01. ドロの妖怪
この宇宙には「パラレルワールド」とよばれる、別の歴史をたどった、別世界があるという…。
そして、そのパラレルワールドには、別の歴史をたどった、もう一つの日本があったのである…。
しかも、そこにはなんと、迷信の存在といわれる、あの妖怪たちが、実際に、存在していたのであった…!
…実在し、誰の目にも映る妖怪たち…。
パラレルワールドの人々は、見える彼らを疑う余地なく認識し、折り合いをつけながら、日々、生活を送っていた――。
…けれど…、妖怪たちは、たびたび様々な怪異を起こし、人々に害をなす事が多かったのである…。
そのため人々は、妖怪たちの被害に対処できる人材を求めていた…。
妖怪たちの不思議な力に、対抗できる者たちを――。
そしてその妖怪に対抗できる者たちこそ、拝み屋を営む、『退魔師』と呼ばれる人々、だったのである――。
<西暦 1970年 4月>
<パラレルワールド・日本…>
空が茜色に染まった夕暮れ時…。
広い田んぼ横の、のどかな住宅街に、怪しい3つの人影があった。
いや、よく見ればそれらは人影ではない。
土のドロが1メートルほどの小山となって、もぞもぞと動いているのだ。
その動くドロ山には、一つの目玉と、手と口までもがついている。
どうやらこれは、ただのドロ山ではなく、なにかの妖怪のようである…。
そしてそんなドロの妖怪たちが、いま何をしているのかというと…。
「ブブーッ!!!」
なんと妖怪たちは、口からドロ水を吹いて、民家の塀や花壇、駐車している車に、ドロ水をかけていたのである…!
ドロ水をかけられた花壇や車は、みるみるうちに、どろまみれ。
元の美しい色が、全く分からない状況である。
そしてそんな状況にした妖怪たちは、意地悪そうにケタケタと笑っているのであった――。
やがて、ひとしきり笑った彼らは、次なる標的・隣の民家へと向かい始めた。
そして同じようにドロ水をかけだした、まさにその時である…。
「ちょっと、やめなよ!そこの妖怪、泥田坊!」
妖怪たちに、そう声をかける存在が現れたのである。
3匹の妖怪・泥田坊たちは、ふり返って声の主を探す。
するとそこには、一人の少女が立っていた。
少女の歳は、およそ15~6歳ほど。
そしてその格好は、剣道や、弓道で着る袴着姿。
履物は運動靴…。
草履でない点が、どうしても統一感に欠ける姿である…。
しかし、その容姿はなかなかのもの。
フワリとした肩より少し短い髪。
パッチリとした二重の瞳。
少女の見た目は、可憐なタイプに違いなかった。
そしてそんな少女は、妖怪たちに全く臆することなく声をかける。
「ひとのお家にドロ水をかけるのは、とっても迷惑な事なんだよ?それに、そこのお花だって、そんなにドロをかけられたら光合成ができなくなって…、あっ…、光合成って言葉は通じないかも…。え~っと…、もっと違う言葉で…。…そう…!ごはん…!ごはんだ…!うん…!ごはんが作れなくなっちゃって、枯れちゃうかもしれないの…!それはかわいそうでしょ?だから、ドロをかけるのは、もうやめて?」
少女は、泥田坊たちが人間の常識を知らないと思ったのか、教えるように話しかけた。
泥田坊は人間の言葉が分かる妖怪だ。
もし、その常識を知らなかったのだとすれば、反省するかもしれない。
しかしその泥田坊たちは、全く反省など見せなかった。
それどころか――。
「…けっ!ペッ!」
なんと泥田坊は花壇にむかって、つばを吐き捨てるように、ドロ水を吐き捨てたのである。
そして一匹の泥田坊がそんなそぶりを見せると、他の泥田坊たちはケタケタと笑い、彼らもマネするようにして、ペッ!ペッ!とドロ水を吐き捨て始めた…。
