【番外編】 初・・・?
すいません。ちょっとふざけました・・・。
“・・・キ。ミサキ。”
耳慣れたパートナーの声。夢うつつに岬は自分の名前を呼ぶ雪の声を聞いていた。
“ミサキ。起きて。ミサキ。”
珍しいなぁ、と思う。自分が目を覚ます時には大抵雪もまだ寝ているから、小さな猫のパートナーに起されるというのはあまりない。目を閉じたままそんな事を考えていると、お腹の辺りに重みを感じて瞼を開けた。
(?)
霞む視界の中には白い塊。明らかに雪よりも大きな重みに変だな、と思う。
「・・・雪?」
目を擦りながらそう問えば、嬉しそうな声が返ってきた。
「おはよう、ミサキ!!」
「・・・・誰?」
ベッドに横になったままの自分に覆いかぶさり、顔を覗き込んでいるのはまだ6・7歳ぐらいの少年だった。日本語を話しているがハーフなのだろうか。アーモンド型のくりくりとした銀色の目に柔らかそうな真白い髪。同じく真っ白の短パンと長袖のパーカーを着ている。彼がかぶっているフードには猫耳がついていて可愛い。けれどその顔に見覚えはない。
「早く起きて起きて!!」
さっと身軽な動きでベッドから降りたかと思うと、少年は岬の手を引っ張ってベッドから降ろそうとする。慌てて岬は起き上がった。
「ちょ、ちょっと待って!君は・・・」
立ち上がった岬は少年を見下ろす。身長は自分の腰ぐらいまでしかない幼い子供。けれど目が合うと良く知った感覚が胸を満たす。そこで岬はやっと少年の正体に気付いた。
「・・・もしかして、雪?」
やっと気付いてもらえたパートナーは嬉しそうににっこりと笑った。
早く早く、と急かす雪に連れられ、着替えた岬は共にリビングのドアノブに手を掛けた。すると中からにぎやかな声が聞こえてくる。明らかにいつもよりも人の声が多いようだ。もしかしてお客さんでも来ているのだろうか。そう思ってドアを開ければ、やはり見知らぬ顔が待っていた。
「あぁ、岬ちゃんおはよう。」
「・・・おはようございます。」
エプロン姿の渚がキッチンから顔を出す。その隣には彼よりも背の高い男性がいた。手にカップの乗ったトレイを持っている所を見ると、渚の手伝いをしているようだ。短めの白髪には黒のメッシュが入り、優しげな面長の顔つき。白地に黒のラインが入ったシャツにグレーのデニムを穿いている。初めて会ったはずなのに、よく知っているような感覚を覚える。それは今も岬と手を繋いでいる少年姿の雪と同様の・・・。
「え・・・?イーグル?」
もしや、と思い口にすれば、30台半ば頃のその男性が穏やかな表情で微笑んだ。
「はい。おはようございます。ミサキ。」
何がなにやら分からず、唖然とするしかない。するとそんな様子を心配する聖の声がかかる。
「大丈夫か?」
「あ、うん。」
反射的に声がした方を向く。そして岬はさらに絶句した。居間に置かれたソファ。定位置に座っている聖の隣にはショートヘアの可愛い女の子が座っている。栗色の髪に緑の瞳。ブラウンのブイネックのセーターとショートパンツを穿いた十五歳ぐらい少女。彼女はベッタリと聖に寄りかかり、腕を組んでいた。
(ま、まさか・・・・)
ごくり、と一度唾を飲む。そして、迷いながら岬は朝の挨拶をした。
「おはよう。橘君、・・・と蛍?」
「あぁ。おはよう。」
「オハヨー。ミサキ。」
少女は何故か勝ち誇った顔で微笑んだ。そして更に聖に擦り寄る。
(やっぱり・・・・)
何がなんだかさっぱり分からないが、いつも一緒に生活しているパートナー達が人間の姿をして、当然のようにホームで過ごしている。岬が知らなかっただけで、パートナーというのは変身能力まで備えていたのだろうか。
