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24. 事件の余波の続き


 学校に来て、優待(ゆうたい)カードの存在(そんざい)や、イベントへの出品許可(きょか)の話を、初めて聞いた佳奈子…。


 それは祖母が(おく)った、賄賂(わいろ)になるのでは…、と佳奈子は不安になる…。


(…ど、どうしよう…!ニュースやドラマなんかで、賄賂(わいろ)(おく)った人が、逮捕(たいほ)されるって話、たまに聞くよね…。も、もしかして、私たちも、そんな(ふう)になるんじゃ…。この事が、警察(けいさつ)とかに知られたら…!)


 佳奈子は想像する…。


 いつものように家族と食事をしていると、突然(とつぜん)、バーン!っと(ひら)かれる、障子(しょうじ)()…。


 そして、


「お前たち…!そこを動くな…!我々(われわれ)警察(けいさつ)だ…!大人(おとな)しくしろ…!」


 そう言って、土足(どそく)で家に()()んでくる、大勢(おおぜい)警察官(けいさつかん)たち…。


八乙女(やおとめ)家・当主(とうしゅ)、八乙女 |絹代!そして、その(まご)・八乙女 佳奈子!お前たちを、賄賂(わいろ)(おく)った(つみ)逮捕(たいほ)する…!」


 警察官たちにそう言われ、佳奈子たちは、彼らに取り(かこ)まれる…。


金品(きんぴん)を使って、自分たちの罪を(かく)そうとは、(きたな)いヤツらめ!絶対に許さんぞ…!逮捕だ!逮捕…!」


 そう言われ、絹代と佳奈子は、ガチャン…!と、手錠(てじょう)をかけられてしまう…。


 そしてパトカーの中に乱暴(らんぼう)に押し()められ、刑務所(けいむしょ)へと()れていかれる…。


 刑務所には、恐ろしい鉄格子(てつごうし)(おり)があり…。


「その中に入ってろ…!この汚い罪人(ざいにん)どもめ…!お前たちには、そこがお似合いだ…!ペッ…!」


 そう(つば)()()てられ、佳奈子たちは、警察官に鉄格子(てつごうし)の中に、乱暴に(ほう)()まれる…。


 そして(おり)の中に入れられた佳奈子は、鉄格子(てつごうし)をつかみながら、


「そんな~!イヤだよ、こんなの~!たすけて~!出してよ~!お願い~!」


 そう泣きながら(さけ)ぶのだった…。




(い、いやだ…!そんな未来…!こ、(こわ)すぎる~!)


 佳奈子は、自分の想像した未来に、激しく(ふる)え始める…。


 まだ確定(かくてい)した未来ではないが、その想像は、どうしても頭を(はな)れてくれない…。


 なので佳奈子は、授業の内容も頭に入らず、ずっとその想像に震えていた…。


 そしてそれは、一時間目の授業が終わっても、なお続いていた…。


 すると、その様子を見た多恵が、


「佳奈ちゃん…?どうしたの、そんなに震えて…?…お(なか)を押さえてるけど、もしかしてお腹が痛いの…?トイレに行く…?それとも保健室(ほけんしつ)の方がいい…?」


 そう心配して聞いてくる。


「えっ?!いや…、お腹が(いた)いっていうか、痛いのは()で…」


「えっ…?」


「あっ、ううん!なんでもないの…!…でも、やっぱり、トイレには行こうかな…」


 佳奈子は、ストレスのせいで胃が痛いのだが、多恵に心配をかけたくなくて、そう言った。


「そう?なら私もついてくよ。なんだか心配だし」


 多恵はそう言ってくれる。


「…ありがとう…、多恵ちゃん…」


 佳奈子は、多恵にお(れい)を言って、2人でトイレへと向かった。


 そして佳奈子たちはトイレを()ませる。


「大丈夫?佳奈ちゃん…?なんだかまだ、顔色が悪いけど…」


「だ、大丈夫だよ…!…心配をかけて、ごめんね多恵ちゃん…」


 佳奈子は多恵に(あやま)る。


(…多恵ちゃんには、たくさん迷惑(めいわく)をかけちゃってるし、これ以上、心配をかけないようにしないと…)


