を()まないように…、被害(ひがい)()った人が、自分で復讐なんか、しなくても()むように…、平和な世界を、作っていかなきゃいけないよ…」


「…うん…。そうだね…」


 佳奈子は、今、心から、世界が平和になってほしい…、と、思った…。


「…ねぇ、おばあちゃん…、今って、昔と(くら)べたら、ずっと平和な世界になってるよね…?櫻未(さくらび)さまも、喜んでくれているかな…?」


「ああ…。きっと喜んでいらっしゃるさ…。櫻未(さくらび)さまはもちろん、櫻未(さくらび)さまを、最初に、神として(あが)め始めた、村人たちも、きっとね…」


「えっ…?村人たちも…?」


「ああ…。さっきも言ったが、伝承があった時代…、村人たちは、伊氏(これうじ)のヤツに虐待(ぎゃくたい)されて、仕方(しかた)なくヤツに(したが)っていた…。だが、その間も、村人たちは、伊氏(これうじ)のやる事が、(まわ)りから反感(はんかん)を買うのは、当然だって思っていたし、そのせいで、復讐に(おび)える日々は、もうイヤだって思っていたんだ…。平和が()しいって、(ねが)っていたんだよ…」


 絹代はそう言って、話を続ける…。


「だから、櫻未(さくらび)さまが、伊氏(これうじ)のヤツを殺してくれて、そのうえ、「罪のない妖怪たちを、自分のような目には、()して()わせるな」…そう言ったとき、村人たちは、「これは…、平和を手に入れるための、チャンスだ…!」…そう思ったそうだ…。「この機会(きかい)を、(のが)す手はない…!」ってね…。だから、村人たちは、喜んで、櫻未(さくらび)さまの(めい)に、(したが)うことにしたんだよ…」


「?なんでそれが、平和を手に入れるためのチャンスなの…?」


 佳奈子には、よく分からなかった…。


「ん?だって、その当時、村は、伊氏(これうじ)のせいで、人からも、妖怪からも反感(はんかん)を買っちまっていて、信用も失墜(しっつい)していたんだよ…?伊氏(これうじ)が死んだとはいえ、一度、(うしな)っちまった信用ってのは、なかなか取り戻せるものじゃない…。だから、その信用を取り戻すために、村人たちは、櫻未(さくらび)さまを、神として(まつ)り、信仰(しんこう)しようって考えたんだ…。そうすることで、「自分たちは、思いやり深い、櫻未(さくらび)さまの教えを、熱心に守る、思いやりを持った人間に、生まれ変わったんだ…!」…そう、周りにアピールしようとしたのさ…。そうやって、自分たちの信用を、取り戻そうとしたんだよ…。平和を手に入れるために…」


 絹代は、そう解説する…。


 しかし、佳奈子は…、


「…あ、あれっ…?信仰(しんこう)って、そういうものだったっけ…?なんか、下心(したごころ)みたいなのを、すごく感じるんだけど…。いや、平和を求めるのが、下心かって言われたら、何とも言えないんだけどね…?でも…、それってなんかさ…、悪い人たちが、(まわ)りから疑われないように、どこかから、神父さんや、シスターの服を手に入れて、それを着て、空港(くうこう)のチェックを通り()けようって、考えるのと、おんなじような気が…」


 そう思った佳奈子の頭には、その村人たちのイメージが浮かんだ…。


 ババーン…!っと、それまで着ていた服を、(いきお)いよく()()て、神父さんとシスターの格好(かっこう)になった、村人たちの姿(すがた)が…。


 そして、村人たちは…、


「ワタシたちは~、神様の敬虔(けいけん)信徒(しんと)に~、う、ま~れ変わりマシタ~!アナタは~、神を~信じマスカ~?」


 そう、おかしな日本語で話しだす…。


(…(あや)しい…!怪しすぎる…!これって、悪い人たちの、やり(くち)と、そっくりじゃない…?!)


