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PARTNER  作者: 橘。
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第20話 過去が近づく 3.勇気

「草薙先輩って木村先輩とつき合ってるんですか?」

「はははははっ。早川は直球だなぁ。」


 肝試しがスタートして早々、玲は気になっていたことを口にしていた。対して草薙は動揺めせず、いつものように豪快に笑うだけ。けれどその位であきらめる気は毛頭ない。


「笑って誤魔化さないで下さいよ。」


 冷たく言い放つ玲だが、慣れているのか草薙にその態度を気にした様子はなかった。


「まぁ、女子でそんな事訊いてくるならお前だと思ってたけどな。」

「じゃあ、話してくれる覚悟はあるんですね?」

「覚悟も何も・・。まぁ、つき合ってないし。」


 予想通りの答えが返ってきて一先ず満足する。だが、本当に聞きたい事はこれからだ。


「じゃあ、好きな人は?」


 出来るだけ興味なさそうなフリをして言うと、少し口ごもった後に草薙は答えを返した。


「・・いるよ。」

「誰ですか?」

「おいおい。そこまで訊くか?お前そこまで訊くんなら自分のことも話せよ。」

「いいですよ。私彼氏いるし。いくらでもしゃべりますけど。」


 さらっ、と言われて草薙は顔をしかめる。


「・・なんかフェアじゃない気がする。」

「気のせいですよ。」

「両想いと片想いじゃ、相手の名前を言うのに必要な勇気の量が違いすぎやしないか。」

「先輩可愛いこと言いますね。」


 まるで後輩らしくない玲の言いぐさに、草薙は溜息を付いた。


「・・やっぱやめた。」

「えぇ〜。男らしくないなぁ。」


 なんとか言わせようと玲が挑発するような言葉を掛けるが、それには乗らずに草薙は真剣な顔を向けた。


「本人に言ってないのに、先に他人に話すのは違う気がする。」

「真面目だなぁ。」

「いい加減俺で遊ぶのはやめてくれ。」


 だが、せっかく本心を知る良い機会なのだ。三年の草薙はもうあまり部活に顔を出さないし、普段は木村が張り付いていてこんな話できやしない。このチャンスを逃す気は玲にはなかった。


「じゃあ、一つだけ確認させて下さい。」

「ん?なんだ?」

「先輩が好きな人は、木村先輩じゃないんですよね。」

「・・・ん。まぁ。」


 心の中だけで良し、と呟く。


「その人に告白はしないんですか?」

「・・・どうだろうな。正直、今言っても俺はすぐに卒業だし、このままで居たい気もするんだ。」


 玲は似たようなことを言っていた親友の顔を思い出して、じれったい気になってくる。はっぱをかけるように、少し口調が強くなった。


「卒業したって関係ないでしょ。学校が離れても、海外に行っても、会おうと思えばいくらでも会えますよ。」

「早川・・。お前かっこいいな。」

「実際、私の彼氏海外留学中ですから。」

「・・そうなのか。」

「草薙先輩人当たりいいし。正直、先輩のこと悪く言う人見たことないですよ。告白さえしちゃえば、悪い方向にはいかないと思いますけど。」

「ははっ。それはどうだろうな。」


 草薙は力の入っていない声で笑う。それが癪に障って、玲はずっと言いたかったことを言葉にしていた。


「逆に言うと、好きな人がいるなら誰にでも優しくするのは止めた方がいいと思いますけど。」


 誰のことを言っているのか、草薙本人が一番分かっている。だから確かめることはしなかった。草薙はただ苦笑する。


「・・これまた、直球だな。」

「二年間もあんなの見せられたらそう思いますよ。まぁ、告白もされてないのにフる様な真似が出来ないのは分かりますけどね。」


 暗い夜道も夜の境内も怖くないのか、しゃべりながら二人はずんずん進んでいく。途中途中に現れる脅かし役の後輩たちにもつまらないと言われる始末だ。神社に到着して境内に置いてあるノートに名前を書くと、玲はちょっと休んでいきません?と提案した。