ふと気付くと隣に居た筈の雪は大・夕達と共にソファの横で遊んでいた。こうして端から見ているとまるで三兄弟のようだ。
「岬ちゃん。早く顔洗っておいで。朝ごはんにしよう。」
「・・はい。」
何故皆不思議に思わないのだろう。やっぱりパートナー達がこの姿でいるのは当然のことなのだろうか。
岬は首を傾げながら洗面所へと向かった。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
朝食を終え、ソファに座った岬はイーグルから食後のお茶が入ったカップを受け取る。人の姿になっても面倒見が良いのは変わらないらしい。岬はお礼を言ってカップに口をつけた。
すると何かに気付いた様子のイーグルがリビングを出て行った。どうしたのだろうと思っていると玄関のチャイムが鳴る。しばらくしてイーグルと一緒にリビングに入ってきたのは巽だった。
「オーッス。」
「あ、巽君。おは・・・」
「タツミ―――!!」
岬が挨拶を終えるよりも早く、巽に飛びついたのは栗色の髪の少女、蛍だ。前からぎゅっと抱きつかれ、巽は彼女の頭をグリグリと撫でる。
「おう。元気そうやな。」
「うん!」
キャッキャと喜ぶ少女と嬉しそうな巽。微笑ましい光景を見ていると、蛍が聖の傍から居なくなったことに気づいた雪が、すかさずそのポジションに収まった。気付いた聖が少年の頭を撫で、嬉しそうに雪が目を細める。こういう関係は動物の姿をしている時と全く変わらない。
巽も交えてテレビを見ながら居間で団欒していると、不意に岬の後ろから長い手が伸びた。
「え・・・?」
その腕はソファの背もたれ越しに優しく岬を抱きしめる。腕の中で振り向いた岬は戸惑いながら口を開いた。
「瑠璃?」
名前を呼ばれ、その青年は静かに微笑んだ。
長めに伸びた黒髪。同じく黒いシャツと黒のスラックス。唯一違う色の青い瞳はじっと岬を見つめている。彼は一度腕を離してソファを回り込み、岬の隣に座った。そして岬の腰に腕を回す。
「え?え?」
岬が目を白黒している間に、ストンと収まったのは人の姿をした瑠璃の膝の上。横抱きにされた状態で、ぎゅっと抱きしめられて岬は顔を赤くする。
「ちょ・・、る、瑠璃・・・」
人の姿の瑠璃は無口なようで、ただ嬉しそうに微笑む。そして赤く染まった岬の頬に自分の頬を摺り寄せた。その仕草が動物的で、恥ずかしくてあたふたしていた岬の動揺が少し収まる。男性の姿をしていても瑠璃は瑠璃なのだ。瑠璃がおかしな事を考えている訳がないのだし、慌てる必要はないのかもしれない。
カラス姿の時は触れる事のなかった瑠璃に触れる事が出来るのかと思うと、ちょっと嬉しい気もして、岬は優しく瑠璃の髪に触れる。艶やかな黒髪を何度か撫でていると瑠璃がそっと薄い唇を開いた。
「ミサキ・・・」
目を合わせれば、瑠璃の目が細められる。初めて呼んでもらえた名前に岬も嬉しくなって微笑み返すと、不意に暖かいものが頬に触れた。
「る・・・り・・・。」
再び岬の顔がカーッと赤くなる。頬に触れたのは彼の唇。びっくりしてフリーズしてしまった岬の頬を両手で包むと、瑠璃はゆっくりと顔を近づけた。そして・・・・
「えー加減にせい!!」
スコーンッと良い音が鳴ったかと思うと、それは巽が投げたスリッパだった。そして見事瑠璃の頭にヒットして飛んでいく。いい所を邪魔された瑠璃は無言で巽を睨みつけた。
「どさくさに紛れて何してんねん!!このアホカラス!!」
「・・・タツミうるさい。」