 佳奈子は、そう思った…。


 そして、佳奈子は、ある事に気づいてしまった…。


(はっ…!そうだ…!悪い人たちが、神父さんやシスターのフリをするのは、みんなが、神父さんたちに、「信頼(しんらい)できる人」っていうイメージを持ってるからだ…。悪い人たちは、それを利用しようとした…。そして、みんなが信頼するイメージの中には、平和な町や、国も入るんだ…)


 佳奈子は、そう気づいた…。


(…だから、悲しい事だけど、平和な国に住みたいって考えてるのは、本当に平和を、愛している人たちだけじゃない…。平和な国に対して、みんながもってる、誠実(せいじつ)さや、信頼なんかのイメージを、悪いことに利用したい、って考える、悪者(わるもの)たちだっているんだ…。…もしかして、村人たちも、それと、おんなじだったんじゃ…?!)


 佳奈子の心に、村人たちへの、(うたが)いの気持ちが芽生(めば)え始めた…。


「…ねぇ、おばあちゃん、まさか、村人たちが、実は、悪い人たちだった…、なんて、オチはないよね…?!」


 佳奈子は、不安になって、確認をせずに、いられなくなる…。


 自分の頭に浮かんだ、村人たちのイメージが、あまりにも、悪い人たちの行動と、()て、見えてしまったが(ため)に…。


「あ?村人たちが、悪いヤツ…?…そんなオチ、あるわけないだろ…?そもそも、村人たちは、なにも、悪いことをしようとして、そんな事をしたわけじゃない…。実際、その後、村人たちは、櫻未(さくらび)さまの教えを、しっかり守って、信仰したしね…。その教えを広めようと、布教(ふきょう)だってしたんだから…」


「いや…、布教(ふきょう)をしたのは、自分たちの保身(ほしん)(ため)だって(ふう)にも、とれるんじゃ…」


 …普通、まともな宗教が、布教を(おこな)う目的は、多くの人々の(ささ)えとなり、人々に、救済(きゅうさい)をもたらすため…とされている…。


「…あのね、佳奈子…。村人たちは、どうしても平和な生活が()しかったんだよ…。だが、平和な生活を送るためには、経済的な安定が必要になる…。村人たちは、そう()かっていたのさ…。だから、そのために、信用が欲しかったんだよ…」


「平和な生活のためには、経済的な安定が必要…?そうかな…?貧乏(びんぼう)だって、幸せには、なれるよね…?つつましやかな幸せって、よく言うじゃない…?」


 佳奈子はそう思う…。


 だって、佳奈子は今、お金持ちの祖母の家で()らしているが…、4年前までは、東京で、わりと、ビンボーに暮らしていたのだ…。


 けれど、ビンボーながらも、家族みんなで、楽しく暮らし、幸せだった…。


「は~い…!今日のごはんは、たい焼きの野菜いためよ~?!」(母)


「わ~い…!今日もだ~!」(佳奈子)


 こんな(ふう)に…。


 ちなみに、佳奈子は、この料理が大好きだったが、学校の遠足(えんそく)で、お弁当のおかずとして持って行ったときには、周りから、かなり驚かれた…。


 佳奈子が、そんな(ふう)に、ビンボーながらも、楽しい生活を思い出していると…。


「…それは、ある程度までの貧乏だよ…。その日の食べる物もない、貧困(ひんこん)って呼ばれるくらいにまで、貧乏になっちまえば、幸せだなんて、とても言ってられないさ…」


「あ、それは、たしかに…」


「…(まず)しくて、生活が、しんどすぎるぐらいにまで、なっちまえば、昔も、「百姓(ひゃくしょう)一揆(いっき)」や、「()ちこわし」なんかが、起きただろう…?だから、そういう争いを起こさない為にも、経済の安定は、必要なのさ…」


「そっか…」


「そしてその為には、村の外のヤツらと交易(こうえき)をして、利益を得る必要があった…。他にも、塩みたいな、村では手に入らない、生活に必要な品を、村の外から、手に入れる必要もあったしね…」


「塩…。そっか…。生きていくためには、塩は絶対に必要だもんね…。…あ、でも、それまでだって、塩は必要だったはずでしょ…?ってことは、もうすでに、村の外の人と、交易(こうえき)をしていたんじゃないの…?」