 佳奈子はそう思う。


「そう…?でも、我慢(がまん)できないようなら、ちゃんと言ってね…?」


「うん…。ありがとう…」


 そうして佳奈子は、また多恵にお(れい)を言い、トイレを出ようとする。


 しかしその時、トイレの外に、見覚(みおぼ)えのある、男子生徒の姿を見つけた。


 そう、学校の情報通、井住(いずみ)くんの姿を…。


 井住は、女子トイレの中にこそ入って来ないが、トイレの出入り口から、中をのぞいていた…。


 そして、佳奈子たちの姿を見つけると「お~い!」と言って、(うれ)しそうに手を()ってくる…。


「えっ…?!井住(いずみ)君…?!」


「あいつ…!またトイレに待ち()せして…!ほんとしつこいっ…!きっと、また、下品(げひん)な事を聞いてくるつもりだわ…!」


「ええっ…?!」


 佳奈子は不安になる。


 けれどその時、


「おいっ!井住(いずみ)…!お前はそんな所で、何をしている…?!男子が女子トイレの中をジロジロと(のぞ)くんじゃない…!」


 そう言って、風紀(ふうき)委員の顧問(こもん)剛田(ごうだ)先生が(あらわ)れたのである。


「えっ?!ご、剛田先生…?!」


 井住は、剛田先生にひるんで、数歩(すうほ)、あとずさる…。


 剛田先生は、ガタイが大きい男性で、怒った顔をすると、かなりの威圧感(いあつかん)がある。


 そのうえ井住は、もう何度も、剛田先生に怒られた経験があったのだ…。


 井住は高校に入学して、まだ、ひと月も()っていない…。


 しかし井住は、羽目(はめ)(はず)すことが多かった…。


 …ある時は、ズボンのファスナーが全開(ぜんかい)のまま気づかない教師や、よだれを()らして寝ている教師を、写真に()って、新聞に()せようとした…。


 …またある時は、新聞部の資料(しりょう)です、と言って、エロ本を持ち込み、堂々(どうどう)と読んでいることもあった…。


 なので井住は、入学から、ひと月も()たないうちに、風紀委員から、目をつけられていたのである…。


「お前が、女子トイレや、女子更衣室(こういしつ)の前に長時間、居座(いすわ)って、中をのぞいていると、多くの女子たちから苦情(くじょう)があった。とても気分が悪いとな…!即刻(そっこく)やめろ…!井住…!」


 剛田先生は、そう強い口調(くちょう)で言う。


「そ、そんな…!先生…!僕は()して、いかがわしい事をしているわけじゃ…!」


 井住は、そう(うった)える。


「はぁ?!男子が女子トイレの中をジロジロと(のぞ)くのは、十分(じゅうぶん)、いかがわしい事なんだよ…!そんな事をしていい男は、学校の許可(きょか)()た、修理業者(しゅうりぎょうしゃ)の人とか、緊急事態(きんきゅうじたい)の場合だけだ…!お前は、その(とし)にもなって、そんな事も()からないのか…?!」


「で、でも、僕は本当に、ただ取材(しゅざい)をしているだけで…!」


「ああ。取材な…。それも聞いているぞ。お前が嫌がる女子をつけまわして、下着がどうとか、下品(げひん)な事を、大声で聞き回っているってな…!まったくお前は、やっていい事と、悪い事が分からないのか…?!そもそも、そんな内容の新聞、校内(こうない)()り出せると、本気で思っているのか…?!」


「えっ…?」


 井住は、ポカンとした顔をする。


「そんな卑猥(ひわい)な記事の新聞、校内に張り出すことは絶対に許さん…!この学校の風紀が(みだ)れる…!」


「そ、そんな…!みんな、興味(きょうみ)がある事なんですよ…?!」


「!みんな、だと…?…お前は、それによって、不快(ふかい)な思いをする人や、(きず)つく人がいる事が、分からないのか…?」


「えっ…?」


「…お前は先週、学校にエロ本を持ち込んで、堂々(どうどう)と読んでいたな…。だが、そんな本が、学校のいたる所に落ちていたらどうなる…?卑猥(ひわい)な内容の新聞が、学校中に()り出されていたら、どうなると思う…?」