「どうした?疲れたのか?」

「いえ。私達の後、朋恵が一人で出発してる筈なんですよ。後は折り返しだし、朋恵が来るのを待って一緒に戻りませんか?」

「あぁ、そうか。」


 境内の階段に座って二人で待っていると10分程で朋恵が階段を上ってきた。緑色のセロファンが貼ってある懐中電灯を振って玲が合図する。すると、それに気づいて朋恵が手を振った。


「おつかれー。」

「二人はこれから戻るところ?」

「そ、一緒に行く?」

「うん。そうさせて。驚いても一人じゃリアクションのしようがなくって。」


 朋恵も後輩につまらないと文句を言われたのだと言う。そりゃそうだ、と草薙が笑った。

 朋恵が名前を書き終え、三人で階段を下りる。帰り道になっている果樹園の脇を通っていると、ゴミ捨て禁止の大きな看板の裏から何かが飛んできて草薙の顔に張り付いた。


「ぶっ!なんだコレ!」


 慌てて顔から剥がせば、どうやらそれはスライムだった。蛍光塗料が入っているようで黄緑色に発光している。


「せんぱーい。元部長ならそれくらい避けて下さいよ。」

「早川〜。お前、自分の所に来なかったからってそういう・・。」


 スライムを手で持て余しながら草薙が呆れた顔をする。すると看板の陰から更に呆れた顔が出てきた。


「・・っていうか、先輩達もっと怖がってくださいよ。」

「お、これお前のか。」


 草薙が持っていたスライムを投げ返す。それを受け取ったのは坂井だった。


「新。もっとすげーモン用意しないと早川は怖がらないぞ。」

「いや、早川先輩を怖がらせることは誰にも出来ません。」


 それを聞いて、玲がいじわるな顔を向ける。


「ほーぅ。言ったな、坂井。」

「えぇ!先に言ったのは草薙先輩じゃないっスか!」

「いいから、坂井ちょっとつき合え。」

「へ?」

「見ての通り、奇数で一人余ってんの。どうせ私達が最後のペアだから、お前は私と一緒に来い。」

「えぇ~~~!!」


 そう言って、玲は坂井を引っ張って行ってしまう。坂井は抵抗を見せるが、玲には逆らえないようで朋恵達を置いて行ってしまった。

 置き去りになってしまった朋恵は草薙と顔を見合わせる。


「いいんですかね?」

「ま、いいだろ。あと半分だけだしな。」


 優しい表情で草薙が笑う。試合の時や後輩達の前で見せる豪快な笑い方とはまるで違う。それだけで朋恵の心臓が落ち着きをなくしていく。


「じゃ、行くか。」

「‥はい。」 






「ぜってぇ俺、後で文句言われますよ。」


 ブツブツ言いながら、坂井が玲の隣を歩く。それを意にかいさず、玲はケロっとした顔をしている。


「ハイハイ。どうせ坂井は朋恵と一緒なら文句ないんでしょ〜。」

「んな!!!違いますよ!!」


 真っ赤な声で坂井が叫ぶ。玲はわざとらしく耳を手で押さえた。


「あはははっ。ちょー赤い。」

「もー!ホント俺早川先輩ヤダ!!」

「いや〜。私は坂井みたいに分かりやすくて、からかい甲斐のある後輩を持って幸せだな〜。」

「・・俺で遊ばないで下さいよ。」

「あ、それ、さっき草薙先輩にも言われた。」

「・・・・。早川先輩って、年上でも容赦なさそうですもんね。」

「失礼ね。相手は選んでるわよ。」

「くっ、この世渡り上手め・・。」

「あら、ありがとう。」


 なんだかんだ言いながら歩いていると、あっと言う間にゴールに着いてしまう。やはり企画した一年生達からは苦情が出たが、坂井が「早川先輩に無理矢理拉致られた」と言うと皆納得して頷いた。


