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PARTNER  作者: 橘。
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第22話 今を抱く 1.再会

 

 渚の行動は早かった。山科に依頼を受ける旨を連絡し、二人がいた孤児院を訪れた。孤児院には岬自身が連絡を事前に入れたこともあって、岬と山科峡との関係はすぐに裏を取ることが出来た。渚は報告が出来ることを山科に伝えると、その週の水曜日の夜、山科が再び事務所に訪れることになった。

 その間の二日。岬は落ち着かない思いで過ごしていた。バイト中は何も考えずに過ごすことが出来たが、少しでも時間が空けば兄のことばかり考えてしまう。

 不安とはまた違うそわそわした気持ちでいると雪にも伝わってしまうらしく、気を晴らすように雪はいつもより活発にホームの中を駆け回っていた。大にはそれが面白かったらしく、一緒になって走り回り何度か渚に注意を受けていた。


 そして当日。夕方五時までのバイトが終わると、「大丈夫」と何度も自分に言い聞かせながら岬はホームに帰った。

 いつものように夕飯は済ませてその時を待つ。峡は仕事終わりで20時には事務所に来る約束になっていた。最初は部屋で待とうかと思っていたのだが、一人になるとあれこれ考えてしまうので、結局それまでリビングで過ごすことにした。

 大や夕と遊んでいるとあっと言う間に時間が過ぎていく。先に二人をお風呂に入れてくると言って渚達がリビングを出ていくと、聖と二人きりになった。そう言えば、このぐらいの時間になると聖は部屋に戻ることが多いのだが、今日はまだソファに座ってテレビを観ている。テレビ画面には音楽番組が放送されていて、今人気のバンドが新曲を披露していた。


「誰?」

「え?」

「コレ。」


 テレビから目を離さずに言う聖を観て、多分今映っているバンドの事だろうと岬はあたりをつける。


「今女子高生にすごい人気あるんだって、このバンド。ライブのチケットが全然取れないってクラスの子が言ってたよ。」

「ふーん。名前は?」

「え?」

「バンド名。」


 岬は何とか記憶を掘り起こそうと頭を捻る。


「えーと、スラッシュ?クラッシュ・・なんとか。」

「女子高生・・。」

「あはははっ。音楽のことはあんまり・・。」


 岬がそう言って苦笑いすると、聖は表情を緩めた。そう言えば、普段聖がバンドに興味示すことはあまりないし、テレビのことでコメントしたりもしない。


(もしかして、気をつかってくれてるのかな・・)


 聖も今日、岬の兄が事務所を訪れることを知っている。そう思うと嬉しかった。






 事務所のドアが開けられて渚はそちらに目を向けた。ドアを開けた張本人、山科は軽く頭を下げてから中に入ってくる。


「すいません。約束のお時間に遅れてしまって。」

「いえ。大丈夫ですよ。」


 時計は20時10分を指している。大した遅れてもいないが、サラリーマンだけあって時間にはきっちりした性格らしい。


「こちらへどうぞ。」

 ソファに座った山科に、冷たい緑茶をグラスに注いで差し出す。どうやら急いで来たようで、それを一気に半分まで飲み干してしまった。彼なりに緊張もしているのかもしれない。


