第24話 気持ち見つける 1.相談
頬杖を付きながら、岬はぼんやりと手元の本を眺めている。机の上に開かれているのは2年前にドラマ化された小説本。知っているタイトルが目について何気なく手に取ったのだが、その内容はちっとも頭に入ってこなかった。
朝から区立図書館に来ていた岬は、一般利用者用のデスクに座っている。ホームに居る気にならなくて、なんとなく足が向いたのがこの図書館だった。
周囲から聞こえてくるのはページをめくる音や、パソコンのキーボードを打つ音。平日のこの時間、利用者のほとんどは受験生の学生で、沢山の人がいるとは思えないほど静まり返っている。
今、岬の頭を占めているのは巽の言葉だった。先日突然彼が言ったのは、付き合って欲しいという告白。「考えといて」と言われ、岬はまだその返事をしていない。気持ちを告げられた翌日は外出届けを出していないという理由で、巽は朝の内に学生寮に戻っていた。その為、あれからまともに顔を合わせていないのだ。すぐに話が出来たとしても、自分の中に答えは用意出来ていないのだけれど。
巽のことは勿論嫌いじゃない。自分にとっては大切な仲間だし、そういった意味ではクラスの男子達よりも特別な存在だ。けれど恋愛という視点から見たらどうなのだろう。
岬の初恋は多分兄だったと思う。でもこれまで等身大の恋を岬はしたことがなかった。
仲間と恋人。どちらも自分にとって大切な存在。どこからがその境界線なのかは分からない。異性として好きなのかどうか。未だ自分の中にその答えが見い出せずにいる。相手が巽だからこそ、いい加減な答えは返せない。
11時になって、岬は昼からのバイトに出る為に席を立った。結局本は借りないまま、本棚に戻す。借りようかとも思ったが、部屋で本を開いた所で集中できないのは目に見えていたので結局止めた。
その日の夜。眠る前に部屋で麦茶を飲むのに使っていたグラスを片づけようとキッチンに行くと、リビングのソファで渚が新聞を読んでいた。もうすでに双子は寝ている時間だ。二人を寝かしつけるた後に、時々こうして新聞や本を読んでいる姿を見かける。
グラスを洗って食器かごに入れる。部屋に戻ろうと振り返った時、渚の横顔が視界に入って不意に疑問が浮かんだ。
大と夕は渚の養子だ。今二人には母親という存在はいない。けれど渚はとてもモテる。一緒に保育園にいけば先生達にもお母さん達にも人気があるし、それは他の場所でも同じなのだろう。
今、渚に恋人はいるのだろうか。聞いて良いのか迷いつつも、自分の中にある問題も重なって話を聞いてみようとソファに移動した。
「渚さん。」
「ん?どうしたの?」
渚の横に立って声をかけると、彼は新聞から顔を上げていつもの笑顔を見せた。
「あの、今ちょっといいですか?」
勿論、と言って渚は岬もソファに座るよう勧める。腰を下ろしたは良いものの、上手な聞き方など分からなくて単刀直入に恋人がいるのか訊いてみた。すると渚はちょっと驚いた顔をした後に優しく笑って読んでいた新聞を閉じた。
「今はいないよ。」
「あ、そうなんですか。」
意外そうな顔をしていたのだろう。岬の顔を見ると、渚は少し苦笑した。
「僕ねぇ、若い時はやんちゃしてて、結構女の子とも遊んだりしてたんだ。まぁ、そういう意味ではちゃんと恋愛してなかったのかもなぁ。」
「え?」
「こんなこと話すの恥ずかしんだけど、あの時は来るもの拒まずって感じだったし。女の子から別れようって言われても別に追いかける気にもならなかった。」
「・・・。」
なんて言ったらいいのか、岬が言葉を探していると渚がにっこりと笑って言った。
「ま、今はそれよりも大切な存在が出来ちゃったからねぇ。」
「大くんと夕ちゃんですか?」
「うん。そう。今はあの二人の事しか考えられないから。」
そう言って岬を見る渚は本当に嬉しそうな顔をしている。変なことを訊いてしまって気分を害していないか心配だった岬は、安心してほっと息をついた。
「そうですか。」
「勿論岬ちゃんが恋人に立候補してくれるなら話は別だよ。」
「え!!いや、私は・・。」
「あはははっ。ま、その気になったら声かけてね。」
「はぁ・・。」
段々いつもの渚のペースになってきて、岬は曖昧に笑う。すると渚が岬の顔を楽しそうにのぞき込んだ。
「岬ちゃん。もしかして、恋の悩み?」
「え?」
「やっぱそうなんだ。」
「えと・、その・。」
巽の事があって、渚の恋愛について聞いてみたいと思ったのは確かだ。けれど告白されたことを話すことが出来なくて、岬は言葉に詰まってしまった。一方追求する気は無いのか、ただからかっただけなのか、渚は声を出して笑った。
「いいよ。恥ずかしがらなくても。その歳なら恋愛で悩むのは当たり前だもんね。それじゃ、ここは岬ちゃんの為にひと肌ぬぎますか!」
「え?」
驚く岬にウィンクして、渚はデニムのポケットから携帯を出す。そして迷うことなくどこかに電話をかけた。相手が電話に出ると、楽しそうに話し始める。
「ひっさしぶりー。元気?そうそう。ちょっと相談があってさ。え?ほんと?じゃ、明日ね。」
それだけ言って、渚は電話を切ってしまう。そして岬に向き直った。
「岬ちゃん明日バイトなかったよね。」
「はい。」
「じゃ、明日はお昼食べたら出かける準備しといて。」
「え?どこかに行くんですか?」
「うん。迎えの車がホームまで来るから。」
信用していない訳ではないが、突然出かけると言われても不安になる。
「あの、どこに・・。」
「それはヒ・ミ・ツ。」
パチッとウィンクされて、岬は苦笑した。渚の性格ならそう言うかもしれないと聞く前から分かっていたから。
(やっぱり・・・)
おやすみ、と挨拶を交わして岬は部屋に戻った。明日どうなるかは分からなかったけど、ぐるぐる悩むことはせずに今日は眠ることが出来た。