少女はそんな彼らに驚きを隠せない。
「うわっ!なんて悪い態度なの…。…この素行の悪さ…、もしかしてあなた達、最近この辺りで出没してるっていう悪い泥田坊?通行人にドロをかけたり、田んぼに引きずり込もうとするっていう…」
少女は言いながら、泥田坊たちの反応を見る。
彼らが問題の泥田坊なのかどうか、見極めるために。
なぜなら一般的に泥田坊とは、そう悪い妖怪ではないとされているからだ。
悪い行いをするのは、ほんの一部なのである。
そもそもこの世界に妖怪は多いが、彼らのほとんどは、人に無害なのである。
人に害をなすのは、ほんの一部なのだ。
ただ、妖怪の数が多いために、その一部でも、相当な数になっているのだが…。
…まぁ、そんなわけで、この泥田坊たちが問題の泥田坊とは限らない。
…しかしこの素行の悪さからして、彼らが問題の泥田坊でない可能性は、かなり低そうだ…。
「もし、あなたたちが、最近ウワサの悪い泥田坊なら、このままあなた達を放置する事はできないよ。たくさんの人から苦情が出ているの。私は拝み屋の退魔師だから、今日はその泥田坊を…」
「ブブーッ!!!」
「きゃあ!」
なんと、話の途中で突然、一匹の泥田坊が少女にドロ水をかけたのである。
「もうっ!なんてことするの!」
「ブブーッ!!!」
「きゃっ…!」
「ブブーッ!!!」
「ちょっ…!!!」
「ブブーッ!!!」
「や、やめっ…!!!」
「ブブブブブーッ!!!」
泥田坊は大量の泥水を少女にかける。
そのせいで、少女の白かった道着や、紺色の袴は、もうドロだらけだ。
手でガードはしたものの、顔や髪にもドロはかかってしまっている…。
そしてそんな泥だらけの少女の姿をみて、泥田坊たちはケータケタケタ!と大笑い。
対する少女は、怒りで、わなわなと震えていた。
「…そう…。よ~くわかったよ…。やっぱりあなた達が問題の泥田坊なんだね…。ならもう、容赦しないから!!!」
少女はそう言うと、ふところから一枚のお札を取り出した。
そして呪文を唱える。
「力を貸したまえ…!建御雷之男神…!神気招来!」
少女がそう唱えると、持っていたお札がほのかに光り、バチバチと静電気を発し始めた。
それを見た途端、笑っていた泥田坊たちは急に緊張した顔つきになる…。
少女はそんな泥田坊に向かって「はっ!」と気合の掛け声とともに、お札を飛ばした。
すると、お札は不思議にも一匹の泥田坊の頭上でピタリと止まる。
そして…。
「落ちよ!雷迅槍!」
ズドーン!
なんと少女が呪文を唱えたとたん、お札から強烈な雷が落ちたのである。
「グギャアァァァァ!!!」
雷が直撃した一匹の泥田坊は、悲鳴をあげてその場に崩れ落ちる…。
しかも倒れた泥田坊は、ピクピクと痙攣しながら、徐々に小さくなってゆくのだ…。
そして最終的には、サッカーボールほどの大きさになってしまった…。
泥田坊は弱体化して、小さくなったのである。
少女はそんな泥田坊の姿をしっかりと目に焼き付け、息を吐いた。
「ふぅ。悪い妖怪は、許さないんだから!」
しかし少女がそう言った途端…。
「なぁにをやってんだい!佳奈子!このバカものが!」
そう少女を叱る、厳しい声がかけられたのである。
「えっ?!おばあちゃん?!」
少女・佳奈子は驚いて、声がした後ろを振り向く。
するとそこには佳奈子と同じ袴着姿の、初老の女性が立っていた。
この女性の名は、八乙女 絹代。
佳奈子の師匠であり、実の祖母である。
そしてそんな絹代のたたずまいは、非常に凛としており、強い覇気にあふれていた。
しかし、その顔は鬼のような形相であり、その顔で、彼女の孫・佳奈子を睨みつけていたのであった…。