 塩が、村で手に入らないのなら、そうしていたはずだ…、と佳奈子は気づく。


「ああ。交易はしていたみたいだね。だけど、それはね、伊氏(これうじ)が気に入っていた、悪徳(あくとく)商人と、だったんだよ…」


「悪徳商人…?!それって、法外(ほうがい)な値段で商品を売りつけたり、偽物(にせもの)を売りつけたり、強引(ごういん)に、すごい安値(やすね)で、品物(しなもの)を、買い取ろうとする人たちの事でしょ…?!なんで、そんな人たちと、交易なんかしてたの…?!」


 佳奈子は驚く。


「…村人たちだって、別に好きで、そんなヤツらと交易(こうえき)していたわけじゃないさ…」


「じゃあ、どうして…」


「…伊氏(これうじ)のせいだよ…」


「えっ…?!」


「…アイツはね、村の外から来た、旅商人(たびしょうにん)や、旅芸人(たびげいにん)であろうとも、気にいらないと、(つか)まえて、人買いに売ることがあったのさ…」


「なっ…?!」


「だから、まっとうな商人たちは、怖がって、村に近づかなく、なっちまっていたんだ…。まっとうな商人が来ないんだから、悪徳商人と()かっていても、そいつらと交易するしかない…。そして、悪徳商人たちも、それが分かっていた…。だから、村人たちに、えらい高値(たかね)をつけて、商品を売りつけてくるし、村人たちの品を、とんでもない安値やすねでしか、買い取らない…。村人たちの中には、伊氏(これうじ)が、いない時代を知ってるヤツもいたから、それが普通の事じゃないって分かってはいたが、どうする事も出来なかったんだ…。だから、村人たちは、早く、まっとうな商人たちと、取引できるようになりたい…、って願っていたんだよ…」


「…そうだったんだ…」


「ああ…。だが、伊氏(これうじ)がいなくなったからって、すぐに、まっとうな商人たちが、来てくれるわけじゃないって、村人たちは気づいていたのさ…」


「?どうして…?伊氏(これうじ)はいないのに…」


「それはね…、(つか)まるのを(のが)れた、旅芸人たちが、仲間を売られたことを(うら)んで、村の悪いウワサを流していたからさ…。あの村の連中は皆、誰彼構(だれかれかま)わず、(おそ)いかかってきて、暴力をふるう、極悪非道(ごくあくひどう)のヤツらだ、ってね…。そのウワサのせいで、ここの村人たちは、(まわ)りの村から、反感(はんかん)を買っちまっていたのさ…」


「うわぁ…。村人たちは、そんな事はしてないのに、そんな(ふう)に言われてたんだ…。ウソのウワサって、怖いね…」


「ああ…。ほんとにね…。当時の村人たちの心痛(しんつう)を思うと、心が(いた)むよ…」


 絹代は、そう言って、(いた)ましそうな顔をする…。


 …ちなみに、佳奈子が起こした、あの「ミノムシ事件」のウワサ…。


 あの事実と(こと)なる、(ゆが)められたウワサには、絹代も、少し関係している…。


 まぁ、絹代は、孫の佳奈子が、世間から()められないようにしたい、と思っただけで、具体的にウワサの指示を、したわけではないし、山崎と山田を、()()めようと、思ったわけでもないのだが…。


 ただ、あの事件によって、深刻(しんこく)風評被害(ふうひょうひがい)を、受けることになるかもしれない…!…と、怒ってしまった、八乙女(やおとめ)一門(いちもん)たちが、ウワサで、彼らに報復する事を考えたのは間違いない…。


 それと…、絹代は、佳奈子への処分(しょぶん)(おも)かった場合、賄賂(わいろ)(おく)ってでも、その処分を変えようと考えていたが…、賄賂(わいろ)というものが、社会に横行(おうこう)してしまうと、不正が多くなって、公正(こうせい)な取引が出来なくなり、社会が腐敗(ふはい)していくことは、(みな)の知るところである…。


 そして、そんな事をしていると、平和な世界からは、どんどん(とお)のいていくのだが…。



「まったく…!そんなウワサを流されちゃ、たまったもんじゃないね…!…だが、村人たちは、そんな事はしなかったんだが…、伊氏(これうじ)のヤツは、しょっちゅう、村人たちに虐待(ぎゃくたい)をしていた…。だから、この村に、来たり、住んだりすれば、暴力を受ける事に、変わりはなかったんだ…。そして、そんな村になんか、(よめ)婿(むこ)として、来たがるヤツは、いないのさ…」


