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PARTNER  作者: 橘。
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第27話 名前を呼ぶ 1.夢と現実

 

 橘君とキスする夢を見ました。



(何やってんの私のばか~~~~~!!!)


 確かに昨日は彼のことで頭が一杯で、仲直りができるかなぁ、と不安に思っていた。けれど仲直りなどすっとばしてキスなんて。


(は、恥ずかしい・・・)


 あまりの衝撃に岬はベッドから上半身を起こしたまま固まっていた。その両手はタオルケットを握り締め、顔が真っ赤になっている。


(あああああぁぁぁぁ・・・)


 こんな夢を見た後で一体どんな顔で聖に会えば良いと言うのだ。昨日一日風邪で寝込んでいたが、そのお陰か今日は熱は全くない。リビングに顔を出して、心配掛けてしまった渚に熱が下がったことを伝えなくては。会わせる顔がないと言っても、とても今日一日仮病で部屋に篭る気にはなれない。


「はぁ。起きよう・・・。」


 のろのろとベッドから降り、パジャマから着替える。窓を開けて換気をすると朝の涼しい風が頬を撫でた。雲の少ない空を見ると今日は天気が良さそうだ。時計を見れば午前7時。今日はバイトもないし、もっと寝ていても良かったのだが、昨日ずっと寝ていたせいか頭はすっきりしている。もう一度ベッドに入ろうとは思えない。


「ナァー。」


 着替え終わってベッドに座り一息付いていると、ドアの向こうから聞こえたのは雪の鳴き声。岬が起きたことに気づいたのだろう。立ち上がろうとした時ドアが開いた。下には思った通り白猫の姿。けれどそれだけではなかった。


「・・おはよう。」

「橘君・・・。お、おはよう。」


 ドアを開け、そこに立っていたのは聖。思わず夢を思い出してうろたえてしまうが、その隙にタタタタッと走ってきた雪が飛びついた。


「わっ、雪!」


 最近体が大きくなった雪は軽々と岬の胸元まで飛び込んでくる。ぐりぐりと頭を摺り付けるパートナーに岬は胸を撫で下ろした。昨日までの寂しさが雪の温もりを感じただけで埋まっていく。


「雪・・。」


 片手で雪を支え、反対の手で背中を撫でれば雪は上機嫌に喉を鳴らした。


「葉陰。」

「・・・・、どうしたの?」


 顔を上げれば聖が気不味そうにこちらを見ていた。今朝の夢のせいで一杯一杯だった岬は、聖の様子がいつもと違うのにやっと気がついた。


「ごめん。」

「え?」

「昨日、酷い事言った。」

「そんな、いいよ。」


 現に先程までそんなこと忘れていたくらいだ。岬が笑って返せば、ドアの前に立っていた聖は部屋に入って来ると隣に座って岬の頬に触れた。


「でも、泣いただろ?」


 その言葉に、昨日の光景が蘇る。

 聖に言われた言葉は悲しくて混乱を呼んだ。けれど岬は彼を責める気にはならなかった。言った聖の方が傷ついた顔をしていたから。

 その時視界に入ったのは自分の頬に触れる聖の指先。そして数本の引っ掻き傷。


「これ、もしかして・・雪が?」

「あぁ。いいんだ。」

「でも・・」


 岬が腕の中の雪を見下ろせば、白猫はプイッと横を向いてしまう。どうやら大分ご立腹のようだ。


「いいんだ。俺がアンタに酷いことを言った。雪が怒るのは当然だ。」

「・・・橘君。」

「あんたも・・」

「え?」

「俺を殴ったっていい。」

「えぇ!!そんなのいいよ。」


 ぽすっとベッドに座ったままの岬の膝の上に頭を乗せる聖。さぁ、殴ってくれと言わんばかりだ。


(こ・・・これはもしや本気でやり返せって事?)


