22. 今後の修行
退魔師の道を、これからも歩んでいこうと決める佳奈子。
そしてその気持ちを喜ぶ、祖母の絹代。
2人は束の間、顔を合わせて笑いあう。
しかし佳奈子は、胸に渦巻く、不安の影を思い出す…。
「…でも、おばあちゃん…。私、このままでいいのかな…?退魔師を続けられる事は嬉しいけど、ブレスレットを外されただけでトランスしちゃうなんて、自分でも不安なんだけど…」
佳奈子はどうしても、不安をぬぐい切る事ができない。
「…確かにね…。処罰も厳重注意って事だし、今後は、よりいっそう用心する必要がある…。次に同じことがあったら、ただでは済まないだろうしね…」
絹代はそう言って、難しい顔をする。
そしてため息をついて、話を続けた。
「はぁ…。そもそもこうなったのは幾太郎の…、お前の父親のせいなんだ…。あのバカときたら、まったく碌なことをしない…!」
「えっ?お父さんのせい…?」
「ああ…。アイツはお前に、羽衣の力を使わせたくなくて、ずっと固く封印していた…。成長期の子供の力を、無理に封印すれば、体に色々な害が出るっていうのにね…」
絹代はそう言って、まるで苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「そしてそのせいで、お前は幼少期に覚えられるはずの、羽衣のコントロールの仕方を学べなかった…。小さいうちから羽衣を使っていれば、本来、力を制御できない、なんて事はないんだ…。お前も、そんな呪具で力を抑える必要もなかったし、今回のような事件も起きなかった…」
「………」
佳奈子は何と言っていいか分からなかった。
それが事実だとしても、大好きな父の事を責める気には、どうしてもなれなかったのだ…。
「…はぁ…。けど、もう、過ぎた事を、今更いってもしょうがないね…。今は今後の事を考えようか…。まぁ、今回の事件はかなりヤバかったが、一つ、良いことも分かったからね」
「?良い事…?」
「ああ。お前にはすでに、羽衣を十分に扱う力が、あるって事だよ」
「えっ?でもそれは、トランスしてたせいなんじゃ…」
「いや。トランスによって、他の神霊なんかと交信して|力を借りたんならともかく、お前はそうじゃなかったらしい…。つまり、お前は自分本来の力を、発揮したに過ぎないんだよ」
「えっ?!本来の力?!」
「ああ。お前にはすでに、十分な力があったって事だ。…うっかりしていたよ…。お前のブレスレットを初めて外した時、あれだけの霊力があるって分かっていたのにね…」
絹代はそう言って、佳奈子のブレスレットを初めて外した時の事を思い出す。
実はその時も、佳奈子の羽衣の力は、激しく、あふれ出してきたのだ。
ただその時、絹代は「これはマズいね…」と、すぐ直感で理解した。
なので息子の幾太郎が付けた「力を完全に封じるブレスレット」ではなく、新たに用意した「力を抑えるブレスレット」を、すぐに佳奈子に取り付けたのだ。
「…あの時は、ブレスレットを付けなおして、すぐに力を抑えてしまったからね…。よく考えてみれば、あれだけの霊力があるのに、羽衣の力があんなに弱い事の方がおかしかったんだ…。なのにアタシは、ただ単に、お前の力不足だと、ずっと思い込んじまっていた…。普段、ブレスレットのせいで、力が抑えられてたもんだから、勘違いしちまってたんだ…」
「え?え~と…」
佳奈子には、話がよく分からなかった。
「…つまり、お前にはもう、十分な力があるんだよ…。なぜだか、普段はそれを、発揮できないだけで…」
「発揮できないだけ…?いや、発揮できないんじゃ、力があるとは言えないんじゃ…。それって、どうすれば発揮できるようになるの…?」
「う~ん…。お前の場合、力を出し入れする感覚が、まだ、つかめていないのかもねぇ…。力の水門を開いたり、閉じたりする感覚が…」
「?水門…?」
「ああ。アタシはずっと、お前の力…、つまり水量の方に問題があるんだと思っていた…。けど、お前にはもう力がある…。つまり水量には問題がないんだ…。となると、問題は水門の方…。そうとしか考えられない…」
「???」
佳奈子は話が分からなくて、頭の中に?が浮かぶ。
