第21話 隣に座る 1.約束
長時間乗っていたバスを降りると、部員達は伸びをしたり欠伸をしながら自分達の荷物を持ち上げる。久しぶりに見る学校のグラウンドには誰もいなかった。部室へ戻って器具などを片づけミーティングを終えると、その場で解散の流れになる。
岬と添田は部員達から手伝いのお礼を言われ、改めてこれで終わりなんだと実感する。合宿への参加は初めてのことばかりで大変だったが、知り合いも増えたし楽しかった。一年の添田は本格的にマネージャーになろうか迷っていたから、その内バレー部に入部するかもしれない。
皆と一緒に部室を出ながら前を歩く朋恵を見る。玲と話をしている彼女にいつもと変わった様子はない。
合宿二日目の夜。肝試しが終わった後で、岬は再び朋恵と誰もいない体育館前で話をしていた。その日は朋恵から話がしたいと言われたのだ。二人で前と同じ場所に座る。すると彼女の口から語られたのは草薙のことだった。草薙と木村はつき合ってはいなかったこと。そして朋恵が肝試し中に草薙と二人きりになり、告白したこと。照れくさそうにしながらも、両思いになったことを素直に話してくれた。
岬がおめでとう、と言うと、朋恵は「自分でもまだ信じられない」と口にする。けれどその表情は本当に嬉しそうで、岬の顔にも自然と笑顔になった。
校門をくぐると、朋恵と玲が後ろを振り向いた。
「これから皆でご飯食べにいくけど、岬と添田さんも一緒に行く?」
合宿帰りに皆でファミレスに寄るのが恒例らしい。添田は嬉しそうに「行きます!」と返事をしたが、岬は首を横に振った。
「ごめん。せっかくだけど、今日は帰るね。」
「そっか。じゃ、また今度遊ぼうよ。連絡するね。」
「うん。」
せっかくバレー部の皆と仲良くなったのだ。離れがたい気持ちもある。それでも岬は家に帰ることにした。たった三日間の合宿だったけれど、岬は少しでも早くホームにいる皆の顔が見たかった。
国道沿いのファミレスに向かう皆とはすぐ近くの交差点で別れた。横断歩道を渡る皆を岬が手を振って見送る。すると、横で「先行ってて」と声がした。
隣を見上げると、いつの間にか岬の隣には桐生が立っている。
「桐生くん?渡らなくていいの?」
「あ、うん。」
へへっ、と照れくさそうに桐生が笑う。その間も部員達は店に向かって移動していた。
「店はいつも同じ所だから。場所知ってるし大丈夫。」
「そうなんだ。」
「それよりさ。」
「うん。」
岬が見返すと、桐生は少し視線を彷徨わせた。
「あー、その。来週、富坂神社でお祭りあるの知ってる?」
「え?ううん。知らなかった。」
富坂神社というのは、この辺りの地域では有名な大きな神社だ。けれど岬は地域のお祭りなどにはほとんど行ったことがない。
その言葉に桐生は表情を明るくした。知らなかったということは、他の人と一緒に行く約束もしていないという事になる。
「もし、来週の土曜日暇だったら、一緒に行かない?」
その提案に、岬は一瞬頭を悩ませた。
(バレー部の人達とも仲良くなれたし、お祭りには行ってみたいけど。シフトどうだったっけ?)
「えーと、バイトのシフト確認してから返事してもいいかな?」
「あ、うん。勿論。後でメールするね。」
「うん。分かった。」
桐生はデレッと顔を崩すと、再び青になった信号を渡り始める。「お疲れさまー!」と言いながらブンブン手を振るその姿がおかしくて、岬は桐生が横断歩道を渡り終えるまでその姿を見送った。
岬は帰り道を歩きながら夕暮れの空を見上げた。合宿の事や朋恵の事を思い出しながら歩く帰り道はいつもよりも短く感じる。けれど段々とホームが近づくに連れて、自分が緊張してくるのに気がついた。
(な、なんで・・・)
これまでのように「ただいま」と言ってドアを開ければいい。それだけなのに、どうしてこんなに緊張するのだろう。合宿中はあんなにホームに帰りたいなんて思ってたくせに。
(施設に居る時は、帰りたいなんて思ったことなかったな・・)
いつの間にかあの場所が自分の帰るべき家になっている。そう思うと不思議な気分だった。仲間だけれど、彼らは血の繋がりも何もない。自分の家族ではないのに。でも、皆の顔が見たい。彼らの笑顔を見れば安心出来る気がした。
不意に視線を感じて顔を上げる。するとシャッターの閉まったクリーニング店の屋根にカラスが数羽留まっているのが見えた。一番端の一羽だけが、岬の方をじっと見ている。
「瑠璃?」
思わず声に出してそう言うと、そのカラスは肯定するかのように羽ばたいた。そのまま先導するような動きで岬の前を飛んでいく。
岬は思わず笑顔になって、瑠璃の後ろ姿を見つめながらホームへの道を急いだ。
少しドキドキしている胸を押さえる。瑠璃のお陰ですんなりホームまで辿り着いたものの、ドアの前に立つとやはり緊張してしまい、なかなかドアが開けられないでいた。ドアノブを手に取り深呼吸する。すると懐かしい気配を感じた。
(あ・・・。)
それに導かれるようにドアを開ける。目の前には雪とイーグルが待っていてくれた。
「・・ただいま。」
『おかえり。』
嬉しくなって靴を脱ぐことも忘れて雪を抱き上げる。ぐりぐりと頭をすり寄せる雪の背中をゆっくりと撫でると、温かい気持ちが広がっていく。
「ワンッ。」
「あ、イーグルも。ただいま。」
勢い良くしっぽを振るイーグルの頭を撫でて、そこでようやく靴を脱ぐ。するとリビングのドアが開いた。
「あ、岬ちゃんおかえりー。」
「みさきー!!おかえりー!!」
渚が顔を出すと、同時に大がそこから飛び出してくる。
「た、ただいま・・。」
その勢いに驚いていると、大が岬の腕を引っ張った。
「あ、ちょっと待って、大くん。荷物置いてくるから。」
「えー!はやくー。」
「うん。ごめんね。」
雪を抱いたまま部屋に戻って荷物を下ろす。そこからお土産の袋を取り出してリビングへ行くと、ソファにはいつものように聖と夕がいた。聖の膝の上には蛍が居て、気持ちよさそうに目を閉じている。
「ただいま。」
控えめな音量で言うと、二人とも顔を上げた。
「お帰り。」
「おかえりなさい。」
渚や大に比べれば素っ気ない様に見える二人の表情も、なんだか今日は嬉しい。帰ってきたんだな、と今更ながらに実感出来た。
岬の腕の中で雪のしっぽがゆらゆらと機嫌良さそうに揺れている。。今日は聖の膝の上を蛍に取られても気にならないようだ。嬉しそうに喉を鳴らす姿に、やっぱりここに帰って来て良かったと思った。