19. 救援要請
壺倉 一之介は、呪具師協会・町内本部長である。
歳は50代半ば。
ロマンスグレーの髪をした、紳士風の男である。
その彼は、自分の事を、いわゆる一流の人間であると自負していた。
たぐいまれなる運営能力と指導能力…。
それらを併せ持った、優秀な人間である!…と。
彼は、その能力で、この町の発展に、多大な貢献をしてきたとも自負していたし、自分はまさに、有能な人間の代表である!…と自画自賛していたのである。
その上、彼は、「自分には、それらの能力だけでなく、天から授かった、ある才能までもがある!」と誇っていた。
その才能とは…、魚を引き寄せる才能…、つまり釣りの才能である。
実は壺倉は、釣りを、こよなく愛する男であった。
釣りは、この世で最大のロマン…。
自分こそは、海に、そして川に愛された男…!
すべての魚は、自分の魅力に引き寄せられ、釣られる運命にあるのだ…!
…壺倉はそう考えていた…。
そう…、壺倉の心には、常に釣りへの渇望があったのである。
けれど彼は、そんな気持ちに囚われて、仕事をおろそかにするほど愚かではなかった。
まぁ本心では「ああ~、今日はこれから、クソつまんね~講習会か~。めんどくさ~。もう、あいさつなんて、テキトーにやろ~。ああ~、早く釣りに行きた~い。仕事なんかサボっちゃおうかな~」などとは思っていた。
しかし彼は「いかん!いかん!私は優秀な人間!釣りへの思いを律し、仕事と趣味を両立できる、優秀な人間なのだ!」と思い直して、気を引き締められるほどには、自制心があったのである。
なので彼は、今日も、人当たりの良い人格者に見えるよう装いながら、職務をこなしていた。
今は、退魔師の黒田と共に、講習会であいさつをするため、会場の体育館へと向かっている所である。
…面倒だが、円滑な人付き合いも仕事のうち…、ここは寛大さを示すためにも、一つ話を振ってやろう…、などと思いながら…。
「…いや~!4月は行事が多くて大変ですなぁ~!ですがそれも、この講習会でひと段落です。来週の大型連休では羽を伸ばしたいものですなぁ~。そうだ、黒田さんは連休をどう過ごされるご予定ですかな?」
壺倉は、繕った笑顔で、黒田に話しかける。
「ああ。私は釣りが趣味でしてね~、まとまった休みが取れる時には、ちょっと遠いですが、海まで釣りに出かけてるんです。ですから連休も、海へ釣りに行こうと思っています」
「えっ?!黒田さんも?!奇遇ですな~!実は、私も釣りが趣味なんですよ!」
「おお!壺倉さんも!これは気があいますね~!」
壺倉と黒田は笑いあう。
この時、壺倉は…、
(こいつ、釣りの良さが分かるとは!少しは見所があるようだな!)
そう、上から目線ながらも、黒田の事を評価した。
なので壺倉は「そうだ!アレを黒田に見せてやろう!」と思い立つ。
「いやね~黒田さん、この前の休みに私、大きなヒラメを釣りましてね~!ほら!この写真、見てください!大きいでしょ~?!このヒラメ、90センチもありましてね~!」
壺倉は誇らしげに写真を見せる。
どうだ!驚いただろう!と自信満々に。
90センチのヒラメなど、なかなか釣れるものではないのだ。
「ほお!これは大物だ!やりますね~!」
黒田は、壺倉が望んだ通りの言葉を返す。
しかし…、
「でも、私も負けてはいませんよ~!見てください、私が先週釣った、このマダイ!大きいでしょ~?!これはなんと1メートルもあったんですよ~!」
驚くことに、黒田も負けじと、写真を見せてきたのである。
「なっ!い、1メートル…?!」
そんなバカなっ…!と壺倉は、黒田の写真を見る。
1メートルのマダイなど、そうそう釣れない大記録なのだ。
けれど写真には、確かに、巨大なマダイが写っていた…。
「た、確かに大物ですな…」
壺倉はそう言いながらも、内心は悔しさでいっぱいだった。
心の中では、ぎりぎりと歯ぎしりが止まらない。
ま、負けた…!