「…お前の修行を始めた時、お前はすでに羽衣を出せていた…。だからその感覚はあるもんだとばかり思っていたんだ…。だが、もしかしたら、お前の場合、初めから、ちょっとだけ水門が開いていて、その開いた所に、お前の意識が横たわって、意識で水流を抑えてる…。そんな感じだったのかもしれない…。そう考えれば、お前が、力の波に押し流されてしまった事にも説明がつく…」
「???え~と、おばあちゃん…?私にも分かるように説明して…?」
「ああ…悪いね…。要は、お前には、まだ、力を使う感覚が欠けてるんじゃないかって話さ。感覚さえつかめば、力を制御できるようになるはずだ。自由に発揮できるようにもね」
「えっ?!そうなの?!…でも力を使う感覚って…?」
「ああ。羽衣の使い方ってのはね、霊力の使い方と同じで、感覚さえつかめれば、割と使うのは簡単なんだよ。自転車の扱いと同じさ。…お前の場合、バランスのとり方は、もうできてるから、あとは、ブレーキのかけかたと、ペダルの踏み方を覚えればいい…。初めは乗れなくても、乗り方さえ覚えれば、あとはきっと簡単に乗り回せる…」
「?水門の次は自転車…?自転車なら、私もう乗れるよ?おばあちゃん」
「!バカだね!たとえだよ!たとえ!」
あ、なんだ、そうだったの…?と、佳奈子は、苦笑いする。
「まったく…!…特にお前の場合、力を封じられていた期間が長かった事が、きっと影響しているんだろう…」
「えっ?そうなの?」
「ああ。たぶんね。羽衣や霊力の使い方は、他の日常生活で使う、筋力の使い方とはまるで違う…。だが、おそらく、お前は、霊力を封じられていた期間の間に、力とはこうやって使うものだ、という、筋力面のみの常識が刷り込まれてしまっている…。思い込み、ともいうだろうね…」
「思い込み…」
「…思い込みってのは、やっかいなもんなんだ…。たとえば…、そうだね…、ここに扉があるとする。だがそれを、押せば開く、と思い込んでいると、横に引いて開けるタイプの扉には、なかなか気づけない…。道の目印だってそうだ。間違った目印を、これだったと思い込んでると、いつまでたっても目的地に着くことが出来ない…。気づくことさえ出来れば、簡単に解決できるのにね…」
絹代はそう言って、例をあげ、話を続ける…。
「…だが、お前はたぶん、そういう思い込みのせいで、羽衣をうまく使えないんだろう…。トランスした途端、強力な羽衣を使えるようになった事が、何よりの証拠さ」
「えっ?それはどういう意味?」
「トランスには色んな状態があるが、お前の場合は、自意識が極度に薄れた…。そして、その途端、強力な羽衣が使えるようになった…。つまり、自意識が薄れて、お前の中の、常識や思い込みがなくなったから、お前は力を発揮できるようになった…。そういう事だ」
「ああ!なるほど~!そういう事だったんだ~!…で?どうすれば、その思い込みをなくすことが出来るの?!それが出来れば、私も力を制御できるようになるんだよね?!」
佳奈子は身を乗り出した。
それが出来れば、自分も絹代のように、羽衣を使いこなせるようになるかもしれないのだ。
「う~ん…。そうだねぇ…。思い込みをなくすには…、まずは気づく事が必要だろうね…。自分は勘違いをしていたって…。そう気づくためには…、え~…。…そう!まずは心を落ち着かせ、感覚を研ぎ澄まし、注意して周りを見る事が必要だ!」
「うん!うん!それで?!」
「小さな変化や、違和感を見つけるんだよ。すべての情報を否定せず、深く集中して、あらゆる可能性を考える事が必要だ」
「ふん。ふん。深く集中して、小さな変化や違和感を見つける、と…」
「お前の場合、気づく必要があるのは、あらゆる力の流れ、気の流れだ。筋力とは違う、気の流れを感じ取る必要がある」
「な、なるほど…」
「…とは言っても、今までそれに気づかなかったんだとすれば、これまでと同じ環境じゃ、気づく事は難しいかもしれないね…。そういうのを、より気づきやすい環境へ行く必要があるかもしれない…」
「…気づきやすい環境…?」
「ああ。たとえば、大地の気がみなぎる場所。…気を取り入れやすい場所…。気を感じやすい場…。修行場…。…そうだ!山だよ!昔から修行の場といったら、山と相場が決まってるじゃないか!佳奈子!さっそく山に、修行に行くよ!」
「えっ?山で修行?修験道の山伏さんたちみたいに?…でも修行場で有名な霊山って、女人禁制とかの場所もあったんじゃなかった?なによりここから、すごく遠いんじゃ…」