「えっ…?」


「女子たちは不快(ふかい)に思って、学校に、来たくなくなるかもしれない…。保護者(ほごしゃ)たちだって、そんな環境の学校を、不安に思うだろうな…。子供たちの教育上、そんな所には、通わせたくないと思うだろう…」


「そ、それは大袈裟(おおげさ)ですよ…!学校中になんて、張り出せないし…!そもそもエロ本や、エロいスポーツ新聞は、普通にあるでしょ…?!あれがいけないっていうんですか…?!先生は、ああいうのを、まったく読まないとでも…?!」


 令和の時代では少ないが、昭和の時代、多くのスポーツ新聞には、エロい、アダルトな記事が、多く掲載(けいさい)されていた。


 そして、おじさんたちの多くが毎朝それを買い、満員電車の中で、堂々(どうどう)と読んでいたのである。


 それらは、けして(めずら)しい光景(こうけい)ではなかった。


 井住は、その事を言っているのだ。


 先生はそれを、(まった)くしないのか、と…。


「ああ?!そんなの、読むに決まってんだろ!エロ本を、こっそり読むのはいいんだよ…!だが、エロ本は成人誌(せいじんし)だ…!お前はまだ、買ってもいけないし、読んでもいけないんだよ…!だから、エロ本を学校に持ち込んで、堂々(どうどう)と読んだりするな…!卑猥(ひわい)な新聞も張り出すな…!この学校の品性(ひんせい)(うたが)われる…!」


 そう、デリカシー意識が、低い時代だったとはいえ、エロ本を、どこでも、誰でも、買って、読んでよかったわけではないのだ。


 この時代にはもう、あの過激(かげき)といわれる、悪書追放(あくしょついほう)運動も起こっていたのだから…。


 悪書追放運動とは、1950年代から1960年代にかけて、日本全国で活発(かっぱつ)に行われた社会運動のことである…。


 子どもたちに悪影響を与えかねない、性や暴力表現の多い、雑誌や本を、「悪書(あくしょ)」と定義(ていぎ)して、排除(はいじょ)しようとする運動のことである…。


 これは大きな社会運動となり、学校の校庭などで、大規模(だいきぼ)な「焚書(ふんしょ)(本を燃やすこと)」までもが行われるほど、エスカレートした…。


 また、1970年頃にはもう、多くの都道府県(とどうふけん)で、青少年(せいしょうねん)保護(ほご)育成条例(いくせいじょうれい)制定(せいてい)され始めていた。


 この条例(じょうれい)は、18歳未満の青少年(せいしょうねん)が、健全(けんぜん)に成長できるよう、それを(さまた)げる(おこな)いを(ふせ)ぎ、青少年を取り()く環境を、(ととの)えることを目的としている。


 そのため、令和の時代では、あまり見ることがない「(しろ)ポスト」と呼ばれるものが、この時代には、全国に多く、設置(せっち)されていたのであった。


 白ポストとは、エロ本などの有害(ゆうがい)とされる図書を、青少年(せいしょうねん)の目に()れないよう、放置(ほうち)しないように、その図書を回収(かいしゅう)するために設置されたポストである。


 昭和の時代には、この白ポストが、駅やバス停、公園などに、多く設置されていたのであった。


 つまり、エロ本へのバッシングも、すでにあったのである…。



「お前は、もっと、学校の品性を考えろ…!井住…!」


 そう、剛田先生が言う。


 しかし、井住は…、


「え~っ?!品性~?そんなの、気にする必要、ありますか?お(たか)くとまっている方が、感じが悪い。そもそも、ここって庶民(しょみん)の学校でしょ…?そんな気位(きぐらい)、気にする方が、バカバカしいですよ…!」


 そう反論(はんろん)する。


「…お前は、本当に想像力がないんだな…!学校のいたる所にエロ本が落ちているような学校、どんな(ふう)に言われると思う…?!そんな学校に通う生徒たちが、どんな(ふう)に言われると…!」


