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PARTNER  作者: 橘。
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第27話 名前を呼ぶ 2.関係(1)

 午後15時。岬は駅前のコーヒーショップに居た。ホームの最寄り駅ではなく、巽の学生寮から近くの店だ。そこに着いてから巽へ連絡を取った。もし時間があるなら来て欲しい、と。自分の気持ちが分かった以上、想いを寄せてくれている彼を待たせることは出来ないから。直接会って話をしたかったのだ。

 店に着いてからメールを送ったのには訳がある。きっと事前に連絡をしていたら病み上がりですぐに外出することを反対されるか、されなくても巽がホームへ迎えに来てくれるだろうから。決心したからにはすぐに話をしたかったし、少なくとも巽にとっては良い話ではないのだ。出来るだけ彼に迷惑のかからない形で会いたかった。

 案の定、岬への返信はその行動を叱り付けるものだったけれど。


“アホ!!熱があったくせに何してんねん!すぐ行くから待っとれ!”


 巽からのメールを見て、思わず笑ってしまった。それを眺めながら待っていると、15分程で巽が店に飛び込んできた。走ってきたのか、首筋には汗が流れている。


「岬・・・。」

「あ、巽君。ごめんね、急に。」

「体調は?」

「熱もないし、大丈夫。」

「ここは結構冷房きいとるから、出るで。」

「うん。」


 店を出て向かったのは川原に併設されている公園。夏休みだけあって少し離れた場所にあるグラウンドでは小学生の野球チームが試合をしていた。当然屋外だが、ベンチがある場所には大きな樹が植えられていて木陰になっていた。直接日光が当たらないので真夏でも涼しい。

 二人並んでそこに腰を下ろす。それぞれの手には来る途中に巽が買った冷えた缶ジュースが握られていた。プルトップを外し、巽がぐいっとコーラを煽る。


「で?突然何や?」


 どことなくいつもより巽の態度が硬いのは、やはり突然呼び出したことを怒っているのだろうか。隣に座る彼の表情を窺いながら、岬は口を開いた。


「あの、・・・この前の返事をしたくて。」


 ちらりと巽の目線が投げかけられる。けれどすぐにそれは外された。


「分かった。」


 岬は巽に渡されたアイスティーの缶を一度ぎゅっと握る。開けられていないそれからは冷たい温度が手のひらに伝わり、緊張している岬の頭も冷やしてくれた。


「ごめんなさい。」


 ぴくり、と巽の眉が一瞬動く。だが口は開かない。その視線はただ前の川面に向けられている。


「私、その・・・好きな人が、いて・・。」

「・・・祭の時のにいちゃんか?」


 やっと口を開いた巽の言葉に、岬は首を横に振った。巽が言っているのは夏祭りで会った桐生のことだ。けれど岬が好きな相手ではない。そこで巽は岬を見た。


「俺が知っとる奴?」

「う、うん。」

「聖か・・・。」

「えっ!!」


 岬が驚いた瞬間、巽は顔をしかめて舌打ちをした。手の中の缶の冷たさなど感じないほど体が熱くなっているから、きっと自分の顔は真っ赤になっていることだろう。岬は恥ずかしさと動揺で言葉に詰まってしまった。


「な、な・・んで・・。」

「その顔見て分からん奴はアホや。」


 そしてはーっ、と深くて長い溜息をついた。巽の手が乱暴に岬の頭を撫でる。


「ごめ・・・・・わわっ!」

「謝らんでええ。どうせそんな話やと思っとった。」

「え?」

「でなきゃ、お前が急に俺を呼び出すわけあらへん。」


 なんて言葉を返したらいいのか分からなくて、岬は下を向いてしまう。するとまたぐちゃぐちゃと髪をかき回される。


「岬。」


 呼ばれて顔を上げれば、そこには今日初めての笑顔を見せた巽がいた。


「聖に泣かされたら俺に言え。」

「え?」

「代わりに俺が殴ったる。」


 力が抜けて、思わず岬の顔にも笑みが浮かぶ。きっとこれ以上岬が気を使わなくていいように、こんな事を言ってくれているのだろう。


「・・巽君。」

「あ?」

「ありがとう。」


 その瞬間、ぐいっと腕を引かれた。驚く間もなく気づけば巽の腕の中。そして額に触れた柔らかい感触。次に視界に入ったのは、自分を見下ろしながら口角を上げていたずらっぽく笑う巽の顔だった。