「では、さっそくご報告させていただいてもよろしいですか?」

「あ、はい。お願いします。」


 ハンカチで額の汗を拭うと、山科はかしこまった姿勢で渚を見た。


「では、お電話でもお話した通り妹さんの所在が分かりました。」

「はい・・。」


 彼の表情が引き締まる。渚はその表情を見ながら、口を開いた。


「お二人が都内にある緑風園という施設に預けられたのが16年前。そしてその4年後に兄であるあなたが山科さんご夫婦に養子として引き取られました。」

「・・・。」

「ですが、妹さんはその後全ての養子縁組みの話を断っています。」

「え?」


 山科の表情が驚きに変わる。


「・・なら、妹は・・。」

「今年の昨年の春に、高校入学と同時に一人暮らし。その後引っ越しをして知人の元で下宿生活を送っています。」

「・・彼女はどこにも引き取られず、誰も家族はいないってことですか?」

「そういうことになりますね。」


 渚は複雑な心境だった。山科の言葉は何一つ間違ってはいない。戸籍上、彼女は家族もおらずたった一人ということになっている。けれど、


「あの・・?」

「あ、すいません。」


 自分の中の心情を隠して渚は顔を上げる。


「いえ。それで、妹は今どこに?」

「・・・・。その前に一つ確認なのですが。」

「はい。」

「山科さんは、妹さんに会ってどうするおつもりですか?」

「・・・・。」


 意外な質問だったのだろう。山科は一瞬口をつぐんだ。だが、渚にとってはこれが一番重要な質問だった。


「もし、妹に新しい家族がいるのなら、幸せに過ごしていることを確認するだけにしようと思っていました。けど・・。」


 膝の上の手に力が籠められる。ローテーブルの上に視線を落としたまま、山科は口を開いた。


「妹が一人でいるのなら、会って話がしたいと思っています。あの子をこれ以上孤独にさせておくことなんて出来ない。」

「・・そうですか。」


 妹を思う兄ならば当然の事かもしれない。

 少々このままお待ちください、と言って渚は立ち上がり事務所を出た。そのまま二階のリビングへ上がる。そこには岬と聖がいた。


「岬ちゃん。いい?」

「はい。」


 岬はソファから立ち上がる。聖と目が合うと、彼は何も言わずに頷いてくれた。それに後押しされて、渚と共にリビングへと降りた。






「お待たせしました。」


 その言葉と共に渚が再び事務所に現れる。その後ろから姿を見せた女性を見て、山科は言葉を失った。思わず立ち上がり、彼女の顔を見る。困惑したままの頭で山科は説明を求めて渚に目を向けた。


「あの・・。」

「先程お話した妹さんの下宿先の知人というのは私のことです。」

「え・・?じゃあ・・」


 再び女性を見る。すると彼女は頭を下げた。渚は彼女をソファまで促すと、改めて彼女を紹介する。


「彼女が、葉陰岬さんです。」

「・・・!!」


 あまりの驚きに言葉を失う。思わずじっと彼女の顔を見る。失礼だとかそんなことすら頭に浮かばなかった。

 岬もまた、山科の顔をじっと見つめていた。声変わりした彼の声は記憶の中とは違うものの、穏やかな目元や全体の雰囲気は確かに自分がずっと待っていた人のものだ。

 ただじっとお互いを見ている二人に、渚は声をかけた。


「どうぞ。お座りになって下さい。」


 はっと我に返って、山科は気まずそうにソファに腰を下ろす。


「では、僕はしばらく席を外してますので。」


 そう言って、一度岬に目配せをすると渚は事務所を出ていった。

 しばらく沈黙が続き、時計の針が動く音だけが耳に届く。やがて山科が口を開いた。


「・・本当に、君が?」


 岬は一度頷くと、持っていた学生証を山科に渡した。一応確認されるだろうと思って、用意しておくよう渚に言われていたのだ。

 山科はそこに掛かれた名前や生年月日を何度も見返す。確かにそれは自分の妹に間違いなかった。思わずそれを濁る手に力が入る。


「みさき・・?」

「はい。」


 一瞬山科の瞳が揺れた。それを誤魔化すように彼は笑顔を見せる。


「すっかり、大きくなったな・・・。って、当たり前か。」


 ハハハッ、と力のない笑いが漏れた。彼自身まだ困惑しているようだった。再度生徒手帳に目線が落ちる。


「もう、高校生だもんな・・。」


 懐かしむような、優しい声色に岬の心が揺さぶられる。少しでも気を緩めれば涙が出そうだった。


「俺のこと、覚えてる?」


 不安げに言う彼の言葉に、岬は大きく頷いた。覚えていない筈はない。ずっと待っていたのだから。


「そっか。良かった。」


 眉尻を下げて笑う。見覚えのある顔だった。ずっと大人になっているけれど、その笑顔は少しも変わってない。


「隣、いってもいいかな?」

「・・はい。」


 山科が向かいから岬の隣へ移動した。必然的に岬は見上げる形になる。山科は岬を見下ろして、苦笑する。


「セクハラ、とか言わないでくれよ。」

「え?」


 突然視界が暗くなったと思ったら、山科の腕の中で抱きしめられていた。力強いその腕に岬の目から我慢していた涙が溢れる。幼い頃とは違う大きな胸は岬の体をすっぽりと隠してしまった。


「ずっと、会いたかった・・・。」


 喉の奥から絞り出すような声が岬の耳に届く。兄も自分と同じようにずっと覚えてくれたこと、会いたいと思っていてくれたことが分かって、その目からは涙がこぼれ落ちた。


「うっ・・・。」

「岬・・・。ごめん。一人にしてごめんな。」


 言葉を発することが出来ず、岬は山科の胸の中で首を横に振った。山科の手が岬の背中をあやすようにゆっくり撫でる。それは幼い時、岬が泣き出すと兄がよくやってくれた仕草だった。