 絹代は、そう怒りながら言う。


「あ、それはそうだよね…」


 佳奈子も、その状況を思い浮かべる…。


「ちなみに、お前も知っているだろうが…、血縁(けつえん)の近い者どうしで結婚すると、生まれてくる子供に、身体的(しんたいてき)異常(いじょう)(あらわ)れる事が多い…。それは、昔のヤツらも()かっていたんだ…。だから、血が()くなりすぎないように、(となり)の村から、(よめ)婿(むこ)をもらうことは、よくあったんだよ…。…だが、そのウワサのせいで、この村は、それが出来なく、なっちまっていたってわけさ…」


 …ちなみに…、当時の村人たちが暮らしていた、千年前の平安時代…。


 その時代は、「一夫(いっぷ)多妻制(たさいせい)」だったと、思っている人が多いと聞くが…、それは誤解(ごかい)である。


 実際は、「一夫(いっぷ)一妻制(いっさいせい)」が原則(げんそく)で、誰しも、正妻(せいさい)は一人だけだった。


 ただ…、正妻(せいさい)以外の女性…(しょう)と、関係を持つことを、容認(ようにん)する文化があったのである。


 なので、平安時代は、「一夫いっぷ一妻(いっさい)多妾制(たしょうせい)」と、呼ばれることも多い。


 それと、当時、正妻(せいさい)と、(しょう)との待遇(たいぐう)には、大きな差があった…。


 正妻との間に生まれた子ども…(嫡子(ちゃくし))と、(しょう)との間に生まれた子ども…(庶子(しょし))とには、その(あつか)いにも、大きな差があったそうである…。


 また、平安時代は、(おも)に、男性が女性の家に入って生活する「婿入(むこい)(こん)」が一般的であった。


 ただ、現在のような、女性が男性の家に入る「嫁入(よめい)り婚」も、一部では見られたようである。



「そっかぁ…。そんなウワサがあったんじゃ、もし、(となり)の村とかに、ステキな人がいて、その人と、村人たちが、仲良くなりたいって思っても、(むずか)しいよね…。そんな、極悪(ごくあく)非道(ひどう)だって言われてる人を、警戒(けいかい)しない方が、おかしいし…」


 人や、物事(ものごと)を、偏見(へんけん)で見るのは、よくないが…、とても危険だと言われているものに対して、(まった)く警戒をしないのは、不用心(ぶようじん)()ぎるだろう…。


「…そっか…。だから、村人たちは、そんなに信用が()しかったんだ…」


 佳奈子は、やっと理解した…。


「ああ…。(まわ)りと、平和な関係を作るにはね…、お(たが)いの信頼…、約束なんかをした時に、それを守ってくれる、誠実(せいじつ)な相手かどうか、って事が、すごく重要になるんだよ…」


 絹代はそう言って、話を続ける…。


「今だって、国の経済を発展(はってん)させるためには、国内外(こくないがい)からの、投資(とうし)が不可欠だ。それに、貿易を活発にする必要もある。そして、そのためには、貿易先(ぼうえきさき)の国が、宗教とかの対立や、暴力が少ないこと。約束を守ってくれる、誠実(せいじつ)な国だってこと。そういうのが、重要になってくるんだ。そういう国は、安心して取引きが出来るから、投資家たちや、商人たちにとって、魅力的(みりょくてき)で、多くの金が、集まってくるのさ。だから、安心できない、信頼(しんらい)できない国や店には、金は集まらないのさ。…まぁ、そこに、魅力的な、資源(しげん)でもある、っていうんなら、話は別だけどね」


「なるほど~」


「だから、それが()かっていた村人たちは、(まわ)りの村からの、信用が()しかったんだ…。…とてもね…。…当時の村人たちが、どれほど、平和を望んでいたか…、それが、伝承(でんしょう)には、しっかりと(のこ)されているんだ…。村人たちの、悲痛(ひつう)な思いがね…」