「デコちゅーもらい。」

「た・・・巽くん!!」

「ええやんか、これくらい。もうせんて。」


 いつものように笑う巽にほっとした。けれど恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。巽の腕の中から開放された岬は、再び真っ赤になった顔をからかわれたのだった。






 * * *


 夕方18時。真夏の今はまだそれ程暗くない。ホームまで送ってくれるという巽の提案を一度は断った岬だったが、結局押し切られて一緒に電車を降りた。口で巽に勝てるわけがないのだ。

 そして改札を出た瞬間、岬は自分の目を疑った。真っ先に視界に入ったのは駅の柱前に立っている聖だったのだ。


「橘君!?」


 慌てて駆け寄る岬の声に、聖も顔を上げる。


「どうしたの?」

「アンタ迎えに。」

「え・・。」


 聖は完全に手ぶらだった。本当に迎えの為だけに駅まで来てくれたのだろう。病み上がりな事を心配してくれたのだろうか。何時に帰ると告げていなかったのに。聖のその行動だけで、岬は胸が一杯だった。


「・・ありがとう。」

「ん。」


 一瞬、聖の目線が岬の後ろに居た巽に移動する。一緒に居ることに驚いた様子はなかった。巽と会っていたのなら、彼が岬を最後まで送り届けることは分かっていたのだろう。何だかんだ言って、仲間の中でも歳が近い二人。お互いの性格はよく分かっていた。


「巽。お前寮に帰るのか?」

「せやったら何やねん。」

「ならここまででいい。」


 そう言って岬の手を取りさっさと歩き出そうとする聖。その表情がいつもと変わらぬ飄々としたものなのが余計に巽の神経を逆撫でした。それが当然、と言わんばかりの態度だ。


(むっちゃ腹立つ!!)


 一言文句を言ってやろうと二人を追いかけた時、聖の足が止まった。何事かと思えば、そこに黒塗りのベンツが横付けされていたのだ。途端に嫌な予感がして、巽はその背に岬をかばった。聖の手があっさりと岬から離れたのは、互いに同じ事を考えたからだろう。聖が一歩前に出る。

 音もなく後部座席のサイドウィンドウが開く。そこから顔を出したのは仲間の一人、シン=ルウォンだった。


「・・シン。」

「こんばんは、岬さん。今日は聖と巽も一緒なんですね。」


 巽の後ろからこちらを見ている岬に向かってシンは微笑みかける。同時に聖と巽は表情を険しくした。それが分かってもシンは笑みを崩さず、穏やかな声で話を続ける。


「おや、随分と顔色が悪いようですよ。ホームまで送りましょうか?」

「・・いえ。大丈夫です。」


 急にか細くなった声に驚き聖と巽が後ろを振り返れば、確かに岬の顔色は悪い。今にも倒れそうなほど青白かった。


「岬?」


 巽が声を掛けるが、岬はただ首を横に振るだけだ。二人をシンの視界から隠すように聖が移動した。


「何の用だ?」

「いえ。何も。たまたまお見かけしたので声を掛けただけだよ。それではまた。」


 サイドウィンドウが閉まり、するりとベンツは駅前から去っていく。その黒い塊が見えなくなってから、聖は巽の後ろで竦んでいた岬の手を取った。夏だというのに彼女の手は驚くほど冷たくなっている。先程手を握った時とは大違いだ。思わず眉間に皺が寄った。


「帰るぞ。」

「待て。俺も行く。」


 聖は巽を見たが、何も言わずただ頷いただけだった。

 あまりに顕著な岬の変化に二人の頭に不安が過ぎる。シンに名前を呼ばれ、話しかけられただけで顔色を悪くするなど絶対に何かがあった証拠だ。

 仲の悪い二人に共通しているのは、岬を守りたいという想い。三人の関係がこれからどう変化しようとも、それだけは何があっても譲れないのだ。

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