壺倉はそう思った。
しかしプライドの高い壺倉は、それを認めたくなかった。
認めたくない気持ちが強いばかりに彼は「そうだ!これはきっと、黒田のウソに違いない!」と思い始める。
1メートルもあるマダイなど、そうそう釣れるハズないのだから…。
(黒田め!私を騙そうとは、この身の程知らずめが!そんなウソなど通用するものか!すぐにボロをださせてやる!)
壺倉はそう思った。
なので…、
「…いや~!立派なマダイですな~!…しかし、このマダイ、1メートルというには、ちょ~っと小さいんじゃないですかな~?というか、90センチもないのでは~?」
そう言って、黒田に鎌をかける。
「はぁっ?!そんなわけないでしょう?!90センチ以上ありますって!というか、1メートル!」
「はっ!はっ!はっ!黒田さんは、冗談がお上手だ!」
「いやいや!冗談じゃないですって!よく見てください!ちゃんと1メートルあるでしょう?!ほら!」
「え~っ?どう見てもこれは90センチもないでしょう~」
「なっ!これが90センチなかったら、そっちのヒラメだって、90センチもないでしょうが!」
「はぁ?!」
壺倉は、カチン!ときた。
「何という言いがかりだ!私はちゃんと測ったんですぞ!」
「私だって、しっかり測りましたよ!家には魚拓だってある!言いがかりはそっちでしょうが!」
「なっ?!」
壺倉は、さらにカッチ~ン!ときた。
もう我慢の限界だ。
本心を隠すことなど出来ない。
そう思った壺倉は、
「初めに見え透いたウソをついたのは、そっちでしょうが!1メートルもあるマダイを釣ったですって?!そんなマダイが、そうそう釣れるわけがない!」
そう言って声を荒げた。
すると黒田の方も、
「はぁ~?!ウソ?!誰がですか!」
黙っていられず、声を荒げる。
「あなたですよ!この、大ぼら吹き!大体、アンタの魂胆なんて、とっくにお見通しなんですよ!」
「はぁ?!魂胆?!なんの事です?!」
黒田は訳が分からない、と顔で表す。
しかし壺倉は、それを演技だと思った。
「ふん!どうせマダイが、魚の王様とか呼ばれてるもんだから、それを引き合いに出せば、上級者の私たちに勝てるとでも思ったんでしょう~?!しかも1メートルもあるマダイを釣った~なんて、ありえないほど話を盛って…!」
「なっ?!」
「そんな話に私が騙されるとでも?!ハッ!そんな素人の浅はかな考え、見え見えなんですよ~!まったく、負け惜しみも甚だしい!」
「なっ?!そんなわけないでしょう?!私は実際に、1メートルのマダイを釣ったんだ!むしろ、そんなに私の話を否定したがるなんて、あなたの方が、負け惜しみをしてるんじゃないですか?!壺倉さん!」
「なっ?!」
図星だった。
しかし、プライドの高い壺倉に、それが認められるわけがない。
むしろ壺倉は、言いがかりをつけられた上、馬鹿にされた!と感じた。
なので壺倉は、怒りの炎を、さらに燃え上がらせる。
「…こ、この私が負け惜しみですと…?!なんという侮辱…!そんな事、あるはずがない!そもそもアンタは分かってないようだが、私が釣ったヒラメとマダイとじゃ、ヒラメの方が上なんですよ!なぜならヒラメは超うまいんですから!」