「あ、そうなんだ…?」


「ああ…。伝承には、こうある…。「隣村(となりむら)と、まっとうに商売をして、もっと魚が食べたい…」ってね…」


「魚…?」


「ああ。ここは、内陸(ないりく)だからね。魚は、手に入りずらかったんだ。平安時代なんかは、魚は、めったに食べられない、ごちそうだったんだよ」


「へぇ~。そうだったんだ…」


「それに、伝承には、こうも書かれている…。「隣村(となりむら)の、うまい、酒粕(さけかす)()しい…。それで作った、「糟湯酒(かすゆざけ)」が飲みたい…」って…」


「かすゆざけ…?かすゆざけ、って、なぁに…?おばあちゃん」


「ん?ああ…。「糟湯酒(かすゆざけ)」っていうのはね、酒粕(さけかす)を、お()()かして作った、代用酒(だいようざけ)のことさ。その当時、酒は貴重品(きちょうひん)でね…。庶民(しょみん)たちは、酒なんて、めったに、口にすることが出来なかった…。だから、(まず)しい庶民(しょみん)たちは、比較的(ひかくてき)、安く手に入る酒粕(さけかす)を使って、その「糟湯酒(かすゆざけ)」を作っていたんだ。そして、それを、塩をなめながら、すすって飲んでいたんだよ…。「糟湯酒(かすゆざけ)」は、アルコール度数が低いから、()うためっていうよりも、寒い夜、体を温めるために、飲んでいたみたいだね…。当時の人間にとっちゃ、「糟湯酒(かすゆざけ)」は、寒さをしのぐための希望だった…、って(ふう)に言われているよ…」


「ふぅ~ん…。そうだったんだ…。…昔は、おさかなも、めったに食べられないし、ココアみたいな飲み物もなかったんだね…。村人さんたち、大変だっただろうな…」


 佳奈子は、当時の、(きび)しい生活を想像する…。


「ああ…。当時の村人たちは、日々、(なげ)いていた…。だから、伝承には、さらに、こうも書かれている…」


「あ、まだ、続きが、あるんだ…?」


「ああ…。…年頃(としごろ)の村人たちは皆、悲しんでいた…。「…なんで、この村には、ブサイクしか、いないんだ…」…ってね…」


「…えっ…?ブサイク…?」


「村の、若い(むすめ)たちは、みんな思っていた…、「アタシは…、隣村(となりむら)から、やさしくて、カッコいい~、お婿(むこ)さんが、もらいたいっ…!…ってね…」


「え…」


「そして、村の、若い男たちも、みんな思っていた…、「オラは…、隣村(となりむら)の、やさしくて、かわいい~、()の所に、婿入(むこい)りがしたいっ…!」…ってね…」


「ええっ…?!昔の村人、みんな面食(めんく)い…?!」


 佳奈子は驚く。


 ちなみに、面食(めんく)いとは、顔立ちのよい人ばかりを好むことである。


 今でいう、ルックス重視(じゅうし)の人とか、イケメンや美人を(この)む人が、それにあたる。



「いや、別に、面食(めんく)いが、悪いとは言わないよ?!そういう夢や、(あこが)れをもつのは、全然、悪い事じゃないし…!でも、人は、外見(がいけん)じゃなくて、中身だと思うよ…?!中身…!見た目じゃないって…!」


 佳奈子はそう、主張する。


「ま、つまりだ…、村人たちには、そういう事情があったのさ。だから、村人たちが、櫻未(さくらび)さまを神として(まつ)ったのは、ただの恐れや、感謝の気持ちだけじゃなかったんだ…。村人たちの思惑(おもわく)が、(おお)いに関係していたんだよ。…()ったかい?」


 絹代は、そう、佳奈子に確認をする。


「…よ~く分かりました…」


「そうかい。それなら良かったよ。…あ、それとね…、村人たちは、自分たちと、櫻未(さくらび)さまとの約束を、キツネ族たちが、聞いていることにも気づいていたんだ…」


「えっ…?そうなの…?」


「ああ。だから大声で…「みんな…!櫻未(さくらび)さまのご命令は聞いたな…?!一刻(いっこく)も早く、ご命令に(した)わなければ…!みんな…!すぐに()らわられている、妖怪たちを、解放(かいほう)しに行くぞ…!おお~っ!」…ってな具合(ぐあい)に、急いで、解放に向かったのさ…。村人みんなで、「妖怪たちを、解放しよう…!」「妖怪たちを、解放しよう…!」って、大声で(さけ)びながらね…。そうやって、キツネ族たちに、知らせながら、(いそ)がないと、自分たちが(おそ)われるって、みんな気づいていたんだね…」