 それまで離れていた時間を埋めるように、山科は強く岬を抱きしめる。その腕の中で、岬は流れる涙を止めることが出来ずにいた。



 岬が落ち着くと、山科が困ったように笑ってその頭を撫でた。いつも自分が大や夕にしている仕草を自分がされていると思うと、少し不思議な気持ちになる。


「そう言えば、木登さんから養子に行くのを断って、今はここで下宿してるって聞いたけど。」

「・・はい。そうです。」

「そう。」


 すると、山科は少し考えてから岬を見た。


「実は、俺今実家を出て一人暮らししてるんだ。今は就職して自活出来るようになってる。だから・・。」


 一瞬、そこで山科は言葉を濁した。だが、再度自分の中で決意を固める。


「岬さえよければ、一緒に暮らさないか?」

「え・・・?」


 思わぬ提案に岬の心が揺れる。けれど山科は今京都に住んでいると聞いている。もし、一緒に暮らすのならばここを離れなくてはならない。


「でも・・。」

「最初から俺の両親には岬のことを話すつもりでいたんだ。俺は、岬をこのまま独りにしておくなんて出来ないし。」


(独り・・・?)


 その言葉に岬は顔を上げた。

 それは違う。雪がいる。ホームの皆が、仲間がいる。今の岬は自分が独りだなんてこれっぽっちも思ってはいない。

 その時、微かにカリカリという音が聞こえて、岬はドアの方を振り向いた。温かな気配を感じて、兄の腕の中から抜け、岬はドアの方へ歩き出す。そっとそこを開ければするりと白いものが中に入り込んだ。タタタッと軽い足音をさせて、それは岬が座っていたソファにちょこんと腰を下ろす。その姿を見て、山科が目を丸くした。


「ねこ?」

「雪っていうんです。」


 岬は雪を挟んで隣に座った。にこりと笑って雪を紹介すると、山科も笑う。


「やっと笑った。」

「あ・・。」


 すると山科が優しく岬の頭を撫でる。それを見た雪が鳴き出したので、「あぁ、君もね」と言って雪の頭も嬉しそうに撫でた。

 その光景を見ながら、岬は心を決める。


「あの・・。」

「ん?」

「ごめんなさい。」

「え?」

「私、一緒には暮らせません。」

「・・岬。でも、一人じゃ大変なこともあるだろう?」


 岬は雪を見る。すると同時に雪も岬を見上げた。雪がそっとすり寄る。


『ありがとう。雪。』


 一人じゃない。岬はそれを何より分かって欲しかった。


「国から補助金を貰っているし、今は渚さん達と一緒に暮らしているから生活には困ってはいません。ここには友達もいるし、それに・・」

「それに?」

「雪が、一緒に居てくれるから。」


 岬が微笑むと、雪が胸を張って山科を見上げる。一瞬驚いた顔をしたが、岬の笑顔を見ると彼は「そうか」と言って息を吐いた。


「・・どうやら、岬を守る役目は君に盗られちゃったみたいだな。」


 そう言って、山科が雪の頭を撫でる。その言葉に再び岬の目に涙が溢れた。


「分かった。一緒に暮らすのは諦めるよ。その代わり、いくつかお願いがあるんだけど。」

「あ、はい・・。」


 山科はやけに神妙な顔をしている。なんだろうと思っていると、彼は真剣な表情で口を開いた。


「まず、その、敬語、やめない?」

「え、あぁ。・・えと、・・うん。」

「良かった。なんか他人行儀で寂しかったんだよね。」


 心底ほっとした顔をするので、岬は思わず笑ってしまう。


「あ、後、俺の連絡先と携帯番号教えるから、なんか困ったことあったらいつでも連絡して。今高校2年生なら受験のこととかあると思うし。」


「はい。」

「・・時々、メールとか送ってもいい?」

「いい、よ。」

「ホント!?うざいとか思わない?」


 勢いに驚きながらも岬がカクカクと頷くと、山科の顔がパッと明るくなる。先程までは緊張したりしていたが、本来の彼はこういう性格なのかもしれない。


「あ、あと、今高校生は夏休みだろ?うちの親に会ってけとは言わないからさ、一回ぐらい京都に遊びにおいで。」

「はい。」

「あぁ!待って!!最後の一個!」

「え?」


 すると先程までの勢い急になくなり、自信なげに岬の顔を見る。


「あのさ、昔みたいにお兄ちゃん、って呼んでくれたりとか・・・。」


 その言葉に岬の顔が赤くなる。確かに幼い頃はお兄ちゃんお兄ちゃんと言って後を追いかけていたが、今あったばかりの男性にそれを言うのは恥ずかしかった。だが、岬が躊躇っていると、みるみる内に山科の顔が暗くなっていく。


「やっぱ、だめ?」


 捨て犬のような目でそう言われ、岬はうっと息を飲んだ。


「あ、あの・・・。お、おにいちゃん・・・・。」


 するととたんに山科の顔が明るくなる。


「ありがとう!岬!」


 再び山科に抱きしめられ、岬は驚きと共に顔を赤くした。喜びで興奮した山科はなかなか離してくれそうになかった。

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