ムキになった壺倉は、ついに独断と偏見による主張を始めた。
ちなみに、マダイとヒラメ、どちらが上など、そもそも決められるものではない。
しかし、黒田の方も、ウソつき呼ばわりされたうえ、自分の好きなマダイを貶められて、ついムキになってしまう。
「なっ!美味しさなら、マダイはヒラメに全然負けていません!というか、私はマダイの味の方が好きです!だから私にすればマダイが上です!」
「はぁ?!マダイが上?!そんなわけないでしょう?!そもそも1メートルもあるマダイは、大味でマズイはずだ!大きすぎるマダイは、マズイ事で有名ですからなぁ~!」
それぞれの魚には、おいしいサイズ、というものがあるのである。
釣り人たちはよく、釣った魚のサイズを自慢するが、大きいからといって、より美味しいとは限らないのだ。
「なっ?!…確かに大きすぎるマダイは大味ですが、言われるほどマズくはないし、調理法を工夫すれば、十分おいしいですよ!それに、大きすぎると大味になるのは、ヒラメだって同じでしょう?!」
「ハッ!マダイほどじゃありませんよ!それに、そもそもヒラメは、白身魚の刺身の中で、最上と言われているんですぞ?!ヒラメの方がマダイより上という、何よりの証拠ですな!」
壺倉は、勝ち誇ったように言う。
「なっ!マダイがヒラメに劣っているなんて、絶対にありえません!マダイの料理は美味しいし、なにより、すご~く縁起がいいんですから!」
「!…え、縁起というなら、ヒラメだって縁起物だ…」
壺倉は、痛いところを衝かれた…、と思った。
なので語気が弱くなる。
「確かにヒラメも縁起物ですが、マダイは縁起物の代表格!もっとも縁起がいい魚と言っていいでしょう!めでたい、という言葉に通じるとされ、祝いの席や、正月に欠かせない存在!そして古来よりその縁起を担ぐのは、日本人の心の文化!つまりマダイは、日本人の心です!」
黒田の言葉には、かなりの力があった。
なので壺倉は、心に大ダメージを受ける。
しかし、壺倉は、これくらいで折れる男ではなかった。
「くっ…!…お、おのれ…!言わせておけば、屁理屈ばかり…!黒田さん!アンタ、魚のサイズを偽るばかりか、ヒラメがマダイに劣っていると言うつもりかっ…?!ヒラメがマダイなんぞにっ…!」
「だから私はウソなんてついてませんって!っていうか、マダイなんぞ?!壺倉さん!あなたマダイをバカにしすぎじゃないですか?!マダイはあんなに美味しいのに!」
「はぁ?!ヒラメに比べたら、マダイの味なんぞ、軽く霞んでしまうでしょうが!黒田さん、アンタ、ちゃんとヒラメを食べたことがあるんですかな?!」
「当り前じゃないですか!」
「食べていてなお、そんなバカな事をいうなんて、アンタの舌が心配になりますなぁ~!ああ~!味覚音痴ってやつですか~!それなら納得だ~!」
「!はぁ~?!」
そうして2人は、今度はヒラメとマダイ、それぞれの料理の話を持ち出して、お互いの舌の批判合戦…。
…不毛な事に、壺倉たちは、完全に、言い争うことに躍起になってしまっていた…。
そして言い争ったまま、体育館へと入っていったのである。
しかし、その体育館には、無数の羽衣が浮かんでいた…。
そして…。
ヒュッ…!