(そういえば・・・)


 玲はもう戻ってきている部員達を見渡す。ペアを交換して草薙と朋恵が一緒に帰ってきた所を見たら、また木村がアレコレ文句言うんじゃないかと思ったが彼女の姿は見当たらない。


「ねぇ、木村先輩は?」

「あぁ、先に部屋に戻っちゃいましたよ。」


 単独行動とは珍しい。思い返してみれば、今日の昼に皆で遊んだ時も木村は加わってこなかった。


(草薙先輩と喧嘩でもしたのかしら・・・)


 まぁ、どうであろうと今の自分にとって都合が良いことには変わりない。朋恵が帰って来たら後で色々訊いてやろうと、玲はこっそりは画策していた






「大変か、部長は?」


 草薙に訊かれて、朋恵は首を横に振った。


「皆協力してくれますから。一人で責任持ってるって意識はありません。」

「そうか。仲良くて何よりだな。」

「草薙先輩の時はどうでした?」

「うーん。俺も、そんなに苦労した覚えはないなぁ。まぁ、一度ふざけ始めるとなかなか収まらない所は大変だったけど。」


 先輩も真っ先にふざけてましたけどね。と朋恵が言うと、そうだったっけ?と草薙が笑った。

 草薙はスイッチのオンオフが上手い部長だった。集中する時と気を抜く時。その使い分けがきちんと出来ていて、後に続く部員達もやりやすかったと思う。


「先輩みたいな部長になれるように頑張りますよ。」

「あはははっ。東川は良い後輩だなぁ。高島の奴にはそんなこと言われたことないぞ。」


 くしゃっと頭を撫でられ、朋恵は自分の耳が熱くなるのを感じた。大きくて温かい手が、今度は乱れた髪を直すように優しく髪の上を滑る。


「東川の髪って柔らかくていいな。」

「え・・。そうですか?」

「俺硬いし。ホラ小学校の水泳の時間とかに被るキャップあるだろ。いなかったか?キャップの隙間からツンツンした髪が出てる奴。」

「いました。」


 思わず吹き出してしまうと、草薙が「俺、それだった」と言って笑った。だが、未だ自分の髪に触れている手を意識してしまうと目が合わせられない。


「あの、先輩・・。」

「ん?」

「手・・・。」

「あ、ごめん!」


 ぱっと手が離れて、草薙がうろたえる。そんな姿を見るのは初めてで、恥ずかしかったことなど忘れて朋恵は草薙の顔を凝視してしまった。すると今度は草薙が顔を赤くする。


「いや、その、なんて言うか・・。触り心地が良くて、つい・・。」


 その言葉を聞いて、みるみる内に朋恵の顔も赤くなる。


「なんか、東川が照れる所なんて初めて見るな。」

「・・それはこっちのセリフです。」

「そ、そうか・・・。」


 肝試しのことなんか完全に忘れて、二人の足は止まってしまった。


(今しかないのかもしれない・・。)


 後悔はして欲しくないと岬が言ってくれた。

 この合宿が終われば三年生に会う機会などほとんどない。諦めかけていた想いだけれど、ずっと閉じこめておくことは出来そうになかった。昨夜窓から見た光景が頭をよぎるがもう関係ない。勇気を出すなら今しかないのだ。