 けれどそんなことできる筈もなくて、恐る恐る岬は黒い髪に指を通す。そしてゆっくり聖の頭を撫でる。


「私は気にしてないから。」

「うん。」

「雪も、もういいって。」

「・・ごめん。」

「うん。」

「ごめん。もう、しない。」

「うん。分かってる。」


 らしくもなく搾り出すような声で呟く彼を慰めるように、そのまましばらく頭を撫で続ける。すると岬の腕の中からベッドに降りた雪が聖の額を舐めた。


「痛い。」


 猫の舌はざらついていて本気で舐められるとけっこう痛い。眉間に皺を寄せる聖。岬が雪を見ると、同時に心に伝わってきたパートナーの言葉に岬は小さく笑った。


「わざと、だって。」

「・・・なら我慢する。」


 今日の聖はまるで小さな子供みたいだ。

 二人と一匹。特に言葉もなくしばらくそうしてまったりしていたが、どうしても岬には気にかかることがあって聞いても良いのか悩んでいた。でも今を逃すと聞けない気がする。

 自分の膝に頭を乗せたままの聖に控えめに問いかける。


「・・・橘君。」

「ん?」

「一個聞いてもいい?」

「ん。」

「・・その、」


 聖の黒い目がまっすぐに自分を見上げている。まるで昨日とは真逆の体勢だ。けれどそこに不の感情など見えなくて、それに勇気付けられ口を開いた。


「栗橋さんと・・・、付き合ってるの?」


 夢にまで見てしまったあの夕立の日の光景が蘇る。あの時から、岬はずっと胸が締め付けられるような想いを抱えていたのだ。だが、それに答えた聖の言葉は想像を絶するものだった。


「・・・・・。クリハシって誰?」

「え?」

「?」


 ぽかん、と間抜けにも呆けてしまった。同じ学校だし、何より一緒に相合傘して歩いていたのだ。名前を知らないなんてあり得ない。


「え、あの・・・。一昨日、一緒に帰ってたよね?」

「一昨日?」

「うん。夕立のあった日。」


 すると聖は記憶を探ろうと一度岬から目線を外した。そして合点いったようで「あぁ」と呟く。


「あの時は渚に頼まれて郵便局に行ってて・・」

「郵便局?でも・・・、駅とは方向違うよ?」


 郵便局は住宅街にあるため駅から離れた所に位置している。ホームから行くと駅とは逆方向へ歩くことになるのだ。


「雨が降ったから、帰りに駅まで行ってあんたを拾ってこようと思ってた。」


 朝からバイトに言っていた岬はきっと傘を持っていないだろう。そう思い、郵便局の帰りに彼女を迎えに駅前まで足を伸ばしたのだ。だがすでに岬は店を出た後で会えず、そこで栗橋あすかに声を掛けられた。彼女は傘を持っておらず、その腕の中には小さな子犬。


「犬?」

「そう茶色いチワワ。散歩途中だったらしい。」


 知らない女が濡れようと関係ないが、彼女の腕の中で濡れているチワワに同情心が湧いた。そこで途中まで送っていったのだ。あれが栗橋だったのか?と聞かれ、岬は肩の力が抜けるのを感じた。どうやら完全に自分の早とちりだったらしい。


「・・そう、だったんだ。」

「それで?」

「え?」

「なんで付き合ってる事になってんだ?」

「あ・・・」


 二人の並んだ姿はとってもお似合いで、空席だった聖の隣はもう埋まってしまったのだと勝手に落ち込んだ。そして気づいた。自分の気持ち。自分が何を求めて、どうしたかったのかを。

 岬は彼の隣にいたかった。他の女の子とは違う、たった一つしか用意されていない特別な位置にいたかったのだ。


「ごめん。勘違い。」

「ならいい。」


 深くは追求せず、聖はそのまま目を閉じた。いつの間にか雪は聖のお腹の上に移動していて、完全に彼の事は許してあげたらしい。

 それにしても、このまま眠ってしまうつもりなのだろうか。


「橘君。」

「んー」

「私、リビングに行きたいんだけど。」

「やだ。」

「・・やだって・・・・、言われても・・・」


 聖がどいてくれなければ移動できない。困っていると彼が目を開いた。


「名前」

「え?」

「名前呼んだら、いい。」

「橘君?」

「違う。名前。」

「・・・・・。」


 つまり苗字ではなく下の名前で呼べという事だろうか。急にどうしたんだろう、と思いつつも岬は名前を呼ぼうと口を開きかけた。だが、


(あ、あれ??)


 名前を呼ぶくらい何でもない事だと思っていた。現に巽に同じことを言われた時はすんなりと「巽くん」と呼べたのだ。けれど今はなんだか気恥ずかしい。これも今朝の夢のせいだろうか。


「岬。」


 不意打ちで自分の名前を呼ばれ、岬の鼓動が跳ねる。彼の手が再び自分の頬を下から撫でる。その目は真剣で、催促されているのが分かった。

 岬は深呼吸して、顔を赤くしながらなんとか呟く。


「・・・・・聖、くん。」

「ん?」

「お願いだから、どいてください・・・・」


 カーッと熱くなる顔。それを下から覗き込まれているかと思うとたまらなく恥ずかしい。


「ん。」


 ゴロンと体を避け、そのまま岬のベッドに寝っころがる聖。その顔はとても上機嫌で、潰れない様聖に抱っこされた雪は更に上機嫌だった。

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