第24話 気持ち見つける 3.三人(1)
三人の若い男女は通りの向かいにあるフレンチレストランを遠目に見た。そこに彼らと同世代の人達が正装をして談笑している姿が見える。煌びやかなシャンデリアがフロアを照らし、流れるクラシック音楽が彼らの居る所まで聞こえていた。
今日そのレストランを貸し切って催されているのは、上流階級の子息達が集うイブニングパーティー。ドレスアップした彼らの服装や装飾品を見れば、一般的な十代が持つものとは思えないほど値が張るものばかりだ。
そんな世界とは無縁の三人は何をするわけでもなく、じっとその様子を外から眺めている。その中の一人、木登渚は腕時計に目を落とした。
「時間だ。」
小さく呟いたその一言に彼の隣に立っていた女性、神楽梓は静かに頷いた。渚も梓も今日はパーティー用にフォーマルな服装をしている。渚は黒のタキシード。梓はネイビーのパーティードレスの上にサマーコート。年齢で言えばまだ大学生だが、二人とも正装した姿は随分大人っぽく見える。特に普段化粧をしない梓のドレスアップした姿に、クリスは見惚れると共に焦りすら覚えたほどだ。
梓が差し出された手を取り、渚は彼女をエスコートしてレストランへ入っていく。一人普段着のクリスは不機嫌そうな顔で二人を見送った。
レストランの入口で招待状を見せると、二人は中に入ってコートをクロークに預けた。店内を見渡せば十代後半から二十代前半程の若い男女がそれぞれに着飾って談笑している。どれもブランド物のドレスやバッグ、装飾品を身につけていて梓の興味を惹いた。さすがにセレブだけあって、学生とは言え額の桁が違う。今日はこの場で浮かないように梓もそれなりのものを身につけてはいるが、それもこの日の為にレンタルしたものばかりだ。
それぞれボーイからグラスを受け取り、「んじゃ、一先ずカンパーイ!」と言う渚の言葉を合図にして、グラスを合わせる。軽やかな音が響き、二人はグラスに口をつけた。すると可笑しそうに渚がクスクスと笑う。
「どうしたの?」
「だって、見たろ?クリスの顔。」
残念ながら今日クリスは同伴していない。本人は行きたいと言ったのだが、渚がそれを却下したのだ。あえなくお留守番となってしまったクリスは、それでもレストランに入るギリギリまで一緒に居て見送ってくれたのだが、紳士である彼にしては珍しく不満を隠しきれていなかった。
「可哀想なことしちゃったわね。」
「こんなキレイなカッコした梓と一緒に居られないんだからねぇ」
「あら、渚に褒められるなんて光栄ね」
「何言ってんのさ。いつもホメてんじゃん。」
「渚は軽いのよ。」
「酷いなぁ。」
「ホラホラ。クリスがいじけちゃわない内に早く終わらせちゃいましょ。」
「へいへい。」
二人はゆっくりと会場を見渡しながら店内を移動する。梓はここに入る前に確認した写真を思い浮かべた。
梓が渚と共にこのパーティーに参加したのにはワケがある。それは渚からの依頼だった。中学卒業後、高校へは行かずに様々なアルバイトをしている渚は色々な所から依頼を受けてくる。所謂何でも屋みたいなもので、今日もその仕事の一つだ。
依頼主は吉井商事の社長。彼は大口の取引先であるNPメンテナンスサービスという会社の社長と懇意にしている。そこで自分の長女とNPメンテナンスの一人息子の見合い話を持ちかけ、順調に話を進めていたのだという。ところが見合いの日を一週間後に控えた時、先方から連絡があり見合いが中止になった。理由を聞いても息子が乗り気じゃなくなった、との回答しか返ってこない。だがどうしても見合いをしたい吉井社長は見合いを中止した理由を調べて欲しいと依頼をしてきたのだ。いつもながらどこからそういった依頼を集めてくるのか分からないが、今回は梓も協力している。それは梓がNPメンテナンスの一人息子、田口雅也と接点があったからだ。
梓自身は指摘されるまですっかり忘れていたのだが、約一ヶ月前大学の友人に付き合って大学ラグビーの試合を見に行った際、会場の隣の席にいたのが田口雅也だった。勿論それだけでは接点と言える訳もなく、田口は彼女らしき女性と来ていたにも関わらず、試合が終わると彼女に分からないように梓に連絡先を渡して帰っていったのだ。梓は気にも留めず連絡先はその場で捨ててしまったのだが、それを渚が突き止めた。依頼を受けて田口の女性関係を調べる内に、梓にも辿り着いたのだという。接点と言ってもそれだけだったのに何故か分かったのか訊いてみると、田口はその後友人達に梓のことを話していたらしい。
かと言って、それも一ヶ月も前の話。お互い名前も知らない者同士だし、ああいった男は連絡先など色んな女性に配っているのだろう。自分の事を覚えているとは思えなかったが、要は梓が田口の好みの女性であるのは間違いない事が分かっていればそれで十分だと渚は言う。
こうして今回田口が参加するパーティーに潜入し、梓が田口に接触して見合いを断わった理由を聞きすというのが渚の作戦だった。だが、パーティーと言ってもあくまで参加者は日本企業の子息がほとんど。当然潜入ともなればいかにも外国人のクリスは悪目立ちしてしまう。そこで彼の参加は却下されたのだ。それがいつも温和なクリスが機嫌を損ねている原因だった。
「梓。」
小さく渚に呼ばれ、彼が顎でさした方に不自然じゃない程度に目を向ける。そこは2階フロアのテーブル席だった。このレストランでは1階が立食形式、2階はゆっくりと席に着いて食事がとれるスペースになっている。田口雅也は2階の階段近くのテーブルで赤いカクテルドレスの女性と二人で話をしているようだ。実物は写真よりも痩せて見えた。
「隣に居るのは?」
「・・まずいな。」
「え?」
「吉井怜奈だ。」
「吉井って・・。例の吉井商事?」
「そ。そこの長女。見合いする予定だった相手だよ。」
どうやらここでも何とか取引先の息子に取り入ろうとしているらしい。彼女は笑顔で田口に話しかけているが、当の本人はつまらなそうにグラスを傾けている。
「今日はずっと一緒なのかしら?」
「いや。田口の様子を見る限り、上手く彼女を振り払おうとするだろ。」
「それまで待つの?」
しばらく考えていたようだった渚が、梓の顔を見て「あぁ」と声を漏らす。
「何?」
「きっかけを与えてあげよう。」
「え?」