「先輩。」

「ん?」


 草薙が朋恵を見る。その顔にはまだ赤さが残っていた。

 朋恵の手に力が入る。今まで経験したことがないくらい心臓が大きな音を立てる。唇が震えているのが自分でも分かった。


「私が今から言う事は、すぐに忘れて下さい。」


 意味が分からないのだろう。草薙は首を傾げる。二人の目線が真っ直ぐに繋がる。。


「好きです。」


 たった四文字。けれど自分の想いの全てを籠めた四文字。

 草薙の顔が再び赤くなる。驚き口を開くが言葉にならないようで、無言で朋恵を見つめ返している。朋恵はその表情を見て思わず笑ってしまった。


「あ、東川?」


 顔を逸らし、肩を震わせて笑う朋恵に草薙は困惑した声を出す。視界の端にそんな姿を収めているが、笑いの波は中々治まりそうにない。

 ずっと胸の奥にしまっていた想いを告げることが出来た。例え望んだ結果が訪れなくても、朋恵は驚いた草薙の顔を見ただけで満足だった。


「すいません。もう行きましょうか?」


 顔を上げ、朋恵は先に立って歩き出す。するとそれまで朋恵を見つめるだけだった草薙が慌ててその手を掴んだ。


「待て!」

「え?」


 振り返ると、そこには真剣な顔の草薙がいる。試合の時とも部員達の前で見せる顔とも違う。それは男の顔だった。


「忘れろって、どう言う事だよ。」

「・・・先輩。」


 草薙の手に力が籠められる。熱いほどの体温に、朋恵は息を飲んだ。


「そんなの・・、無理に決まってんだろ。」


 でも、困らせたくなかった。草薙は優しい。好きだと言えば、自分に気を使おうとするだろう。そんなのは嫌だった。同情はいらない。優しさも必要ない。


「すいません。でも・・」

「どうして、俺の返事は聞こうとしないんだ。」

「え?」


 返事なんて聞かなくても分かってる。だから、


「だって、先輩は木村先輩と・・、その」


 朋恵が言葉を濁すと草薙の表情が曇る。そして握っていた朋恵の腕を離した。


「俺は、愛子とは付き合ってない。」


 草薙の声が朋恵の体に響く。けれど、同時に昨夜見た光景が蘇った。


「でも、先輩・・、昨日のは?」

「昨日?」

「あ、すいません。覗くつもりはなかったんですけど、夜に宿舎の外で木村先輩と、・・その・・・。」

「あ・・。」


 最後まで言わなくても朋恵の意図する所を理解したのか、草薙が気まずい表情を見せる。少し視線を横にずらし、言葉に迷っているようで片手で頭をかいた。


「昨日は、愛子から呼び出されて付き合って欲しいと言われたんだ。俺は断わったんだけど、愛子が泣き出して・・」


 彼女は卒業が近づき焦っていたのだろう。今まで草薙から告白されるのを待っているような態度を取っていたのだが、いつまで経ってもその時が訪れないのに業を煮やしたらしい。草薙が木村とは付き合えないと告げると、彼女はすがるように抱きついた。そうすれば草薙が自分を邪険に扱えないと昔から分かっていたから。けれど、この時ばかりは木村を甘やかすことはしなかった。

 ちらりと視線を朋恵に戻す。すると彼女は唖然とした顔をしていた。普段部員達の前ではしっかり者で通っている彼女のこんな表情は珍しい。


「東川?」

「あ・・。そう、だったんですか・・。」


 朋恵は草薙の視線に気付くと、パッと下を向いてしまう。草薙は不安になって一歩朋恵に近づいた。


「東川・・。」

「・・はい・・・。」


 恐る恐る朋恵が顔を上げる。その瞳は不安で揺れていた。自分のせいでこんな顔をさせているのかと思うと、言葉にならない想いが込み上げる。


「俺が、愛子と色々噂になってたのは知ってる。だから、こんなこと言っても信じて貰えないかもしれないけど・・。」


 それでも、伝えたい想いが自分の中にもある。今、伝えなくてはならない言葉が。


「俺は、ずっと東川のことが好きだった。」


 朋恵の息を飲む声が聞こえる。それごと包み込むように草薙は朋恵を抱きしめた。初めて抱きしめる愛しい相手の温かさに心が震える。

 そっと体を離すと、朋恵の頭を撫でて笑って見せた。朋恵は少しぎこちない笑みを返してくれる。

 彼女の手を握り、再び二人は歩き出した。夏の夜風が心地よく通り過ぎていく。きっと忘れられない夜になる。

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