壺倉に向かって、その羽衣が猛スピードで飛んでいったのである…。
「ハッ!危ない!」
さすがというべきか、退魔師の黒田は羽衣に気づき、壺倉をかばって、その体を突き飛ばした。
しかし…、
「!」
かばった黒田自身は、羽衣にグルグル巻きにされ、天井へと連れ去られてしまう…。
「あ~~~っ!」
「ひっ…!く、黒田さん…!」
壺倉は、突然、目の前で起こった事態に腰を抜かす。
そして今頃になって、やっと体育館の異常に気づき、蒼白になった。
「た、大変だ!す、すぐに助けを呼ばなければ…!」
へたり込んでいた壺倉は慌てて立ち上がり、助けを呼びに走り出したのだった…。
「三級退魔師の黒田さんがやられた…。三級なのに…」
見ていた山田たちはショックを受ける。
「くだらない話に夢中だったからでしょ?マダイだのヒラメだのって、バッカみたい!私たちがずっと呼んでたのに、全然気づかなかったし!」
多恵は辛辣に批判する。
「っていうか、あの羽衣の速さはなんだよ!速すぎるだろ?!この前見た時と、段違いじゃねーか!天井にもぶっ刺さってるみてーだし、いったいどんな強度だよ?!」
「…俺、じいちゃんから聞いた事がある…。八乙女の羽衣は、岩をも切り裂くし、銃の弾丸でも貫けないって…。今までは、ただのホラ話だって思ってたけど…」
山田は青い顔になって言う。
「マジかよ…。そんなの、どーやって倒せばいいんだ…」
山崎たちは途方に暮れる。
一方、逆さづりにされたばかりの黒田は…、
「あ~。油断しちゃったなぁ~。あの~!皆さ~ん!これって一体どういう状況ですか~?!ちょっと教えて~!」
声を張り上げ、情報収集を始めたのだった。
そうして体育館で、ミノムシたちが情報交換をし始めた頃…、同じ施設内の控室では、真人と武男が、講習の準備をしていた。
ちなみに他のスタッフたちは、すでに体育館へ行っていたので、ここにいるのは真人と武男だけである。
「え~と、あいさつが終わったら、小結界を張って、呪言玉と鏡を用意して…」
真人は進行表を確認していく。
「お~い。マサ~。その確認、何度目だよ~。たかが講習会の実演だろ~?たいした危険もないのに、何をそんなに心配してんだ?お前、心配症じゃなかったよな~?」
武男がイスの上でだらけながら言う。
「べつに危険性を心配してるわけじゃ…。ただ進行に手間取ったりしたら、カッコ悪いだろう…?」
「…はぁ…?何言ってんだ、お前…。そんなの気にしたことなんて、今まで一度も…」
武男がいつもと違う真人を不審がっていると…。
「た、大変…!大変だっ…!」
そう言って、血相を変えた壺倉が控室に飛び込んできたのである。
「壺倉さん…?どうしたんです?そんなに息を切らして…」
「た、体育館で人が…!人が…、ミノムシにされているっ!」
「…はぁ?」
真人と武男は、訳が分からず問い返す。
「だから!みんなミノムシにされているんだって!」
真人と武男は、お互いの顔を見合わせ、訳が分からん、と目で話す。
しかし2人とも、今は壺倉を落ち着かせて、話を聞く必要があると理解した。
「壺倉さん、落ち着いて…。いったい何があったんです?一緒に会場に向かった黒田さんは?」
「く、黒田さんも、ミノムシにされてしまった…。今は体育館の天井に吊るされている…」
「吊るされてる?!どういうことですか?!どうしてそんな事に?!」
「わ、わからない…。体育館に入ったら、いきなり変な布が飛んできて、黒田さんをグルグル巻きにしたんだ…。そしてそのまま天井に連れ去って、そこから吊り下げて…。体育館の者たちは、みんな同じようにされている…」
「みんなって…、全員ってことですか?いや、そんな、まさか、冗談でしょう?」
武男には到底、信じることが出来なかった。
しかし真人は、話を聞いてすぐ、嫌な胸騒ぎを感じていた…。
「…変な、布…?」
「ああ…、あの布がなんなのかは分からない…。だが体育館には、あの布が大量に飛んでいた…」
「布が飛んで…。まさか!」
「あっ!おい!マサ!」
真人は控室を飛び出していく。
そして武男と壺倉も、それを追うようにして会場へと向かったのだった…。
マダイとヒラメ、どちらが上とかは、本当にありません。
どちらも素晴らしい魚です。
みんな違って、みんないい。




