17. 佳奈子の危機
夜の7時半、佳奈子は講習会に参加するため、町営の体育館を訪れていた。
「え~と、講習会は8時からだから、まだ時間はあるよね…。多恵ちゃんも来るはずだけど、もう来てるかな~?」
佳奈子はそう言って、多恵を探す。
ちなみに多恵も新人呪具師なので、この講習を受ける必要があるのである。
「お~い!佳奈ちゃ~ん!」
「!」
佳奈子は名前を呼ばれ、声の主を探す。
すると、手を振って、こちらに走ってくる多恵を見つけた。
「多恵ちゃん!」
「イエ~イ!4時間ぶり~!」
佳奈子たちは合流し、互いの手を合わせる。
「先に来てたんだね!何時に来たの?」
「私も、ついさっき着いたとこ!ところで佳奈ちゃん、晩ごはん、ちゃんと食べてきた?」
「もちろん!途中でお腹が鳴ったら、恥ずかしいもん!」
「だよね!だよね~!私もそう思って、しっかり食べて来たよ~!…でも、ちょっと食べすぎちゃってさ…。眠くなったら、どうしよう~!」
「大丈夫!その時は、私が起こしてあげるよ!席が隣なら、手も届くしさ!」
「ほんとっ?!ありがとう~!じゃあ2人で並べる席に座ろう!今なら席も空いてるし!」
「うん!」
そうして2人は、体育館に並べられた、パイプ椅子に向かった。
「…それにしても、新人って意外にいるんだね…。数人かと思ってたよ…」
多恵が周りを見渡して言う。
「ああ、そうだよね。でも、昨日の退魔師研修よりかは少ないよ」
「えっ?そうなの?昨日は退魔師の人たちだけ、だったんだよね?」
「うん。でも昨日は、県外からも来てる人が多かったから。今日ここに来てるのは、3つの町の、人たちだけでしょ?」
「ああ、なるほど~」
そうして佳奈子たちが話していると…、
「てめぇ!俺たちを舐めるのも、いい加減にしやがれ!」
「ぶっ飛ばしてやる!」
そんな怒鳴り声が聞こえてきたのである。
「えっ?!なに?!なに?!どうしたの?!」
ざわざわと騒ぎ出す会場に、佳奈子たちは驚く。
「あっちだ!行ってみよう!」
「あっ!多恵ちゃん!」
佳奈子は野次馬の多恵を追いかけ、人が集まる騒ぎの現場に向かった。
すると…。
「くらえっ!」
「絶対、泣かすっ!」
そう言って誰かに殴りかかる、2人の少年がいたのである。
「!あれって…、山崎と山田じゃん…」
「それに絡まれてるの、功刀くんだよ…」
「あいつら、またやってるの~?場所を考えなよ~」
佳奈子たちは、驚きつつも呆れてしまう。
一方、ケンカを仕掛けられた功刀は、うんざりした顔をしていた。
「…お前ら、しつこいな…。邪魔だ」
功刀はそう言うと、山崎と山田の攻撃を受け流し、ついでに2人を投げ飛ばした。
「グッ!」
「ガハッ!」
投げられた2人は、床の上で苦悶の声を上げる。
そして功刀は、それを冷たい目で見下ろして、ふんっ!と言って離れていった…。
「くそっ…!」
「ちっくしょ~!」
そう言って悔しがる山崎と山田は、今にも泣きそうな顔だ。
「…。…学校の時と、全く同じじゃん…。あいつらも懲りないね…」
多恵はそう言って呆れる。
すると山崎たちは、周りの観衆たちに、やっと気がついたようだ。
「…お前ら、なに見てんだよ!見せもんじゃねぇぞ!」
「そうだ!見てんじゃねぇ!」
そう言って観衆たちに、怒鳴りだしたのである。
「うわぁ…。これも学校と一緒だ…。呆れた。行こ、佳奈ちゃん」
「うん…」
佳奈子は2人に同情しながらも、その場を離れようとする。
しかし…、
「!…おいっ!そこの八乙女!お前は待て!」
「えっ?」
佳奈子は呼び止められ、足を止める。
「お前、自分は関係ねーみてーなツラしてるが、アイツに舐められるのは、お前のせいでもあるんだからな!」
「えっ?!私?!」
「そうだ!研修で見たが、お前の羽衣、ノロノロじゃねぇか!あんな役にたたねー技使ってっから、穴脇の退魔師みんなが、舐められる事になるんだよ!」
「そうだ!「八乙女の羽衣」は凄いとかって言われてっけど、全然大したことねーじゃん!舐められるのは、お前のせいだ!」
山崎と山田は、佳奈子に八つ当たりを始めたようだ。
「なっ!アンタたち、いい加減にしなさいよ!八つ当たりなんて、恥ずかしいと思わないの?!」
多恵が怒って、間に入る。
「八つ当たりじゃねー!本当の事だ!それに八乙女、前から思ってたが、お前、その腕に付けてる呪具、なんだよ!」
「えっ?」