「えっ…。どんなって…」


「学校に真面目(まじめ)に通っている生徒たちが、下品なヤツらだって、影口(かげぐち)(たた)かれるんだよ…!そんな環境でも気にならない…、いいや、そんな環境を作り出す、下品なヤツらだってな…!それが生徒たちの進路(しんろ)に、どう影響(えいきょう)していくのか、お前には分からないのか…?!」


 剛田先生は、そう厳しい声で言う。


 それを聞いていた佳奈子は、それって、つまり…、と想像した…。



「あの学校のヤツら、禁止されてる場所でも、エロ本を堂々(どうどう)と読んで、そこに捨ててくので有名ですよ…?学校中に、エロ本が落ちてるとか…」


「えっ…?!うそ…?!」


「この前、小学校の前に()ててあったエロ本も、アイツが捨てたのかも…」


「ええ~っ!それはダメだよ…!あの子の合格は、なしにしよう…!」


 …みたいな感じだろうか…。


 そんな(ふう)に言われるのはイヤだし、怖い…。


 佳奈子は、そう思ったが、井住はそうでは、なかったらしく…、


「えっ?進路…?そんな、まっさかぁ~!大袈裟(おおげさ)ですよ~!たかがエロ本でしょ~?」


 井住は、そう言って笑う。


「!お前ってヤツは…!本当に分からないようだな…!()いっ…!お前にじっくりと教えてやる…!お前のようなヤツのせいで、学校が、どうなっていくのかをな…!」


「えっ…?!ちょ…!まってください…!先生…!は、はなして~!」


 そうして井住は、剛田(ごうだ)先生に()れていかれてしまった…。


「やった…!剛田先生、良いとこあるじゃん…!」


 多恵は、この展開(てんかい)を喜ぶ。


 そして佳奈子も、ホッ…と、(むね)をなでおろしたのであった。





 そして、その日は、その後、井住くんの姿を、佳奈子たちが見ることはなかった…。


 やがて放課後(ほうかご)になり、佳奈子と多恵は、2人一緒に、家への帰り道を歩く。


「井住のヤツ、あれから来なかったね~。きっと剛田(ごうだ)先生に、こってり(しぼ)られたんだよ!いい気味(きみ)~!これに()りて、もう取材とか、こないといいね~!」


 多恵がそう言って笑う。


 けれど、佳奈子は、


「うん…。そうだね…」


 心ここにあらず、といった感じで返事をする…。


「?どうしたの?佳奈ちゃん…。なんか、元気ないね…。あっ…!もしかして、ウワサの事、気にしてるの…?」


「えっ?あ、たしかに、それも気になるけど…。というか、多恵ちゃんだって、ウワサは気になるでしょ?…ごめんね…。私のせいで、イヤな思いをさせて…」


 佳奈子は、多恵に(あやま)る。


「えっ?ああ、まぁ、そりゃあね、イヤではあるよ…?でも、そんなには気にしてないかな。だって、あの事件のこと、実際(じっさい)の所を知ってる人たち、結構(けっこう)いるでしょ?だからウワサがウソだって、分かってくれてる人たちが、ちゃんといるもの」


 多恵はそう言って、話を続ける。


「それに井住(いずみ)は、ああだけど、学校のヤツらの大半(たいはん)は、ウワサに半信半疑(はんしんはんぎ)だしね。だから、このウワサに関しては、そんなに深刻(しんこく)には考えてないよ。きっと、そんなに長くは続かないって!このウワサ!」


 多恵はそう言って笑う。


「!そっか…。そうだよね…!」


 佳奈子は、多恵に(すく)われた気持ちになった。


「うん!…けど、佳奈ちゃん…。ウワサも気になるって事は、他にも何か、気になってる心配事があるの…?」


「あっ…」


 佳奈子は、(かく)したい事を、多恵に指摘(してき)され、言葉に()まる。


 多恵には、これ以上、心配をかけたくないのだ…。


「…あのさ、佳奈ちゃん…。話したくなかったら、別に、無理に話さなくてもいいよ…?…ただ、佳奈ちゃんが、何かに(なや)んで、苦しんでるのが心配なの…。…私に話した所で、何にもならないかもしれないけど…」