「なぁに。そんなに遠くへ行く必要はないよ。大地の気があふれている場所ってのは、意外と色んな所にあるものさ。そもそもお前は、ここがどこだか忘れてないかい?この穴脇町は、修験道の修行場にこそなっていないが、日本有数の霊場なんだよ」
「あっ!そういえば、そうだったね…!この町って、霊場の一つだったっけ!」
「ああ。だから、遠くなんかへ行かなくても、この町にある山でも、十分、修行が出来るはずさ」
「なるほど~!」
佳奈子は祖母の話を理解した。
「そうと決まれば、佳奈子、お前、さっそく山にこもって修行しな!数日もこもれば、山の気に感化されて、自分の気の流れにも気づく事ができるはずだ」
「えっ?!山にこもる?!しかも何日も?!」
「ああ。山で寝泊まりして、長時間、山の気を浴びれば、きっと効果も高いはずさ!」
「で、でも、何日もって…。私には学校もあるし…。ここ何日も休んじゃったから、そろそろ行かないと…、多恵ちゃんも心配してくれてるし…」
多恵はあれから、何度も佳奈子に電話をくれた。
謹慎の為、会うことはできなかったが、学校の授業のノートを、届けにも来てくれた…。
多恵は、あんな目に遭ったというのに、佳奈子を責めず、逆に心配してくれているのだ…。
だから、多恵を安心させる為にも、早く学校に行った方がいいと思っているのは本当だ…。
けれど、それは同時に、言い訳でもあった…。
山籠もりなど、したことのない佳奈子は、不安になって、気おくれをしているのだった…。
「ん?ああ。そうだったね…。八乙女家の跡取りたる者、高校はちゃんと卒業しな。出席日数が足りなくて卒業できないなんて、笑い話にもならないよ。…しかし、そうすると、山籠もりをするのは…う~ん…。…ん?そうだ!ちょうど、もうすぐ、大型連休が始まるじゃないか!その連休中に山籠もりをすればいい…!」
「え…。連休中に…?…たしかにそれなら学校を休む必要はないけど…」
「だろ?なら決まりだ!連休に入ったら、ウチで所有している飛立山にこもるよ!いいね?佳奈子」
「…うう~っ…。生まれて初めての山籠もり…。不安すぎる…。…ねぇ、おばあちゃん…、山での修行って、一体どんな事をするの…?」
佳奈子はやはり、山籠もりが怖いのだ…。
「ん?そうだねぇ…。感覚を鍛えるためにも、無心になって、山をひたすら走る必要はあるだろうね。それと座禅しての瞑想…。滝行もさせたい所だけど、あの山に滝はないから、川での行水にするか。あと、山に寝泊まりするなら、飲み食いするために、火を起こす必要もあるね…。だから薪割りの修行も追加しよう!あれは集中力を高めるっていうからね!」
「ひ、ひぇ~っ!そんな事まで…?!それをやって、本当に力を制御できるようになるの…?!」
「ん?それはやってみないと分からないだろう?あっ!そうか…!お前の場合、山の気よりも、むしろ自分の気に気づく必要があるんだ…。だから山に入ったら、常に、自分の羽衣を出した状態で生活しな」
「え…。常に羽衣を…?」
「ああ。…けど、ただ羽衣を出してるだけじゃ、足りないかもしれないね…。むしろお前は羽衣を出さない生活が長かった…。だから羽衣の必要性や重要性に気づいていないのかもしれない…」
「え…?そうなのかな…?たしかに生活するうえで、羽衣は別に必要ないよね…?なくても別に困らないっていうか…」
「!それだ!きっと、お前には、その感覚が足りないんだよ…!羽衣の価値に気づいていない…!お前はまず、それに気づかなくては…!その為には…」
「その為には…?」
「…佳奈子…。お前、山に入ったら、服を着ないで、羽衣だけで生活しな」
「…は…?」
佳奈子は一瞬、思考が停止した…。
今なにか、とてもおかしな事を、言われたような気がしたからだ。
しかし、そんなはずはない。
きっと聞き間違いだ。
佳奈子はそう思い、祖母に聞き返した。
「…今、何て言ったの…?おばあちゃん…」
聞き間違いだと思っているのに、なぜだか佳奈子の声は震えていた。
しかし絹代は、
「だから服を着ないで、羽衣だけで生活するんだよ」
そう、言葉を繰り返した。
「…じょ、冗談…だよね…?」
佳奈子は震えながらも聞き返す。
「いたって本気さ。羽衣だけで生活しな、佳奈子」
…聞き間違いじゃ、ない…!