瑠璃はぎゅーっと見せ付けるように岬を抱きしめる。慌てる岬だが力はやっぱり男性のそれで、いくら抵抗しても抜け出せそうにない。どうすれば良いのか分からず混乱していると、寄せられた唇から囁かれる瑠璃の声が耳朶をくすぐる。
「ミサキ。」
「やっ瑠璃・・・。くすぐったい。」
どうにか逃れようと首を竦めるが効果はない。嬉しそうに岬を腕の中に閉じ込める瑠璃の機嫌は良くなる一方だ。
再びイチャイチャし始める二人に巽は聖を睨み付けた。
「お前のパートナーやろ!!どうにかせい!!」
「・・・無理だ。」
「はぁ!?」
巽は青筋を立てるが、聖はパートナーである瑠璃の心情をよく理解している。今まで他のパートナー達のように岬に触れる事が出来なかった分、今は存分に甘えたいのだ。それを知っていて止める事は聖には出来ない。
だが、雪や蛍のようにひっついたり頭を撫でるだけで満足するならともかく、唇で触れるのはやりすぎではないかと思う。冷静な顔をしているが、正直内心穏やかではなかった。先程巽が止めなかったら、恐らく自分が立ち上がっていただろう。
硬い聖の表情からそんな葛藤が分かったのか、巽はちっと舌打ちするだけでそれ以上は何も言わなかった。それでも瑠璃を睨み続けてはいるが。
「きゃっ!」
突然上がった岬の小さな悲鳴。瑠璃が彼女の首筋を舐めたのだ。同時に巽と聖が立ち上がる。だが、それよりも早く渚の手が岬から瑠璃を引き剥がした。
「る~り~。うちの子達の前でいかがわしい事はしないでくれるかな?」
一見笑っているようにも見えるが、渚の目はマジで怒っている。大と夕はイーグルによってその両目を押さえられていた。瑠璃は黙ってコクコクと頷き、渚の手が離れると同時に引き剥がされては困るとばかりに再び岬を抱き寄せる。今度は静かに抱きかかえているだけだ。
(うぅ・・。恥ずかしい・・・。)
若い青年に小さな子供のように抱っこされているのも恥ずかしいのだ。けれど瑠璃の手を振り払う事はどうしても出来ず、岬はにこにこと微笑んでいる瑠璃の横顔にそっと溜息をついた。
上機嫌な瑠璃は岬の心情など知らず、今度は優しく髪を撫でる。どうやらその手触りが気に入ったらしい。瑠璃の体温に包まれ、ゆっくりと頭を撫でられて、いつの間にかウトウトしていた岬は抱きしめられたまま柔らかい眠りへと落ちていった。
* * *
『・・・キ。ミサキ。』
耳慣れたパートナーの声。夢うつつに岬は自分の名前を呼ぶ雪の声を聞いていた。
『ミサキ。起きて。ミサキ。』
珍しいなぁ、と思う。自分が目を覚ます時には大抵雪もまだ寝ているから、小さな猫のパートナーに起されるというのはあまりない。目を閉じたままそんな事を考えていると、お腹の辺りに重みを感じて瞼を開けた。
(?)
霞む視界の中には白い塊。手を伸ばせばペロリとざらつく舌に舐められる。
「・・・雪?」
目を擦りながらそう問えば、嬉しそうな声が返ってきた。
『おはよう、ミサキ!!』
「おはよう、雪。」
ゆっくりと上半身を起すとお腹の上に雪が座っていた。少年ではない。いつもと同じ仔猫の姿で。
(あ、成る程。夢か・・・)
動物だったパートナー達が人の姿になって現れるという不可思議な現象も、全て夢なら説明がつく。
時計を見れば朝の8時。カーテンの隙間から降り注ぐ外の光は明るく。どうやら良い天気のようだ。岬は一度伸びをしてから雪に声をかけた。
「明けましておめでとう、雪。」
『アケ・・・・?』
初めて聞く新年の挨拶に真っ白な仔猫は首を傾げる。岬は笑いながら雪に新しい年を迎えたことを説明した。今年の初夢は不思議なものだったなぁ、と思いながら。
初夢は叶うと言う。果たしてそれは嘘か真か。