「………。…なんだろう…。なんだか(むね)が、モヤモヤする…」


「そうして、キツネ族の子供を解放した村人たちは、その子供に、村で一番の、着物と食べ物を(ささ)げた…。そして、その子供を、輿(こし)に乗せて運んだんだ…」


「………」


 佳奈子の頭には、その時の情景(じょうけい)が思い浮かんだ…。


 (とら)われている、子供の妖狐(ようこ)(もと)へと、()けつけてくる村人たち…。


妖狐(ようこ)さま…!ご無事ですか…!今まで、お助けできなくて、申し訳ございません…!」


「妖狐さま…!お(さむ)くはございませんか…?!どうぞ、この着物をお()しになってください…!」


「お(なか)()いては、いらっしゃいませんか…?!どうぞ、こちらを、()し上がってください…!妖狐さま…!」


「すぐに、ご家族の(もと)へ、お()(いた)しますね…!妖狐さま…!」


「妖狐さま…!!!」


(…きっと、こんな感じだ…)


 佳奈子は、そう思った…。


「すると、そこへ九尾たちが(あらわ)れた…。村人たちは、彼らに土下座(どげざ)して(あやま)って、丁重(ていちょう)に、子供を帰したそうだ…。村人たちの、必死の謝罪(しゃざい)を受けて、キツネ族たちは、なんとか溜飲(りゅういん)が下がって、なにもせずに帰ってくれた…、というわけさ…」


 絹代は、そう言って、話を続ける…。


「…ついでに言うと、九尾たちは、本当に、ただ子供を、無事に返して()しかっただけだった…。村人たちに対して、虐殺(ぎゃくさつ)したいほどの、積年(せきねん)(うら)みが、あったわけでもないし…、(あらそ)いをわざと起こして、何かの利益が、欲しかったわけでもない…。そして、村人たちも、きっと、そうだろうと思っていたのさ…」


「ふ~ん…。なんで村人たちは、他の可能性が、ないって思ったんだろ…?」


 佳奈子はそう疑問に思う。


「…当時の村は(まず)しくて、特産品どころか、価値のあるものなんか、他に、な~んにも、なかったからだよ…」


「あ、なるほど…。(ねら)われる理由は、他には、なかったわけか…」


「ああ。そういうことさ。…それとね…。世の中じゃ、場合によっちゃ、相手に、あんまり下手(したて)に出たり、(あやま)ったりしちまうと、自分たちが大きな不利益(ふりえき)(こうむ)ることもある…。相手によっちゃ、それが()かっていて、わざと難癖(なんくせ)をつけてきて、(あやま)らせようと、してくる場合もあるしね…」


「えっ…?!そうなの…?!」


「ああ。…だが、このケースは、そうじゃない…。だから、それを()かっていた村人たちは、九尾たちに、ちゃんと子供を返して、ひたすらに、平謝(ひらあやま)りをして、なんとか許してもらえたんだ…。そこまで関係が、こじれていなかったからこそ、すぐに和解(わかい)が出来たのかもね…」


「…そっか…」


「佳奈子…。今までの話を聞いて、()かっただろうが、この伝承(でんしょう)には、伊氏(これうじ)がやったような事を、()して()り返してはならない、っていう、教訓(きょうくん)(いまし)めが()められている…」


 絹代はそう言って、話を続ける…。


伊氏(これうじ)のように、非道(ひどう)なことをすれば、(まわ)りから反発(はんぱつ)を買って当然だ…。そして、その反発(はんぱつ)は、対立(たいりつ)のきっかけになって、対立が深まると、(あらそ)いへと発展(はってん)していく…。…不当(ふとう)暴力(ぼうりょく)とは、時には、戦わなきゃ、ならない場合もあるが…、対立(たいりつ)が、あまりに深刻(しんこく)になっちまうと、不幸を(まね)くことが多い…。そんな対立で、虐殺(ぎゃくさつ)なんかが、()こったりもするしね…。だから、そうならないように…、対立が深刻(しんこく)にならないように、努力しなくちゃいけないよ…?」