「!そんな事ない…!私、多恵ちゃんには、いつも救ってもらってる…!事件のあとも、こうして変わらず、私と(せっ)してくれて、すごく(うれ)しい…。多恵ちゃんが、どれだけ私の心の、(ささ)えになってくれているか…」


 佳奈子は心からそう思う。


「…ただ…、こんなに多恵ちゃんに迷惑(めいわく)をかけちゃって、申し訳なくって…。これ以上、心配をかけたくなくて…」


「佳奈ちゃん…。…そんな(ふう)に、考えなくていいよ…。私、今回の事、そんなに迷惑だなんて、感じてないもの…。むしろ、今までみたいに、佳奈ちゃんと()き合えなくなる方がイヤ…。佳奈ちゃんとは、これからも友達でいたいもの…!だから、私に心配をかけたくなくて、悩みを(だま)っているんなら、話をして…?黙っていられる方が、ずっと心配なんだから!」


「多恵ちゃん…」


 佳奈子は、また、多恵に救われた気持ちになった。


 そして、悩みを話してみよう、という気持ちにも…。


「…あのね…、実は私…、優待(ゆうたい)カードのことが気になっているんだ…」


「優待カードのこと…?」


 多恵は、どうしてそんな事を、と首をかしげる。


「…私…、そのカードと、イベントの話…、今日、多恵ちゃんから聞くまで、知らなかったんだ…。…けど、話を聞いて、心配になって…」


「?どうして…?」


「…もしかして、それって…、…賄賂(わいろ)になるんじゃないかって…」


賄賂(わいろ)…?!」


 多恵は驚愕(きょうがく)する。


「ない!ない!ない!絶対ないよ!そんなこと…!」


 多恵は、両手を()って、激しく否定(ひてい)する。


「…どうしてそう言えるの…?」


 佳奈子は、多恵に聞く。


「えっ!いや、だって!賄賂(わいろ)って、何かを見返(みかえ)りに要求(ようきゅう)したり、イヤな事を、約束させたりする事でしょ…?!けど、私たち、佳奈ちゃんの家の人たちに、そんな事は言われてないもの…!だから絶対、違うって…!」


「そ、そうかな…?」


 佳奈子は、少し希望(きぼう)を持つ。


「うん!絶対違うよ…!あ~、たとえばさ、少し前に、ウチの近所(きんじょ)で交通事故があったでしょ…?鈴木さんの車と、西村さんの自転車がぶつかった…」


 多恵は近所で起こった、事故の話をする。


「えっ?…ああ…、そういえば…、そんな事もあったね…」


 佳奈子は以前、聞いた話を思い出す。


「それであのとき、車にぶつかって、西村さんの自転車は、ぺっちゃんこになっちゃったの…。けど、西村さんは、自転車からとっさに()りて、全然ケガはなかったんだ…」


「ああ、うん…。ケガがなくてよかったね、って話をしたよね…。たしか…」


「うん。それで警察の人も来て、取り調べもされてた…。で、自転車を(こわ)されちゃった西村さんは、鈴木さんに自転車を賠償(ばいしょう)してもらって、お()びの商品(けん)とかも(もら)って、事件は(まる)く解決したの…。けど、その時、自転車を、車で(つぶ)しちゃった鈴木さんは、逮捕なんか、されなかったんだよ?」


「えっ?!そうなの?!」


 佳奈子は驚く。


「うん。鈴木さんは、免許停止(めんきょていし)にもならなかったし、いつも通り、車に乗って生活してるよ?」


「!そうなんだ…」


 そう、交通事故であっても、(だれ)もケガ人がおらず、(もの)(こわ)れただけの物損(ぶっそん)事故の場合、加害者(かがいしゃ)処罰(しょばつ)(くだ)されることは、ほとんどないのである。