そう気づいた途端、佳奈子の心に、怒りが走った。
「わ、私に、裸で生活しろって言うの?!すっ裸で山の中を走り回れって?!しかも何日も?!そんな恥ずかしい事、出来るわけないじゃない!」
佳奈子は真っ赤になって反発した。
「なっ!人聞きの悪い事を言うんじゃないよ!裸になれとまでは言ってないだろう?!羽衣をまとってって言ってるだろうが!」
「同じ事だよ!だって羽衣って、半透明で透けてるじゃない!」
「重ねて纏えば、そんなには透けないだろう?滝行したって、それくらいは透けるものさ」
「いやいやいや!滝行はまともだけど、それ以上に透けるって…!そんなのは絶対ヤだよ?!そんな、ほぼ裸の格好で修行するなんて…!そういうのをさせるのは、ニセの宗教団体とかだって、お父さんも言ってた!修行だってウソをついて、いかがわしい事をする変態どもだって!」
「あ?何言ってんだい。大事な跡取りのお前に、いかがわしい事なんかするもんか。八乙女家の沽券に関わる。それにウチは特定の宗教団体じゃない。ウチは古くから陰陽道の流れを汲んでいるからね」
絹代はそう言って、八乙女家の習わしを話し始めた。
「陰陽道は、神道・仏教・道教なんかの幾つもの宗教が習合したもんだ。だからウチは代々それに倣っている」
絹代はそう言って話を続ける。
「日本の神々の事は、もちろん崇めているが、仏や、外国の神々だって、同様に敬っている。力を貸して下さる方々は、皆ありがたいからね。あと一応、ウチのご先祖様を祀っている神社もあるが、あそこの布教はしていない。以前にもお前に、そう教えただろう?」
「そ、それはもちろん覚えてるけど…!そういう事じゃなくって…!ああ~!もう…!すっごくイライラする~!」
佳奈子は、頭をかきむしる。
「つまり!私が言いたいのはね!何でそんな裸みたいな格好する必要があるのかって事!ちゃんと理由を言ってよ!理由を!」
「ん?それは当然、お前が羽衣の価値に気づくためさ。羽衣だけしか纏う物がなければ、お前はきっと、その価値に気づく事ができるはず…。羽衣があれば、夜の寒さも和らぐし、山を走り回る時、虫や、木の枝なんかから、肌を守ることも出来る…。雨が降っても、レインコート代わりになるしね…。お前はきっと、羽衣があって良かった…、と心から思うことができるだろう…。そしてその思いがお前の価値観を変え、羽衣への深い理解へとつながっていくんだ…」
「そ、それは…、たしかにありえる話だけど…。…でも、やっぱり、イヤだよ~。そんな裸みたいな格好…、もしも誰かに見られたら…」
「お前が山で修行する間、アタシと、ウチの化け猫たち以外、誰も近づけないように、山に結界を張るよ。アタシたち家族が、しっかりとサポートする。だから、やってみな、佳奈子。今回のような事件、二度と起こしたくないだろう…?…アタシは、お前が、人を傷つけるところも、それによって、お前が傷つくところも、見たくはないよ…」
「!…う、うう~っ…!ううううう~っ…!うううううう~っ…!」
佳奈子は頭を抱え、唸り始める。
心の中で激しい葛藤が起こり、苦しんでいるからだ。
しかし佳奈子は突然、ガクッ…と、うなだれた。
そして、
「……やります……」
そう、消え入りそうな声で言った…。
…こうして佳奈子は、力を制御するため、周りに迷惑をかけないために、山籠もりをする事になったのだった…。