「努力…?」


「ああ。平和ってのはね、何もしなくても、手に入るもんじゃないんだ…。平和な国があるんなら、そこで必ず、だれかが、対立が深刻(しんこく)にならないように、努力をしてくれているんだよ…。対立が深刻にならないための、法律を考えたり、活動をしてね…。そのおかげで、平和が作られているんだ…。そして、その平和を維持(いじ)するためには、終わりのない、努力が必要なんだよ…」


「終わりのない努力…」


「ああ。…お前も、学校で勉強して、戦争をしている国や、治安(ちあん)が悪い国、差別の激しい国があるのを知っているだろう…?だが、この日本がそうじゃないのは、ずっと対立が大きくならないよう、努力をしてきてくれた人たちが、いてくれたおかげなんだ…。もしも、なんにもしなかったら、日本も、あっという間に、差別のひどい、治安の悪い国になっているよ…」


「…そっか…。平和は、当たり前のことじゃないんだ…」


「ああ、そうだ。たとえば…、この伝承(でんしょう)にある村人たちは、ちょっと、みっともなく感じたろ…?だが、村人たちは、対立を()むのが、マズイと()かっていたし、そうならないよう、努力したんだ…。おかげで(あらそ)いは起こらなかったし、その後も努力を続けたから、村は、()しかった平和を手に入れたんだよ…。村人たちの(ねば)()ちだね」


「…そっか…。村人たちは、がんばったんだ…」


 佳奈子は、平和を手に入れて、喜ぶ村人たちを想像する…。


 そして、そんな村人たちや、妖怪たち、櫻未(さくらび)さまを虐待(ぎゃくたい)していた伊氏(これうじ)は、みんなから反感(はんかん)を買って、最後は、ひどい死に方をした…。


 一方…、虐待(ぎゃくたい)を受けたうえ、ひどいウワサまで、流された村人たちは、それでも(あきら)めず、対立を()まないよう努力して、最後は、(まわ)りから、信頼を勝ち取り、()しかった平和を、手に入れた…。


 そんな村人たちは、何というか…、生き()くために…、()しいものの為に…、…とても、したたかで、…狡猾(こうかつ)だった…、そう言えるのではないだろうか…。


 佳奈子が、そう思ったとたん、なんとイメージしていた村人たちが…、ニヤリ…!と笑った…。


「!」


 佳奈子は、自分のイメージに驚く…。


「ん?どうしたんだい…?佳奈子」


 急に表情を変えた佳奈子を、絹代が不思議そうに見る…。


「あ、ううん…!何でもない…!何でもない…!」


 佳奈子は、そう言って笑う…。


 なんだか、一瞬(いっしゅん)、村人たちが、伊氏(これうじ)以上に、怖い存在に、思えたのだ…。


 しかし、そんなはずはない…。


 村人たちは、(あらそ)いとは逆の、平和を求める、者たちなのだから…。


 佳奈子は、そう思い、気持ちを切り()えた。


「…それにしても…、なんか…、伝承(でんしょう)って、(くわ)しく聞くと、全然、印象(いんしょう)が違うね…」


 佳奈子は、そう、感想を持った…。


「ん?そうかい…?まぁ、どんな話でも、そういうもんさ。…けど、これで、外伝の話はおしまいだよ。長かったろ…?」


「うん。でも、話が聞けて良かった…。…ありがとう…!おばあちゃん…!」


 佳奈子は、絹代に、お礼を言った。


「そうかい。気が()んだなら、良かったよ。お前は意外と、ガンコなところがあるからねぇ…」


「えっ…?そうかな…?」


「なんだ、気づいてなかったのかい…?」


 そう言って、絹代は笑い、それを見た佳奈子も、一緒に笑った…。


 そうして、飛立山(とびたちやま)山頂(さんちょう)には、(おだ)やかな風が、流れたのであった…。





 ※ファンタジー小説の中には、内政をテーマにしているものが、結構、あると聞きますが、それらを否定する気は、まったくありません。


 むしろ、そういうお話は、法制度について、多くの人が、考えるきっかけになって、とてもいいと思います。


 なので、今回、このように書いたのは、あくまでも、昔、復讐が認められていた理由を説明するためです。


 批判ではないので、どうか、誤解なきよう…。



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