実は佳奈子はずっと、右手に、水晶のブレスレットを付けているのだ。
「いつも付けてるよな、その呪具。それ、魔よけじゃないのか?」
「えっ?違うけど…」
「うそつけ!魔よけだろ!そんなのいつも付けてっから、穴脇の退魔師たちが、舐められる事になるんだよ!」
「だから違うって!」
「とぼけるつもりか?!それ見せてみろ!」
「えっ?!ちょっと…!やめて!やめてったら!」
佳奈子は腕をつかまれ、ブレスレットを奪われそうになる。
「やめなさいよ!それは魔よけじゃないって言ってるでしょ!」
そう言って多恵が、山崎たちの手を引きはがそうとする。
しかし…。
「土師原、お前はどうせ、友達だからって、かばってんだろ!引っ込んでろ!」
「きゃっ!」
多恵は、山田に突き飛ばされてしまった。
「なっ!多恵ちゃん!」
「おら!よこせ!」
「あっ!」
佳奈子は、多恵に気をとられている隙に、ブレスレットを奪われてしまった…。
「返して…!それがないと…!」
佳奈子は真っ青になって、自分の手を見る。
すると、なんと佳奈子の手から、次々に羽衣が飛び出してくるのだ。
「そんな!止まって…!止まってよ…!」
佳奈子は、ひどく焦りだす。
一方、山崎たちは、ブレスレットに、魔よけの文字や模様があるはずだ、と探していた。
しかしブレスレットには、それらの模様が見つからない。
そんなハズは…と、おかしく思っていると、山崎たちも、佳奈子の異変に気が付いた。
「あ?お前、何やってんだよ…」
佳奈子の手からは、不気味なほどに、もこもこと羽衣が飛び出してきていたのだ。
「止まらない!止まらないの!早くブレスレットを返して…!」
佳奈子は自分の手を抑えながら、そう訴える。
しかし山崎と山田は、異様な光景に驚き、後ずさっていくばかり…。
「な、なんだよ、これ…」
そうして、山崎たちが戸惑っている間にも、飛び出してくる羽衣は、次第に勢いと量を増してゆく…。
「お願い…!早くブレスレットを返して…!お願いだから…!」
佳奈子の声は、今や悲鳴のようだ。
そして羽衣は、ついには、まるで間欠泉のように噴き出すようにまでなって…。
「…助けて…!」
佳奈子は噴き出す羽衣の隙間から、そう訴える。
「えっ?」
山崎と山田は、ポカンとする。
一方、多恵はハッ!と我に返った。
実は、多恵はこの瞬間まで、初めて見る異様な光景に、腰を抜かしていたのだ。
けれど、友の助けを求める声を聞き、やっと我に返ったのだった。
(ごめん!佳奈ちゃん…!私、ビックリして腰を抜かしてた…。でも今、助けるから…!)
多恵は、佳奈子を助けるため、動き出そうとする。
しかし、そんな多恵より先に、動き出した者がいた。
功刀である。
功刀は驚くほどの速さで、山崎の元へ駆け寄った。
そして…、
「かせ!」
そう短くだけ言って、山崎の手から、ブレスレットを奪い取ったのである。
そして彼は、それを佳奈子に渡そうと近づく。
しかし…。
ヒュッ!
羽衣は、まるで竜巻のように猛烈な速さで佳奈子の周りを渦巻き、それ以上、佳奈子に近づくことが出来ない…。
「くっ…!何なんだこれは…!」
さすがの功刀も、羽衣の猛烈な勢いに後ずさるしかなかった。
そして佳奈子は、取り巻くその羽衣に、完全に閉じ込められてしまったのである…。
今や羽衣は、渦巻きながら、丸い球のような形になって空中に浮かんでいる…。
「佳奈ちゃん!大丈夫?!佳奈ちゃん!」
多恵は、血相を変えて呼びかける。
「やめろ!それ以上近づくな!危険だ!」
功刀が多恵を引き止める。
「でも佳奈ちゃんが…!」
そうして周囲の人々が驚き戸惑っているうちに、渦巻いていた羽衣の動きは、次第にゆっくりになってきた。
「!羽衣の動きが、遅くなってきている…」
そして丸くなっていた羽衣は、徐々に、ほどけていったのだ。
やがて羽衣の多くが周りに散ってゆくと、中にいる佳奈子の姿が、周りの人間にも見えるようになってきた。
「!佳奈ちゃん…!よかった…!ケガはないみたい…」
とりあえずケガのなさそうな佳奈子の様子に、多恵はホッと、安堵の息をつく。
しかし佳奈子は…、
「………」
多恵の呼びかけに、まったく答える様子がない…。
それどころか、その顔は無表情で、開いた目には、何も映していないよう…。
そして、そんな魂の抜けたような表情のまま、佳奈子は羽衣をまとい、フワリと宙に浮かび続けているのであった…。