 つまり、前科(ぜんか)がつかないのだ。


 また、免許停止を回避(かいひ)できる場合も多い。


 ただし、これらは絶対ではない。


 事故をわざと起こした場合や、当て逃げをした場合、飲酒運転や、無免許運転、スピード違反(いはん)をしていた場合は、処罰(しょばつ)の対象になる。


 また、ささいな事故でも、警察に通報(つうほう)する義務(ぎむ)があり、それを(おこた)ると、刑罰(けいばつ)()される恐れもある。


 物損(ぶっそん)事故を起こした場合は、被害者(ひがいしゃ)への、真摯(しんし)反省(はんせい)謝罪(しゃざい)、そして(こわ)した物への賠償(ばいしょう)が、しっかりと必要になるのである…。


「だから、佳奈ちゃんの場合だって、それと同じだって…!優待(ゆうたい)カードだって、賄賂(わいろ)になんか、ならないよ…!病院に、入院した時とかにもらう、お見舞(みま)いと同じだって…!」


 多恵はそう力説(りきせつ)する。


「そ、そうかな…?なんか、そう言われると、そんな気がしてきた…。私も、法律とかよく知らないし、考えすぎだったのかも…」


 佳奈子は、希望(きぼう)()いてきた。


「うん!絶対そうだって…!考えすぎだよ…!佳奈ちゃん…!」


「!そっか…。…うん…!きっと、そうだね…!ありがとう、多恵ちゃん…!相談(そうだん)してよかった~!」


 佳奈子は、心配事が消えて、心から笑う。


「ふふっ…!もう!佳奈ちゃんってば~!心配症(しんぱいしょう)なんだから~!」


「あはは~!だよね~!なんか()ずかし~!」


「私もドキッ!としちゃったよ~!もう~!」


「ごめん!ごめん~!」


 そうして佳奈子たちは笑い合い、帰り道を歩いた。


 …ただ、佳奈子たちは気づいていない…。


 交通事故と、賄賂(わいろ)とは、まったく別の犯罪であるという事に…。


 その事に気づかない佳奈子たちは、無邪気(むじゃき)に、笑い合っていたのであった…。


「じゃあね…!佳奈ちゃん…!また明日~!」


「うん…!また明日ね~!」


 佳奈子は明るい笑顔で、手を振って、多恵と別れた。


「…多恵ちゃんには、ホント感謝だね…。でなきゃ、ずっと賄賂(わいろ)だって思い()んでたよ…。けど、気がつけてよかった~!おかげで心配事が、もう、ぜ~んぶなくなって……ないや…」


 佳奈子は思い出した。


「…そうだ…。忘れてた…。山籠(やまご)もりのこと…。…はぁ…。どうしよう~。もう、やるとは決めたけど…、不安で仕方(しかた)ないよ~」


 佳奈子は途端(とたん)に、暗い顔になる。


「…力を制御(せいぎょ)できるようになる(ため)には、やっぱり、やらなくちゃダメだよね…。…けど、ほぼ(はだか)修行(しゅぎょう)するなんて…。…もう、()ずかしさで死にそう…。…はぁ…、イヤすぎる~」


 そうして佳奈子は、ため息をつきながら歩く。


 すると、目の前に、よく知った骨董屋(こっとうや)が見えてきた。


 そして、その店の前には、白と黒の、二匹の猫が寝転(ねころ)んでいる。


 さらに、店の前に置かれたイスには、この骨董屋の店主・真人(まさひと)が足を()んで(すわ)っていた。


 真人は、イスに(こし)かけ、今月号(こんげつごう)の、男性ファッション雑誌を読んでいる…。


 骨董屋なのに、流行(りゅうこう)関心(かんしん)があるようだ…。


「!真人(まさひと)さん…」


 佳奈子は思わず名前を呼ぶ。


 すると真人は、佳奈子に気づき、


「!佳奈子ちゃん…!」


 そう言って、雑誌を置いて立ち上がり、


「よかった…!会えて…!久しぶり…!」


 そう言って、(うれ)しそうに笑ったのだった…。






 ※佳奈子が想像する逮捕時のようすは、すべて佳奈子の偏見(へんけん)です。


  (つば)()かれたりなんかしません。


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